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傲慢な施し

作者: 理財 学


「さて、行政の世界に転身して3年。私の任期はまもなく終わります。こうして、副知事という立場で皆さんとお話しするのはこれが最後になるでしょう。」




北川副知事の、最後の会見が始まった。


北川は大手IT企業の役員で、T県のIT化を推進するため、特任の副知事となった男である。これまで、革新的な技術を用いた都市・政府のIT化を進めてきた。仕事ぶりは問題なく、県民の満足度向上と行政の効率化を効果的に実現に成功した。しかし、政治家プロパーの人間でないからか、発言は迂闊とも取れるほどに過激な部分が目立つ。


今日は北川の任期最後となる会見である。テーマは、これまでのIT化推進と、これからの展望であるという。しかし、県民たちはそんなことよりも、密かにか、大っぴらにか、北川の過激な発言に期待していた。







「さて、都市のスマート化と政府のデジタルトランスフォーメーションについてですが……………」





会見は順調に進行した。北川は、自身のウェブサイトに載っていることとほとんど相違ない、形式的な説明が続けた。会見とは本来こういうものであるべきだが、あの北川である。なにも言わない北川に、画面の向こうで、県民たちは消沈した。








ことが起きたのは、会見が終わる数分前である。




「これでITの話は終わりです。任期と会見を終える前に、知っておいて欲しいことがある。私の考え方についてです。」




声量を1トーン上げ、柔らかかった表情を若干こわばらせて北川は言った。その様子は報道陣を緊張させた。 


「北川節がくる。」


記者と県民は一様に、同じことを思った。










「私は、募金というものをしたことがない。なぜならば、アフリカの子供達が何人死のうが、被災地の住民の生活が苦しかろうが、私はどうでもいいからだ。」








会場は、シンとした。北川が言い出したことを、誰も理解できなかった。言っていること自体がどういう意味なのか?なにが目的でそんなことを言っているのか?なぜ、いまなのか?


無数の疑問が、報道陣の頭を渦巻いていた。そのため、誰も質問ができなかった。




5秒ほどの沈黙の後、一人の記者が手を挙げようとした。北川はそれを認めてか、そうでなくか、記者の手が動いた瞬間に言葉を続けた。








「先に説明しておく。いまこんなことを言ったことには、なんの目的もない。会見の趣旨とあっていないこともわかっている。強いて言うなら、私が言いたかったから、言った。私は政治家になったら、今の話を大勢にしたいと思っていた。それを今、実現した。とてもちょうどいいチャンスだったからだ。」







会場はまた静まった。先程手を動かそうとしていた記者も沈黙している。

発言の目的を問おうとしていたのだろう。


数秒の沈黙ののち、痩せ型の若い記者が質問をした。






「全体の奉仕者としては不適切な発言ではないでしょうか?」

「なぜ?県に利益をもたらせばいいだろう?私の仕事は全体の奉仕者として、県に利益をもたらすことだ。アフリカの子供たちを助けることではない。」







北川は間髪入れずに答えた。

若い記者からはこれ以上の返答はなかった。



次に、眼鏡をかけた初老の記者から質問が出た。







「その発言は、全体の奉仕者としてではなく、あなた個人の見解ではないですか?公共の場でするには不適切ではないでしょうか。」

「確かに、見方によってはそうだ。一方で、県民は近い将来、私を任命した、あるいは任命してしまった知事の再選を検討する必要があるだろう。そのとき、私の人物像というものも必要な資料だ。そう考えて発言した。最も、私はこの会見で個人の見解をいうことについては間違っていてもいなくてもどちらでもいいんですがね。」







またしても、北川は間髪入れずに答えた。

初老の記者は満足したようで、これ以上質問はなかった。

その後、数秒、会場はどよめいていたものの、質問はでなかった。












「いま5秒待ちましたが質問がなかったので、私こと北川から話を続けさせていただきます。さて、私はアフリカの子供なんかどうでもいいと言いました。これを聞いて嫌な気分になった県民の方も多いだろう。


どうだ?私は、弱者を人間とも思わない金持ちに見えたか?それとも、サイコパス気味な経営者でしょうか。どちらも正しいかもしれませんがね。



しかしね。皆さんと私はある視点から見たら同じなんです。


どの視点からか?もちろん、アフリカの子供たちです。だって、県民の皆様方、アフリカの子供たちに募金なんかしてないですよね?であれば、アフリカの子供たちから見ると我々は同じですよ。募金しない人、です。まぁ、してる人もいるでしょうが、割合としては小さいでしょう。しかもその中から、まとまった金額の募金をしている人、って言ったらもっと少ない。せいぜい、10円だか20円だか、お釣りを入れてやる、くらいのもんだ。


結果としてね。募金していない以上、みなさんもアフリカの子供なんかどうでもいいと思ってるってことなんです。募金はしなくてもかわいそうだとは思っているとか、いう人もいるかもしれません。でもどうですか。だとしても、あなた方は遠い国の他人に対して、ビール一缶分ほどの慈悲も抱いていない。




勘違いしないでいただきたいのは、私は非難しているわけではない。皆さんは私と一緒で、私は皆さんと一緒だと言いたい。私も他人に対して、ビール一缶分ほどの慈悲も持たない人間です。アフリカ人何百人の命より、私のビールを選びます。さて、何か質問はありますか。」







あまりにも傲慢な言いぶりだった。しかし、自信満々だった。記者たちから、波のように質問が出た。





「人命を軽視する発言ではないですか?」

「そうだ。ただし私だけではなく、全世界の人間がそうだ。」


「北川副知事は資産家ですが、それでも募金しないのですか?」

「資産額は関係ない。」


「会見の趣旨に反していませんか?」

「さきほど申し上げたはずですが?反している。反したことを、わざと言っている。」


「北川副知事の発言で、知事の支持率が低下すると思われますが、どう思われますか?」

「任命責任を問われるのは当然でしょうね。」


「なぜ人の命を軽視するのですか?」

「自分の利益と我が県の利益が第一だからです。それ以外どうでもいい。」









北川は、雑音にかき消されることのなかったすべての質問に一秒と待たず応えていった。50分ほどそれを続け、記者からの質問の数はおよそ200件。質問とは呼べない雑言のようなものもあったが、すべて応えた。








そして、会見が始まって、一時間半が過ぎた頃のこと。記者からの質問が小康状態となったころに、北川は動き出した。









「では、そろそろ会見を終わらせていただきます。波のようにご質問をいただきましたが、私の気持ちは変わりませんでした。私は、アフリカの子供たちも、重病人もどうでもいい。もちろん、アフリカ出身の県民や、我が県に籍のある重病人は別ですが。いや、こんな話こそどうでもいい。


とにかく、私は私と我が県の利益以外どうでもいいです。これは変わりません。しかし、私はこう皆さんに非難されると居心地が悪い。



そこで、私は非難を回避するためだけに募金しておきました。二千万。アフリカに。証拠にこのスマートフォンの振込画面を見てください。」





北川がスマートフォンを、右手で真正面にかざした。黒いスマートフォン画面には、決済完了の文字が並んでいる。その目はどの報道記者でもなく、すべての記者の対角線上を見つめている。









「さて、私は相変わらずアフリカの子供なんかどうでもいい。苦しもうがなんだろうが、構わない。


でも、募金した。2000万だ。私を、俺を、非難できるか?


非難できるとしたら、どう非難するんだ?


私はアフリカの子供たちを人間とも思っていない冷血漢。しかし、2000万寄付した。あなたたちはアフリカの子供たちを想う善良な人々。でも、寄付金額はゼロだ。





どうですか?私を、非難できますか?






アフリカの子供たちは私と、あなた方ならどちらを選びますか?


無償で水と食料を寄越してくる悪魔と、何も寄越さない天使なら、どちらがいい?

私なら、悪魔の方だ。結果を出している方が正しい。ゆえに、私の精神がいかに下卑たものであっても誰も私を非難できない。2000万以上寄付してから言え。


私は私の理屈に一つの誤謬も見出すことができない。どうか、新しい意見を出して、私を非難してみてほしい。



これで私の副知事としての発言は最後だ。今までありがとうございました。」











北川は、これを最後に政治の世界からも、経済の世界からも姿を消した。私企業の役員も辞任し、株式もすべて手放した。

しばらくは、SNSで情報発信や先の会見に関する意見の募集を行っていたが、一年も経つとそれも途絶えた。
















この文章を書いている私は、T県の一県民である。

先の会見から、5年の時が流れている。いまもなお北川は表に出てきていない。大きな力も持たない、一個人となったのだろう。


いまになって私は、北川は否定して欲しかったのではないかと思っている。

結果だけでなく、精神の清らかさにも価値があることを証明して欲しかったのではないかと。

根拠はないが、金の世界で生きてきた北川には、精神性の価値を証明することこそが、人生を賭けるに値する大ごとなのではないかと私は感じた。







北川が満足のいく批判をした者は、いたのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 北川副知事の主張内容を妨げない態度の大物っぷりもさることながら、余韻のあるラストでぐっと引き込まれました。 何が偽善か。いろいろな捉え方があるからこそ、面白いですね。 [一言] お話のテイ…
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