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5. シルバー・チャーム

 自宅のガレージを閉めようとした時、待ちかねていたようにバイクがやって来て目の前で止まった。

 その人物がヘルメットを外し、誰だか判ると、冬馬は一応に安心した。

「何だよ一号、こんな時間に、」

そう言って、近づいて行こうとする冬馬を、助手席から回り込んで来た海羅が腕を取って引き止めた。

「知り合い?」

「大丈夫だよ」

スタスタと近寄って行くと、一号が背中のボディバッグの中から、淡いピンク色した薔薇の花束を取り出した。

「ど、どうしても昨日中に渡したかったのですが、とうとう深夜二時になってしまいまして・・・、ずっと待っていたんですけど・・・」

「え、ここで?ずっと待っていたの?」

「い、いえ、ここだと不振人物だと思われて通報されるといけないので、この辺りをぐるぐる回っていたんです」

背中に花束を背負った男が、こんな深夜にこの辺りを徘徊するだけでも十分怪しいではないか・・・、よく通報されなかったものだと感心すると同時に、可笑しくなって冬馬は苦笑した。

「で、たまたま途中で海羅さんの車を見付けまして・・・」

「何回目の巡回で?」

「じ、十回・・・」

「もっとだろう?」

「さ・・、三十回・・・くらいでしょうか」

さっきまで思いっきり睨んでいた海羅は、今や目を丸くして口に手を充て、笑いたいのを隠していた。

「受け取ってあげなよ海羅、」

「え・・・でも、誰よあなた」

いつもの、威勢のいい海羅に戻っていた。

「あ、も、申し遅れました。理工学部、三年の長谷川三郎です。海羅さんのファンなんです」

「じゃあ、昼間、車の中に赤い薔薇の花束を置いたのは、あなたじゃないの?」

「何それ?」

冬馬が目を細めて、不振そうに尋ねた。

「車の助手席に花束を置いてあったの、誰だか分らないし変なメッセージカードも添えてあって、気持ち悪いからマリコママに花はあげたけど・・・」

「あ、あの・・・それはですね、た・・・、多分・・・、大学近くに花屋さんがあるじゃないですか、そこの店員さんが配達してきたんですよ、あそこの店員さんは薄いピンクのタブリエを着けてますから・・・、車にはロックが掛かって無かったみたいで、ドアを開けて置いてましたよ」

「やけに詳しいな、」

「それは・・・、海羅さんが止める駐車場は、管弦サークルの部屋の真下ですから、今日だってたまたま下を見ていたら・・・」

と、喋り過ぎた事に気が付いて三郎は口籠もった。

「そこから、いつも覗いていたんだな」

「い、いえ・・・、覗くだなんて、・・・・昼間も言った通り変なメールなんて絶対に送りつけてなんかないですから、だって僕は純粋なファンなんです、」

真偽を問うように、海羅は冬馬を見た。

「今朝、海羅と別れた後、この人がね、海羅の後をつけて写真を撮ろうとしていたので、とっちめてやろうとしたんだ、てっきりメールの送り主だと思ってね、そしたら写真は見事に撮っていたけど、メールの送信記録は無かったんだ、メールの犯人は彼ではないと思うよ。多分、もうひとつの薔薇の送り主なんじゃないかな」

「写真って何よ」

「海羅の写真集めてるらしいよ」

三郎は、海羅に睨まれてオドオドしながら、花束を胸に掻き抱いた。

「す、すみません!」

一瞬、三郎を睨んだ海羅だったが、気を取り直したように、急に開き直ると笑って言った。

「ま、いいか、私だってこっそり冬馬の寝顔、携帯に撮ってあるもんね」

「あんたねぇ・・・」

冬馬の抗議を避けるように、三郎に近づいた海羅は、近所を三十周、いや本当は五十周くらいしているかもしれないせいで、少し弱っていた薔薇の花束を受け取った。

「薔薇の中ではピンクが一番好きよ、ありがとう」

海羅に微笑みかけられたファン一号は、感激のあまりあろう事か、いきなり一粒の涙を零した。

「な、なんだよ、何も泣かなくても・・・」

「い、いえ・・・感激しているのは本当ですけど、僕は親友が亡くなったばかりなのに、ひとりだけこんなに浮かれていいんだろうかと・・・、実は、ぐるぐるこの辺りを回る途中でも自問自答していた所なんです。でも、絶対海羅さんには花束を渡したくて・・・、赤い奴に先を越されちゃったのが悔しいんですけど・・・、手渡ししたかったんです、でも、講義があったもんですから・・・遅くなっちゃって・・」

「親友って、昨日図書館で刺されて亡くなった・・・」

「芝浩介は僕の唯一の親友でした。弦楽サークルでも一緒に演奏していたんです」

そう言って、三郎はぼろぼろ涙を零して泣き出した。

その、彼の遺体を発見したのが冬馬であるという、奇妙な展開に姉弟は顔を見合わせた。


 そして、良からぬ予感に惑うのだった。




「さっき言ってた、カードって?」

海羅の部屋にプレゼントを置くと、冬馬は尋ねた。

少し躊躇った後、海羅はバッグからカードを取り出すと、広げて見せた。

「どういう意味だろう・・・でも、どうしてもっと早く言わないんだ、」

「言おうとして、夕方部屋に行ったでしょ、でもあなたこれからデートだって言ったじゃない」

そうだった・・・。

悲壮感を漂わせてやって来た海羅を、門前払いしてしまった罪悪感が、少しばかり冬馬の頭を掠めた。

そして、カードを取ろうとした冬馬の手が、届かない位置まで海羅はカードを掲げた。

「触らない方がいいんじゃない?」

「貸してったら、」

真顔で言うので、海羅は渋々カードを渡す。 

 受け取って一分くらい時間が経っただろうか、ふと顔を上げた冬馬からはどんな思惑も見当たらなかった。

「自分で書いてないな、きっと店の女の子に頼んだんだよ、花屋さんの情景が見えただけだ」

ふたりは深くため息をついた。

それから部屋を出て行こうとして、立ち止まった冬馬は振り向いて言った。

「どうして車にロックを掛けないんだ?」

「忘れていたのよ、」

呆れた事に、気にも留めていない様子だ。

「ちっ、」

冬馬が小馬鹿にして頭を振りながら背後で閉めたドアに、何かがぶつかる音がしたが、素知らぬ振りをして自分の部屋に戻るのだった。




 翌朝、冬馬がダイニングに入って行くと、連が驚いた様な顔をして、トーストにたっっぷりケチャップをかけていた手を止めた。

何れにしろ、連はケチャップが大好きなようで、冬馬は眉間を顰めたが何も言わなかった。

昨夜、母親は帰って来なかったらしい。

母専用のアールデコの椅子の前には、朝食のセッティングがされていない。

そう言えば、昨夜ガレージを閉めた時に車が無かった。

「あれ、来てたの?全然知らなかった」

「ガキは早くから眠りの国だもんね」

二日酔いの欠片もない海羅は、すっかり身支度を調えてコーヒーにミルクを注いでいた。

「あんた酒臭くない?オヤジかよ、」

「失礼ね、昨夜はそんなに飲んで無いわよ」

海羅は、肘で連の頭を小突いた。

「痛っ、やる気かよ、」

丁度、TVのニュースでは大学の事件を取り扱っており、アナウンサーがまだ犯人は見つかっていないと告げていた。

 真剣にニュースを見ている冬馬の横で、姉弟の雲行きは段々怪しくなって行く。

 そして、いきなり海羅のフレンチトーストの上に、連はチューブの半分ほどのケチャップを絞りだした。

「うえっ、食べられないでしょうが、バカ、」

報復に、海羅が連のオムレツをコーヒーで浸した。

「クソ女!」

「クソチビ、」

取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな所で、それを厨房から見ていた道子さんが止めに出て来たが、先に冬馬が怒った。

「うるさい!」

その一言で、食卓は急に静かになって、TVの声だけが鮮明に通りだした。

 道子さんは、クスリと笑って、再び厨房に戻って行った。

『あなたは、そのとき何処にいらっしゃったんですか?』

インタビュアーが、図書館の前で学生にマイクを向けていた。

何度も流れた映像だった。

『一階の、視聴覚室でDVDを見ていたので、不振人物は?と聞かれても、全く気がつきませんでした』

「これって、警部の配慮なんじゃないの?」

映像を見た海羅がそう言った。

「どう言う意味?」

「だって、第一発見者が今をときめくミステリー作家だとしたら、マスコミは挙ってあなたに取材を申し込む筈じゃない、」

「そうか・・・、”今をときめく”を、抜きにしてもね、感謝しなくちゃ」

「ま、その方が本の売り上げにはいいんでしょうけど」

「オレなら自分で、連絡するかもな、”インタビュー一本五十万でどうですか?”って」

「あんたとは違うの、ゲス野郎は黙ってなさい、」

海羅が殴る振りをしたので、連は頭の上に腕を翳して身構えた。





「聞いたことないかな?現場百回って言うの、」

内藤始は笑って言った。

 彼はまだ大学構内を捜査して回っていて、電話をするとカフェテリアで待ち合わす事になった。

図書館はまだ封鎖していて、黄色いテープが張られたままで、警官を配置させていた。

「何か解りました?」

「それがさぁ、さっぱりなんだよね、実際、余りにも手がかりが無いんで困ってるんだ」

渋い顔をして内藤はコーヒーを飲んだ。

「もしかして、マスコミには僕の名前伏せてくれてるんですか?」

「警部の意向でね、そうじゃないと君大変なことになるし、マスコミが彷徨き回ると我々だって捜査がしにくいからね」

「ありがとうございます、」

「ところで、今日はどうしたんだい?」

「実はですね、最近海羅がストーカーに付きまとわれているみたいなんです。昨日も車の中に花束とカードが置いてあったんですけど、ストーカーはこの近くの花屋に頼んで配達して貰ったらしいんですが、もしかして入り口の所でチェックしたとき、何か怪しいところとか無かったのか聞きたかったんですが、」

「ああ、それなら業者とかチェックしてあると思うんで、聞いてみるよ。で、その人物が誰だか調べて欲しいんだろ?」

「すみません、お忙しいところ!」

冬馬は平謝りした。

「ストーカーか、最近は達の悪い連中がいるからね、気をつけないといけないね。市民を守る義務があるって言う割には、矛盾しているかもしれないけれど、警察は何かあるまで動けないからね、承知したよ。君には世話になってるしね、それに何が手がかりになるか判らないし、でも警部には内緒だよ」

内藤はコーヒーを飲み干すと、早速、立ち上がり手を振ってその場を後にした。

 で、入れ替わり入って来たのが、面子を揃えたゴルフサークルの連中だった。

「なにお前、まだ取り調べ?」

カオルが、内藤を振り返りながら聞いた。

「違うよ、彼とは昔からの知り合いなんだ」

「捜査どうなってるって?」

真樹が冬馬の前に座りながら尋ねた。

「まだ判らないそうだよ」

「じゃ、まだ殺人犯は野放し状態なのか、怖いなぁ」

準が、みんなの飲み物が入ったプレートをテーブルに置いた。

「おまえって、ほんとうに殺人事件に関与するよな、また首突っ込むんじゃないだろうな」

カオルが溜息をつく。

「止めとくよ、いつも危険な目に合うからね」

「そうだよ、この前も事件は解決したけど、おまえも海羅も死にそうになったじゃないか、」

「ああ、教授の事件か・・・。幽霊騒ぎの・・・、君は幽霊が見えるんだって?」

興味あり気に準が聞いた。

「そうなんだよ、こいつ幽霊に取り憑かれて懇願されるんだって、”助けて・・・”って」

「カオルさん、」

冬馬が睨んだので、カオルは喋りすぎた事に気が付き口を閉じた。

「え、じゃぁ今回の犯人も分ってんじゃないのか?」

真樹が驚いたように尋ねた。

「幽霊が喋る分けじゃないから、判りませんよ。それにイメージが見えたとしても、亡くなった人が見た視点でしか見えないので、犯人が変装してると分らないし、僕の能力は微弱過ぎて、中途半端に関わると、いつも危険な目に合ってしまうんです。だから、関与しないことに決めたんです」

「なんだ、つまんないな。幽霊が教えてくれてスカッと事件解決、なんて言うとすげえ格好いいのにな」

そう言う真樹を尻目に、カオルは”言うのは簡単だけどな”、とでもいいた気な表情をして冬馬を見たが、当の本人は何も言わず淡々としていたので、少なからず同情をした。

「あ、そうだ。冬馬これ」

ポケットから無造作に真樹が取り出したのは、シルバーのペンダントだった。

 みんなが首に掛けているゴルフサークルのシンボルである、大学のイニシャルとクラブチャームが結構お洒落代物だ。

「そろそろお前をサークルの一員だと認めようと思ってね、練習しているところは殆ど見たことないけど、」

「僕の目に狂いは無いから、九月を楽しみにしていて下さいよ、それまでにこいつをビシバシ鍛えてやるから」

それを聞きながら、顰めた顔を背けようとする冬馬の頬を、両手で挟んだカオルは、真樹の方に向け直した。

 彼は冬馬を手放す気は毛頭無く、それを早く受け取るよう催促するので、冬馬はやれやれとでも言いた気に、渋々手を出すのだった。

 それからしばらくみんなで雑談した後、それぞれ講義があると席を立った。

冬馬は準が椅子に掛け忘れていたセーターを取ろうとしたとき、横からいきなり手が伸びて、その機敏さに少し驚いた。

「忘れてたよ、ありがとう」

微笑みながらそう言い、去って行く準の後ろ姿を、何となく見送る冬馬だった。






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