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13話






「は?」


 慌てて手を外してリアンを見る。リアンは不思議そうな顔をしつつ、まじまじと私を見つめていた。だから怪我はないというのに、視線で身体中を撫でられて心底居心地が悪い。師匠の修行で獣の血を頭からかけられ、腹を空かせた魔物の群れに放り込まれたときより居心地が悪い思いをすることがあるなんて思わなかった。

 だが、今は居心地の悪さより大問題のほうだ。


「お前の用事はまだかかるとの話だったが、叔父上と話をした後、一応お前に会いに来たんだ。ノックをして反応がなければ帰るつもりだったんだが、部屋の扉が半開きだった。いくら何でも不用心すぎるから一言声をかけようとしたら、血まみれのお前が倒れていたんだ……不用心どころの話じゃないだろうが!」

「うわびっくりした!」


 そこまで淡々と話しておいて、いきなり最後だけ声を張り上げるのは遠慮してほしい。完全に油断していた。


「あんな状態になるなんて聞いていないぞ! お前は分かっていたのに一人で鍵をかけて籠もったのか!? 馬鹿か! 寧ろ鍵をかけずに外で私を待たせておく状況だろうが!」

「えぇー……すぐ直るし別にいいじゃないですか」

「治らなかったらどうする! 大体お前はいつも用意が足りない! 過剰に心配して不安になれと言いたいわけではないが、もう少し予防策を張ることを覚えろ! 万が一のことがあったらどうするんだ! 自分しかいない場合ならばともかく、私がいるなら私を使えばいいだろう! 魔女は自分勝手だといつも自分で言っているくらいなんだ、だったら勝手に私を使え! こんなもの子どもの手伝い程度の手間もないわ!」


 他人のために怒るときも真面目真剣全力で。毎日真摯なリアンが疲れないか心配だ。こんなに全てに全力では、どこかで倒れてしまいそうである。でも、心配してくれるのはくすぐったくて嬉しいので、何やら申し訳ない。


「まあまあ。それより鍵が開いていたほうが問題です。私、魔法で閉めたんですよ? それなのに誰が開け」

「あたしだよ」


 窓から聞こえてきた女の声に、リアンは弾かれたように剣へ手をやった。私は直ったばかりの顔色をさっきと同じ程青ざめさせる。



 閉まっていた窓が勝手に開き、一匹の蜥蜴が現れた。するりと部屋の中に滑り込んできた蜥蜴に、リアンは盛大に困惑した顔を私へと向けた。説明を求められている。

 溜息を吐きながら立ち上がり、首飾りを握って杖にした。杖の先で服を軽く払って皺を取っていく。


「随分とお早い登場で」

「用があるのはお前だろう? 番人嫌いのお前が召集されたわけでもないのに自ら番人の巣に足を運ぶほどの事態だ。少しでも力になってやろうという可愛い親心だよ」

「番人好きの魔女なんていないでしょう。それに可愛い親心を持っている師は、弟子に借金押しつけたりしないと思いますがね」


 蜥蜴はかぱりと口を開け、美しい女の声を奏でる。その間、蜥蜴の口は動いていない。身体を反らしぷくりとした指も口も目一杯広げたままだ。


「キトリ……これは、どういうことだ?」


 躊躇いがちにそぉっと問うてきたリアンに、蜥蜴の尻尾がぴたんと動いた。目は動かない。蜥蜴の索敵範囲は広いから、わざわざ動かさずとも見えているのだろう。



「殿下、紹介します。こちらは、我が師であり大魔女である、偉大なるディアナス」


 リアンの目が見開かれる。蜥蜴はどこか得意げだ。


「に、乗り移られている哀れな蜥蜴です」

「ちょいとキトリ、一言多いんじゃないかい?」

「そうですか? 我が師ディアナス、こちらはリアン。私の依頼対象であり我が友ですので、余計なちょっかいは無用に願います」

「おやまあ、人間嫌いの男嫌いがいつの間にか随分成長していたもんだねぇ。あたしはてっきり、男を見るのも嫌で女にしちまったのかと思っていたよ。そいつ、ここの王子だろう?」

「ディアナス、余計な口は慎んで頂けますか――……ちょっと待ってください。貴女まさか、依頼内容確認しないで引き受けたんですか!?」


 聞き捨てならない。聞き捨てならない台詞を吐いたぞこの蜥蜴!

 いや間違えた我が師ディアナス!




 蜥蜴はぱかりと開けた口からぺろりと舌を出し、大きな瞳を片方パチリと閉じた。これが答えである。ぷるぷる震える私の背を、リアンがそっと叩いた。


「こっんの大馬鹿師匠! 契約書の内容は確認しろっていつも言ってるじゃないですか! そうやっていつもいつも阿呆みたいな内容の契約結んでその後始末私に押しつけるのいい加減どうにかしてくださいよ! 私はもう独り立ちしたので貴女の後始末はつけてあげられないんですからね!? 大体貴女、私が弟子に来る前はどうやって生きていたんですか!」

「そんなの、適当にのらりくらりとに決まってるじゃないか。どうしようもなくなったら姿を消すか相手を蜥蜴にしちまえばいいんだからさぁ。いやぁ、それにしてもお前が弟子に来て三百年。楽だこと楽だこと……ああ、いや、二百年? あれ? 五百年だったかい?」

「……どうでもいいですよ、もう。貴女に当たり前を求めた私が馬鹿でした。依頼内容を確認するなんて当たり前のこと、貴女がするはずがなかった! そしてそのツケを私に払わせないわけがなかったっ!」


 髪を鷲掴みにしていらだちを露わに蹲った私の背を、リアンは黙って撫で続けている。言葉は無くとも、その労りと同情の気持ちがひしひしと伝わってきた。でも、もうやだこの師匠だなんて私は思ってない。もうずっとやだこの師匠と思っているだけだ。


「歓談中失礼。私はシルフォン国王子リアンと申します、大魔女ディアナス」

「話には聞いているよ。厄介な呪いを受けているようだねぇ」


 頭の上で交わされた会話に、床と仲良くしていた私はがばりと顔を上げた。その話は聞いているのに依頼内容は聞いていないのかこの野郎と思った気持ちがないわけではなかったが、それより師とリアンを会話させるなんて、そんな危険なことを許すわけにはいかなかった。

 だって、師とリアンだ。リアンの身が一方的かつ理不尽で無尽蔵な危険に晒されている。恐ろしい。


「殿下は黙っていてください」

「まあいいじゃないか、キトリ。大魔女相手に臆さず話しかけてくる人間は貴重だよ。面白いことは大歓迎さ」


 だから嫌なんだと心の中で叫ぶ。杖を握りしめる力を強くし、いつでも魔法を発動できる状態で保つ。そんな私に気づいているだろう師は、蜥蜴の目をにやぁと嫌な感じに歪めた。勝手に嫌な感じにされた蜥蜴に謝ってほしい。彼に……彼女? 彼? ……この生物に一体何の罪があるというのだ。


「師弟である貴方方のご関係に口を出すにはあまりに新参者ではありますが、幸運なことに私は彼女の友という位置づけを頂きました。よって、失礼ではありますが申し上げます。彼女に理不尽な後始末をつけさせることはお控え頂きたくお願い申し上げます」

「殿下!? ディアナス、動かないで! 殿下に何かしたら承知しませんよ!」


 まさか私の待遇改善を師に進言するとは夢にも思わず、飛び上がって驚いてしまった。もう取り繕うこともせず、堂々と杖を師に向ける。

 もしも師が動けば、蜥蜴には悪いが死んでもらうしかない。この場に師の本体が存在しない以上、媒体となった器が砕ければ師は退去するしかないのだ。

 蜥蜴はぽかんと口を開けたまま動きを止めていた。


「殿下、下がってください。絶対私の前に出ないでくださいよ!?」

「下がるのはお前だ、キトリ。何かあった場合、これは私の選択だ。その結果をお前が負う必要はない」

「貴方は王子なんですよ!? 軽率な行動は控えてください!」

「もうすぐ死ぬかもしれん王子が保身に走ってどうしろというんだ。それに、王子だからこそ、友が理不尽な苦労に晒されているのを見過ごすわけにもいかん。そんな王子に誰が仕えたいと思うんだ」

「私が仕えますからもう黙ってください!」


 ぐいぐいと後ろ手でリアンを追いやっていると、その手ががしりと掴まれた。無造作に掴まれたせいで、指と指の間にリアンの指が挟まって握られている。


「お前は私の友だろう。ならば仕える必要なんてない。そんなもの友じゃないじゃないか」

「ああ言えばこう言う! 殿下は魔女をご存じでない!」

「知っているぞ。私の友は魔女だからな」

「私を基準にしないでください!」


 もういいから黙ってと、片手で自分の帽子をむしり取る。重さで折れてしまう前にその勢いを殺さずリアンの頭へ流し乗せた。これぞ横流し。

 リアンの身長が高くないから出来たことだ。背伸びしなければ届かない身長差だった場合、帽子は手に持っている部分を残してへろりと折れたことだろう。


「あは、あっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」


 蜥蜴が妖艶な女の声で馬鹿笑いしている。口は一切動いていないのがまた腹立たしい。だが、口は動かずとも目玉は変化していた。瞳孔がきゅうっと細まり、くわっと大きくなる。

 笑い声もやかましいが、瞳も忙しないなこの蜥蜴、じゃなかった我が師ディアナス。うっかり罪もない蜥蜴に苛立ちを募らせかけた。蜥蜴に罪はない。蜥蜴は悪くない。師以外は誰も悪くない。


「あんたの面白さと我が弟子の取り乱しように免じて許してあげよう。シルフォンの王族は面白いねぇ。さて王子、あんたは二人の魔女に呪われ、二人の魔女に気に入られた。その生は魔女と深く縁づいた。あんたを呪った一人は陽気な流れの魔女、もう一人は魔女の掟に二度も反した大罪人の紫紺の魔女。あんたを気に入った一人はこの大魔女、もう一人は史上最年少で二つ名を有した禍難の魔女。なんとも奇妙な縁じゃないか」

「カナン……?」

「シルフォンの王子、魔女が互いの名に色をつけて呼ぶのはただの区別だ。けどね、二つ名がついた魔女には理由がある。それはね、人間を殺した魔女ってことなのさ」


 問うたリアンにかぶせている帽子のつばを引っ張り下ろす。視界を遮られたリアンが文句を言ってくるけれど引っ張る力を緩めず、深くかぶらせる。


「我が師、いい加減無駄口が過ぎる」

「おや、いいじゃないか。たかだか二桁の赤ん坊のような年月しか生きていないくせに、悟ったような振りをして縁を極力避けていた小娘が、いっちょ前に師から人間の男を庇っているんだよ。浮かれたくもなるさ」

「ディアナス、無駄口は終いにしてくれ。そんなことより、紫紺の魔女が魔女の掟に二度反しているとはどういうことです」


 紫紺の魔女は魔女の掟を通さずリアンへ死の呪いをかけた。これは明確な掟違反だ。だが、二度とはどういうことだ。それより以前に、または以降に掟を破っているというのか。

 一度は落ち着いていた怒りがふつりと湧き上がるのを感じる。ふつふつと止めどなく湧き出る感情は、押さえないと爆発してしまいそうだ。

 一度ならず二度までも魔女の掟を破った魔女が放置されている。そのせいで、リアンの命が脅かされている。原初の魔女は紫紺の魔女の罪を分かっていて放置した。

 星の管轄だから、と。

 魔女は基本的に、星の流れに逆らわない。だが、それが忌々しい。悲劇が起こると分かっていて放置されていることが、心の底から。





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