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7. ミルク&プリン

 どんよりと重く立ちこめた鼠色の雲が太陽を覆っていて、今にも雨が落ちてきそうに湿度を上げていた。

いつものようにカフェテリアでランチを取っていた冬馬の前に、茉莉果や光が現れ、そして、ゴルフサークルの面々が、いつの間にか近くの席を陣取っていた。

普段ならカフェのランチなんて、とバカにして口にしない彼らだったが、冬馬を見付けてからは面白がってやって来るのと、カフェテリアの食事が食べてみると以外にもいけたし、一連の事件への興味本位からくる好奇心だったりする。

「なんでこのごろ、みんな近くに座るのかな?やりにくいよ」

光が冬馬に耳打ちした。

「面白いことを探すために、色々アンテナ張り巡らしている連中だからね、今は外で食事しているより、学内にいた方が退屈しないと思ってるんじゃないかな」

ため息をついた光だった。

「緊張しちゃうよ、いつ何か無茶なこと言われるんじゃないかって」

「ま、それが先輩の特権でもあるんだけどね、彼等は少し、横暴過ぎるかな」

顔を顰めている光とは対照的に冬馬は笑った。

「この前、練習場で大変だったんだって?茉莉果に聞いたんだけど」

茉莉果と目が合った冬馬は、その夜の事を思い出して彼女の反応を見たが、普段と変わらぬ笑顔を振りまいていて、気にしてないのならそれで良いと思った。

変に気まずいより、ずっといい。

「海羅さんて多分かなり誤解されている所があると思うわ、恰好も上品な時や超ど派手なときもあるでしょ?ちゃらちゃらしてる風に見えるけど、ほんとうはとても弟思いだったりして、人の悪口なて言うの聞いたことないし、」

「それは誤解だと思うよ。性格は超悪いから」

「それはあなたたち弟組が、言うことを聞かないからでしょう?」

どこかで見られただろうか?茉莉果の冷静な判断は、強ち的外れでもないと冬馬は思った。

「あ、刑事さんだわ。冬馬君を呼んでいるんじゃない?」

茉莉果の目線の先で、カフェテリアの入り口から、こちらに向かって手招きしていたのは内藤始だった。

冬馬は席を立って側に歩いて行く。

「こんにちは、」

「やあ、この前言ってた薔薇の花束の件だけど・・・」

「何か解りました?」

「それがね、送り主は郵便で手紙の中に一万円札と、メッセージを添えて欲しいと言って、大学の住所と海羅さんの車のナンバーを記入してあった便せんが、一枚入っていただけだったそうだ。」

「その封筒は?」

「それなんだよ、僕もそう思って尋ねたら、既に捨てた後でね、店の人に言わせると、最近は顔を見ないネットでの注文が多いし、封筒には宛先と言うか、この大学の住所と海羅さんの車指定で送ってくれと言う注文以外は、何も書かれていなかったみたいで、別に不振にも思わなかったから捨てたと・・・」

「そうですか・・・」

たまたまなのか、慎重なのかストーカーの判断が付きかねた。

「車のドアが開いていたことは、知っていたんですか?」

「手紙には、ドアが開いてなかったらボンネットの上にでも置いてもらっていいと、書いてあったそうだよ、勿論、車のナンバーもね」

確かに海羅はよくロックを忘れるけど、それを知っている人物となるとかなり限られてくる。

しかし、それ以上に海羅をつけ狙って、観察を繰り返しているとなると尋常でなくなるかも・・・。

「役に立てなくてごめんな、」

「とんでも無いです、それだけ分っただけでも十分ですから」

「構内の事件も、目撃者が一切表れず、途方に暮れているんだよ。外部からの怪しい侵入者こそ居ないんだけどね」

「それって、学生の犯行じゃないんですか?学生だと誰も怪しいとは思いませんからね、」

「同じ年代、同じ恰好、出入り自由、本の持ち出しこそ厳重に管理されているけど、まさか殺人が起きるなんて誰も思わないから、監視カメラなし・・・、キツイよね」

内藤は笑った。

「僕の方こそ役に立てなくてすみません」

「何言ってるんだよ、」

そう言って内藤は笑うと、冬馬の肩をぽんと叩いて別れを告げると、階段を降りて行った。

そう言えば、彼の幽霊はあの日以来現われていない。

あんな惨い殺され方をしたと言うのに・・・。

「何だって?」

席に付くと、賺さずカオルが尋ねた。

「別に」

「どうせ、まだ事件は未解決のままなんだろう」

冬馬が否定しなかったので、カオルは頭を振った。

そこへ笑いながら、海羅とシナが現われた。

 海羅はブルーと黒の、派手な幾何学模様のワンピースを着て、プラットフォームサンダルを履いている、今日はどうやら猫の目《意地悪な》の日だ。

「これどう?ミルクにプリンが入ってるの、私は好きだけど、シナはあり得ないって、」

トールサイズのチルドカップを、カオルの前に差し出して、飲むよう促す。

「うーん、微妙・・・」

「よね、変よ海羅って、不味いよこれ、ほんとにジャンクフード好きなんだから」

シナが笑う。

「私だったらワインにチーズ入れるとか、」

シナの提案にも、みんな否定した。

「げーっ、じゃ、ビールに枝豆?」

「溶けたら不味そう、ゼリーだから出来るんだよ」

カオルの提案も却下される。

「じゃあ、日本酒に梅の欠片、いやゼリーでもいいかも」

「うーん、それって普通、面白くない」

真樹の提案は、面白くない理由で却下された。

「何だよ〜、味じゃないのかよ、」

「ないない」

準を始め一同が、笑って首を振る。

盛り上がっているテーブルの隅で、一年は肩を寄せ合ってランチを食べていた。

「以外とみんな単純なんだよね」

「今頃、何よ光ったら、だけど、それが面白かったりするのよね、なんだかんだ言って流川君も練習日には出て来てるし」

連れられてと言いたいが、確かに何となく付いて行ってると思うと、否定はできなかった。

「おーい、一年坊主。そこで何ちまちま飯食ってんだよ、来週の日曜空けとけよ、ゴルフに行くからな」

「ええーっ、突然ですか・・・」

真樹の提案は絶対で、流石に茉莉果が焦って言った。

唐突過ぎる予定に、文句を言おうとした冬馬の口を遮るようにカオルが言った。

「ダメ、バイトがあるなんて嘘ついても、認めないからね」

一年坊主はオドオドしながら、急に落ち着かなくなった。

「僕ら、一緒の組で回れるかな?先輩達と一緒じゃ、地獄のパシリと化しちゃうよ」

光がそう言うか否や、真樹がメンバー表を書いた用紙をみんなに配って回る。

 それを手にした冬馬は、瞬間、その用紙が真っ赤に染まり、生臭い血の臭いが鼻を突いて、いたたまれなくなり手から離してしまった。

紙が滑り落ちて床に舞う。

 今のは何だ???

『何してるの?叱られちゃうわよ』とでも言いたげに、落ちた用紙を拾ってテーブルの上に茉莉果が置いてくれた。

着席をしてみんなが真剣に用紙を見ている中、冬馬がこっそりそれぞれの反応を伺おうとして、身を乗り出して席を覗き込もうとしたとき、無表情でこちらを見ていた海羅と目が合った。

「良かった、光が一緒だわ。流川君はフルメンバーよ、パシリかも?」

と、言って茉莉果に話し掛けられて、冬馬は我に返った。

 我に返ってメンバー表を見てみると、海羅、準、カオルといった先輩の名が連なっている・・・。頭の中で思いつく限りの断る理由を考えてみたが、残念ながら何も思いつかなかった。

やがて午後の講義へとちりぢりに別れて行く廊下で、冬馬は海羅を呼び止めた。

「車どうなった?」

「今日直る予定、あ、そうだ。ママがね、今乗っている車を冬馬にあげるって言ってるの、取りに来なさいって」

「なんで、いいよ。あれ外車でしょ?」

「だから何よ、」

「やっぱいい、登録とか面倒だし」

「何言ってるの、ママの名義だものどうして登録とかするの、ついでに車検とか総てママが見てくれるし、あの車少しマニアックでママの腕には厄介過ぎるそうなの、だから新しく買い換えるから丁度いいって言ってるわ。それに、これはね命令なの冬馬、『乗りなさい』って言う」

冬馬から、ため息が洩れた。

「これからも何があるかわからないでしょう、絶対、あった方が便利なの、こんな田舎じゃね」

しょうがない、その通りなんだから、もし家族に何かあって呼ばれたとしても、車が無かったら直ぐに駆けつけることさえままならない。

「何か話があったんじゃないの?」

「え?ああ、このチラシ誰が作ったの?」

バッグを開いて、さっきのメンバー表を書いた用紙を、海羅に取り出すよう促した。

触りたく無いんだと直感した海羅は、眉毛を吊り上げながら渋々取り出した。

「多分、準先輩と真樹先輩じゃないかな?いつもあのふたりが相談して決めているから」

思案する冬馬の心を見透かしたかのように、既に海羅はその異変に気づいていた。

「何か見えたんでしょ」

「少しね・・・、でも大丈夫だよ、大したことないから」

「でも、変ね。どうしてあのチラシから?」

「そうなんだ・・・何かおかしいよね、」

二人が途方に暮れている所に、長谷川三郎がやって来た。

「あ、あの・・・ちょっと良いですか?」

「どうぞ」

えらく謙虚な三郎に、海羅は笑って言った。

「さ、再来週の土曜日の、し、七時から、この大学の第一校舎、音響ルームでクラッシックギターコンサートやるんですけど、よ、よ、よよ・・・良かったら、見に来られませんか?僕は下手ですけど、中には玄人肌の上手な方も沢山いらっしゃいます」

緊張していたのか、一気に話し終わると大きな深呼吸をした。

「いいわよ、」

意外にも、海羅はあっさり承諾した。

行くのかよ!

冬馬は海羅の顔を見た。

「私、クラッシック好きだし、」

「ほんとうですか?」

ファン1号の瞳が、みるみる輝く。

そして、ジーンズのポケットからチケットを二枚取り出して、冬馬と海羅ふたりにそれぞれ渡してくれた。

「僕はいいよ、」

「私と行くのが嫌なの?」

「姉弟で?」

「け、喧嘩しないでください、券はまだありますから」

と言って、三郎はもう一方のポケットから二枚のチケットを取り出した。

ド素人の手品師かよ!

どうして同じポケットに四枚入れて置かないのか、突っ込みたくなるのを冬馬は必死にこらえた。

結局、チケットを四枚もゲットした海羅は、『茉莉果ちゃんでも誘えば?』と、二枚を冬馬に寄越して去って行った。

海羅は誰を誘うのだろう。

そう言えば、あれからストーカーの方はどうなったのだろう、変に我慢強い海羅の事だから、こちらから尋ねてあげれば良かったなと冬馬は後で思案した。





 その夜、冬馬はベッドで何度寝返りを打ってもなかなか寝付けず、強引に目を閉じていたら頬にポタリと何かが落ちてきた。

 何だろう?

手で頬を触ってみると、指にべっとりどす黒い血のりが着いていて、ギョっとして滴の落ちてきた天井を見やると、赤黒い染みがじわじわと広がっていった。

それは急速に、あっと言う間に全体に広がると、部屋を飲み込むようにして、天井が剥がれ落ちてきた。

「うゎっ、」

うめき声と共に、冬馬はベッドから起き上がった。

辺りを見回すと、部屋は何事も無かったように整然としていて、静まり返っていた。

「夢か・・・」

額に汗が滲む。

ただの夢なのか、暗示なのか冬馬には解らなかったが、余りのリアルさに不気味過ぎて、心が落ち着かなかった。

そして、水でも飲もうとベッドから降りようとして気が付いた。

玄関の入り口の廊下に、あの日刺された状態のままで、芝洋介が座っていたのだった。

胸からは大量の血が流れ出ていて、膝の上の本に滴り落ちていた。

そして、冬馬に気が付いたように顔を上げる。

「やめてくれよ、僕には何も出来ないって言ってるじゃないか・・・、こらえてくれ」

思わず口走り、彼を見なかったことにして、携帯プレーヤーを捜して音楽を掛けると、大音量のイヤフォンを耳に充てた。

それから部屋の明かりを全部着けて回る。

序でに、TVまで付けて、深夜番組の意味もない映像を音無しで流した。

目を閉じるとさっきの悪夢や、血のりべったりの彼の映像が飛び込んで来そうなので、下らないTVを見るとも無しに見るのだった。




 

「こんなことだろうと思ったわ、」

肩を揺すられて、冬馬はハッとして目が覚めた。

海羅がベッドの縁に腰掛けて、寝ている冬馬を見下ろしていた。

後ろでは、昨夜着けた部屋中の電気製品を、連が片っ端から消している。

「難聴になるわよ、」

冬馬の耳から白いイヤフォンを外しながら、海羅がそう言った。

朝から頭も身体もだるくて、起き上がる気力も無かった冬馬は、寝返りを打って海羅に背中を向けながら、今日は何曜日だっけ?講義あったかな・・・と、虚ろな思考を懸命に働かせようとしていた。

「昨日は詳しく聞けなかったけど、で、朝から何度電話しても出ないし・・・、ま、時々、あなたは私の電話無視るけどね、今回も何となくこんな予感がしていたわけ・・・・」

あ、今日は日曜だ。

良かった休みで。

「今、何時?・・・」

「十一時半」

素っ気なく海羅が答えた。

「え?十一時半?・・・」

朝方ようやく眠りにつけたとは思ったが、もうお昼近くだったなんて・・・。

「つか、どうやって入って来たんだよ、」

疑問と怒りの狭間で、頭が回転し始めた。

「連が開けたの」

そう言う海羅の後ろで、連が買ってやったノートパソコンを胸にかざして見せた。

「とっくに知ってるわよ、あなたが連に買い与えたってこと、何てことするのよ」

映画まがいにパソコンを使って、暗唱番号を調べたのかと思うと感心する冬馬だった。

どこまでも末恐ろしい弟だ。

それよりも海羅からの攻撃を避ける為、布団を頭からすっぽり被ろうとした冬馬だったが、海羅にはぎ取られた。

「起きなさい、そうやってだらだら寝てても、具合は良くならないんでしょう?だったら起きて一緒にランチでも食べに行くのよ」

有無を言わさず、シャツを引っ張って無理矢理起こされる。

「あーあ、ここにも犠牲者がひとり、オレもそうやって良く起こされるんだ」

ロッキングチェアにゆらゆら揺れながら、連が笑ってそう言った。

「連、長谷川三郎の電話番号調べてくれ」

「いいよ」

そう言って冬馬は洗面所に向かう。

 早速、連はパソコンの電源を入れると、作業に取りかかった。

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