「大丈夫」という言葉には闇がある
私のパートナーは「大丈夫」と言わせたがる。
全然大丈夫な状況じゃなくても「大丈夫」という言質さえ取れれば、事は全て大丈夫になると思っているのだろうか。
私が体調を崩して伏せっていても。
仕事に生活に疲れ果てていても。
心が悲鳴を上げて泣き叫んでいても。
何度も繰り返し「大丈夫?」「ねえ、大丈夫?」と聞いてくる。
心の中で、「いや、どう見ても大丈夫な感じじゃないでしょ? 今」と思いつつも、「大丈夫」と仕方なく答える。
「良かった、大丈夫なんだ」
とばかりに、何事も無かったかのように自分の話を始める。
自分はあなたを心配している。
いつも気遣っている。
そして、あなたは「大丈夫」と言った。
その流れだけで満足しているような気がする。
「大丈夫」と言えば安心して、本当に大丈夫かは重要ではないんだろうか。
「大丈夫じゃない」と言ったこともあった。
本当に辛かったから。安心させてあげるための「大丈夫」すら言える余裕が無かったから。
「辛い。しんどい。大丈夫じゃない」
「そうだね。大変だったね。辛かったね、大丈夫?」
「がんばれ、我慢しろ、大丈夫だよ」
肯定して寄り添ってみたり、励ましてみたり。
私の口から「大丈夫」と言葉が出るまで繰り返される。
そのやり取りが不毛になって、余計に辛くて、しんどくて。
「大丈夫」
結局、その言葉を発することになる。
母親もそうだ。
「最近体調はどうなの?」
「仕事、大変そうだね。大丈夫?」
心配してくれているんだろう。
優しさなんだろう。
でも、そう問われたら、答える言葉は「大丈夫」しかなくなる。
「うん、大変だけどなんとかやってる。大丈夫だよ」
心配させたい訳がない。それで安心してくれるならそう答える。
みんなそうだろう。そんなもんだろう。
耐えきれずに弱音を吐いて、「大丈夫じゃない」と言ったところで、
「どこもそんなもんだ」
「みんなそれでも頑張っているんだから」
「甘えるんじゃない」
なんて言われるのがオチだ。
「本当に辛いんだ」なんて反論した日には、
「いつまでふて腐れているんだ」
「なんでみんなが出来る我慢が出来ないんだ」
「常識がない」
ヘタしたら、こちらが全否定されることもあり得る。
「大丈夫」と言わないことで余計な傷を負うくらいなら、「大丈夫」と言ってしまう方がずっと楽だ。
「大丈夫」「大丈夫」「大丈夫」
口に出して言い続けていれば、自己暗示のように本当に大丈夫な気がしてくる場合もある。
「大丈夫」「大丈夫」「大丈夫」
何年も言い続けて。
何年もそうやって自分すら瞞して。
とうとう大丈夫じゃなくなった時。
言葉でも瞞しきれない程になった時。
それは、体に限界がきて入院してしまう時か。
仕事に追い詰められて過労死してしまう時か。
心が弱りきって壊れてしまう時か。
そこまで行かないと理解されない。
そこまで行っても理解なんてされないかもしれない。
そう考えたら「大丈夫」と言う言葉が怖くなった。
私の周りには、「何言ってるの、大丈夫じゃないでしょ!?」と言ってくれる人はいない。
「大丈夫じゃない」と口に出したとしても何も解決しない。
わかってるけど、でももうなんだか「大丈夫」って言いたくないな。
せめてもの抵抗じゃないけど、「大丈夫」という言葉を使いたくない。
辛そうな顔をして「まだ大丈夫」なんて言ってる人は、絶対全然大丈夫なんかじゃないと思う。
それでも自力で乗り切れる人もたくさんいるんだろうけど。みんなすごいね。
私は「大丈夫」という言葉を言うのも言われるのも嫌いです。
「大丈夫」という言葉には闇がある。
あるいは、そう考えてしまう私に闇があるんだろうね。