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11話






 その後も屋台をぐるりと回り、ちょこちょこ買い足して。

 私、いい食事場所知ってるんですよと誘ったのはついさっき。現在私の前には、何やら疲れ切った顔のリアンとずらりと並んだ美味しそうな料理、そして青空が広がっている。この空も後少しすれば赤に色づき始めるのだろう。


「……まさか空で食事をすることになるとは」

「混雑していないし、他に話も聞かれないし、景色もいいし、いい場所だと思いませんか?」

「混雑していたら大問題だろう……それに、これは下から見られないのか? 魔女に慣れていないと大騒ぎになるぞ」

「大丈夫ですよ。周りにはこう……なんて言うんですかね?」

「私に聞くなっ。私が聞いたんだ!」


 リアンは真面目だなぁと思う。いちいち怒って体力使わなくても、どうでもいいと流してしまえば楽なのに。相手は自らの過ちを知らず、直すこともなく、一人で勝手に価値を下げていく。自分の体力を使ってどう思っているか、今がどういう状況か、ちゃんと教えてくれる生き方は、面倒だろうに。


「えーと、周りにこう……鏡みたいな術をかけていて反射した空が見えているので大丈夫です」

「そうなのか。だが、反射しているだけならよく見れば気がつかれるんじゃないのか?」

「大丈夫ですよ」


 私達からは見える眼下の世界。小さな人達が、同じ高さの幸せを享受し、日々の営みを繰り返す世界。


「人は空の歪みになど気がつかないのだから」


 だから空は人の領分ではない。

 人は脳の進化を優先し、飛ぶことを諦めた。鳥は飛び続けるために、脳の進化を諦めた。魔女は、同じ姿形をした多数を弾き、弾かれ、空に到達した。

 空は、魔女の領分だ。けれど空は、星に近すぎる。





 目を細め、青空に薄ら浮かぶ月を見ていた視線を戻す。魔女の領分にたった一人連れ込まれた人間は、脅えも怒りもせず、じっと魔女を見ていた。


「せっかくなので、温かい内に食べましょう」

「……ああ」


 二人で座るには充分すぎる大きさの絨毯には、沢山の動物が描かれていた。森に、花に、川に、空。色鮮やかなのに使われている糸はどこか白が混ざっているような柔らかさがある。

 子ども部屋に使われているような、華やかで楽しい刺繍が施された絨毯の上には、どう見ても二人分には見えない料理がずらりと並んでいた。

 屋台の料理も、湯気の出る状態でこれだけ並べれば壮観だ。どれにしようかなと迷い、肉餡の包み揚げにかじりつく。周りはさくさくと解け、中から肉汁が出てきて慌てて口に放り込む。熱かった。私が熱さに悶絶し、一通り悶え、熱さを乗り越え飲みこんで顔を上げれば、リアンは頭を抱えていた。


「食べないんですか?」

「…………食べる」


 肺が空っぽになるんじゃないかと思うほど、それはそれは深い息を吐ききったリアンは、さっき私が食べた包み揚げに手を伸ばし……少し迷って隣の串焼きを取った。包み揚げはまだ熱いと私を見て学習したようだ。先陣を切った私だけが口の中を火傷した。

 次は安全に冷めた物からと思ったが、そこは屋台の醍醐味。全部ほかほかだ。甘い物は冷たい物が多かったので、それを摘まむ。


「食べる順番まで気まぐれってどういうことだ……」

「必要に迫られた結果なんですけどね」


 そうは言っても食べる順番なんて普段から気にしていない。食べたい物を食べたいときに食べたいように食べる。魔女なので。



 気が向くままに摘まんでいたら、リアンも何か吹っ切れたらしく、順番なんて何のそのと食べ始めた。綺麗な顔で、意外にも一口一口が大きい。あっという間に次々空にしていくから、私は食べたいときに、という気ままさをかなぐり捨てなくてはならなくなった。この人、思ったより食べるのはやい。


 一息ついたとき、気がつけばほとんどの器が空になっていた。思ったより食べるなこの人と思いながら、杖先をちょいちょい動かして器を重ねていく。リアンは地道に手で重ねて片付けていた。こういうところはお育ちがいいと思うが、普通王子ほどお育ちがよすぎれば自分で後片付けしないと思うと何だか面白い。

 そして、魔女に『普通は』なんて思わせるこの人の不思議さを面白いと思うのは、まあ、そういうことだからだろう。

 どうしたものかと思っていたら、リアンは後ろに手をつき、背を反らせながら息を吐いた。お腹いっぱいだろうに、その姿勢は苦しくないのだろうか。


「で、これからどうするんだ?」

「やることは決まっていますが、殿下はどこまで状況を把握したのか聞いてもいいですか?」

「おい、呼び方戻ってるぞ」

「人前じゃないのでいいかなと。それより、はい、報告」

「あー……私には魔女も触れたくないような呪いがついていて、十八になれば死ぬんだろ?」


 誤魔化しようのないほど綺麗に拾われている。そんな特技を持っていると知っていたら、せめて背を向けて話していたのに。

「怒らないんですか」


 いつもは怒りんぼですぐに怒るのに、こんな時は酷く静かな人だ。不思議に思って問えば、リアンは苦笑した。


「この件に関しては、お前に怒る理由がないだろう? 私はとりあえず、叔父上に話を窺って父上にも…………」

「殿下?」


 不意に言葉を切ったリアンは、愕然とした状態で開けたままの唇を、自分の掌で無造作に覆った。がばりと嵌まった掌の中では、まだ口が開いているのが分かった。顎と目玉が落ちそうで、はらはらする。


「……お前、何をしているんだ?」


 膝をついて腰を浮かし、杖を脇に挟み、揃えた両手をリアンの顔下に配置した。するとリアンは、さっきまで愕然としていた顔を怪訝そうなものへと変えた。


「え、いや……顎と目玉が落ちそうで……無くなっていなかったら治せるし、拾おうかと……」

「そうそう落とすか! だが、落ちた場合は宜しく頼む!」


 任せてー。



 リアンの顎と目玉は大丈夫なそうなので、元の位置に戻る。そのまま戻っただけなので、なんとなく正座になった。それを見たリアンも、何故か正座した。何故私達は、空の上で正座して向かい合わなければならないのだろう。首を傾げると、リアンも首を傾げた。

 だが、すぐに神妙な顔つきに戻る。


「キトリ、一つ聞きたいのだが」

「はいはい、何でしょう」

「はいは一回だ!」

「はーい」

 言うことを素直に聞いたのに、何が不満なのか頭痛を覚えたような顔をされた。魔女がまともに言うことを聞いただけでも御の字だと思ってもらいたい。


「…………私が、父上がいつから湯治へ行っているのか、また、どこへ湯治に行っているのか、まるで記憶にないと申告した場合、病を疑うか?」

「どっちかというと魔法を疑いますねぇ」

「そうか」


 ほっとしたような複雑なような。何とも形容しがたい顔をされてしまった。まあ、どっちが原因でも「よかった!」とはならないだろうから仕方ないだろう。

 リアンは複雑な顔を一つ吐いた息で取り払い、真面目な顔に戻った。


「ならばひとまずは、これが魔法であると仮定して話を進めたい。私は魔法に詳しくないから教えてくれ。この場合、どういう対処が可能だ」

「私に任せて頂けると早いんですが」


 杖で帽子のつばを持ち上げ、かりかりと頭を掻く。


「任せはする。だが、その方法を私も知っていたいんだ」

「私が信用できませんか? 魔女を信用すべきではないですから正しい判断ですね!」

「違う! 満面の笑みで自分から言う馬鹿者がいるか!」


 な、何だよぉ。いるよぉ。魔女だよぉ。



 真面目だなぁと思うし、そういうことも好ましいと思うけれど、本当に全く怒ると思っていないところで爆発されるとちょっとびっくりする。反射的に言い訳もしてしまう。だが、口に出さないくらいの分別はいくら魔女といえどある。だって下手に言い訳すると説教が長くなると知っているし、余計な手間を増やすのだ。


「というか、父上はご無事なのだろうか……」

「殿下の父上が消えたのは最近のようですし、それにしては妙な痕跡も嫌な雰囲気もなかったのでまずご無事だと思いますよ。無理やり連れ去られたのならそれなりに残留するものがあるはずなんですがそれもなかったですし」

「そうか! それはよかった……だが、お前に関しては全くよくはないがな」


 杖を抱きしめて膨れる私に、リアンは溜息を吐いた。リアンはよく、小さめのものから肺が空っぽになりそうなものまで、よりどりみどりな溜息を吐いているが、酸欠にならないだろうか。大丈夫だろうかと心配になる。


「自分が全く考えつかない手法で策を練られると、たとえ解決したとしても問題だろう。特に王子としては落第だ。お前の邪魔をしたいわけじゃない。ただ、出来る範囲で理解をしたいんだ。そうでなければ、もし次があった場合、対策も対処も全く出来ないままだろうが」

「はあ、そうですか。魔女の掟で魔女以外には話せないこともありますが……魔女のやることなすことにあまり興味を持たれないほうが、これからの人生には宜しいかと思いますよ? お父上にもそう進言されたほうが宜しいかと。人間は、魔女の道理に理解を示す他人をことのほか嫌う生き物ですから」

「余計な世話だと言いたいところだが、魔女の道理を知らない人間としてはそうもいかんな。一意見として受け取っておこう」

「殿下はくそ真面目ですねぇ」

「私はな、キトリ。一応かろうじて僅かながらにも口調を取り繕いながらも、全く相手を敬う気がない存在がいるということを理解できるくらいには世慣れしているんだ」

「はあ」


 自分で財布を持ち、護衛もおらず付き人もおらず、屋台巡りができ、男に声をかけられてももめ事を起こさずさらりと追い払える人が世慣れしていないとは私だって思っていない。


「いっそ敬語じゃない方がましだと言っているんだ!」

「まあまあ。それはともかくとして、とりあえず、嫌かもしれませんが殿下の叔父さんは殿下のお父さんの行方をご存じか聞いたほうがいいでしょうね。殿下に魔法がかけられているとしても、呪いの件で探った折りに発見できなかったとなると巧妙に隠されているのでしょう。呪いが重ねがけされている状況で、深い場所をいじくり回すのは危険ですし、あまりやりたくありません。だったら、殿下から情報を引っ張り出すより、周りから情報を得るほうが安全です」

「成程な。納得できる。叔父上がご存じでなかった場合、当てはあるのか」

「あまり使いたくありませんし、殿下を連れていける場所ではありませんが、一応」


 きゅっと眉を寄せたリアンに、それはともかくと話を変える。

 私としては、こっちを先に聞いておきたかった。それなのにリアンは、この話を変えられるのは不満のようだ。不満を隠しもせず、「おい」と不機嫌な声を出した。


「お前の安全は絶対条件だぞ。大体お前はどうも危なっかしい。七百十五歳には見えない」

「殿下。十八歳まで、あと何日ですか」


 ぴたりと、リアンの口が閉ざされた。


「あまり時間がないと、あなたの叔父が言っていましたね。だから急ぐつもりです。ですが、明確な期限が分からないと困ります。それによって、無理を押す度合いが変わりますので」

「……三週間後だ」


 小さく呟かれた返事に、口角を吊り上げる。

 絨毯の上に広がっている金緑の髪が、不自然になびいたのが視界の端に映った。光が通り抜けていく様も視界に引っかかり、我が事ながら意識の邪魔だなと思う。

 けれど一瞬、まるで美しいものでも見たかのように呆けたリアンこそが愛らしいと思ってしまった自分が誰より馬鹿だと、分かっている。



「魔女に嘘をつくその代償を、もうすぐ死ぬ貴方ご自身が払えますか?」



 ぐっと息を詰めたリアンに、心の中で苦笑する。

 駄目だよ、リアン。私はきっともう、あなたを害せない。けれどこれから先、もしもまた魔女と関わることになってしまった場合、私を基準にされたら、困る。

 あなたが、困るのだ。


 ゆらゆらと髪が揺れているのが分かる。唇もきっと裂けんばかりに吊り上がり、それはおぞましいことだろう。魔力の通った瞳は瞳孔が開き、爪は尖る。魔女は魔性の生き物だ。

 人間より獣に近く、獣より人間に近い、どの領域にも属せない魔の生を生きる物。

 忘れないで。忘れてはならない。お願いリアン、忘れないで。

 魔女が嫌悪される理由を、疎まれる理由を、弾かれる理由を、蔑まれる理由を。恐れられるその理由を、どうか忘れてしまわないで。

 その恐怖を忘却してしまえば、いずれ死に直結する。それがあなたのものか、あなたの大切な人のものかは分からないけれど。



「殿下、魔女は死を振りまく生き物だとどの本にも書かれていたはずですが? だってそれが魔女の本質ですから。私があなたの身体の奥を、精神の奥、魂にまで絡まる呪いに触れられるその意味を、どうぞお忘れなく」


 取って食っちゃいますよ。

 明るい声でそう付け足しても、リアンの顔にはいつもの苦笑すら出ることは無かった。


「……悪かった。魔女であるお前を軽んじたわけじゃない」

「分かってますよ。私にはいいですが、他の魔女にはやめてください。その場で魂つかみ出されても文句は言えませんよ。まあ、魂つかみ出されたら物理的にも文句言えないんですけど!」

「やかましいわ!」

「えぇー。どうせなら魂でも喋れるように練習します? やり方知りませんけど」


 そんな研究した人はいないだろう。だったら私が第一人者になる。それもいいかもしれない。

 リアンが望み、更にこの件が片付いた後、尚且つその後も私が存在していればの話だけど。


 半分は本気で考えていると、リアンはそれはそれは大きく疲れ切った息を吐いた。酸欠大丈夫?

 ぐしゃぐしゃと金の髪をかき混ぜながら、上まできっちり止めていた胸元のボタンを二つ外す。胸の谷間が見えているがいいのだろうか。女の姿で不格好になっていても、きちっとした格好は崩さなかったリアンが、服を着崩した。

 気を楽にしたのだ。それだけで、胸が少し高鳴った。そんな自分が疎ましい。この人の本当の姿を見たことさえない癖に。


「六日だ」

「はい?」

「十八まで、後六日だ」

「……なるほど。分かりました。では殿下。ここから先は私の指示に従ってください。あなたに説明する時間も惜しいと思った場合、私は何の説明もなく行動に移します。それでも私の指示に従ってください。手始めに、シルフォンにあなたを戻したら私は部屋に閉じこもりますから入ってこないでください。その間に、あなたはあなたの叔父から話を聞き、私が出てきてから結果報告をお願いします」


 あまり時間がない、どころではなく、かなり時間がない。これは本当に手段を選んでいる場合ではないようだ。これからの手順を頭の中で考えている前で、リアンは不満に満ちあふれた顔になっていた。な、何だよぉ。思わず怯む。


「……まだシルフォンに着いていない以上、説明する時間がないとは言わせないぞ」


 成程。説明をすっ飛ばしたことを怒っていたのか。でも、これについては時間があろうがなかろうが変わらないのだ。


「駄目ですよ。魔女の掟範囲内になりますので、殿下には話せません」


 駄目ーと、指をバッテンにして口元で示す。リアンはぐっと詰まった。

 人間で在りながら、魔女の掟を否定することなく、その枠組みを侵すことなく関わることは、簡単なようでいて出来ない人のほうが多い。

 だけどリアンは、それに難しさは感じているようだが、煩わしさを感じているようには見えない。まして、自分の要求を通すために相手に規則を破らせるような真似はしない人だ。

 そういうまっすぐな生き方は、酷く生きづらく見える。そう思うことは、傲慢なことなのだろうが。


 穏やかであればいい。

 そう、ふと思った。

 この人のこれからが、色鮮やかで穏やかな時間であればいい。そう願う。


 誰かのために願ったことなど随分久しい。その願いを浮かべた私の心の中は、随分と穏やかだった。

 こんなに心が凪いだことも、本当に久しい。

 胸が温かく、柔らかい。心の中が丸く柔く、滑らかになったみたいだ。

 おかしな話だ。この人は私の心に踏み込んでなど来ないのに、この人に均してもらったみたいだ。勝手にこの人の清廉さを取り込んで、勝手に解されて、勝手に、好きになった。

 それはとても傲慢で、自分勝手で、我儘で、醜悪だ。

 だからこそ、たった一人で完結できる。私の恋は、私一人で完結させる。

 この人を関わらせるつもりはない。ただでさえ不運なこの人に、これ以上の悪夢を重ねるつもりはないのだ。

 温かな気持ちで見たリアンは、何故かぽかんとしていた。


「お前……そんな顔で笑えるんだな」

「え? 極悪でした?」

「どの方向に繋がってるんだお前の自信は」

「自覚ですよ。そんなことより殿下、あの殿下の叔父さんに会うんだったらボタン止めてからのほうがいいんじゃないですか?」


 楽にしたままの服を指せば、リアンは心底嫌そうな顔になった。会う前には直すと言いながら、疲れ切ったように絨毯の上でごろりと寝転がる。行きには関節が動かない鉄の人形になっていた人とは思えないくつろぎようだ。成程。リアンは長椅子より寝転がれる物のほうがよかったのか。……寝転がるなら長椅子でもよくない?


「まあ、心配ないですかね。殿下、男の人あしらうの上手でしたし」

「……誤解を招く発言は控えろ。私は場に応じた行動を心がけているだけで、そうでなければ即座に剣を抜いたぞ。私はそれなりに剣の腕があると自負している。我が国はふわっふわだからな。私が国で一番の腕だ。外交官が他国へ赴く際、予定が合えば私も護衛に着いている」


 それは、逆では? 魔女が常識を問いたくなるくらいのふわっふわ感だ。

 だけど、嫌いではない。のんびりした国の在り方も、そんな中、確かにその国の風潮を踏襲しつつも堅物で生真面目な部分を頑固に持ち続けるこの人も。

 この穏やかさを、魔女が壊すのは、あまりに不躾だ。


「それにお前も、叔父上相手のあしらいが上手かっただろう。叔父上はあれで女性からはそれなりに人気があるんだ。お前の好みは叔父上とは真逆な男らしいが……」

「ああ、あれ。ああいうときは、目の前の男と逆の種類を答えればいいんですよ。お前は要らないと伝わればいいだけなので」

「…………お前のほうがよほど手慣れているように見えるが。私は時々お前が七百十五歳だと忘れそうになるが、それだけ生きていれば色々あるんだろうな。実際、お前の好みはどんな相手なんだ?」

「別に色々はないんですが……そうですねぇ」


 何となく手持ち無沙汰になった指で、髪を絡め取る。くるくると巻いても、力を緩めればすぐに解けて指から去っていく。短髪だったことは乳飲み子の時分のみで、魔女の髪はずっと長い。魔力が通っているからか、あっという間に地に着きそうなほど伸びてしまうのだ。魔力の調整が効かない頃は自分の身長よりも長くなってしまうことなんてざらだ。

 その髪を、面倒がらずに結ってくれた人達がいた。母が、父が、六つ離れた兄が。切っても翌日には伸びてしまうような手間がかかる髪を、丁寧に丁寧に。面白く、時にはらはらするような話をして私を楽しませながら、髪を整えてくれた。懐かしい記憶だ。


「そういうことあまり興味はないんですが、強いていうなら殿下みたいな人は好きですよ?」

「ヘェー」

「何て覇気のないへぇーだろう」


 半眼で羊のような声を出されてしまった。嘘ではないし、適当に答えたわけでもないのに。

 別に照れて真っ赤になってほしいわけじゃないし、そんなことは絶対望まないけれど、もう少し普通に返してほしかった。日頃の行いって大事だなぁとしみじみ思う。


「とってつけたようなおべっかには慣れているんだ。これでも一国の王子だからな」

「え!? 私がおべっか言って相手のご機嫌を窺うような社交性があると思っているんですか!? 殿下、人を見る目大丈夫ですか!? 流石にその節穴はまずいですよ!?」


 一国の王子としても人間としてもまずいと思う。真剣に言えば、リアンはがっくりと項垂れた。どれだけまずいか思い至ったのだろう。

 そうだろうそうだろう。まずかろう。でも、そんなに絶望しなくても大丈夫だ。ここで気づけたのならまだ修正が可能だ。


「その台詞、お前だけは言ったら駄目だと思うがな! 全く……お前相手だと、私はもう十七だと言うべきか、まだ十七だと言うべきか、非常に態度に困る」

「はあ」

「お前にとったら私はまだ子どもだろうが、これでもそれなりに大人の扱いを受ける年なんだ」

「はあ。よく分りませんが、私別に嘘は言っていませんよ?」


 起き上がって胡座をかき、猜疑心に満ちた目で私を見ているリアンに、かりかりと杖で頭を掻く。別に嘘はついていないし、つく理由もない。こんなことに嘘をつくくらいなら、もっと相手を茶化せるどうでもいい嘘をつく。

 だから基本的に、私は嘘をついていない。


「だって、大きいと怖いじゃないですか」

「……何だと?」

「それに邪魔ですし。殿下くらい細く小さめだと、邪魔にならなくていいと思いません?」

「人を置物扱いするな! それに今は女になって背が縮んでいるが、実物は違うぞ!」

「えぇー? 邪魔ですねぇ。縮めていいですか?」


 伸びてきた手が、私の頬を潰した。


「呪いを解いた後に呪うな! 扱いは酷いがそれでも一応友という名の括りに入れるのなら、せめて呪うな!」

「ひゃいひゃい」

「はいは一回だ!」

「ひゃーい」


 解放された頬をぐりぐり回しながら調子を整えていく。頬が潰れた気がする。掌の付け根と指を駆使しながら頬を解している間、リアンは疲れ切ったようにぐったりしていた。被害を被ったのは私のような気がするんだけどな。

 でも確かに、呪う発言は今のリアンにはよくなかったかもしれない。過敏に反応してもおかしくない話題だった。


「大丈夫ですよ、殿下」

「何がだ」

「魔女にとって友とは、巻き込んでいい存在であり」


 ぶすっと睨んできた目が見開かれる。私はどんな顔をしているのだろう。あなたが安心できる顔だったらいいなとは、思う。


「大切な物を決して失わせてはならない。そんな存在なのですから」


 だから、私が友である以上、貴方の命が損なわれることはない。

 そして私は、この命が尽きるまでは貴方の友でいたいなと思うほどには、貴方に入れ込んでいる。

 だから。だから。

 だから。


「私がお守りしますよ。それが依頼ですし!」


 その間くらいは、一緒にいてもいいでしょう?








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