ブランディーヌとは友人だったのだ
「殿下、一体何を仰っておられるのですか? いくら、皇太子殿下といえど、聞き捨てなりません。誰が誰を殺したというのです?」
驚きのあまり声もでない娘の前にイヴォンが立ちあがった。
震えるエリゼーヌにヴィオレットが寄り添い、クリストフがいつでも二人を庇えるようにそばに控える。
「お前の娘だ! 本来なら、ブランディーヌがルクレール侯爵家の嫡男と婚約するはずだったのに、ブランディーヌを蹴落としただろう。先代のクレージュ侯爵から話を聞いているぞ」
「・・・ブランディーヌ・クレージュ侯爵令嬢のことですか? 確か、彼女は病状悪化で病死なさったと聞いていますが」
マナー講師が学院長に確認をとるように尋ねた。学院長が大きく頷く。
「さよう。殿下、クレージュ家当主からはブランディーヌ嬢は病死と正式発表されております。
先代は引退なさってから高齢による不調と孫娘を亡くされたショックでボ・・・、いえ、そのう、少々物忘れが激しくなられたようだと噂されています。先代のお話を鵜呑みになさるのは賢明ではありませんぞ」
「私はブランディーヌと文通をしていた。ブランディーヌは心の臓に欠陥があったが、完全に治癒していたのだ。病状悪化などするはずがなかった。彼女はそこの悪女にハメられたのだ」
フリードリヒは幼少の頃にカルヴァートの保養地でブランディーヌと出会ったと説明してきた。それから、ずっと友人として文通を交わしていた。彼女が完治してからは婚約者探しをしていたのを知っていた。
ブランディーヌの最後の手紙ではもともと婚約話があったルクレール家の子息と話を進めるようなことが書いてあったのだ。
「だが、ブランディーヌからはその後の連絡が全くなかった。そして、病死したと聞いて、私はずっと不審に思っていた。王国へ留学したこの機会に調べたのだ。
何やら、昨年の学院で騒動があった際に、その女はクレージュ家と関わり合いにならないと公言したと聞いたぞ。私はそれでブランディーヌに何かあったのではと、領地のご両親や先代侯爵から話を聞いたのだ。彼女は領地に赴く前にそこの子爵令嬢と揉め事があったというではないか」
「娘と揉めたというよりも、クレージュ嬢がルクレール家へケンカを売ったというほうが正しいですよ」
イヴォンが硬い声でぼやいた。
昨年の騒動でエリゼーヌとジェスターはクレージュ家との確執が知れ渡り、学院入学直前に花の露店販売で横取りされた件だと噂が流れた。同じく現場にいた他家が漏らした情報だ。
ジェスターとブランディーヌの婚約話は打診段階でクレージュ家からお断りされた。それなのに、ブランディーヌが本命の婚約者候補だと噂されたことがあったため、ルクレール家は醜聞回避でクレージュ家と関わり合いにならないことにしていた。正式に婚約したシャルリエ家もだ。
社交界にはその話が広められたのだが、孫娘の死にショックを受けた祖父には受け入れられなかった。先代は揉めたエリゼーヌを逆恨みしていた。
「嘘だ、そんなのは貴様らが情報操作しただけだ!」
「では、先代以外にその話をした方がいましたか? ご両親もそんな事は言っていないでしょう。
先代はご自分がお断りしたのに、お年のせいで覚えておられないのですよ」
「侯爵夫妻はショックが大きすぎてまともな判断ができていないのだ。
私はクレージュ家を解雇された使用人からも話を聞いた。その女が招かれたクレージュ家の別宅が破壊された後に、ブランディーヌは病状悪化で領地に静養に向かったという話だ。その女が彼女に何かしたのは明白だろう!」
「まあ、イヤだわ。殿下には、妄想癖がありましたのねえ?
イングリットを暴行の主犯と言いだした次は、エリゼーヌ様を人殺しと仰るなんて」
興奮したフリードリヒに言い返したのはメリザンドだ。
彼女も兄に庇われてフリードリヒから距離を置いている。レオポルドが妹を制するように腕を広げて、留学生と外交官に事情説明だ。
「クレージュ家別宅が損壊したのは魔法道具が誤作動したせいだ。魔術師団の捜査が入っている。不審な点は何もない。・・・ないのだが、どうやら高魔力の残滓があったようだと噂されている。
子爵令嬢が招かれた侯爵家で何ができると? むしろ、高魔力保持者の侯爵令嬢が何かしたと推測するのが自然だろう。殿下のお話は理不尽なものですよ」
王国ではブランディーヌが魔力暴走を起こし、その後遺症で静養した甲斐もなく亡くなったと解釈されている。高魔力の残滓と聞かされて子爵令嬢を疑う人間はまずいない。(実情は婚約者救出で暴れまくったジェスターが原因なのだが、秘されている)
「ブランディーヌが魔力暴走を起こすような何かをその女がしたに違いない!」
「殿下、何も証拠も根拠もなく、そのような重大な判断をなさるべきではありませんよ」
「証拠なら集めようとした!
しかし、使用人はルクレール家からの報復を恐れて証言を断ったのだ。しかも、すぐに行方をくらましてしまった。
私がブランディーヌの敵討ちをしようにもクレージュ家の当主もすっかり気落ちしていて役にたたない。証拠不十分で追及できない不条理さをどれほど怨嗟したことか!
だが、私とて皇族の端くれだ。無闇に騒ぎたてて王国との関係を悪くしてはいけないと苦渋の末、このことは私の胸の内に秘めておくつもりだった」
フリードリヒはぎゅっと片手で胸元を掴んで苦しげに顔を歪めた。
「殿下、なんとおいたわしい」
「お気の毒に・・・」
側近やリーゼロッテが同情して涙ぐむ。
シリルはなんの三文芝居だよ、とツッコミたいのを懸命に堪えた。王国との関係悪化を恐れるならば、なぜ王国の卒業記念パーティーで断罪劇をやらかしたのか。
王国の人々は困惑するばかりだが、ブランディーヌの病死の真相を知るイヴォンは苦々しい思いが顔にでないように苦労していた。
ブランディーヌの死は自業自得だ。
彼女はエリゼーヌを拉致し、無理矢理婚約解消の誓約魔術を結ばせようとした犯罪者だった。ブランディーヌはジェスターの婚約者排除に失敗して捕まるのを恐れて自害したのだ。エリゼーヌの名誉のために拉致を公にしなかったからブランディーヌの悪事も秘されているだけだ。
クレージュ家はエリゼーヌに尽くすことを条件に没落を免れたというのに、まさか、先代が他国の皇族へ恨み言を吹き込むとは、恥知らずどころではない厚顔無恥さだ。
フリードリヒの熱弁はなおも続いていた。
「私はブランディーヌを愛おしく思っていたが、イングリットと婚約していたせいで告白できなかった。
政略結婚の重要性を理解していたから、彼女の幸せを願いながら身をひくしかなかった。せめて、友人として繋がりをもつことで満足していたのに!
イングリット、貴様が友人のリーゼを貶めた上にブランディーヌを苦しめたその悪女まで関わっているとなっては黙って見過ごせなかったのだ!!
しかも、その記録装置は昨年聖女候補を失脚させた時にも使われたものだろう。噂で聞いているぞ。そのような怪しげな道具を信用できるわけがない」
「・・・殿下、クレージュ侯爵令嬢は魔力制御ができずに、幼子のように制御用の腕輪をしていたのですぞ?
療養生活が長かったせいだと入学を延期する申請がなされておりました。殿下はそれをご存知の上での発言ですかな?」
「まさか⁉︎ ・・・しかし、ブランディーヌが完治したのは10歳だ。魔力制御がうまくできなくても仕方あるまい」
フリードリヒは若干目を泳がせた。さすがに16歳にもなった貴族令嬢が幼児のように制御の腕輪をしていたなんて外聞が悪い。
病状悪化が魔力を暴走させた結果だと誰もが思った。貴族としては不名誉極まりないことで、皆嫌悪を堪える顔をしている。
「ほう、ロイター嬢といい、クレージュ嬢といい、殿下は懇意の令嬢にはずいぶんとお優しいことですな」
学院長が素っ気なく言い捨てると、控えていた護衛に視線をやった。
「殿下はお疲れのご様子。王宮にて医師の診察を受けられたほうがよろしいでしょう。そろそろ、迎えの馬車が来る頃です。お送りいたしますので、婚約破棄は自国でなさるのですな。ああ、殿下はされる側でしたね」
「な、ふざけるな! 私を馬鹿にす」
「いい加減になさい、フリードリヒ。王国の皆様になんと無礼な」
騒ぐフリードリヒを玲瓏な声が遮った。
フリードリヒの初恋はブランディーヌ。初恋は実らぬものと言われているし、皇族でも庶子なので引け目を感じていたので、告白できませんでした。