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3話





 魔女は基本的に師を持つ。国は持たないが師は持つのだ。

 何故だかそういうことになっている。これは掟でもしきたりでもなく、何故だかそういう流れになるのだ。


 魔女は魔女の子だけに生まれるのではない。ただの人間からもぽろりと生まれる。昔は忌み子として殺されていた魔女を、他の魔女が匿い、弟子として育てていた歴史からなのか、魔女自身に弟子を育てる習性があるからなのか。

 それは誰にも分からないし、魔女自身も興味がないので誰も調べないが、魔女は師を持ち、弟子を育てる生き物だった。

 魔女が生まれれば、どんなに辺境の村でもふらりと魔女が現れる。そうしてその子を引き取っていく。親は基本的に子を手放す。自分達では魔女としての生き方も子が生まれ持つ魔力の扱いも教えてやれないからだ。子が三つになるまでに、必ず魔女は現れた。



 私も例に漏れず師を持つ魔女だ。

 師はチョコレート色の髪を持つ大変美しく大変魔女らしい魔女で、気まぐれで、気まぐれで、とにかく気まぐれだ。

 あと適当。

 もちろん尊敬している部分も大いにある。何千年も生きている古い魔女である師は、知識も術も豊富だ。たぶん色々考えているのだろうとも思う。気まぐれな上に人に何の説明もしないだけで。


 魔女の独り立ちは魔女によって違う。だが、大体十三から十七の間に独り立ちする。師匠から一人で依頼を任されたら、それが独り立ちの合図だ。

 私も十五だ。そろそろ独り立ちかな、色々大変なことも多かったけれど、お世話になった師の工房を出るのはやっぱり寂しいなとしんみり思っていた。

 出発当日まで。


『はい契約書。はい君の鞄。いやぁ、あんなに小さかった君が独り立ちかぁ。感慨深いねぇ。ばいばーい』


 さくさく叩き出された挙げ句、振り向けば師の家ごと消え去っていた更地を見て胸に湧いたのは寂寞の念か。いいや。


『この野郎ディアナスまたかふざけんな夜逃げか借金取りか手玉に取った男達の襲撃かからかった相手からの復讐か恋人を奪われた女達からの追撃かどれだどれの身代わりに私を差し出した』


 である。



 これだけで私と師匠の関係を大体分かってもらえるだろう。まさかやらかした後始末の身代わりに差し出されたわけではなく、本当にただの初依頼だったと分かったときは、独り立ちへの不安よりも師への驚愕が勝った。あの師匠にまともな部分もあったのか。そんな馬鹿な。

 そうしてしばらく呆然としたものだ。まあ、契約書に添えられた師匠直筆のメモに『魔女に呪われて激激激激激怒の王子様の解呪よろしく、怒られるの面倒だからこの依頼君にあげる~』と書かれていたのを発見して、あ、普通に師匠だと思ったものである。


 そんなのでも一応師匠。師匠が独り立ち用の依頼として弟子に渡した依頼を断るという選択は、いくら魔女でもない。いや、魔女だからこそない。

 魔女には魔女の掟。






 依頼を果たそうと訪れた城で迎える初めての朝、師匠の部屋の掃除や師匠のやらかしの後始末や師匠の散らかしの後片付けがない身分となった私は、昼過ぎまでぐっすり寝た。

 皆が昼休憩も終わろうかという時間にごそごそ起き出す。


 くぁっと大あくびと長い背伸び一つ。もぞもぞと立ち上がり、胸元にぶら下がっている首飾りの石を指先ですくい取る。石は見る見る間に私の杖へと姿を変えた。もう一つ欠伸をしながら、杖をくるりと回す。頭の上にふわりと帽子が乗っかる。その帽子から黒い霧状の光がぞろりと現れた。黒い光は胸元と腰回りだけを隠している布の上に面積を広げ、やがて一枚の服になる。

 魔女の服は、下着以外の服はその場で魔力を使って練り上げる。黒を基調としていれば形は問わない。魔女に制服など存在しないからだ。胸元を大きく開いた服を好む魔女もいれば、一切の露出を望まぬ魔女もいる。身体の線に添った服を好む魔女もいれば、一枚布をすとんと下ろした線の服を好む魔女もいる。レースなど細かい部分を作ったり、布の量を増やせば増やすほど魔力も使うし手間もかかり、逆もまた然り。

 下着だけは少々事情が違う。その場で練り上げるのではなく、一から丁寧に魔力をこめ、完全に独立した個としての存在に作り上げる。そうでなければ、万が一魔力が切れたら悲惨なことになるからだ。まあそうは言っても魔女なので、気に食わぬ相手に裸体を見られでもすれば例え相手に非がなくとも、今見たことを忘れるほどの目に遭わすだろう。


 特殊な条件下で作られている下着は、形を変えられない代わりに洗濯も手入れも必要ない。ただし、同じ要領で服を一着作ろうとすれば魔女の干物が出来上がると言われるほど、とんでもない手間と魔力を要するのだ。


 私は慣れた服の形を作り上げていく。新しい服の形を考えるのは暇なときにしたいもので、私は一枚布をすとんと下ろしたワンピースを作り上げた。裾の長さは地面に触れるか触れないほどだ。杖をくるくる回す。腰回りや要所要所をやや絞り、スカートに生地を増やして風によくなびくようにする。生地が流れればそれだけで優雅に見えるものだ。

 袖や裾、胸元を多少のレースで彩る。華美すぎる必要はない。私はただ侮られぬ程度に魔女らしくあればいい。新米魔女と知られて痛い目を見るのはごめんだ。


 一通り用意を済ませ、鏡の前でくるりと回る。裾は優美に舞い、つばの大きな帽子がゆらりと揺れる。杖の先では今日も髪と同じ金緑が光を放つ。


「上出来」


 そこにいたのは、昨日独り立ちしたばかりの立派な魔女(新米)だ。






 城の厨房へひょっこり現れ食事を要求し、皆にとっては昼用に用意されていた肉料理をぺろりと平らげる。そして、その足で王子の執務室へと踏み込んだ。

 ノックはしない。魔女は入られたくなければ自分でそれなりの対処をするから、入室者が気を使う必要はない。そして気を使うような魔女もいない。人間用に対処を変えもしない。魔女は魔女の都合でしか動かないのである。



「おはようございます」

「っ!?」


 突然部屋へ乗り込んできた魔女に、リアンは慌てた様子で読んでいた本を閉じた。すぐにふんっと胸を張ったが、どう見ても何もなかったようには見えない。

 つかつかと部屋の中に入り、リアンの机にどっかり座る。魔女の貫禄だ。決して私の尻が重いわけではない。


 机の上には書類と一緒に本が何冊も積まれていた。それらには触れないよう座ったつもりだけれど、リアンがふんぞり返った拍子に机に当たったらしく、私がどうこうするまでもなく積まれた本の塔は崩れた。それには一切触れず、リアンは口を開いた。


「入室を許可していない部屋に挨拶もなく入り込むとは、魔女とはつくづく礼儀知らずだな」

「人間の礼儀など魔女が守る必要がありまして?」


 ころころ笑いながら、さっきリアンが閉じた本へ視線を走らせる。ついでにさりげなく隅へ押しやられていく本の題名にも目を通す。


『魔女』『魔女について』『魔女とは』『魔女と毒』『魔女の呪い』『魔女に破滅あれ』『魔女辞典』『これ一冊で魔女が分かる!』『魔女解体新書』『魔女の歴史』『魔女に遭ったらこれを言え!』『魔女が齎した災厄』『魔女と七人の小人』『魔女の災難にこれ一本! 伝説の剣とその在処!』


 なかなか勉強家である。小難しそうな本から大衆娯楽、果ては絵本までそれなりに網羅されている。『これ一冊で魔女が分かる!』あたりは私も読みたい。何だ、何を分かられた!? とどきどきしてきた。そして、昨日からやたらふんぞり返って対応してくるのはもしやこの帯に書かれている『魔女にはとにかくふんぞり返れ! 弱さを見せれば食われるぞ!』を忠実に守っているのだろうか。勤勉だ。


 私は、ふんぞり返ってさりげなく本を隠していく王子を、表情を変えずに見つめる。可哀想……何が悲しくて朝からこれだけ魔女漬けにならなくてはいけないのか。ふんぞり返っている胸元は、釦がはち切れそうだ。性別が変わっているので服も変えることをおすすめするが、彼は王女になるつもりはないようで、恐らく今まで着ていたのであろう王子の服を着ている。


「では、手始めにもう一度呪いの状態を確認しておきたいのでじっとしていてくださいませね」


 早く直してあげたい。ぶかぶかとみちみち、両極端になっている服と、重なって見えなかった本の題名達を見て、心からそう思う。


『魔女に呪われた君へ捧げる鎮魂歌』『魔女被害者同盟への加入方法』『魔女に呪われない百の方法』『魔女の呪いを周囲へ広めない方法』『魔女に呪われたらまずはこれ!』『魔女に呪われた僕は、こうして人生を諦めた』『魔女に呪われた人生の諦め方』


 可哀想。泣ける。

 何だこの苦行。こんなに解呪を切望している彼の元に来たのは、独り立ちしたばかりの新米魔女。可哀想。うっかり目頭を押さえそうになる手を慌てて押しとどめるくらいには、本当に可哀想。彼は泣いていい。

 そんなことを思いながら心の中で盛大に同情し、王子に杖を翳して五分。


「あらあらまあぁー……」


 どうなってんの、これ。


「ど、どうなんだ」


 リアンへ翳していた杖を、手首を軸にくるりと回して自分の身体の横に戻す。

 妖艶に、強かに、涙さえも操る様はまさに悪女のそれ。魔女とはそういう生き物であり、またそういう生き物であると思われなければならない。魔女は数が少ない。そして国を持たない。嘗められたらお終いだ。

 魔女には魔女の掟。私は心の中に渦巻く驚愕を押し込め、にやりと笑う。


「ぐちゃぐちゃですわねぇ」

「ぐ、ぐちゃぐちゃ!? 私の身体の中身がか!?」

「あなた様にかかっている呪いが、でございますわ、王子様。捻れ縺れ歪み合い、一筋縄には参りませんわねぇ」


 リアンは真っ青になった。手に持っていた書類がはらりと落ちる。私も心の中では真っ青だ。

 ほんと何だこの呪い。こんな絡み合った全てを固結びしたような厄介な呪いは見たことがない。やだ、面倒くさい。そしてこの王子様本当に可哀想。部屋へ仮眠しに戻っただけでこんな呪いを受けるだなんて……あんまりである。というか、この呪いおかしい。

 ずいっと顔を寄せて、リアンの瞳を覗き込む。


「な、何だっ!」

「……どうしてこんなに何色も絡み合ってるんだろ。性別を変える程度の呪いでこんなに複雑怪奇な術式はそもそも要らないし……呪いは一個じゃない? いやでもそんなに沢山の呪いが絡みついているようにも見えないし…………あ、ちょっと動かないでくださいよ。見えないじゃないですか……んー? この糸がこうなって……なんでこれこっちに引っ付いて……いやでもちょっと待って、これ普通こっちに繋がってるはず……これを解けば…………何で束になってるの? えー、わっかんない」

「……おい?」

「動かないでくださいってば、見えない……え? どうして今の動きだけで呪いが動くの? 形が変わって……やだ、この呪い変化するの? そんな高等な術式が組まれているわけじゃないのになんで……」

「……おい」

「絡まってることによって変質した……とか? いやでも所詮この程度の呪いがそんな複雑な変化をするなんて聞いたことないしなぁ……えー、師匠みたいな性格の呪いだなぁ」

「おいっ!」


 瞳の奥に映る奇妙な呪いに、意識を割きすぎた。

 そう気づいたのは、凄い力で身体を引き剥がされたときだった。両肩を掴まれ、目の前に切れ長の瞳の美女がいて初めて、己が失態を犯したことを知る。



 興味を引かれるものを見つけたら夢中になる悪癖が、こんな所で出てしまった。気をつけていたのだが、仕方がない。魔女なのだ。魔女は往々にして、興味がないものであれば、例えどれだけの数の人間が不幸になろうが手を出さず、興味を引かれれば誰も得しないようなことにも命を懸ける。そういう生き物なのだ。

 それは今更仕方がない。それは仕方がないのだが。


 目の前で何か信じられない者を見ている瞳を向けてくるリアンに、にやぁと笑ってみる。リアンの瞳が不審げに細まっていく。

 いけるか? まだいけるか? まだ妖艶で摩訶不思議な魔女の設定、いけるか!?

 期待をこめる。


「…………冷や汗凄いぞ」

「なんてこったい」


 私は、独り立ち二日目にして、魔女の掟である魔女基本設定をぶち壊してしまったらしい。









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