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完結を目指して執筆します。
そのとき、彼は目を覚ました。
彼は、真っ白で何も無い空間に横たわっていた。壁も床も天井も同じ色をしていて見分けがつかないほどだ。
まぶたを開き、暫く呆然とした後、彼は泣いた。恐怖と空腹で泣いたのだ。助けを求めて。
赤ん坊は、母親の胎内から出て来たとき、この素晴らしい世界に生を受けた喜びで泣いているのかもしれない。しかし彼は、この時、孤独からくる恐怖と、命の危機を感じるほどの激しい飢餓感のために泣いていた。
彼には記憶という記憶が全て無かった。産声を上げてから、現在に至るまでの全ての記憶が無かった。しかし、彼は生まれたての赤ん坊ではなかった。男らしい顔立ちと、引き締まった肉体から推測すれば、彼は20歳ぐらいだ。
真っ白な空間が静かに変形し、彼の目の前の床に小さい飴玉のような物体が出現した。飴玉は微かに甘い香りを漂わせていた。そして、彼は本能的にその物体を素早く掴み、口に入れ、飲み込んだ。
記憶のない彼は、歩くことも噛むことさえも知らなかった。
彼が食欲に唆され飴玉を口にした後、飴玉は彼の胃の中で溶け、温かい感覚がお腹を中心に彼の全身に広がっていった。
やがて、熱の奔流が頭の頂点まで辿り着くと、彼の脳内で神経が活性化し、ジリジリと導火線の火花が火薬のもとへ向かうように熱が流れっていった。
そして、熱が脳の中枢に達すると、爆発したように熱が止めどなく溢れて脳内をくまなく満たしていく。
彼は、突然起こった体の異変になす術もなくされるがままになっていた。気づけば泣くことも忘れ、熱の流れが収束するまで、ただ呆然としていた。
やがて、満開を迎えた桜の花が散っていくように、体を包む熱は減衰していき、しばらくして、完全に途絶えた。
そして、彼は記憶の一部を取り戻した。
彼は、立ち上がった。まるで初めから立つことを知っていたかのよう。