お揃いです
エリゼーヌは姿見の前で目をぱちくりとさせていた。
ジェスターが学院での制服ができたからお披露目したいと呼ばれたのだが、ナゼか彼女もお着替え中である。
侯爵家の御用達の服飾店からお針子が出張して、エリゼーヌに着せたライトグレーの衣装の微調整をしている。
「お嬢様、きつい所や気になる箇所はございませんか?」
「いえ、大丈夫よ。着心地がよくて素敵だわ」
「それはようございました。お嬢様は来年の入学と聞き及んでおりますので、少々ゆとりを持った仕上がりにいたしております」
エリゼーヌの頭には???が浮かんだ。
確かに、エリゼーヌは来年入学する。まだ制服の準備には早いと思うのだが、ナゼにすでにエリゼーヌの分まで用意されるのか。大いに謎だった。
学院の制服に決まった形はない。大まかな服装規程と色指定があるくらいだ。裕福な家では装飾に凝っていて刺繍やレース飾り、中には小粒の宝石を縫いつけたりもするらしい。
ルクレール家では家紋の柊の飾り刺繍を裾や襟に施していた。エリゼーヌのボレロやロングスカートにも当然のごとくしてある。
お針子が満足げにさがると、入れ替わりに専属侍女のクロエがやってきた。エリゼーヌは鏡台の前に案内されて、今度は髪型を整えるらしい。
エリゼーヌはずらっと目の前に並べられた髪飾りに困惑して信頼する侍女へ視線を向けた。
「ねえ、クロエ。どれもこれも見覚えのない物ばかりだけど、どうしたの?
テレーズおばあ様が貸してくださったの?」
「いいえ、全てマクシム様からの贈り物です。以前の失言は大変失礼したと、ものすご〜く心の底から反省したお詫びだそうです。
マクシム様はかけがえのないモノを失くされて、ほんっとうに深く後悔なされたようでして」
思わず、エリゼーヌは遠い目になった。
ジェスターの祖父のマクシムは家格差のある婚姻は不幸のもとと思いこんでいてエリゼーヌを孫の婚約者と認めなかった。
色々とあって妻のテレーズから諭された・・・、らしい。今は王都近郊の別荘宅で暮らしていて顔を合わせていないのだが、まあ随分と大変な目にあった・・・、ようだ。侯爵家の使用人からの又聞きだが、テレーズが夫婦水入らずで何やらご指導中とのこと。
ーーやっぱり、ロマンスグレーがスキンヘッドになったのかなあ?
エリゼーヌはマクシムの失くしたモノの冥福を祈ることにした。この贈り物からお仕置きの内容が察せられて、遠い目がさらに無の境地に至りそうだ。
テレーズからは友人とのお茶会には孫娘として出席してね、と伝言を受けとっている。テレーズは夫と違ってエリゼーヌを気に入って可愛がってくれた。テレーズから声かけがあれば、領地の特産品の育毛剤でエリゼーヌ命名の髪ふっさふっさを融通してもいいかもしれない。
エリゼーヌが軽く現実逃避していたら、クロエに髪飾りを選ぶように促された。
「エリゼーヌ様、夜会に相応しい華美な物はのぞきますと、こちらになります」
学院の規則では装飾品は華美でなければ可なので、華やかで豪奢な物は候補外だ。お茶会で使用するくらいの物が望ましい。それでも、髪飾りはまだ5点ほど残っている。
「わたしのお勧めはこちらですわ」
クロエが手にしたのは黒いビロードのリボンをガーネットで留めている髪飾りだ。
「お嬢様とジェスター様のお色ですね」
遠慮なく言葉にしたのは領地から連れてきた侍女のアリスだ。手先の器用な彼女は髪結い要員として控えていた。今はエリゼーヌと一緒にシャルリエ家の離れで生活しているが、侯爵家の侍女の所作を学ばせるために同行させた。
アリスの言葉に赤くなったエリゼーヌだが、素直にお勧めの髪飾りを選んだ。ジェスターの艶やかな黒髪を思わせる黒のリボンは確かに嬉しいし、制服にもあっている。
アリスがサイドを編み込みにしてくれて、後頭部を髪飾りで留めてくれて支度は整った。
応接室に案内されると、制服に着替えたジェスターが待っていた。エリゼーヌと同じ上等な生地で仕立てられたライトグレーの制服は意匠もお揃いだ。一目でパートナー仕様とわかる。
「エリィ、よく似合ってる。サイズも問題なさそうだね、よかった」
「あの、どうして、わたしの制服も用意されているの?」
「うん、一年早いけど、エリィの入学祝いのプレゼント。お揃いだから、一緒に作ってもらったほうが意匠とかにズレがない。
エリィが誰の婚約者が一目でわかるようにしたんだ。エリィとは一年間しか在籍が被らないから。
お邪魔虫排除にちょうどよいでしょう」
にこりと微笑む婚約者様は心配性だなあ、とエリゼーヌは思っていた。
そう案じなくても、下位貴族で地味な髪色の自分を見初める相手なんかいないと思うのだが、それを口にすると婚約者から教育的指導が入ると身に沁みてよおくわかっているので、にこりと微笑み返しておく。
「ありがとう、ジェスとお揃いで嬉しい。わたしももう入学した気分を味わえるね」
「エリィからはこれを貰っているし、今から揃えておけば入学時の準備が楽だからね」
ジェスターが袖のカフスボタンに触れた。ルクレール家の紋章入りのカフスボタンはエリゼーヌからの入学祝いだ。
祖父の伝手で有名な銀細工師を紹介してもらって作ってもらった。錆びやすい銀製品だが、特別仕様で磨かなくても輝きが失われることがないという。一流の職人技の逸品だ。
「それでね、これのお返しがあるんだけど、いいかな?」
「お返しって、この制服がそうじゃないの?」
「うん、制服は早めの入学祝い。お返しは別」
エリゼーヌは婚約者の言葉につい疑いの眼差しになった。
ジェスターのことだから、来年の入学時に何かと理由をつけて入学祝いを渡されそうな気がする。婚約者はやたらと小物をプレゼントするのか好きなのだ。ルクレール邸に用意されたエリゼーヌの部屋はジェスターからのプレゼントで飾られているし、実家のエリゼーヌ邸と呼ばれる離れも今後プレゼントで埋まりそうである。
「・・・入学祝いがこれ以上増殖しないなら、お返しを受け取るからね?」
「うん、いいよ」
ジェスターは安堵の笑みを浮かべる婚約者に、入学祝い以外の名目でプレゼントすればOKだな、とプレゼント攻撃を改める気は全然なかった。
「平民の学生は制服のまま街に繰りだして、制服デートというのをするらしいよ。僕たちも真似してみない?」
平民出身の護衛騎士・ノエルから教えてもらったとジェスターが提案してきた。
入学祝いのお返しにどうかな? と、婚約者に誘われて、エリゼーヌははにかんだ笑みで頷いた。