『若様の独身主義返上を望む会』会議録より、その1
○月×日
【ダンスのレッスンでお嬢様がヒールのある靴だったので、若様が拗ねました。身長差に開きが出て面白くなかった模様 ーー給仕係】
【気になる子より背が低いのを嫌がったのでは? 脈アリかと ーー侍女】
【単に男の見栄の可能性もあり、要観察 ーー若執事】
◇月△日
【図書室でお嬢様の専用席を若様お気に入りの席の隣に設けてました。やらかし防止で見張るためと言ってましたが? ーー護衛騎士・彼女募集中】
【お嬢様、初日にやらかしてますから。若様の世話焼きが発動されたかと、微笑ましく見守り必須 ーー侍女頭】
【気に食わない相手なら、若様、構ったりしないでしょー。気に入ってるってか、すでに懐に入れてるよね? ーー護衛騎士・彼女できました】
【クマクマの面影を引きずっている可能性あり ーー庭師】
【じーさん、クマクマ推しだな。人見知りの若様でもさすがにぬいぐるみと女の子の区別はついてるハズ・・・だよね? ーー護衛騎士・告られました】
【お前ら、ケンカ売ってる? 言い値で買うよ? ーー護衛騎士・呪ってやるう〜‼︎】
【君たち、懲りてませんね。ちょっと執務室裏まで来なさい ーー若執事】
*月☆日
【お嬢様から刺繍した香袋をもらったら、若様からすっげえ蔑んだ目で見られて『うわ、ロリコン?』とか言われたんだけど? 誤解なんですけど⁉︎ ーー護衛騎士・誰か彼女紹介して】
【それでお前だけお嬢様の護衛から外せって言われたのか。何やってんの? ーー護衛騎士・この前紹介しただろうが】
【妹に頼まれた限定発売の香袋が完売で大泣きされたって話したら、お嬢様が『習作だけど』ってくれた。前に似たのを刺したことがあるって。シンプルだけど、なんか上品なデザインで妹喜んでた。5年ぶりに『お兄ちゃん、大好き』って言われた。お嬢様に感謝! ーー護衛騎士・振られた・・・】
【妹ってまだ8歳だろ? お嬢様より年下じゃん。ロリコン疑惑当たってね? ーー護衛騎士・シスコンはご免だって】
【それ下の妹。上の12歳のほう、妹二人いるから ーー護衛騎士・ロリコンもシスコンも誤解だってば】
【私的使用はご遠慮ください。大御所がお出ましになられます ーー侍女頭】
【今月の護衛騎士の給金は3割減とします ーー会計士】
◎月◻︎日
【お嬢様が庭を散策中にくしゃみされたら、若様が部屋に連れ戻しました。心配ならそう言えばいいものを『風邪でもひかれたら困るんだけど? 授業が遅れるでしょ』って、素直でないのですが ーーお嬢様付き侍女】
【あー、だから、身体が温まるお茶をくれってリクエストきたのか、納得 ーー厨房使用人】
【若様に綺麗な色のショールを用意してって言われましたが、『綺麗な色』ってもしかしてお嬢様用なのでしょうか? ーー侍女】
【お嬢様は若草色がお好みです ーー乳母】
【クリーム色もお好きです ーーお嬢様付き侍女】
【その二色のリボン、若様の部屋で見た! ーー侍女】
【まさかのプレゼント? ーー護衛騎士×3】
ディオンは会議録を老執事から見せられてくつくつと笑った。
「いやあ、皆から愛されてるねえ、我が息子は。親としては嬉しい限りだよ」
「放っておいたら、若君は本当に独り身で過ごされそうですが・・・」
「うん。それもまた、あの子の選んだ道なら仕方ないよ。でも、まあ、そうはならないと思うけど。エリーは愛情深い子だから、あの子が気に入ればくるみ込んでくれると思うんだよね。
ジェスターは無自覚だけど、割と甘えん坊だし。甘えたい、甘やかしたいってところがあるでしょ」
「普段はとても冷静な方ですが」
老執事は首を傾げた。
ナディアに育てられたジェスターだが、乳母に甘えている姿はあまり記憶にない。それよりも大きなクマのぬいぐるみを手放さなかったのをよく覚えている。
「クマクマって愛しの対象がいたからねえ。クマクマさえいればいいって感じじゃなかったかい、幼いあの子は?」
「まあ、確かに」
魔力酔いで寝込みがちなジェスターは幼少期はベッドで過ごす時間が多かった。ずっと、そばにいたのはぬいぐるみたちだ。中でも、クマクマが一番のお気に入りだった。クマクマが草臥れすぎて居なくなってから、今の辛口なジェスターが出来上がったと言える。
「家格や血筋とか関係ない。気の許せる相手が添い遂げてくれるのが一番だよ。私もできるなら、彼女にはずっと一緒にいて欲しかった」
ディオンはポツリと溢して目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは息子と同じ黒髪の女性だ。政略結婚だったが、ロザリーとは気が合って仲がよい夫婦だった。
老執事バスチアンは主の心境を思いやってそっとワインを注いでくれる。彼女が好きだった銘柄だ。
「失ってから後悔しても遅いというのに、一体イヴォンは何をやってるんだか」
ディオンはワインを口にして呟いた。独り言とわかっているので、バスチアンは身じろぎもしない。
ディオンは何事にも妻優先の友人に不満を抱いていた。
身体が弱くて子供に恵まれないかもしれないから結婚は無理と言われていた相手を娶り、女の子を得た。夫人は子を望めなくなったが、生きて彼のそばにいる。理想的な幸せなんて誰もが手に入れられるわけではない。十分、幸せの範疇だろうに、妻を抑えきれずに家庭内不和とか、ディオンからしてみれば贅沢すぎる。
「要らない子供なら、私がもらっても構わないだろう?」
ーー私の望みは一男一女に恵まれて子供の成長を妻と共に見守るというささやかなものだったのに、叶わなかったのだから。
『わたしは要らない子なんだって。お母様を不幸にしているから』
そう呟いた幼な子は無表情だった。わずか5歳で何もかも諦めた目をしていた。
『君は要らない子供なんかじゃない。望まれた子だよ』
ぎゅっと抱きしめてそう告げたディオンにエリゼーヌは大泣きしてしがみついてきた。
ーー本当なら、それは父であるイヴォンの役目だったのに。
子爵家はあの子には優しくない世界だ。外にはもっと温かな世界があるとあの子には知ってほしい。そして、出来れば狭い世界で満足している我が息子にもあの子と関わることで何か変化があるといいのだがーー
ディオンが傾けたグラスに老執事は静かにワインを継ぎ足した。
幸せの定義は人それぞれと思いますが、上ばかり見上げてて足元が疎かになる人っていますよねえ。エリゼーヌの両親はそういう人たちです。