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シロは、すっかり慣れた足取りで、通路を歩き次の部屋へと向かった。


シロが纏う雰囲気からは、一切の不安や恐怖、そして純粋な未知への好奇心すらも感じられなかった。自分の存在という最大の謎への探求心と、その謎を解決しなければならないという使命感が彼の足取りを支えていた。


熟練した戦士の肉体と体捌きに、圧倒的な情報量に裏打ちされた知恵が加わったことで、彼が行う全ての所作がより洗練され、存在感が膨れ上がっていた。


シロは、決して警戒を怠らず、また、思考を止めることなく、次の部屋へ足を踏み入れた。その部屋は最も見慣れたシンプルな構造で、全ての面が白く塗り固められた狭い空間だった。そして、部屋の中央には、いかにも怪しげな箱がシロを挑発するように置かれていた。彼が部屋に入った途端、今まで開かれていた経路は消え、閉鎖的な空間が後に残った。


「どんなに怪しい箱であろうが、開けるしかないだろう」


シロはそう呟いたものの、その箱が自分に危害を加えるものではなく、自身の成長を促し、また自分の存在への手掛かりになることになるだろうと確信していた。


箱は木でできており、全体の半分ほどある蓋は蝶番で繋がれているて、まるで宝箱のような見た目をしていた。カギはかけられておらず、留め金を外せばすぐに蓋は開いた。開かれた僅かな隙間からモクモクと黒い煙のような何かが出てきた。蓋を全開にしたころには、すでに部屋中が黒い煙に包まれようとしていた。箱の中には、ただ真っ暗な闇が詰まっており、それ以外には何も見えなかった。


「ゴホッ、ゴホッ、これではまるでパンドラの箱ではないか」


シロは、黒い煙を吸い込み、激しい咳払いとともに文句を吐いた。しかし、箱の中から無制限に溢れ出してくる煙は、徐々にシロの体を蝕んでいった。黒い煙は、シロの目、耳、鼻、口、そして全身の毛穴から、体内へ侵入していた。シロは迫りくる煙に為すすべもなく、無抵抗で無防備な体を晒し続けた。煙はシロの全身を刺激しながら体内に侵入してきたので、シロは体中に電流を流されるような痛みを受け続けた。


とめどなく箱から噴き出してくる煙が、口内を埋め尽くし、シロは言葉を発することもできなかった。箱のふたを閉めようと思い立ったが、煙は火山が噴火する勢いで、シロの体を押し返し、壁際まで追い詰めた。あらゆる感覚が煙に覆われ、シロに残ったのは過敏な痛覚だけだった。


煙は、毛穴を無理やり押し広げ、拡張し、自らが入り込む余地を増やそうとしていた。そうすることで、シロが持つ感覚をより鋭敏にし、痛みは激しさを増していった。


シロは、体を縄で縛られたように身動きが取れず、ひたすら耐えるしかなかった。しかし、この災厄のような現象もいつか終わりを迎えるだろうと、高を括っていた。案の定、盛んに噴き出ていた煙は、気まぐれに鳴りを潜め、やがて霧消した。


体内に残留した煙も、毛穴から流れ出ていった。煙が完全に抜けきった後、シロは、遥かに研ぎ澄まされた感覚に、これまで以上の感動を覚えた。そして、やはり誰かが自分の成長を促しているのだと、確信を得たのだった。


シロの頭の中には、川のせせらぎや小鳥のさえずり、木の葉の擦れる音など自然のメロディが流れ、心は澄み渡り、気分は昂揚した。そして、脳内を占める幸福感が絶頂に達すると、声高らかに歌いだし、軽快なステップで踊りだした。逞しい肢体からは想像もつかないほど、シロの歌声は透き通り、部屋に反響した。自分の存在を讃える歌声に、肉体は歓喜で震え、命の輝きを増していった。彼は、指の爪の先まで神経を張り巡らし、一瞬一瞬における彼のポーズは、彫刻作品のように完成されていた。もし、同じ空間に別の人間がいれば、呼吸を忘れて彼に見惚れていただろう。


そして、シロの磨き上げられた感覚によって、どんな美しい風景だろうが、幻想的な街並みだろうが、はたまた腐りはてた地獄の底だろうが、目の前にありありと映し出すことができた。彼は自分を取り囲む白い壁に、自分が思い浮かべたイメージのすべてを描きたい衝動に駆られた。


シロは一度冷静を取り戻し、この部屋について考察した。黒い煙を全身に浴びたことで、シロの感覚は研ぎ澄まされ、世界が奏でるメロディや世界が放つ鮮やかな色彩を感じ取れるようになった。もちろん、その世界とは、今シロがいる白い空間のことではなく、あるはずのない記憶に焼き付いたものだった。


「この部屋はおおよそ、芸術の感覚を磨く部屋とでもいったところか」


思い出せば、これまで通ってきた部屋には、それぞれの部屋ごとにテーマが存在していた。最初に目覚めた部屋では、生きるために最低限必要な行為、立つ、歩く、食べるなどといった基本的な動作ができるようになった。二つ目の部屋では、猪と戦って圧勝できるほどの鍛え抜かれた肉体、身のこなし、洗練された武術を手に入れた。三つ目の部屋では、膨大な知識と、それらを支配し使いこなす知恵、思考力が身に着いた。


やはり、誰かが意図的かつ計画的に、段階的にシロの才能を開花させていることは明白だった。


「問題は、誰がどんな目的で私にこのようなことをしているのかということだが……」


才能を持つ人間を人為的に製造し、その鍛え上げた才能を利用しようとしているのだろうか。はたまた、植物を育て、その成長を見て喜ぶように、人間を成長させて喜んでいる愉快犯の仕業だろうか。どちらにせよ、真意を確かめる術をシロは持っていなかった。


「まだ先に進むしかないということか」


たとえどんな目的があったとしても、中途半端な状態で終わるはずはなく、完璧な完成品を求めるはずだ。他人に自分の命を握られている不快な現状だが、どれだけ不服だろうと、今は従順に行動することでしか解決の糸口は掴めないだろう。そう腹を据えたシロは、新たに出現した通路へと歩みを進めていった。













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