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婚約破棄と解消と保留、そしてする予定はありませんけど?  作者: みのみさ
第四部 婚約破棄は自国でお願いします
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証拠をお見せすればよろしいですね?

「嘆いているだけではトラウマの克服はできませんよ。

 女性だけの社交もあるのに、そうやって殿方に庇われているばかりでは立派な貴族夫人にはなれません。貧民に近い生活をしていた孤児が貴族令嬢とわかり、伯爵夫人に収まるのを妬む輩だっています。そうやって弱みを曝けだしていたら、あっという間に足元をすくわれてしまいますよ。

 ロイター嬢は貴族生活に慣れていないと言いますが、貴族であることを否定なさるおつもりかしら。

 まあ、下位貴族や平民と縁づくならばマナーの向上は必要ありませんからね。おじい様に婚約を辞退なさればよろしいでしょう」

「そ、そんな、ひ、どい・・・」

 リーゼロッテが泣きじゃくりながら喉を詰まらせた。

「いくらなんでも言い過ぎだ」

「さよう、ロイター嬢が気の毒だ」

「はあ、色ボケなさった殿方はこれだから困りますわねえ」

 マナー講師は抗議する外交官に思いきりため息をついた。


「なんだと! 失敬な!」

「失礼なのはあなた方でございましょう。わたくしどもが非難される覚えはございません。それとも、殿下の告発には貴方がたも関わっているのかしら?」

「そうだとしたら、我が国に対する敵対行為ですね。なにしろ、殿下は我が妹を始めとする貴族令嬢に娼館行きを命じられたのですから」

「はあっ⁉︎」

「何事ですか、それは?」

 レオポルドの問題発言に二人の外交官は目を剥いた。

 最初の婚約破棄宣言は入場直後の大音声だったから聞こえたが、その後のやりとりは普通の音量だ。少し距離があって会話は聞こえなかったのだ。


「まああ、なんてことを!」

「戯れも大概にしていただきたい」

「ほほう、我が学院が誇る淑女たちを侮辱なさったのか」

 教師や学院長が不快感を隠しもせずにフリードリヒを睨みつけた。保護者たちも殺意満点で冷酷な視線を浴びせてくる。

「ご、誤解だ! 少々、物言いがきつかっただけだ。そのように可愛げがないと娼館行きになると忠告しただけで、命じたわけではない」

「そうです、可憐さでいえば、リーゼロッテ様に敵わないでしょう。淑女らしくしろというつもりで」

「婚約者に見放されてお気の毒だったので、下手をすると娼館行きになるかもしれないと仄めかしただけです」

「よくもまあ、白々しく言えたものだな」

 側近も見苦しく言い訳(というよりも煽りに燃料投下しているだけだが)してきて、レオポルドが低く呟いた。問題発言を聞いたのは保護者の中では彼だけだ。


「殿下は私が聞き間違えた。もしくは、勘違いしたと仰るのですか?」

「そ、そうだ。私の物言いが誤解を招くものですまなかったが、イングリットへの非難と混同してしまったのだろう」

「ならば、証拠をお見せすればよろしいですね?」

 レオポルドが妹を見やると、メリザンドがエリゼーヌに手を差しだした。

「エリゼーヌ様、貸していただけるかしら?」

「あ、はい。こちらが記録用となります」

 エリゼーヌは腕から二連の銀の腕輪の一つを抜きとった。等間隔で黒い石が並び、細かな模様が刻まれている精緻な作りだ。手にしたメリザンドがひくりと頬をひきつらせる。

「これもまだ試作品なの?」

「はい。容量の問題をクリアするために護身機能とは別にしました。こちらの腕輪には記録機能を集積させてあります」


 なんだか、ものすっごく見覚えがあるなあ、と遠い目をしたシリルは昨年の断罪劇を思いだしていた。

 相手の害意に反応し、反撃するアミュレットだ。反撃と共に音声記録が付随されていた。その記録により、聖女候補の呪詛が確認されて、彼女は降格してただの一神官となった。

 庶子で平民暮らしの長かった彼女は神官のほうが気楽な暮らしで性に合っているようだったがーー


「ほう、これが例のアミュレットか。オーダーメイドなら注文できると聞いたが」

「それは護身機能のほうですわ。記録機能はまだ完成しておりません。詳しくは魔術師団にお問い合わせくださいませ」

 腕輪の紋様を覗き込むレオポルドにエリゼーヌが答えている。王国以外の人々の顔には???が浮かんでいた。

「何だ、それは?」

「古代魔法皇国で扱われていた技術です。まあ、ご覧になったほうが早いですね」

 レオポルドが論より証拠とばかりに腕輪の石に魔力を通した。

 黒い石が輝き、眩い光が迸った。その光のカーテンにパーティー会場での様子が映しだされる。


 バタンと激しい音と共に乱暴にドアが開けられて、フリードリヒが猛々しく入場した。動く絵姿が口を開いて怒声が響く。


『イングリット・メルケルをある貴族令嬢への暴行容疑で告発する。私の交友関係を邪推し、罪を犯したイングリットとの婚約は破棄する』

『--我が国と事を起こしたくなければ、貴様らも罰せられるべきだ! 除籍が妥当だな、娼館にでも行って調教してもらえ!』

『殿下の仰る通りです。こんな可愛げのない女どもには買い手もつかないでしょうが、懲罰には相応しい』

『リーゼロッテ様を貶めた罰です。野垂れ死にさせないだけでもお優しいことだ。お前たち、温情に感謝しろ』

『ダールベルク帝国の娼館なら、没落貴族でも引き取ってもらえるぞ』

『行儀作法に厳しいと有名な店で教育し直してもらえ!』


 動く絵姿と共に音声も披露されて、王国側からは怒りの波動が立ち昇る。

 外交官は慌てふためいて、「こんなのは知らない。娼館行きの命令など聞いていない」と関わりを否定し始めた。フリードリヒらは呆然と呟いた。

「なんだ、これは・・・」

「こ、こんなのは何かの間違いだ!」

「そうだ、魔術を使ったまやかしだろう。殿下、なんとか言ってやってください!」

 側近たちが悲鳴のような声をあげて、フリードリヒに泣きついてきた。

 この場で一番下位な彼らが公爵令嬢のメリザンドを含む令嬢たちにあげた罵声は看過できるものではない。こうして、証拠を突きつけられては言い逃れなどできなかった。


「この記録装置では映像と音声の記録を同時に撮影し、保存できます。スイッチを押せばいつでも記録が撮れますが、相手の害意に反応して自動でスイッチが入る仕組みになっておりますので、犯罪行為などに巻き込まれた場合には証拠能力は十分です。

 まだ試作品といっても、使用状況の確認段階なのでほぼ完成品です。量産は難しいので、いかにできるだけ簡易な仕組みにできるかが今後の課題となっていますね」

 イヴォンが魔術師団の広報文句で説明してきた。

 驚いて泣きやんだリーゼロッテがマゼンダの瞳を丸くしてエリゼーヌを見やった。

「どうして、こんな物をエリゼーヌ様が所持していらっしゃるの? 王族の持ち物といってもよい品ではなくて?」

「作成者が娘の婚約者ですので。被験者となっております」

 イヴォンが娘に代わってそっ気なく答えた。


 まるで無関係な第三者のように罪悪感のかけらもないリーゼロッテに薄気味の悪さを感じる。彼女が原因での騒動なのに、フリードリヒに全てお任せで悪気がないのが始末に負えない。

 これ以上、娘に関わってほしくなかった。この場にはいないが、婚約者のルクレール侯爵家が知ったら報復は確実な懸念事項だ。


「昨年の留学生にファーベルク皇国とボードレールはいませんでしたからご存じないのでしょうが、ダールベルク帝国では留学生から話が伝わったようでして。

 護身用アミュレットの販売依頼が殺到しております。

 こちらは記録用ですが、二つのアミュレットの作成にはダールベルク帝国出身のブレーズ教授も加わっておられ、教授からのお墨付きです。帝国内からも高評価が得られていますが、それをまやかしだと仰いますか?」

 フリードリヒはイヴォンの説明に口を開いたが、パクパクとするだけで何も言えなかった。

 高名なブレーズ教授の名前はファーベルクでも有名だ。フリードリヒの教師陣には教授の教え子だっている。教授のお墨付きを否定できなかった。学院長がフリードリヒをちらりと見やった。


「この記録に事情説明と生徒会に寄せられた意見を全てまとめて資料として、殿下のご実家にお届けします。ああ、そちらのご学友の生家にももれなくプレゼント致しましょう」

「もちろん、私どもからの抗議文もつけてもらえますよね?」

「当然ですね、我が国の貴族令嬢が故なく侮辱されたのです。きっと、第一王子夫妻もお耳に入れたら、不快表明なさるでしょう」

「そ、そんな・・・」

「も、申し訳ありません。悪気はなかったのです」

 側近が絶望を顔に貼りつけて頭をさげるが、保護者の怒りは治らない。報復は確実に行われる。

 ファーベルク皇家が王国との関係を重視するならば、名誉毀損で多額の慰謝料が発生する。彼らの家はお取り潰し確定だろう。

「殿下、何とかしてください」

 側近に泣きつかれてもフリードリヒだって、進退極まる瀬戸際だ。彼らに構っているヒマはない。

 母国の招待客の出席がない現状、一番高位なのはフリードリヒだ。外交官の抱き込みは完了している。彼らからの口添えがあれば、己の言動を正当化するのは容易い。それなのに、第三者の王国からの意見や見識を送られたりしたら、目論見が水の泡だ。


 フリードリヒは通常の皇族のように爵位を得て臣籍降下するのではない。皇家とは無関係になると表明されるための婿入りだった。イングリットの有責にしなければ、婚約破棄後にフリードリヒが父から爵位を承るのは難しい。

 貴族でいるために必要な断罪だったのに、メリザンドらの介入でひっかき回された。

 公での断罪は時間切れでまさかこんな結末になろうとは・・・。


 ファーベルク皇国はダールベルク帝国の属国で、帝国と同じ帝政を認められている。

 皇国では男女問わず皇帝の直系の皇位継承者は皇太子と呼ばれる。無用な跡目争いを避けるために、皇位は長子相続と定められており、第一皇太子が第一皇位継承者だ。

 長姉のアルビーナが第一皇太子で、末っ子のフリードリヒはもともと第五皇太子だった。すぐ上の姉が夭逝して、長姉が降嫁して継承権を手放したので繰り上げられて、第三皇太子と呼ばれるようになったが、皇位とは無縁の存在だと貴族内では暗黙の了解になっていた。

 何しろ、フリードリヒの生母は名ばかりの男爵家で、出産時に亡くなっている。実家は後ろ盾にはならない弱小貴族だ。庶子でも皇帝直系の血筋である以上、赤子のフリードリヒには保護が必要だった。

 父である皇帝は一時の気の迷いでお手つきにした侍女への贖罪でフリードリヒを引き取った。そして、嫡子同様--皇太子として育てることにした。

 第五皇太子が実際に皇位についた例は歴史上にはなかったし、皇位継承者ならば臣籍降下時に多額の支度金が支払われる。皇族籍から抜けても貴族籍を承り、一般的な貴族として暮らしていける。

 ただの皇族が臣籍降下するよりも裕福な条件なのだ。


 本来なら、フリードリヒは望まれない子供だった。たった一度の父の過ちでできた子供で、父や周囲の同情や憐憫、悔悟や後ろめたさで皇族の端くれに名を連ねていたに過ぎない。

 フリードリヒは使用人の噂話から知った己の身の上を嘆いていた。家族は確かに愛情を持って接してくれているが、フリードリヒはお情けで皇太子扱いされているだけだ。

 兄姉は不測の事態の場合、皇帝代理が務まるように切磋琢磨してお互いに支えあったり張り合ったりする関係だった。フリードリヒには入る隙間のない絆で、自分は皇家の異物だといつも感じていた。

 成人後に臣籍降下するのは庶子だから仕方ないと思っていた。それでも、虚しさを感じて寂しかった。父は息子を思ってメルケル家との縁組を整えてくれたが、フリードリヒにしてみれば厄介払いとしか思えなくて。


 だからこそ、断罪劇でイングリットとの縁を切ってしまいたかったのにーー


 フリードリヒは焦燥感が限界に達して苛立たしげに立ち上がった。

「ええい、いい加減にしろっ! ブランディーヌを死に追いやった奴らの言うことなど信用できるか! この人殺しめ! 

 ブランディーヌだけでなく、この私までも落ちぶれさせるつもりだな」

 フリードリヒの剣幕に驚いたリーゼロッテが席を立って後じさり、側近たちも離れて距離を置いた。


 フリードリヒが今にも殴りかかりそうな勢いで怒鳴りつけたのはエリゼーヌだった。

ブランディーヌは三部の5年目のエピソードで退場した侯爵令嬢です。

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