婚約3年目 エピローグ
今回は短め。シルヴィのお話です。
「おかあさま、ドロテとエロディは?」
シルヴィは周りを見渡して母に尋ねた。
帰国の途につくのに、シルヴィお付きの筆頭侍女ともう一人の姿が見当たらないのだ。シルヴィの怪我で滞在期間が延びたが、里帰りした侍女は帰国の一週間前には全員戻ってきたはずなのに。
すると、母は少し目を伏せてから娘の頭を撫でた。
「二人とも、お家の事情で辞めてしまったの。シルヴィには寂しい思いをさせてしまうけど、お家に帰ったら新しい侍女をつけてあげるわ。一緒に選んでもいいわね。
お母様と新しい侍女をみてみましょうか?」
シルヴィは慣れた侍女がいなくなってがっかりしたが、怪我をしてからは母がずっと一緒にいてくれた。母のお付きの侍女もよく構ってくれていたから、そんなに寂しさは感じなかった。お気に入りのジェスターが一度しかお見舞いにきてくれなかったが、それさえも気にならないくらいだった。
シルヴィは母が一緒に侍女を選んでくれるのが楽しみで、すぐに機嫌をなおした。
シルヴィの怪我がよくなってそろそろ帰国しようかと準備し始めたら、父が迎えにきた。子煩悩な父は予定より長く我が子と会えなくて無理矢理仕事を前倒しにしてきたのだ。
母はしかたのない人と苦笑していたが、王家としては娘の配偶者といっても隣国の王弟だ。歓迎会を開こうとしたが、非公式だから内密に、と願われてしまっては派手なことはできなかった。身内だけの晩餐会を行い、数日ほど過ごしてからの帰国だ。
婚約者の国へ出向いていた第一王子のクロヴィスも戻ってきて、王家では久しぶりに家族が揃った。
ソフィとシルヴィはクロヴィスからお土産で北方諸国特産の毛織物やあみぐるみなどをもらってご機嫌だ。あみぐるみには宝石のついたブローチやペンダントが飾られていて、もちろん子供たちが使える装飾品だ。キラキラした飾りに二人とも目を輝かせた。二人にはまだ早いと宝石のついた装飾品はもらったことがなかったから、余計に眩しく目に映る。
「わたくし、大きくなったら、クロヴィスさまのおきさきさまになってあげてもよくてよ」
ソフィが興奮気味に宣言すると、クロヴィスが返答するよりも早く父からの牽制が入った。
「ダメだよ、ソフィ。クロヴィス殿には婚約者がおられるのだから。残念ながら、婚約者がいる相手とは婚姻できないのだよ」
少しも残念そうでない父の言葉にソフィはしょんぼりとなったが、シルヴィが嬉々として会話に加わった。
「それじゃあ、シルヴィはおとうさまのおよめさんになってあげる。おとうさまにコンヤクシャはいないもん」
「まあ、婚約者ではないけど、お父様はもうお母様と婚姻しているのよ?」
母に言われてシルヴィはぷくうとふくれた。
「おかあさま、ズルい。シルヴィもおとうさまとコンインするの!」
「そうかあ、シルヴィはお父様が大好きなんだね」
父はデレデレと相好を崩した。
おマセな長女は父には目もくれないが、次女はまだまだ父にはべったりだ。
その様子に祖母である女王は内心でやれやれと胸を撫でおろした。
孫のシルヴィの婚姻の噂が流れ、将来的にはあり得る話だと思った。お相手の選定ぐらいするべきかと一考するつもりだったが、この様子では父である大公が愛娘を国外にだすのは承知しないだろう。
大公は準王族として公務に携わっているが、娘たちを政略の駒にする気は確実にない。
友好政策としては有効な手段だったが、ただの噂話として処理したほうがよかろう。
何しろ、魔法貴族筆頭と呼ばれるルクレール家から厳重かつ丁重な抗議がきている。ただの噂話だからと軽く見誤った娘にも非があることだし、無理に話を進めるのは方々に無用な軋轢が生じそうだった。
噂話を流した侍女はすでに円満退職していたが、表向きだけだ。大公がお怒りで隣国への出入りを禁止されていた。侍女たちは婚家からは離縁手続きをとられて荷物だけ送られることになった。実家には事情を知らせてある。支える主を利用しようだなどと厚かましい真似をした彼女たちを受け入れる気はないだろう。
望み通り、故国への帰郷を果たした彼女たちの今後の見通しは暗い。
まあ、忠誠を誓いながらも主を軽んじた罰だ。甘んじて受けてもらおう、と女王は侍女たちを王宮で雇い入れるのを禁じることにした。
いつもお読みいただきありがとうございます。
評価やブクマ、いいねなどありがたいです。
誤字報告もありがとうございます。必要と思われるものだけ訂正しました。ご了承ください。
次回から4年目の話になりますが、投稿日の変更をいたします。
毎週水曜日の18時から、週一の投稿になります。
先月から少々仕事が立て込んでおり、ストックがなくなってしまいました。来月くらいまで忙しさが続くので、ペースダウンします。余裕ができてストックができれば、もとのペースに戻す予定です。
どうぞ、よろしくお願いします。