お友達でも困ります
「エリゼーヌ様、またお見えになられたのですが・・・」
どうしましょう? と目で問うオレリーにエリゼーヌは顔を曇らせ、クロエの片方の眉がくっきりとあがった。
隣の領地のコラール男爵家の一人娘ポリーヌが遊びに来たのだが、彼女は連絡もなしにいきなり訪問してくる。そろそろ学院入学を視野に入れるお年頃だ。貴族令嬢としてはあり得ない行為なのだが、ポリーヌはお友達だからと気にしない。
しかし、シャルリエ家では大いに困りものだった。
シャルリエ家にはたまに貴重な薬草を求めにくる訪問客がいる。ファブリスの人脈による招待状を持った相手限定で、皆身元は確かな要人ばかりだ。
気楽に『遊びに来ちゃった、てへっ☆』が通用しない相手ーー高位貴族だっているのだ。
突撃訪問はご遠慮願うと申し出ているのに、ポリーヌは両親の言いつけでも守らずに自由気ままに振る舞っていた。馬車で片道2時間もかかるのに、乗合馬車を利用してやって来る。
ファブリスはコラール家とは良き隣人として付きあっていた。領主になるエリゼーヌもご挨拶をしたほうがよいと7歳の時に祖父に連れられてコラール家にお邪魔したことがある。
そこで、エリゼーヌより一つ下のポリーヌと仲良くなった。ポリーヌは一人娘の跡取りで似た境遇だったから、エリゼーヌは気があったのだが、母マドレーヌの仕打ちのせいで絶縁してしまった。
マドレーヌはポリーヌが友情の証としてくれたルビーのブレスレットをみっともないと送り返してしまったのだ。
コラール領はルビーの産地で、目に見えない傷のあるクズ石のルビーを子供のおままごと用にしていた。そう目くじらを立てるものでもなかったのに、元伯爵令嬢のマドレーヌは傲慢だった。
ファブリスが薬草を融通していたから、コラール家とはお隣さんとしての関係は残っていたが、次期当主同士が疎遠なのはよくない。
王都から遠く離れた辺境の地では何かあった場合に頼れるのは近隣の領地だ。
エリゼーヌが領地暮らしに慣れてくると、関係を改善する必要がでてきた。
エリゼーヌは母の非を改めて謝罪してポリーヌと和解したのだが、彼女は以前とは少々性格が変わっていた。高熱をだして生死の境を彷徨ったのをきっかけにハキハキと自己主張するようになったらしい。前はエリゼーヌよりも大人しくおっとりとした少女だったのが嘘のようだ。
趣味だって、以前はレース編みだったのに、今ではお菓子作りに変わっていた。時折、エリゼーヌもお菓子作りに誘われるが、普通貴族のご令嬢は厨房に出入りしないものだ。
当然、シャルリエ家では認められていない。
エリゼーヌは子爵家の当主教育に加えて、ナディアからの令嬢教育で高位貴族のマナーを教わっている。誘われても厨房に出入りするわけにはいかないのに、ポリーヌは何事も『お友達だから』で、押し切ろうとしてくる。
エリゼーヌは関係を修復してから、ポリーヌに振り回され気味で辟易としていた。
「エリゼーヌ様、私がお断りいたしましょう。お客様がお泊りになられているのです。
何か問題が起こっては困りますわ」
クロエが主の心情を正確に察して申し出てきた。
今、お客様用の別館に隣国から伯爵家のご一行様が宿泊している。ポリーヌにうろつかれて、何か無礼を働かれては困るのだ。
エリゼーヌがクロエに頼もうと口を開いたら、オレリーの後ろからひょっこりと問題の当人が現れた。
「こんにちは! 野いちごのジャムができたの。お裾分けにきたのよ。お茶の時間にどうかしら?」
「ポリーヌ様、困ります。勝手に出歩かれては」
「いいじゃない。わたしとエリーちゃんの仲だもの。ねえ、エリーちゃん?」
「ポリーヌ様、さすがに子供の頃のようには・・・」
エリゼーヌは困惑して目を瞬かせた。
幼い子供ならば、他家の中を勝手に出歩いてもイタズラですませられるが、ポリーヌはエリゼーヌの一つ下の14歳だ。応接室から勝手に出歩き、エリゼーヌの私室に押しかけてくるとか、礼儀知らずどころではない。
平民と変わらない暮らしをしている男爵家もあるが、コラール家はルビーで潤っている裕福な領地だ。家庭教師やマナー教師がきちんとついているはずなのに、あり得ない行動だった。
クロエは目だけ笑んでいない微笑を浮かべて、ポリーヌの前に立ちはだかった。
「コラール様、エリゼーヌ様はお客様のおもてなしをせねばなりません。次期当主としての大事な接待です。
申し訳ありませんが、お引き取りを」
「やだあ、クロエさんってばお堅いんだからあ。
エリーちゃんには婚約者がいるんでしょ。伯爵令息と二人きりとか外聞が悪いじゃないですか。わたしが一緒に行ってあげますよ、安心でしょう」
「・・・私どもがついております。エリゼーヌ様お一人にするわけがございません」
「でも、相手は伯爵家なんだから、使用人は控えろって言われたら、逆らえないでしょ。大丈夫、わたしがついていてあげますから」
ポリーヌは自信満々だったが、何が大丈夫なのか、さっぱり意味不明だ。身分をいうなら、男爵令嬢のポリーヌだって伯爵令息相手には逆らえない。
エリゼーヌは不快そうに眉をひそめた。
「クロエたちはちゃんとわたくしを守ってくれますし、ポリーヌ様の物言いはお相手の方に対して失礼です。
ポリーヌ様、突然遊びに来られましても、当家ではおもてなしが不十分で申し訳ないですわ。また日を改めましてお誘いいたしますので、今日はこれで」
「やだなあ、ポリーでいいって言ってるじゃない。エリーちゃん、わたし、失礼なことを言うつもりはなかったの。ただ、エリーちゃんが心配だったから」
確かに幼い頃はお互いにポリーにエリーと、愛称で呼びあっていた。でも、もう幼さは卒業だ。
エリゼーヌが子供っぽいのはどうかと答えれば、ポリーヌはしゅんとなったが一瞬だけだった。次の瞬間にはもうすっかり立ち直っていた。
「わたしのことは気を遣わなくて大丈夫だからね。エリーちゃんのお手伝いと思ってちょうだい」
「そんなわけには・・・」
ポリーヌは押しが強かった。ぐいぐいと迫ってくる。
エリゼーヌは母のやらかしがあったから最初は遠慮していたのを後悔した。初手をミスしたせいか、ポリーヌは迷惑がられていても大丈夫と笑顔で押してくる人物だった。他人の話は全く聞いてくれない。
結局断りきれなくて、時間も押していることだし、お客様用の別館にポリーヌもついてくることになった。
隣国からやってきた伯爵令息一行は別館のログハウスに宿泊している。
シャルリエ家は領内の街中ではなく、霊峰連なる連山の裾野に屋敷を構えていた。薬草の宝庫の山地に出入りしやすいように、だ。
本館は普通に煉瓦造りの建物だが、宿泊客用の別館は山小屋風にしてみた。どうせなら、おもてなしで田舎らしさを味わってもらおうと高級木材でお屋敷サイズのログハウスを建てた。土台など要所には煉瓦を用いて頑丈にし、天窓や一部の窓ガラスにはステンドグラスを使用したお洒落な作りだ。
内部は木目調で統一した家具を置いて、ログの内壁と調和させている。鮮やかなパッチワークや刺繍を用いた壁掛けや飾り布、クッションをふんだんに使用して、温かく柔らかな雰囲気を演出していた。
宿泊客には物珍しさがウケて好評だった。
伯爵令息ロラン・アングラードは祖母の病に効く特別な薬草、ツユバミ草を求めにやってきた。二度目の来訪である。
前回は7歳で祖父にくっついてきたが、今回は成人近くで父の代理としてやってきた。
前回、株分けしたツユバミ草を分けてもらい、自領での栽培を目指したのだが、どうも安定した生産にはつながらず、ごく少量の栽培しか成功していないようだ。それで、栽培のコツというか、問題点を明らかにして解決策を模索するべく訪ねてきていた。
「ロラン様、初めまして! わたし、エリーちゃんのお友達のポリーヌ・コラールです。お隣の領地なんですよ。
今日はエリーちゃんのお手伝いをします、よろしくお願いしますね」
ロランはポリーヌに元気よく挨拶されて面食らった顔をしたが、一瞬だけだ。すぐに貴族令息の仮面を貼りつけてポリーヌに応対する。
エリゼーヌはアイコンタクトで疑問符を投げかけられたので、申し訳なさそうに眉を下げた。エリゼーヌの本意ではない、と悟ってもらえたようで、ロランにかすかに頷かれた。
「それでは、栽培家にご案内しますので、こちらへどうぞ」
馬車に案内されてロランには従者が、エリゼーヌにはクロエが付き従った。一人で勝手に動き回るポリーヌにお付きの者はいないが、何か問題があっては困るのでシャルリエ家から中年の侍女が付き添う。
「まあ、わたし、アリスかオレリーがいいわ。ねえ、エリーちゃん、お話相手にこの人は向かないと思わない?」
「・・・ポリーヌ様、侍女はオトモダチではありません。ポリーヌ様に何かご不自由がないようにお世話させていただくのです。不慣れなアリスたちでは何かあった場合、対処できません。
このグレースはわたくしの幼少期から支えてくれているベテランで最も頼りになる者です。侍女がいらないというならば、こちらで待機していただきます」
「ええ、そんなあ、ひどいよお。わたしだけ、のけ者なの? ロラン様もそう思いませんか?」
「悪いが、思わない。私は遊びに来たのではないのだ。邪魔はしないでもらいたい」
銀髪に青い瞳のロランが無表情に告げると、酷薄な印象だ。
ポリーヌが瞳をうるうるとさせ始めると、グレースがさっと腕をとった。
「さあさあ、お嬢様。野いちごのジャムをお持ちくださったのでしょう。パイでもお焼きしますから、こちらにどうぞ。
薬草園の視察について行っても、お嬢様には楽しくないですよ」
暗に邪魔者扱いしているのだが、グレースは有無を言わせない迫力でポリーヌを連れて行く。
だって、でも、そんなあ〜、などなど。
ポリーヌの声が遠ざかっていくが、場はほっと安堵の空気が広がった。空気の読めないポリーヌには皆困惑させられていた。
ポリーヌは全く気づきもしていないが、令嬢一人が連れに加わるのだ。付き添いの侍女や護衛の手配、訪問先にも知らせを走らせねばならない。急な予定変更でこの後の段取りが全て狂ってしまうのに、彼女には迷惑をかけている気はさっぱりなかったから驚くしかない。
「申し訳ありません、アングラード様。ポリーヌ様は悪気がないのですけど、お話を聞いてくださらなくて・・・」
「悪気がないから何をしても許されるとか、幼児期だけだ。あの令嬢は君とそう変わらない歳のようだけど?」
「わたくしより一つ下の14歳です。お止めできなくて、申し訳ないですわ」
「いや、君のせいではない。隣人ではそう無下にもできないだろうし。
それよりも、昔のように呼んでもらいたいのだけど・・・。私もエリーと呼んでも?」
「それでは、ロラン様と呼ばせていただきますので、わたくしのことはエリゼーヌとお呼びください」
エリゼーヌは淑女の仮面でにこりと微笑んだ。ロランは微かに眉をよせたが、しかたなさそうに了承した。
エリゼーヌには婚約者がいる。幼い頃のような付きあいは誤解のもとだ。節度ある付きあいをしなければならなかった。
実は、ロランは前回薬草を求めに来た時にエリゼーヌと出会っていた。
エリゼーヌは6歳で、一つ上のロランに仲良く遊んでもらった。ちょうど文字を学んだエリゼーヌは彼と手紙を交わす約束をしたが果たされなかった。マドレーヌが伯爵令息と文通なんてはしたないと激怒して、ロランからの手紙もエリゼーヌの手紙も両方とも握りつぶしてしまったのだ。
再会してそのことをお詫びして、お互いもう過ぎたことだと了解していた。エリゼーヌはお得意様になるかもしれない相手と蟠りがとけてほっとしていたが、ロランの胸中は複雑だった。
かわいい子だな、と惹かれていて、ずっと心の片隅で気になっていた相手だ。隣国の噂で婚約したと聞いて真偽を確かめるつもりもあっての再訪問だった。噂は本当だと聞かされて驚いた。
ロランは三男で婿入り可能な立場だった。跡取り娘のエリゼーヌにはちょうどよい相手だったろうに、まさか侯爵家の跡取りと婚約するなんて・・・。
もし、あのまま妨害にも負けずに文通友達として繋がっていたなら、今頃はどうなっていたことか。
ロランは残念さと無念さが入り混じって、思わしげなため息をつくしかできなかった。
ツユバミ草は架空の薬草です。この世界独自の植物ということで。