侯爵様はお悩みです
第二部本編開始です。
「ジェスター、君ね、ちゃんと私の話は理解してたのかな?」
「もちろんです、父様」
「じゃあ、なんでこうなるのかなあ⁉︎」
ルクレール侯爵ディオンは一人息子を前にして頭を抱え込んだ。
高魔力ゆえに器が耐えきれず、魔力酔いで寝込む事の多かった息子もようやく成長して丈夫になった。それではそろそろと、婚約者探しを始めたのが10歳、それから一年経ってもまだお相手はいない。
人見知りする息子に気に入った相手であれば格下の家でもよいと譲歩したのに、肝心の息子は断りまくりやがったのだ。
息子曰く、うるさい・臭い・気持ち悪いから、イヤだーーとのこと。
魔法貴族筆頭と呼ばれる名門・ルクレール侯爵子息ジェスターは俗に言って優良物件である。
黒髪に鳶色の瞳と色合いこそ地味だが、親の目から見ても整った顔立ちで容姿も良い方だ。モテない訳がなく、まずは顔見せとお見合いの席を設けると、ご令嬢は皆気合を入れて着飾ったり売り込もうとアピールトークで華やかな上に賑やかだ。8歳から13歳までの年齢設定で年上も見込んだせいか、お化粧バッチリに香水を振りかけてきた令嬢もいてジェスターは気分が悪くなってしまった。
中には手を繋いだりやたらと触れてこようとする積極的なお姉様もいて、ベタベタして気持ち悪いとジェスターはドン引きしている。
「学院に入るまでに婚約者を決めないと、こんなものでは済まないのだよ? 叔父の話をしただろう」
ディオンは沈痛な面持ちでむすっと不機嫌な息子を見やった。
ディオンの叔父は婚約者がいたにも関わらず、学院で薬を盛られて男爵令嬢と密室に閉じ込められた。薬で朦朧として気分が悪くて身動きできなかったのに、未婚の男女が密会だと責任を問われて男爵令嬢を娶ることになった。叔父と婚約者は政略結婚だが仲は良かったのに、無理矢理引き離されて陥れた相手との婚姻だ。上手くいく訳がない。
叔父は妻をお飾りにして結婚初日から別居生活だった。養子をとって跡継ぎにする予定だったが、身籠るはずのない妻に子供ができた。当然、叔父の子ではない。それなのに、妻はいけしゃあしゃあと叔父の子供だとのたまわったのだ。
叔父は不貞を理由に離縁しようとしたが、相手は応じず揉めに揉めまくった。
結果として叔父は国外に脱出して諸国を放浪した。10年ほどしてからようやく裁判で離婚を認められたが、元妻に関わりあいたくないために他国に永住してしまった。実家の侯爵家とは年に一度便りがあるかどうかの付き合いだ。
ルクレール侯爵家としてはコケにされた落とし前をきっちりと元妻に付けたが、叔父は戻ってこない。他国でも元気に研究に勤しんでいるらしいが、家族としては複雑だった。
「世の中にはね、自分さえよければ他はどうでもいい、という身勝手な人間がいるのだよ。学院に婚約者狩りに来る猛者もいるんだ。自己防衛のためにも、婚約しておいた方がいいというのはわかっているだろう?」
息子はむすっとしたまま頷くが、ディオンは苦い顔だ。
お見合い相手にジェスターの好みとして、控えめな装いで化粧や香水はご遠慮願ったというのに、息子はそれでもお断りした。
今度は『キラキラして眩しい、派手なのは目が痛い』と金銀の髪にエメラルドやサファイアのような瞳がイヤだ、とのたまってくれやがった。
ーー息子よ、そういう好みはもっと早く言え、とディオンは遠くを見る目になった。
高位貴族は利害関係を見込んで婚約が早い。ジェスターは出遅れた方だ。公・侯爵家に年齢の合う令嬢は数人で伯爵家中心にお見合い設定したのに全滅である。
実に頭の痛くなる問題だ。
ディオンは面倒なことになるから口外しないが、フォートリエ王家よりもルクレール侯爵家の方が高魔力だと思っていた。
侯爵家は高魔力の弊害で子供が育ちにくく、ここ数代は嫡子一人きりが続いていて分家はない。叔父でようやく親族が増えると思っていたからこそ、戻ってこないのは余計に惜しまれている。
ディオンは魔力中和を狙って伯爵令嬢と婚姻したが、ジェスターもまた高魔力で生まれてきた。
もっと、下の家格の令嬢とーー、と思案するディオンの脳裏にある令嬢が浮かびあがった。
「ジェスター、君の意向に添いそうなお相手がいるけど・・・。条件がある。これまでのようにすぐには断らない。一年間は婚約者候補として様子見するが、婚約成立は双方の合意があった場合に限る。
君の都合がよくても相手に断られたら縁がなかったものとする、でどうかな?」
「・・・一年間って根回し期間ですか?」
ジェスターは外堀を埋めてなし崩しに婚約成立させる気か、と唇を歪めた。侯爵は警戒心の強い息子に苦笑するしかない。
「いや、裏工作はしないよ。お相手は友人の娘さんだからね。君にも彼女にも幸せになってもらいたいというか、相手は土地持ちの跡取りで一人娘だ。君と婚姻するなら子供を養子にだして跡を継がせないと。
我が家と相手の家と少なくとも二人は子供がいる。仲のよい相手とじゃないと君には無理だろう。だからこその条件だ」
子供の話なんかされてもジェスターには現実味はない。まだまだ先の事だとしか思えない。しかし、一年間は一人だけ相手をすればいいのだ。これまでと比べると遥かに気が楽だった。
どうする?と、目線で問う父に息子は仕方ないと頷いた。
こうして、ジェスター・ルクレールはエリゼーヌ・シャルリエと出逢うことになったのだ。




