6(終)
最終話です。
闇の中に、一人の男が身動き一つせず倒れている。その身に宿していた、未成熟で発展途上だが、確かに芯が通っていた意思は、見る影もない。魂が抜け落ち、横たわる男の体は、生きている人間ではなくただの精巧な彫像に見えた。
その時、スポットライトがあたるように、一筋の柔らかな光が男の体を包み込んだ。そしてしばらくの間、光は癒すように、慰めるように男の体を照らし続けた。おもちゃの電池を新しいものに詰め替えるように、動かなくなった男の体に、新たな命を吹き込もうとしていた。死んだかと思われた男は、ピクピクと短く痙攣した後、凝り固まった体をほぐしながらゆっくりと起き上がった。
男は、人間らしい自然な動作で、口を半開きにしとぼけた表情で、大きく伸びをした。
「あぁーー、よく寝た!」
開口一番に男はそう言い放った。白い部屋で“成長”が起きるたびに、男は肉体的もしくは精神的に何かしらの変化が生じた。その変化はまさしく成長であった。できなかったことができるようになり、知らなかったことが分かるようになり、感じ取れなかったものが感じ取れるようになっていた。だが、最後の最後で男に起こった変化は、成長と呼ぶことを憚れる変化だった。洗練された動作から、野暮ったい動作へ移り変わることが成長と呼んで差し支えないのであれば、最後の変化を成長と呼ぶこともできるだろう。だが、“才能の塊”へと向かっていた、彼にとってその変化は決して成長ではないだろう。むしろ衰退だった。
その実、彼の身に起きたことは、“成長”ではなかった。シロは最後に、白い部屋で目を覚ます以前の記憶を取り戻すことを望んだ。そして、その望みは叶った。彼はすべてを思い出し、同時にシロという人格は消えていった。今部屋に立っているこの男はシロではなかった。
「ふぅ、また、失敗か、これで十回目だな。」
男は深いため息をつき、広大な敷地面積を持つ研究施設の一室で、ひっそりとごちた。
「ここ三回は同じ失敗が続いている、どう調整をかけたらいいことやら……、まったくどうしてこいつは才能の欠片もないただの凡人である記憶にここまで執着するんだよ。私はただ、過去の事には執着せず、才能を思うがままに奮って欲しいだけなんだけど。」
男が才能がないと嘆いているのは、彼自身の事であり、自虐的にシロの言動を非難した。すでに彼の頭の中は、失敗が起きないようにどういう調整をかけて再実験するかということでいっぱいだった。
「いっそのこと、過去の自分に執着しないように一種のマインドコントロールをかけるか、いや、思考に歪な偏りがある状態で一生過ごすっていうのは嫌だな。はぁ、早く才能の塊を持った完璧超人になりたいよ……B101にテレポート。」
どこからともなく、光が彼の周辺に集まり、外からは彼の姿が見えなくなるほどの密度で輝き始めた。
しばらくして、光が散り散りになって消えた時、その場所に彼はいなかった。
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