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8. あの世の者

 長谷川三郎はその日、学内のギターサークル研究室にいた。

冬馬はどうしても芝洋介に関する私物に触る必要性を感じて、三郎に相談してみたら、彼のギターと楽譜を、遺族が使ってくれと三郎にくれたと言うので、それを置いてある部屋へと向かっていた。

何か解ると良いが、これまでの経験と自分の能力からして、あまり期待はしていなかった。

連は大学に来たのが始めてらしく、海羅と一緒に学内を散策すると言って、嬉しそうに手を振って駐車場で別れた。

煉瓦の石畳を歩いて、第三校舎のアーチ型の玄関を抜けると、大きなエントランスに出る。

放射線状に伸びている廊下の一番手前にある階段を上がって行くと、微かなギターの音が聞こえてきた。

それを頼りに音のする方へと歩いて行くと、扉の前に『クラッシック・ギターサークル』と書いた看板が貼り付けてあった。

ドアをノックする。

程なくドアが開き、中から長谷川三郎が笑顔で出迎えてくれた。

「お、驚いたよ、君から電話がくるなんて・・・」

楽譜がぎっしりと詰まった本棚に、四方を囲まれたような部屋の中に通された。

三郎は練習をしていたらしく、パイプ椅子にギターを立てかけてあった。

「ま、座って、」

椅子を勧められて、取りあえず冬馬は言われるままに座る。

程なく三郎は部屋の奧から、ビアレッティで入れた本格的コーヒーを持って来てくれた。

どこの研究室も結構本格的なコーヒーを入れるんだと、変に感心をしてしまう。

「そろそろ来る頃だろうかと思ってね、僕も一息入れたかったし。砂糖とミルクは?」

「いえ、結構です」

自分のテリトリーに居るからか、今日の三郎は落ち着いていて、上級生の品格を持ち合わせているようで、何となく言葉が丁寧になる冬馬だった。

「ひとりで練習していたんですか?」

「僕の住んでいるアパートじゃ、壁が薄くて近所に迷惑だからね。椰子パーク前のコンビニでアルバイトしているんだけど、休憩時間に海岸で練習するか、この部屋で遅くまで練習させてもらってるんだ、」

「公演、中止にしなかったんですね」

「・・・不謹慎だと思うかな?会場も押えてあるし、チケットも完売しているし、追悼の意味も込めて、やろうって事になったんだけどね・・・。」

「そうなんですか・・・、前に芝さんと友人だったって言ってましたよね?何か変わった事ってなかったんですか?」

三郎は黒い眼鏡の位置を直しながら、言葉を探しているようだった。

「うん・・・、どうかな?例えば、この前、あいつが余りにも元気無いのでどうしたのかと尋ねたら、仲の良かった友人が変わってしまったとか言ってたなぁ・・・、”廊下ですれ違っても素知らぬ顔をして行くんだ”とか・・・、別に事件には関係無さそうだから警察にも言ってないんだけど」

「誰のことなんですか?」

「いや・・・名前までは聞いてないなぁ・・。それと、”確信があるからそのうちわかる”と・・・、何か関係あるのかな?」

「・・・どうかな」

あるような、ないような・・・。

それから、三郎は立ち上がると、後ろの机の上に置いてあったケースの中からギターを取りだした。

「これが芝が亡くなる前まで、殆ど毎日使っていたギターだよ。彼の母親が、家に置いてあっても見るのも辛いし、使わないまま朽ちてゆくのも忍びないから、良かった使ってくれないかって、僕にくれたんだ。」

手を出そうとして、一瞬、躊躇ちゅうちょしてしまう冬馬だった。

「あ、もしかして噂は本当なのかい?」

「え?」

「君は想念の強い物に触れると、彼らの映像が見えるっていう・・・昔、TVドラマにもあったよね」

「そんな噂が広まっているの?」

「多分、君の小説がそうだから、みんな君自身もそうだと勘違いしているんじゃないかな?」

笑って三郎は打ち消してくれたが、すんなり受け取る分けにはいかない冬馬は、テーブルの上に置くよう頼んだ。

 丁度、そのとき海羅から電話が鳴った。

「冬馬?まだ時間大丈夫?」

「ああ」

「このバカがさあ、視聴覚室でゲームプランニングの実験映像にはまっちゃってさぁ、まだ時間欲しいって言ってるんだけど、」

「いいよ、まだ」

「わかった。じゃ」

「あ、海羅、」

海羅の名前を呼んだ途端、三郎はコーヒーを吹き出しそうになった。

「終わったら電話するから」

「OK、じゃ」

そう言って電話は切れた。

「き、来てるんですか?海羅さんも」

急にどもるのはどうだろう?

「うん、弟と一緒にね。僕車持ってないから、乗せて来て貰ったんだ」

多分、かなり羨ましかったのだろう。

そわそわし始めた三郎を尻目に、冬馬は意を決してギターに触れてみた。


”右手のバンドエイド、戸棚の奧をを走り去る黒いフードを着た人影、運動靴の音、真樹と準の笑い顔・・・”


 バンドエイド?黒い影?本の隙間から一瞬見えた影だと思っていた物は・・・、あれはもしかしたら黒いフードを被った犯人かも知れない。

彼は痛みに耐えながら、後ろを振り向いたのだ・・・。

そして、何故、準と真樹先輩?

「大丈夫かい?」

黙ったままの冬馬を見て、三郎が声を掛けてきた。

「彼は準先輩と真樹先輩とはどういう関係だったんですか?」

「確か同じクラスなんじゃないかな?そう話していたような気がするけど、彼らは有名だからね、」

なるほど。

「腕に、右手にバンドエイドしてる人物に心当たりは無いですか?」

三郎はすまなそうに頭を振った。

謎は深まるばかりで、詰め込まれる記憶の断片には、悔しいけど今のところ、何の意味も無いように思われた。

 


三郎に別れを告げて、外に出て来た冬馬は、言われぬ何かが心に迫り、後ろ髪引かれる思いで、つい振り返ってしまった。

駐車場から見上げた二階の窓ガラスには、空を行き過ぎる雲が写っていて、その奧からこの世の者ではない、悲しげな顔が冬馬を見下ろしていた。

「何見てるの?」

後ろからいきなり声を掛けられ、驚いた冬馬は慌てて振り向いた瞬間、すぐ側に顔を近づけていた海羅にキスをしそうになった。

「惜しい!」

と言って海羅は笑う。

「近っ!」

良く見ると、冬馬の肩に海羅は顎を乗せていたので、思わず身体をよじった。

「あんた変態か?、離れろよ、驚くじゃないか」

「そんなに嫌がらなくても、初めてのことじゃないし、・・・」

連に聞かれないよう、海羅の口を塞ぎにかかろうとするが、海羅は笑って離れた。

「もう少しでニアミスだったよ」

連はカフェテリアで販売しているソフトクリームを舐めながら、訳知り顔でクスクス笑っている。

「海羅のキス魔は母親譲りだからね、オレだって幼稚園で友達に嫌がられるまで、”ハグしてチュ”は世間の常識、普通の挨拶だと思っていたんだから、」

ケラケラと海羅は笑っている。

「多分、連のファーストキスの相手はママよ、冬馬は私かも」

「げっ、何時?」

冬馬が尋ねた。

「覚えてないわよ、三つくらいかな?赤ちゃんの時よ、でも小学生の時もね、寝顔があんまり可愛いんでチューしちゃった」

「うわぁ、変態だこいつ、」

兄弟は、同じ反応して仰け反った。

そんな苦情など全く意に介さない海羅は、平気な顔して再び冬馬に尋ねた。

「だから、いま何見てたの?」

「あの窓に、芝洋介が立っていたのさ」

二階のギターサークルの窓を指射した。

その視線の先では、夕日が差し込んでキラキラと反射するステンドガラスのように、美しく輝いている何の変哲もない窓以外、当然の事ながら海羅と連には何も見えなかった。

連は何の意図か、片目を瞑ってソフトクリームを掲げていた。

「この前、亡くなった人ね」

「悲しそうな目で見てるんだよ、」

「で、何か解った?」

「それが、何も・・・」

「いいけどさ、・・・」

と、海羅は言いかけて止めた。

「なに?」

「どうせ私が何を言っても、止めやしないだろうと思ったの」

冬馬は、苦笑いを返して肩を賺した。

眉間に力を入れた海羅は彼を睨んだが、諦めたように頭を振ると、弟たちを車に乗るよう促して、運転席に乗り込むとドアを閉めた。





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