遊びではありません
ロランはお目当てのツユバミ草の栽培家を紹介してもらい、実際に育てているところを見せてもらったり、栽培記録の日誌を読ませてもらったりした。育成方法について一通りレクチャーしてもらった後は質疑応答だ。持ちこんだ資料を見てもらって意見をもらったりと充実した視察内容だった。
もう一件、特別配合の肥料を用いている栽培先に行く前に、通り道の街中で昼食をとることになった。シャルリエ家が予約してくれた小洒落たレストランで個室を貸し切りだ。
「この店は東方諸国の薬膳料理を参考にして、薬草をとり入れたメニューなんです。美味しくて健康にもよいと評判なのです」
「それは珍しいな。しかし、少し苦味があるようだけど」
「慣れないとそう感じるようですが、その場合はこちらの調味料をかけていただくと・・・」
エリゼーヌが自領のアピールで熱心に勧めると、ロランが恐る恐る試してみるといった具合だ。
お付きの者も交代で別室で昼食をいただいていた。
このレストランはお客様のおもてなし用に王都の高級店を参考にしている。いろいろなコース料理が取り揃えられていた。
裕福な庶民でも十分に使用できるお値段設定だが、警備はしっかりとしていた。しかし、デザートが終了する頃に珍客が現れた。
布付きのバスケットを手にしたポリーヌだ。
「ずるいわ、エリーちゃん。自分だけロラン様とデートして! 浮気じゃない、婚約者がいるくせに!」
「バカなことを言わないで。おじい様の代理で、ロラン様をご案内しているの。邪推はしないでください」
エリゼーヌは不快感を堪えて言い返した。
ファブリスは王都の薬草不足の対応にかかりきりで忙しい。わざわざ訪問してくれたお客様にまでは手が回らないのだ。
ロランはエリゼーヌと面識があるし、年も近い。未成年の女性だからとエリゼーヌが侮られることはなく、対応できる相手だ。当主代理として接するのに問題がないとエリゼーヌにお世話役を任された。
遊び気分のポリーヌにつきまとわられるのは迷惑である。
ポリーヌにはお迎えらしいコラール家の侍女が付き添っていた。申し訳なさそうな顔をしているのを見るに、主が迷惑をかけているのは理解しているようだ。
それなら、とっとと実家に連れ戻してもらたいのに、エリゼーヌたちに突撃かます主を止めきれなかったのか。
レストランの支配人がにがり切った顔をして背後に控えている。エリゼーヌと目があうと、深々と頭を下げてきた。
「申し訳ありません。子爵家の馬車を見かけたようでして。お嬢様がいるはずだと押し切られてしまいました」
ポリーヌに往来で騒がれては門前払いにできなかったのだろう。
エリゼーヌは内心でため息をついた。
祖父を煩わせるのは申し訳ないが、正式にコラール家へ抗議してもらわねばポリーヌは同じことを繰り返すだけだ。そのうちに高位貴族の逆鱗に触れることをやらかすかもしれない。そうなったら、コラール家もシャルリエ家も無事ではすまないだろう。
昔はこんなに無遠慮な女の子ではなかったのに、とエリゼーヌは肩を落とした。
最初は仲直りができて嬉しかった。
性格が少々変わったのは成長したせいだと思っていた。それでも、こうも色々とやらかされては友情の名残なんて、感じようもない。残念だが、お隣さんとして最低限以外の付きあいは控えたほうがいい相手になってしまった。
「ロラン様、わたし、手作りのジャムでパイを焼きました。ぜひ、召しあがっていただきたくて」
「申し訳ないけど、そろそろ次の視察先に出発しなければならない。後にしてくれないか?」
「そんなあ。わたし、ロラン様のためにと持ってきたのに。ロラン様、いちごジャムがお好きでしょう?」
レストランで持ちこんだ食品を勧めるとか、無神経どころではない発言だった。誰もが顔をひきつらせている中、クロエがすすっと前にでた。
「コラール様、パイはお預かりしますので、こちらでお食事をお楽しみくださいませ。お付きの方も昼食はまだとのこと。
当家がおもてなしいたします。お帰りにはお土産もご用意しておりますので、ぜひにどうぞ」
「ええ、当店自慢のフルコースをご用意いたしますので、こちらへ」
支配人自らの案内でポリーヌと侍女は別室に連れ去られた。このまま、おもてなしで大人しくさせて領地へ強制送還する予定だ。
クロエがにこりと主に微笑みかけた。
「さあ、エリゼーヌ様、今のうちに参りましょう」
できる侍女は厄介ゴトがやってきた瞬間から後始末の手配を整えていた。
エリゼーヌたちは近郊の農村での視察を終えると、街中の大通りを通って帰途についた。まさか、そこにまだポリーヌがいるとは予想外だった。
ポリーヌは昼食を終えてお土産までもらったのに、素直に実家に帰らなかった。シャルリエ家に戻るには絶対にここを通るはずだと待ち伏せていたらしい。
笑顔で馬車に駆けよるポリーヌに、なんだか薄ら寒いモノでも取り憑いているようだ。エリゼーヌは悪寒で身震いした。
「エリーちゃん、待ってたの! あそこでお別れなんて、いくらなんでもひどいじゃない。一緒に帰りましょう」
「コラール様、ご実家からお迎えがいらしていたのではないですか?」
主に変わって応対するのは、一足先に降りていたクロエだ。馬車からエリゼーヌがロランにエスコートされて降りると、ポリーヌがむうううっと顔をしかめた。
「エリーちゃん、ひどいわあ。クロエさんが意地悪を言うのよ。ロラン様も見ていたでしょう。
わたしだけのけ者にしないでください」
「のけ者も何も。君は一体何がしたいのだ?」
「わたしもロラン様と仲良くしたいです。エリーちゃんには婚約者がいるから、ロラン様と仲良くするのはいけないでしょう?」
ロランは眉間に深くシワをよせた。
ロランは遊びに来たのではない。エリゼーヌだって祖父の代理で領主の仕事をしているだけだ。
それがわからぬ歳ではあるまいし、ポリーヌの主張は意味不明だった。
ロランの好物がいちごジャムだと公言したのも不気味だ。そんなことは誰にも、もちろん子供の頃に出会ったエリゼーヌにも話したことはないのに、初対面の少女が何故知っているのか。
そもそも、ロランがシャルリエ領を訪れたのは祖母の薬のためだ。
祖母は肺が弱く、乾燥期の冬場には毎年衰弱してしまう。下手をすると、一晩中咳込み続けたりするのだ。
特効薬は摘みたてのツユバミ草で作るほうが効き目があるのだが、ツユバミ草の生育自体が手間暇かかって難しいものだから、自家栽培している薬師は少ない。多少、薬効成分が劣っても、納品された薬草を使用するのが一般的だった。
ロランの祖母は体質なのか、効き目が弱いのだが、世間一般には十分通用する薬だ。
祖父は祖母のために自家栽培ですぐにできる薬を用意することにした。お抱え薬師も手配したのだが、肝心のツユバミ草の栽培が難しかった。
薬草の卸元は買えばすむ話だと売ってくれはするが、栽培方法の相談にはのってくれない。困っていたところに、祖父の友人の伝手で隣国のシャルリエ家ならばなんとかしてくれるかも、と紹介された。
シャルリエ家はファブリスの父の代から、できるだけ安定した価格で薬草を卸す方針をとっていた。天候不順の不作で他の領地が値段をあげてもギリギリまで抑えていて、一部では愚かだと陰口を叩かれたが、この方針のおかげで薬が手に入り命拾いした庶民は数多い。有識者の間では国内の安定に貢献していると高く評価されている。
金儲けの観点からはお人好しの馬鹿正直者と嘲られていたが、ファブリスは父の方針を踏襲していて、ロランの祖父の注文通りにしてくれた。
おかげでなんとか栽培できるようになったが、少量だけだ。量産は難しかったから、再度助言を請うことにした。
ロランの長兄には2歳になる息子がいるのだが、祖母の体質を受け継いだようなのだ。ツユバミ草の安定栽培は必須だった。
「何か誤解があるようだが、私は足が弱った祖父の代わりに来た。父は仕事が忙しく、長期の休みがとれなかったからな。エリゼーヌ嬢はご領主である祖父君の代理だ。
取引関係で、君が思うようなオトモダチ関係ではない。
君と仲良くするとか、私には意味がないのだ。遊び相手が欲しいなら、他をあたってくれ」
「ええ、そんなあ。ロラン様、わたしだってお仕事のお手伝いができます。休憩でお茶やお茶菓子の用意をしたりとか」
「そんなのは私の侍女や従者がしてくれる。ご令嬢の貴女のすることではない」
「わたしの淹れるお茶は美味しいですよ。ロラン様の好物だって作れるのに」
お得ですよお? と小首を傾げる少女が、ロランには理解不能だ。まるで、お買い得品を勧める商人のようで、とても貴族令嬢とは思えなかった。
エリゼーヌは不愉快さに耐えていたが、これ以上お客様に無礼を働かれては家名に関わる。ポリーヌからロランを庇うように前にでた。
「ポリーヌ様、お作りしたパイはお預かりしたのです。もう、用はお済みでしょう。
お迎えがいらしたのですから、お戻りにならないとご両親が心配されますよ」
「大丈夫! エリーちゃんのところに遊びに行くって伝えてあるから」
「わたしは大丈夫ではありません。遊んでいるのではなくて、領主の仕事をしているのです。
差し支えるのでお帰りください!」
思わず、エリゼーヌは声を荒げてしまった。淑女としては失格だが、話の通じないポリーヌにイライラさせられた。
「ひどいよお、エリーちゃん。わたし、お手伝いするって言ってるのに・・・」
「しなくて結構です。お帰りください」
「そんなあ」
丸い茶目をうるっとさせたポリーヌがロランへ身体を向けた。胸に飛びこもうとしたが、ぎょっとしたロランが避けて、護衛が止めに入る。
「失礼、ご令嬢。若君には婚約者がおりませんが、それでも未婚の令嬢と接するのに相応しい距離感ではありません。お下がりを」
「ひどいですう。泣いてる女の子を放っておくなんて。あなた、それでも騎士なの⁉︎」
ポリーヌがきっと護衛を睨みつける。
相手は表面上は礼儀正しく微笑を浮かべているが、内心では訝っていた。男爵家といっても令嬢にあるまじき振る舞いをするポリーヌに本物の貴族令嬢かと疑いが湧きあがる。
そばにいたエリゼーヌにはその護衛の気持ちが察せられたので、ポリーヌを退散させようと彼女の肩に手をかけた。
「ポリーヌ様、ご両親がお待ちでしょう。今日はもう戻られたほうが・・・」
「エリーちゃんってば、ずるいっ! そうやって、わたしだけのけ者にするなんて。やっぱり、あなたの母親みたいに男爵家を馬鹿にしてるんでしょう‼︎」
ポリーヌがエリゼーヌの手を勢いよく払いのけた。
反動でよろけたエリゼーヌの足元では石畳の舗装が少々ボコついていた。よろけたはずみで窪みにヒールがとられて派手に倒れこんでしまった。
靴が片方すっぽ抜けて、荒い舗装の馬車道にずざざざざっと滑りこむ。手のひらが擦り剥けて、膝を強く打った。
「いたっ」
涙目になったエリゼーヌの耳にガラガラと轟音が響いた。