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婚約破棄と解消と保留、そしてする予定はありませんけど?  作者: みのみさ
第一部 断罪劇は茶番です

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茶番の始まりです

「おーほほほっ! お覚悟はよろしくて? 婚約者サマ、貴方の無意味な自信満々の言い分など木っ端微塵にして差し上げますわ」

 メリザンドが金のウェーブを勢いよく背に払ってレナルドへ扇を突きつける。

 ジャジャジャン! と楽の音の効果音付きで実に堂々とした姿で芝居の悪役令嬢のようだ。思わず、生徒たちからは歓声と拍手が湧き上がった。

「何をしている。これは茶番ではないのだぞ⁉︎」

「えー、茶番以外の何モノでもないでしょう」

 怒声をあげたジルベールに間髪入れずに応じたのは茶髪の長い前髪と眼鏡で顔の半分が隠れている下級生の男子学生だ。

 伯爵家嫡男のシリル・コルトーが楽団に合図を送ると劇の合間の休憩時間に流されるような控えめな間奏曲が始まった。シリルは数名の同級生を従えてジルベールらに向き合う。

「殿下、開会の10分前にはお越しくださいって言いましたよね? 開始の挨拶の草稿に目を通してほしいってお願いしてましたよね? それなのに、何ですか、これは! 遅れてきた挙句に我らが主体の壮行会で断罪劇だあ? ルクレール先輩からの伝言だって人を呼び出している間に何してくれやがってます?」

 クイッと眼鏡を押し上げて皮肉げに口角をあげたシリルをジルベールは苦い思いで出迎えた。

 シリルは生徒会で庶務を務めていて生徒会役員だったジルベールらの後輩であるが、物怖じしない性格で身分差に怯むことはない。断罪劇を止められないように手を打ったのだが、どうやら時間切れのようだ。


 生徒会には身分を振りかざす輩を牽制する目的で高位貴族が選ばれることが多いが、庶務だけは一年生から選び、各役員の補佐役で雑務に従事させることになっていた。各業務に精通させ、次年度に生徒会に残留して円滑に引き継がせるためだ。

 二年生からの役職は副会長になり、学院内では生徒会の裏ボスと呼ばれるようになる。副会長は年間スケジュールを組み、会長に助言したり会計や書記にはフォローを入れたりと生徒会業務をスムーズに運営させる調整役だ。

 今期はジルベールが会長、レナルドが会計、アルマンが書記を務めていた。副会長は侯爵家嫡男のジェスター・ルクレールで、今日は配属予定の魔術師団の研究部門から呼び出されて遅くなると連絡があった。

 壮行会はあくまで生徒のためのものだから教師は不干渉だ。念の為に扉付近に警護の騎士がついているが、刃傷沙汰など生徒の手に負えない事態でなければ静観の構えで、責任者としてシリルにはこの事態を収拾する役目がある。

 一年生有志と共に今日の会を誂えたシリルには個人的な婚約破棄なんぞを持ち込み、会の進行を妨げまくった王子一行を許す理由などない。

「ああ、もう先輩に頼まれてたって言うのに〜。大人の目の届かないところで卒業前のやんちゃとか勘弁してくださいよ。裏ボスに俺が締められますって。もう催物の予定がメチャクチャだ。こうなったら、寸劇でみんなに楽しんでもらいますよ。先輩方、お好きなようにしてください」

 拡大魔術で会場の隅々まで声をお届けしてます☆と、実にいい笑顔で親指を立ててくるシリル。

 レナルドが嫌そうに顔をしかめた。

「シリル。君、どちらの味方なんです?」

「えー、そりゃあ、常識のある方ですね」

 言外に非常識と指摘されてレナルドの端正な顔が歪む。

 それにメリザンドが面白そうにコロコロと微笑んだ。

「まあ、頼もしいこと。さすが次代の裏ボス・コルトー伯爵子息ですわね。どうか、期待してご覧になって?」

「レディ。お褒めに預かりまして恐悦至極にございます」

 シリルがわざとらしいほど丁寧な仕草で深く一礼する。

 満足げにメリザンドがパッと扇を開いて周囲の注意を惹きつけた。


「さて、公開日のお話ですけれど、わたくし受付で招待客にご挨拶しておりましたの。隣国から父の友人の伯爵様がお見えになったので、受付業務を代わってもらって伯爵様をご案内することに致しました。

 手隙の方をお願いしましたらバランド様がお見えになったのですけれど、蹴つまずいた彼女がインク瓶をひっくり返して卓上をインク塗れにしてしまったのです。これは一緒に受付におられたセリア・デシャネル様もご存知のことですわ」

 名指しされた令嬢に周りの視線が集い、小柄な令嬢はびくつきながらもコクコクと頷いている。

「おかげ様で招待客のリストが全滅。新たに整えるまで受付が麻痺してしまって大変でしたのよ? わたくしもドレスの胸元からインクがべったりで、一着無駄になってしまいましたわ。

 ああ、聖女候補サマは少々飾りのリボンが汚れたくらいでしたわね。侍女が言うにはリボンを取り替えれば済むからドレスがダメになることはない、とのことでしたけれど?」

「そんなはずがありません。フェリシー嬢はドレスを着替える羽目になったのですよ? 生憎と着替えのドレスなどなかったので、聖女候補の務めで使用するローブに着替えるしかなくて一年生に交ざって裏方業務に回されたのです。

 公爵家のように散財する余裕のない男爵家でドレスをだいなしにされるなんて、どれだけ悪辣非道なことか・・・。貴方には想像もつかないのですか?」

「茶会にイブニングドレスで現れたら、着替えは当然でございましょう」

 メリザンドの真顔で至極真面目に呟かれた言葉に誰しも目を剥く。


 学院公開日とは年に一度外部に向けて学院内を開放する催しだ。学院の授業内容を公開して二年生後期の研修先に向けてのアピールなので主役は当然の如く二年生、一年生は補佐や裏方に回る。選択コースによってそれぞれ習得した学習内容をお披露目するのだ。

 魔術コースの選択者は魔術理論の討論大会や魔術による模擬戦を、騎士コースでは剣術大会や学院内を護衛して回るツアーを開催したりする。

 文官コースでは要所要所での説明役や護衛のツアーとセットで学院内を案内して招待客を接待し、淑女コースは受付と待合室や休憩所で女主人としておもてなしだ。豊富な話題提供が望ましく、特に知識や教養を求められる役目で、茶会のドレス着用になっていた。


 確かにイブニングドレス――晩餐用のドレスでは場違いである。


「あ、あの。・・・お義母様にドレスを譲ってもらったのですが、仕立て直す時間がなくて。ショールを羽織れば大丈夫だと言われて」

 フェリシーは周囲の視線に恥ずかしそうに俯いて赤くなった。フェリシーは平民の侍女との子供でバランド男爵夫人は継母だ。良好な関係ではないのだろうと想像がつくが、問題はそこではなかった。

 基礎科目では一般教養として貴族としての常識も学ぶ。下位貴族では家庭教師を雇う余裕のない家もあるので教育が不十分の家もあるし、実力主義で貴族に成りあがる家が少なくはないので、学生以外でも外部受講者として受け入れて教育を施しているのだ。必須科目で進級には欠かせない。

 それをクリアしているフェリシーが茶会でイブニングドレス着用など、義母の要らぬ入れ知恵があったとしても有り得なかった。

「『及第しているから、問題はない』と仰いましたわね?」

 メリザンドのジト目に思わずレナルドが視線を彷徨わせる。

「ドレスは事前に申請すれば貸し出してもらえましたわ。利用すればよろしかったのに。神殿のお勤めでお忙しい貴方のためにレティシア様がわざわざお手紙をしたためておりましたのよ。ご存知ですわね?」

 ヴィオレットのキツい物言いにフェリシーがびくりと身をすくめると、アルマンが咎めるような眼差しを向ける。ヴィオレットは眉をひそめて彼の視線から顔を背けた。

「フェリシーは学業と聖女候補の務めの両立で忙しかったのだ。気づかなくても仕方あるまい。それよりも、デビュタントでの嫌がらせはどう弁解するつもりだ?」

 ジルベールがフェリシーを擁護しつつ反撃してくる。

 ヴィオレットはゆっくりと首を横に振った。

「それこそ誤解ですわ。バランド男爵家の物慣れない侍女が誤って当家の荷にアクセサリーケースを紛れさせてしまったのです。誰も隠したりしてはいません」

「しかし、『聖女候補にアクセサリーなしなんて装いをさせるわけにはいかない』と侍女に貸し出しを頼まれたのに、貴方は断ったそうですね。ブロンデル嬢? 

 あの場で装飾品の予備があり、貸し出せるのは貴方しかいなかったと言うのに。フェリシー嬢に恥をかかせる魂胆だったのは明白でしょう⁉︎」

 名誉挽回をはかったレナルドの言葉に、ついヴィオレットはため息が出そうになった。


 通常、デビュタントは16歳から18歳で王宮で年二回、春か秋の舞踏会で行われる。

 高等学院入学が16歳からなので、在学中に社交界デビューし、数年間の婚活後一年の婚約期間を経て婚姻する貴族が一般的だった。

 高位貴族ならば幼い頃から婚約者が決まっていることが多いため、成人の18歳で卒業後すぐの婚姻もあり得るが、この国では大体20歳前後が適齢期だ。

 フェリシーは礼儀作法の習得に手こずったため、18歳の秋の舞踏会と遅めのデビュタントである。レティシアはすでにデビューを済ませていたため、お目付役に下級生のヴィオレットと友人の子爵令嬢が選ばれた。

 神殿からの要請でフェリシーの支度は王宮の客間で行われることになったが、聖女候補が気遅れしたためお目付役たちも一緒だ。

 フェリシーの装いは神殿からの厚意で、男爵令嬢にしては格上のドレスとアクセサリーである。

 本来なら聖女としてのお披露目だったのだが、フェリシーは未だ魔力が安定せずに肝心の治癒能力が不完全にしか扱えないため、『候補』の肩書きが卒業を目処にしても外せそうになかった。仕方なく男爵令嬢の身分でデビューだが、神殿としては『聖女候補』の後ろ盾を示そうとしていた。


 着付けを終えてドレッサーに移動した際に侍女がアクセサリーケースの紛失に気がついた。思ったよりも着付けに手間取って時間に余裕がない。支度を急がねばならず、探している暇はなかった。

 正装の舞踏会で装飾品なしなど有り得ない。特にデビュタントではティアラを冠する習わしだ。聖女候補が無冠の装いなど神殿の権威にかけて許されなかった。

 思い詰めた男爵家の侍女は複数のアクセサリーケースを広げている伯爵家の侍女に、「貸し出していただけないか」と声をかけた。

「イヤよ、お母様の形見だもの」

 ヴィオレットが侍女の返事より早く口を挟んだ。伯爵令嬢に直接断られては侍女風情にはどうしようもない。そこへ口出ししてきたのはフェリシーだ。

「お母様の大切な形見なのはわかりますが、このままではわたくしの侍女が罰せられてしまいます。どうか、人助けと思ってお貸し願えませんか?」

 フェリシーは平民の出で年の近い侍女と友人関係だったから庇いだてしたのだが、学院内ではないのだ。王宮という公の場で格上の伯爵令嬢相手にはまずい対応だった。

 ヴィオレットはジロリと一睨みして素気なく言い捨てる。

「お気の毒だとは思うけれど。貴方の侍女の不始末をわたくしが尻拭いする謂れはないのだし。まずは王宮の侍女に声をかけてみれば? お客様扱いなのだから、何とかしていただけるわよ」

「それではお披露目に間に合いません!」

 男爵家の侍女があげた声に伯爵家の侍女たちが気色ばむ。主が主なら、侍女も侍女だ。伯爵令嬢相手に直接口答えなんて礼儀知らずな、と視線が物語っていたが、フェリシーは気づかない。

「ヴィオレット様には大人びた意匠の方が似合うと思いますわ。そこの可愛らしい雛菊のデザインの物でよいのです。この舞踏会の間だけ・・・」

「絶対にイヤよ。貸さないわ」

 再度の拒絶に男爵家の侍女が泣き出してしまい、場は騒然となった。

 結局は友人の子爵令嬢の取りなしで王宮の侍女が何処からか装飾品を借りてきて収まったのだが、お披露目終了後の後片付けで伯爵家の侍女が見覚えのないケースを発見してまた一悶着だ。

 神殿が用意した装飾品は伯爵家で使用してもおかしくないレベルの物だったから、間違えて紛れこんだのに気づかなかったのだろうと推測されたのだが、支度の前後での大騒ぎだ。侍女たちは口を滑らせることはなかったが、王宮で噂が広がり、尾鰭背鰭までついて学院にも伝わってしまった。


「当家で複数の装飾品を用意していたのは、神殿に聖女候補の装いについて問い合わせしたのに返答がなかったからですわ。意匠が被る物を着用しては失礼にあたりますから、当日の着付けでいかようにも変更の利くように準備していたに過ぎません。そのように気遣っておりましたのに、嫌がらせなどするわけがありません。セドラン様、発言の撤回を求めます」

 ヴィオレットがレナルドに毅然と対応すると、彼はわざとらしくため息をつく。

「貴方は男爵家の侍女の粗相と言いますが、それを証明する手段はありません。伯爵家の優秀な侍女が紛れた荷に舞踏会の終わりまで気づかないなんて不自然でしょう?

 装飾品の貸し出しを断ったのは貴方も認めている。

 いくら、お母上の形見と言っても、人助けのためならば故ブロンデル伯爵夫人も快く許してくださったと思いますよ。夫人は奉仕活動に熱心な方で神殿でも評判でしたし、聖女候補のためなら否やはなかったでしょう。貴方はフェリシー嬢が困っているのを黙って見ていて恥ずかしくはなかったのですか?」

 ヴィオレットは嘲るように鼻で笑われて一瞬でかっとなった。

「あ、貴方に何がわかると言うの⁉︎」

「ヴィオ、よせ!」

 レナルドに食ってかかろうとするヴィオレットをアルマンが体を張って防ぐ。

 貴族の社交で感情的な振る舞いは悪手だ。感情の制御もできない未熟者と侮られて相手に足元を掬われてしまう。

「レナルドの言い分の方が筋が通っている。ブロンデル嬢、デビュタントでアルマンがフェリシーの護衛役を任されてエスコートができなかったのを君は恨んで嫌がらせしたのではないのか?」

「殿下! あまりな言い様ですわ」

「言い掛かりですわね」

「二人とも黙れ、不愉快だ」

 ジルベールはレティシアとメリザンドの抗議を一言で切って捨てた。

 一気に険悪な雰囲気になる中、おっとりとした声がその場に割って入る。


「恐れながら申し上げます。殿下、発言の許可をいただけるでしょうか?」


 進みでてきたのは一番後方に控えていたえんじ色の髪の令嬢だ。

 誰なのか思いだせない顔をする王子にレナルドが小声で囁く。

「エリゼーヌ・シャルリエ子爵令嬢です。ジェスターの婚約者の」

「ああ、あの・・・」

 下位貴族までは把握していなかったジルベールが小さく頷いた。

 エリゼーヌはヴィオレットと一緒にお目付け役に選ばれた子爵令嬢だ。ヴィオレットとフェリシーの仲を取り持ってデビュタントを無事にやり遂げた人物である。

 エリゼーヌは優雅な礼を披露して、にこりと微笑んだ。

「殿下、ありがとうございます。争点の場にいた者として申し上げます。王宮から身支度に侍女をつけると有難い申し出がありましたが、慣れた者の方がよいからとわたくしどもは全員辞退しております。

 それぞれ実家から侍女を伴いましたが、聖女候補だけは若い侍女一人だけお連れになりました。

 経験豊富とは思えない侍女一人で、勝手のわからぬ王宮で湯浴みの支度から髪や肌の手入れ、ドレスや装飾品の用意をし、ドレスの着付けや装飾品の身支度まで全てこなせるとお思いでしょうか?」

「いや、それは無理だろう」

 ジルベールは質問の意図が掴めずに訝しげに応じる。それにエリゼーヌはますます笑みを深めた。

「王宮の侍女頭もそう思われまして。聖女候補の身支度に数名の侍女をつけてくださいました。男爵家の侍女は神殿から贈られたドレスや装飾品の用意をして待機するように命ぜられたそうです。

 それなのに、装飾品の紛失が彼女の過失ではないと仰るのでしょうか? そもそも侍女が職務を全うしていれば起こらない事態ですのに。

 それを庇いだてして格上の相手に貸し出しを強要する行為は褒められたものではありません。しかも、無礼を働いた使用人の態度を諌めることもしないなんて、主としていかが思われますか? 

 誠に失礼ながら、殿下は苦言を呈される相手をお間違えになられております」

 柔らかな声音だが、語られている内容は痛烈だった。ド正論なだけに反論もできない。一瞬で形成逆転だ。

 密やかに伯爵令嬢に同情の雰囲気が漂う中、喘ぐような声がした。

 蒼白になったフェリシーが唇を戦慄かせている。

「わ、わた、し・・・、そんなつもりじゃ・・・」

「フェリシー、落ち着いて」

 青の瞳を潤ませて大粒の涙をこぼすフェリシーをジルベールが慌てて宥め、レナルドは苦々しい表情だ。彼らにしてみれば予想外からの刺客だった。

 まさか、デビュタントで上手く立ち回ったエリゼーヌが反撃してくるとは思いもしなかった。こちらの味方とは言わないが、中立の立ち位置で敵にはならないと見誤っていた。


 レティシアとメリザンドはこっそりと目配せした。

 ーーどうやら、大人しい友人は見かけによらず大激怒していたらしい、と。


 デビュタントの件を聞き及んでいたレティシアらに事の成り行きを教えてくれたのはエリゼーヌだ。不快げなヴィオレットを気遣って冷静に淡々と事実のみを語っていたが、内心ではレティシアらと同様に大いに不満だったようだ。

 エリゼーヌは読書と刺繍が趣味の大人しい少女だが、すでにルクレール侯爵家から行儀見習いで高位貴族らしい振る舞いを教育されている。普段は下位貴族らしく控えているが、怒らせると理詰めの正論で逃げ道を防いでくる怖い相手だ。敵には回したくない。

 デビュタントの出来事を知ったレティシアらは、アクセサリーケースの紛失はフェリシーの自作自演ではないかと疑いを持った。

 正式に聖女となると、専属の侍女や侍従、護衛騎士が付けられる。神殿関係者から選ばれることが多いが、聖女の要望があり身上調査に問題がなければ誰でも配属可能だ。

 フェリシーが聖女になった暁にはアルマンを護衛にしたがっているという噂が独自の情報網に引っかかったのは、ちょうどデビュタントの頃だった。ヴィオレットからアルマン本人は近衛隊を希望していると聞いていたからあり得ない話だったのだが、アルマンが近衛騎士を諦めざるを得ない事態になれば話は別だ。

 アルマンに何らかの瑕疵がつけば神殿騎士にもなれないが、婚約者ヴィオレットの瑕疵、それも聖女候補に関わってのことなら、アルマンは護衛騎士の誘いを断れない。


 フェリシーは見た目通りの儚げな性格などではない。同性の目から見れば、困っていることを悲しげにこぼすだけで思い通りに周囲を動かすかなり強かな強者(ツワモノ)だ。

 物がなくなったとか、自分が至らないばかりに苦言を呈されるとか。

 相手を名指しすることはないが、勝手に忖度した者が聖女候補の憂いを取り除くのだと排除に走っても決して止めようとはしない。フェリシーは困ったように眺めているだけで全くの他人事なのだ。

 儚げな微笑み一つで最大限の己が利を得る傾国の美女にありがちな狡猾さを見抜けない男どもには、女慣れしていないのだと安堵すべきか逆に不甲斐ないと失望すべきかーー

 確実に後者のメリザンドは冷ややかに婚約者を見やってぞくりとした。

 表情を消したレナルドが獲物を狙うようにエリゼーヌを睨めつけている。

「たかが子爵令嬢の分際で言葉が過ぎるのでは? 殿下に対してあまりにも不遜でしょう」

「申し訳ありません。差し出口を致しました」

「あら、忠義の鑑ではありませんか? 不敬を恐れて過ちを見逃す臣下など不忠者でしてよ。どこぞの誰かさんのおかげでヴィオレット様は冤罪をかけられそうになりましたもの。心当たりがおありでしょう?」

 即座にメリザンドが深く頭を下げるエリゼーヌを庇った。レティシアも同意して優雅に頷く。彼女たちの中で一番家格の低いエリゼーヌでは侯爵子息のレナルド相手は荷が重い。

「貴方たちがそうやって構うから子爵令嬢如きがつけあがるのでしょう。すでに侯爵家の者にでもなったおつもりですか。全く、婚約者に疎まれているというのにいい気なものです」

「「「え?」」」

 見事な三重奏だ。明るい灰色の瞳を見開いたエリゼーヌ同様、メリザンドとレティシアも珍しく淑女の笑みが崩れている。

 レナルドは紫の瞳を細めてくっと口角を釣りあげた。


 ーー毒食わば皿まで、メリザンドに敵わないなら友人のエリゼーヌを貶めて恥をかかせてやるまでだ。


「貴方の婚約は父親が友人同士という縁で結ばれたものでしょう。気の毒にジェスターは父親の顔を立てて我慢しているのですよ。でなければ、魔法貴族筆頭と呼ばれる名門・ルクレール侯爵家の嫡男が家格も釣り合わない、魔力も低い相手とだなんて婚姻を結ぼうとは思わない。

 貴方相手でジェスターにどんな利があるというのです? 貴族の常識を説くなら、まずは分不相応な己を顧みるべきです」

「レナルド! 失礼でしてよ!」

「ベルナール嬢、私の名は呼ばないでいただきたい。先程、お互い婚約解消に同意しましたね。『婚約者でもない異性を親しげに名前呼び』は淑女としてはしたないのでしょう?」

 フェリシーに散々注意してきたことだ。当て擦ったレナルドは皮肉たっぷりに言葉を紡ぐ。

「私たちは王になる第一王子クロヴィス様を支えるべく臣籍に降下するジルベール殿下と国の行く末についてよく議論を交わしました。私たちの時代に聖女候補が現れたのは奇跡です。彼女を守り導き、立派な聖女にすることが何よりも王のため、国のためになる、と。

 そのために聖女様の側近に立候補するべく、学生時代を精進してきたのです。足手まといどころか害にしかならない婚約者など私たちには不要です。身の程を知るなら、大人しく身を退きなさい」

 レナルドの言い分は一方的で傲慢で高位貴族として命令に慣れたものだった。思わず、エリゼーヌの顔が強張る。


 政略結婚は家同士の契約で親が決めるもの。それを子供の意見だけで覆すのはもちろん、家格が下の者からの解消もできはしない。


 愛妻を早くに亡くしたルクレール侯爵は『女の子も欲しかった』と友人の娘であるエリゼーヌを幼い頃から可愛がってくれた。人見知りする息子が家格の釣り合う令嬢を片っ端から振りまくった結果、『それなら私が気に入っている令嬢でいいよね』とエリゼーヌとの婚約を整えた。ジェスターに袖にしまくられた令嬢のいる高位貴族の間ではよく知られている話だ。

 家格の低い子爵家が侯爵家と縁組だ。妬み嫉みの被害が今までなかった訳ではない。陰口ならば耳に入ってきても知らない振りでやり過ごすのが貴族令嬢の嗜みだ。これまで何とかやり過ごしてきたものの、『ルクレール侯爵のお気に入り』が通じずに面と向かって貶められたのはこれが初めてだ。

 エリゼーヌは割って入ろうとするメリザンドとレティシアにそっと目配せして二人を抑えた。二人に庇いだてしてもらったら、フェリシーの無礼な侍女と同じだ。理不尽な言いがかりだが、家格が上の相手に直接の反論は悪手である。


 エリゼーヌは息を呑んでぎゅっと両手を握り締めた。

「・・・それが、ジェスター様からの、申し出ならば、・・・受けましょう」

「物分かりが悪いな。ジェスターの友人として忠告してあげているのに。私たちはすでに殿下と話し合って決めていたのです。邪魔はしないでもらいたい」

「レナルドの言う通りだ。()()4()()は聖女様をお守りするべく神聖な誓いをたてた。盾となり矛となって生涯聖女様にお仕えするのだ!」

 いつの間に立ち直ったのか、ジルベールが大切そうにフェリシーの手をとり声高らかに宣言した。赤く頬を染めた彼女は恥ずかしそうだが、顔に歓喜の笑みを浮かべている。

 さすがに空気を読んで楽団の演奏が中断されて、周囲は静けさに包まれた。宣言された生徒たちは戸惑い気味にお互いの顔を見合わせるばかりだ。


 何しろ、集団で婚約破棄が起こった断罪劇は今回が史上初である。歌劇の演目にもない展開なのだ。


 聖女に仕えるのに独身主義を貫く必要はない。それを宣言するとはよほどの覚悟を示してのことなのだろうが、王族のジルベールには狂乱王以降減少した王家の血筋を守る意味もあっての臣籍降下のはずだ。

 狂乱王の暴挙で直系の王族は絶えた。傍系のフォートリエ家はそう魔力が強くない。

 狂乱王以降は高位貴族の中でも魔力の高い者を輿入れさせて血を強化させてきた。ジルベールが新たに公爵家を興さずに婿入りなのは、度重なる不幸続きで主な親族の絶えたアルシェ家を傍系王族へと取り込む政治的思惑があったはずなのに。

 少しでも目端のきく貴族なら下位でも察しているはずの事情である。ジルベールの宣言に賛同も反対もできずに誰もが困り果てていた。

 

 そこに響き渡ったのは、ぱちぱちとやる気のなさそうな拍手だった。


「それはおめでとう。で、茶番はこれで終わり?」


誤字報告ありがとうございます。訂正しました。

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