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7話









 バンバンバンバンバン、ガンガンガンガンガンガンガンガン、ドンドンドンドンドンドン。

 大変、うるさい。

 連続して鳴り続けるのに微妙に変化していく騒音に眉を寄せて唸る。くぁっと大欠伸しつつ、うつ伏せのまま両手と背筋を伸ばす。猫の伸びだなこれ、と自分でも思うけれど身体を起こしきるのも面倒だ。もう一度大欠伸している間にも音は止んでいない。

 魔法で作った服は寝るときには解いてしまうので、基本的には下着だ。中には寝間着を着る魔女もいるけれど、魔女は基本的に己の魔力を編んだ服しか着ない。寝る間も魔力維持できる寝間着を編める魔女はそうそういないので、下着で眠る魔女のほうが多かった。人の服は、どうにも合わないのだ。



 重力に従って首元で揺れている石に触れれば、あっという間に杖が現れる。くるりと回し、外に声を通す。


「朝っぱらからやかましい……」

「何が朝だ! もう昼過ぎだ! いつまで寝ているんだ! 叔父に話を通せと言ったのはお前だろう!」

「あー……今はお一人で?」

「それが何だ!」

「いえ……言葉遣いどれにしようかと」

「ああ、そうか。私一人だ」


 騒音に起こされた呻き声を混ぜながら答えると、合点がいったのか口調は少し穏やかになった。こういう物わかりの良さと、相手の事情を組んであっさり受け入れてしまえるところは、人として美点であろう。だが、王族としては危なっかしいとしか思えない。魔女のような存在につけ込まれることになりかねないのでリアンは気をつけたほうがいい。


「とりあえずどうぞ……」


 杖で扉を開ける。まだしょぼしょぼする目を擦りながら開けた扉のほうを見遣る。身体起こすのだるい。昨日本を読みすぎた。眠い。

 ともすればそのまま寝てしまいそうな意識をなんとか繋ぎ止める。リアンは独りでに開いた扉をしげしげと見つめていた。今日も変わらず、ぱつぱつぶかぶかな格好だ。長丁場になるかもしれないから、服は新調したほうがいいと思われる。


 杖を回して顔を洗ったりと身支度を整えた。気が向けば顔を洗うことも歯磨きも人間のように道具を使うが、面倒であれば魔法で済ませてしまう。くぁっと欠伸をする。今日は面倒のほうなのだ。さて服はどうしたものか。

 リアンの視線がこちらを向き、ぎょっと目を剥いた。引きちぎらんばかりの勢いで上着を脱ぎながらつかつかと入ってきて、上着を私に叩きつけた。


「ぶっ」

「服を着てから扉を開けろ、大馬鹿者!」

「着てるじゃないですかったぁ!?」


 上着の上から的確に頭へ拳骨を落としてきた。ろくでもないいたずらの相場が拳骨だと言っていたくせに、いたずらでもないのに拳骨を落としてくるとは何事か。

 じんじん痛む頭を押さえ、涙目で上着から顔を出す。その間も、リアンは私が蹴飛ばしていた布団を拾い、せっせと私にかぶせている。


「起きるんですから埋めないでください」

「お前はっ! いくら自分が七百十五歳で、私が現在女の姿をしていようと、それなりの恥じらいというものがあるだろうが!」

「全く問題ないようにしか聞こえなくないですか?」

「屁理屈を言うな!」

「えぇー……」


 屁理屈か? いや理不尽ではないか?

 私は首を傾げた。その辺りの判断はつけづらい。だって人間の常識に疎いのだ。それはそれで仕方がない。だって魔女なのだ。魔女には魔女の掟。



 目はすっかり冴えてしまった。だったらさっさと用事を済ませてしまおう。上着と布団をはねのける。くわっと眦を釣り上げて怒鳴ろうとしたリアンの唇に指を当てて黙らせ、杖をくるりと回す。

 彼の叔父に会うのなら、飾りっ気のない単純な服がいいだろう。お前に興味などないと示せるような、真っ黒な一枚布。身体の線も消し、中身が丸くなろうと背が曲がろうと大して分からない、そんな服がいい。

 魔力を編み上げ、服を用意する。唯一使われている黒以外の色は、髪と同じ色。己の魔力の色を差し色にして、簡単に済ませた。手を入れなければ簡単な物だ。

 あっという間に服を編み上げ終わると、リアンは目を丸くしていた。どうしたというのだろう。この指を外した途端、怒鳴りつけてきたら嫌だな。そんなことを思いながら、そろーっと唇から指を離す。

 リアンはまだぽかんとしていた。もしかして、魔法が珍しいのだろうか。


「魔法はそんな使い方もあるのか」

「魔法は知識と同じですから」


 首を傾げられてしまった。言い方が悪かったらしい。頭が悪いわけでも端からこちらの言い分を聞くつもりがないわけでもない人が分からないと伝えてくるのは、こちらの伝え方が悪いのだ。ちょっと考えて言葉を足す。


「どう使うかは使う者次第で使い方次第ということです」


 考えたところで足せる説明は微々たる物だ。ケチっているわけではなく、他に言い様がないのだ。だけど、そんな短い説明をリアンは生真面目な顔で咀嚼し、成程なと頷いてくれた。


「殿下は怒りっぽいけれど怒りっぽくないんですね」

「は?」


 出しっぱなしにしていた瓶を珍しそうに覗き込んでいたリアンは、怪訝な顔で振り向いた。


「いやぁ、魔女は基本、何しても怒られるので」

「何だ、それ」

「答えたくないことを答えなくても、答えた結果相手が理解できなくても、相手に不都合な内容でも、都合がよくても、基本全部怒られるんですよ」

「…………何だ、それ」

「さあ? 都合が悪い言葉は呪い、都合がよければ覗き見。そんなところでしょうか。だから殿下は珍しいです。殿下と話していると面白いですね」

 鏡の前に立ち、くるりと回って背後も確認する。髪を持ち上げ、背中から一通りの流れを見て、問題ないと杖を下ろす。寝ぼけて作ると、背中に穴が開いていたりするので要注意なのだ。最後に杖をくるりと振り、帽子をかぶればいつもの魔女である。

「じゃあ行きましょうか」


 部屋を出たのに、今度はリアンが部屋から出てこない。眠いのだろうか。寝るなら自分のベッドに戻ってほしい。いやでも、彼は自分の部屋に仮眠へ戻ろうとして女にされた過去がある。それは確かに部屋へ戻るのも躊躇うだろう。じゃあそこで寝てもいいですよ。だって元々、ここは彼の家なのだから。


「お前は」


 そう伝えようとしたら、リアンは別に眠そうな顔をしていなかった。それどころか、何だか顔が硬い。


「何ですか?」


 そういえば今はお昼過ぎと言っていたな。お腹空いた。でも先に用事を済ませたほうがいいだろう。なんなら、話を聞きながら食べてもいい。あ、それいいな。

 自分の思いつきが思ったよりいい感じだ。だって魔女っぽいではないか。魔女っぽくないと師匠に散々笑われてきたので、独り立ちを機に、これからは更に魔女っぽさを気をつけなければならないのだから。

 そんなことを考えていたら、リアンは溜息と一緒に肩の力を抜いた。


「いや、何でもない。それより、叔父上と会うのだからもう少し色々気をつけろ。叔父上の前であんな格好絶対にするんじゃないぞ」

「はあ。まあ大丈夫だと思いますけど。何かあったら呪うので別に」


 かりかりと杖で頭を掻きながら答えると、リアンがぐわっと大口を開ける。


「何かある前に呪え! だがこれ以上面倒事増やすな!」

「うわ、びっくりしたぁ! 怒るとこ唐突過ぎて掴めませんよ、殿下!」

「私は至極まともで一般的な常識で怒っている!」

「あ、それじゃ私には分かりませんね。魔女なので。いやぁ、仕方ない仕方ないったぁ!?」


 拳骨が振ってきた。帽子を胸に抱え、頭を直接押さえて呻く。……あれ? おかしくない? 私、この大きなとんがり帽子かぶっているのに、何をどうやったら人の脳天に拳骨を振り落とせるのだ? おかしくない!? もしかしてリアンも魔女か!? 

 そう思って、痛みに滲んだ目でそろーりと見上げる。魔女は怒れば怒るほど妖艶に笑っていくものだ。さて今のリアンはというと……口をひん曲げ、中心で炎を燃やす瞳を釣り上げ、どこからどう見ても烈火のごとく怒っていますといわんばかりに怒ってる。

 これ違う。魔女じゃない。ただの魔王だ。


「年上なら年上らしく、年下の見本になるようせめて少しくらいは心がけろ!」

「あー……そういうの向き不向きがありますし、魔女としては及第点なんですよ、これでも。殿下はきちんとした人間の見本として適材ですね。殿下の年下にあたる人間は恵まれてますね」

「煙たがられるがな」

「あー……」

「年上にもうるさがられるな」

「あー……」

「……お前今、分かるーって思っただろ」

「イヤマサカソンナー」


 これから人に会いにいくのに食堂に寄って手で持って食べられる物を頼んだ私に、リアンは眉を顰めた。けれど、かくかくしかじかでと魔女っぽさを強調するためにと説明すれば意外にもすんなり認めてくれた。最近魔女にフラれたばかりの叔父だから、魔女っぽい相手には手を出さないんじゃないかと思ったそうだ。

 まあ、魔女っぽいも何も私は魔女なのだが。ちなみに一番の理由はお腹空いたからだけど黙っておこう。

 そうして食堂のコックから私に渡された物は、丸の林檎だった。昼も過ぎて食堂の片付けが一段落した今、余計な洗い物増やしたくないそうだ。……あれ? 私、魔女……恐怖の、呪いの、おぞましい、魔女。魔女の、威厳……。

 両手で林檎を包み持ったまま無言を貫き通す私の背を、哀れみをこめた目でリアンがぽんっと叩いた。私、魔女……。








 金の髪を持つ男と、金の髪を持つ少女が向かい合っている。更に目の色もそっくりだ。顔つきもよく似ている。しかし、身体的特徴以外似ている箇所は皆無だ。向け合っている表情は全くの真逆である。


 私達はいま、リアンの叔父、シタレーヘナトの寝室にいた。王族の寝室に魔女が入っちゃっていいのかなぁと人間っぽく考えてみたけれど、そういえばその前に既に別の魔女が入った上に通りすがりの王子に呪いかけていったんだった。シルフォン国ふわふわだなぁ。


「いやいやいや、参ったよ。この僕が声をかけてあげたのに、まさかこの僕を置いて世界に羽ばたいていくなんて」


 もっしゃもっしゃもっしゃ。


「この僕を置いていくなんてあり得ないよね、そうは思わないかいリアン……ああ、そうか。彼女はきっと天使だったんだ。天からの使命を帯びた麗しき天使だ。だから、この僕を置いてでも向かわなければならない場所があったんだね……」


 むっしゃむっしゃむっしゃ。


「燃えるような赤い髪に瞳、爪も同じ色に揃えていた。美意識の高いそれは美しい女性だった……まさにこの僕の隣に相応しい、そんな女性だったのだよ。王都の女性は皆この僕の美しさに気後れしてしまうらしく、僕を敬いすぎていて気楽に接してくれないこの僕の淋しさを埋めてくれると信じられるほどに……」


 おかしいな。林檎なのに胸焼けしてきた。しかもこの林檎酸っぱい。ジャムにしたら美味しいだろうけど、そのまま食べる用じゃない、絶対。

 あれ? 私、魔女……普通魔女にこんな林檎食べさせたら、蛙にされるか鼠にされるか、気まぐれで面白がられて見逃されるか、気に入られて纏わり付かれるかのどれかで大変危険だから、その辺りはリアンからそぉっと注意してもらったほうがいいかもしれない。

 私は面倒だから呪いを振りまいたりはしないから別にいいけど……いや、よくはない。どうせなら美味しい林檎がいい。いや、出来れば何か……もっとこう、パンとか……。うお、芯になればなるほど渋い!


 頑張って食べきった林檎の芯をじっと見つめる。リアンが死んだ目で聞いているシタレーヘナトの話が長いので、林檎を食べきってしまったのだ。真上に放り上げ花にする。落ちてきた赤い花を受け止め、もう一度放り上げ青い花にする。もう一度放り上げ、青い鳥にする。鳥は私の上を三度回り、窓の外へ出て行った。

 それを見送った視線を戻せば、さっきまでの死んだ目を復活させたリアンと目が合った。


「お前、それ何だ?」

「手遊びだよ、坊や」


 しゃがれた声で答えてやればぎょっとした顔を一瞬した後、瞬時に取り繕っている。昨日一回聞かせておいてよかった。立ち直りが早い。

 私は壁に凭れていた背を離し、杖先でシタレーヘナトを指した。相手は椅子に座っているから指しやすい。


「そこの坊やの話があまりに退屈でねぇ。それで、あんたが逃げられた女の名前は知っているのかい、知らないのかい」


 赤の魔女。頭の中で魔女図鑑を捲る。サバをよんでいなければ二百歳前後。まあ、魔女がサバをよむとしたら、年上の方向か、いっそ十代にまで派手に読むので、二百歳という年齢を答えたのなら真実である可能性が高い。赤の魔女で二百歳。絞れるかな?

 リアンの叔父は、二十代後半か三十代前半だろうか。人間の年は大体見た目に出るから分かりやすい。魔女はなぁ。見た目三つくらいなのに四千歳とかざらにあるからなぁ。


 揺らしながら答えを促していた杖先に、シタレーヘナトが指を這わせた。え、ちょ、触らないで。

 そぉっと心持ち杖を下げたけれど、指はそのままついてきた。やだ、引っ付いた。


「可愛い人、妬いてくれるのかい? 妬かなくても、僕は貴女の虜だとも」


 がす。

 思わず杖を押してその額を突いていた。しまった私は七百十五歳。こんなことで動揺してはいけないのだ。魔女には魔女の掟。


「他の魔女のお下がりなんて興味はないよ。それにあたしは、あんたみたいな坊やは好みじゃないのさ。男はやっぱり逞しくないとね。あんたみたいな貧弱な身体じゃあ、到底乗り気にはなれないね」

「ふふ……服を着ていたら分からないだろうけれど、僕実は、脱いだら凄いんだよ」


 がす。

 駄目だ。思わずが止められない。本当は杖で触れたくもないけれど、手で触れるのはもっと嫌だ。シタレーヘナトは、聞いていた以上に見境のない男のようだ。

 これのとばっちりを受けたリアンが本当に可哀想である。彼は死んだ目で私と自分の叔父を見ていた。いつも瞬時に爆発する怒りを私に向けてくるくせに、この部屋に入ってからずっと目が死んでいる。その様子を見るに、もう怒る気力もないくらい迷惑をかけられ続けてきたのだろう。

 迷惑な親類縁者は、百の災害に匹敵する。哀れ。



「あんたを捨てた魔女の名前を早くお言い。まさかもう忘れただなんて言わないだろうね?」

「ベリンダも炎のように美しい女性だったけれど、君のように薄荷を思わせる刺激的な女性も素敵だね。君達魔女は皆一貫して普通とは違う美しさを持つ。昔ここにいた薔薇のような魔女も、それは妖艶で美しかった……」


 私は思わずリアンを見た。聞いていない。シルフォンは魔女に縁がない国ではなかったのか?

 リアンは目を丸くしてシタレーヘナトを見ている。これは彼も聞いていないとみた。聞いていない同士仲良くやろう。しかし、同士と目が合わない。同士はシタレーヘナトしか見ていない。聞いていない同盟は発足出来ない危機が発生してきた。


「何だ、それは。叔父上、私はそんな話聞いたことがありませんが」

「そりゃそうだ。お前が生まれる前の話だもの。聞きたければ兄上から聞けばいいさ。兄上の客人だったんだから。そんなことよりも、美しい魔女のお嬢さん。お名前を教えて頂けないでしょうか。貴女には是非、この僕と一夜を過ごす権利を差し上げたい」

「……叔父上、それは私の呪いを解きに来た魔女なので、余計な手出しはしないで頂きたい」

「ああ、そうだ。もう少しでお前の十八の誕生日だ。盛大なパーティーを開くから、それまでに呪いを解いておくんだよー」

「だっ、誰のせいで!」

「それにしても、何だいリアン。焼き餅かい。……不思議だね。今までは何とも思わなかったのに、君が女性になってからは僕の小鳥のように繊細な心は震えてしまうんだ。そうともこれは禁忌の愛……」


 あ、無理。

 そう悟った私は、リアンへは無駄に美しい動作で形作った指を向け、私へはいつの間にか杖を這い上がらせた指で私の手に触れそうになっているシタレーヘナトの額に渾身の一撃を叩き込んだ。


 膝で。








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