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3. 憂鬱な、La Campanella

 学内の入り口で、学生証の提示を求められた冬馬と海羅は、車の中から左右の警官にそれぞれ渡した。

入り口にはマスコミが張り付いていて、学生にインタビューを試みていたし、キャンパスはまだ騒然としていて、図書館が別棟にあったお陰で休校は免れたようだったが、セキュリティはとても厳しく、海羅の車は時間を掛けてトランクの中まで隅々調べられた。

「今回は、何も見てないんでしょう?事件には首を突っ込まないでね、 」

駐車場に車を停め、ドアを閉めながら海羅は言った。

 確かに、胸を突き刺す痛みと、指にまとわりつく流れ出る血のり、口の中に広がる鉄の味・・・、そのくらいでしかないが・・・。

「やめなさい、変に同情するのは。でないと又、迷宮に嵌り込んじゃうわよ」

「分かってる、探偵気取りは止めるよ、前回で懲りてるからね、何も出来ないばかりか、海羅の命まで奪いかね無かったから・・・」

「あなたの命もよ・・・」

いつものおちゃらけムードの欠片も無く、海羅は真っ直ぐ冬馬を見て言った。

あの日、大泣きした海羅の顔が忘れられない。

そして、切なくなる。

 


それからふたりは別れて、別々の校舎へと向かった。

やはり学内全体が心なしかざわめいていて、当然の事だろうが浮き足立っていた。

ふと気が付くと、前からギターケースを抱えた青年が、伏し目がちにやって来て、冬馬の横を素通りして行った。

”彼だ、”海羅がこの前話していたストーカーに違いないと思った冬馬は、彼に気が付かれないよう、間を開けて後を追う。

 歩調の速い海羅に追いつく為に、ストーカーは少し小走りになったが、途中、海羅が校舎の入り口で友人に会い、立ち止まった時、建物の影に身を潜めると、ポケットから携帯を取り出して写真を撮ろうとした。

 その時、後ろから来た冬馬がそれを取り上げた。

「何の真似だよ!」

「あ、え・・と・・・」

ストーカーは、意外にも酷くビクついていて、どもっていた。

「あんただろう。最近、海羅の周りをうろついているストーカーってのは、」

「す、すみません!で、でも・・・」

「でも?」

この頃は温厚な冬馬ではあったが、目を細めた睨みは、以前、培われた気迫が利いていた。

「す、ストーカーではありません!」

「じゃ、なんだよ、こんなことして」

携帯をひらひら見せて、答えを促す。

「ふぁ、ファンなんです。彼女の」

「ファン?」

呆れた言い分に、こっちが戸惑いそうになる。

「ええ、とても綺麗な人で、ファッションも素敵で・・・、だからこうやって写真を撮っているだけです・・・」

「ストーカーじゃん、」

「ち、違います!そんな、卑劣な者ではありません。ふぁんです!」

「どっちでも同じだから・・、海羅、怖がっているし、」

「そ、そうなんですか?怖がってるんですか?」

「当たり前じゃないか、いつも誰かに見られているって不気味だろう?」

肩を落として、どっと項垂れるストーカーは反省しているのだろうか、急に大人しくなった。

「あ、それと変なメール送りつけるのも止めてくれないか?、」

「メールですか?」

「毎日、二、三十通変なメール送ってるだろう?」

「そ、それは僕ではありません。絶対に」

彼は目を丸くして、真剣に言う。

「疑うのなら、携帯のメール履歴を見てください。彼女のアドレスさえ知らないんですから・・・」

彼は携帯を見るよう、何度か催促した。

見てみると、確かにそんな履歴は無かった。

じゃ、どうして、誰が?

「他に携帯持ってるとか?」

「そんな事、無いです。僕は貧乏学生ですからそんな余裕無いですし、疑うのならこっち来て下さい、荷物を点検してもらって結構ですから・・・」

彼はそう言って、冬馬を近くのベンチまで誘導すると、その上にバッグから取り出した荷物を広げた。何冊かのノート、楽譜、ペン、財布と、ノートパソコン。パソコンについても彼は電源を入れて疑う余地のない履歴を見せて寄越した。

 突然の検査故、取り繕う間は無いだろうし、連が調べた所では個人のパソコンでは無さそうだったから、彼がストーカーだと言う確信はかなり低くなったが、再び、冬馬の頭に疑問が湧いた。

じゃ、誰?

それから彼は学生証を冬馬に差し出した。

『理工学部、三年、長谷川三郎』なんだ、年上じゃん。

その時、光がやって来た。

「流川、こんな所で何してんの、」

「海羅のストーカー見付けたと思ったんだけど、」

光は、ベンチに立てかけてあったギターケースを見付けて、ギョッとした顔をした。

「あー、ストーカー?海羅さんの言っていた?」

「ち、違いますって、」

三郎は両手を振って、大袈裟な程訂正をする。

「ま、物陰に隠れてこそこそ写真取ってるのは間違い無いだろうけど、この前言ってたメールの送り主ではなさそうなんだよね、メール履歴をチェックさせて貰ったんだけど、何も無かったから」

それでも不審そうに冬馬が睨んだので、三郎はオドオドしながら手を振って言った。

「じゅ、純粋な海羅さんのファンなんです、ファン一号の名誉にかけて、卑劣なメールなんて送ってないと誓いますから!それと彼女を怖がらせているんだったら謝ります・・・」

「じゃ、あのメールは誰が送りつけているんだろう・・・」

「それなんだよね・・・」

ふたりは、荷物を片付けている三郎を無視して歩き出した。

「あ、」

と言って冬馬が再び振り向いたので、三郎は再びビクついた。

「な、なんでしょう?」

「海羅の写真撮りたかったら、堂々と言えば撮らしてくれると思うよ、その、勇気があればね」

「は、はい。ありがとうございます!」

長谷川三郎は、急に明るく答えるのだった。





 その日に限って、シナもカオルも講義が終わるとそそくさ帰って行った。

殺人事件の犯人はまだ不明で、警察が箝口令かんこうれいを敷いている事もあって、学生達は授業が終わると速やかに退去した。

海羅は車に乗り込もうとして、助手席に置かれたバラの花束に気が付いた。

百本はありそうな巨大な花束を目にして、『少なくともひとりは覚えていてくれたんだわ、私の誕生日を・・』と微笑みながら、添えられていたメッセージカードを開いた。

『happy birtheday! 君の誕生日にひとりの僕は死に、そして新しく生まれ変わった僕は、君を永遠に見つめるだろう』

「わっ、気味が悪い!誰よこれ・・・・」

そう言って、花束の上にカードを放り投げた。

運転席に座って暫くそれを見ていたが、意を決したように車のエンジンを掛けた。



「うるさい、ドアを叩かなくてもチャイムを鳴らせば聞こえてるってば、」

文句を言いながら、冬馬が自宅のドアを開けた。

「ちょっと話があるんだけど・・・」

そう言いながら、中に入って来ようとする海羅を、腕を広げて通せんぼした。

「ダメ、これから出かけるから、」

「どこへ?」

「ちょっとね・・・」

歯切れが悪い返答に、海羅は不審がる。

よく見ると、小花模様のシャツを着た冬馬は、いつものTシャツ姿よりとてもお洒落な格好だった。

「まさか、デート?」

冗談で言ったつもりが、冬馬が頷いたので少し戸惑ってしまった海羅だった。

「茉莉果ちゃん?」

「うん」

数秒の間、二人は見つめあった後、海羅は溜息をついて身をひるがえした。

「急用なの?」

「いい」

後ろ姿のまま、海羅は手を振って意外にもあっさり別れを告げた。

 


レストラン『cloud』を覗くと、マリコママがカウンターでマスターと談笑をしているのが見えたので、海羅は車から薔薇の花束を手にするとドアを開けて入って行った。

「あら海羅、どうしたのその花束、綺麗ね」

いつものように艶やかな化粧をし、舞台女優が着るような、ど派手ドレス姿のマリコママの隣に腰掛けた海羅は、カウンターに薔薇を置いた。

「薔薇に罪はないから捨てるのも可愛そうなので、ママ、良かったら貰ってくれない?」

「なんでよ、こんなに綺麗なのに、あなた薔薇は嫌いなの?」

「そうじゃないの、今日、帰りに車の中に置いてあったのよ、変な意味不明のカードと一緒にね。それが誰だか分からないから不気味で・・」

「いいわよ、貰ってあげる。薔薇は大好きなのよ」

ママは嬉しそうに微笑むと、薔薇の匂いを嗅いでいた。

アイスティーを頼んで、海羅はカウンターに腕を投げ出し項垂うなだれた。

冬馬が茉莉果と付き合い始めたのかと思うと、海羅は何故だか気が滅入った。

しかも、薔薇の花束、ストーカー、どう考えてもテンションは上がりようが無い。

「元気ないのね」

「うん・・・この頃ヤバイなぁ」

「どう言う意味よ」

「何かさぁ、パズルのピースが見つからない感覚・・・」

「捜し物が見つからないって事?」

「でも、それが何なのか分らないの・・・」

やがてて分る時が来るわよ、焦らず待ってなさい」

マリコママは、ミステリアスな占い師のように、憂いを含んで微笑んだ。

マスターも二人の会話を聞いているのかいないのか、黙ってコーヒーを入れている。

海羅はふと、奧のグランドピアノが目に留まる。

「マスター、ピアノ弾いていい?」

「いいよ」

了解が出ると、海羅は嬉しそうにピアノに向かった。



”La Campanell”が、海羅の指から紡がれ始めると、マリコママや、マスターが感心したかのように振り向き、店内の客も美しい旋律に驚いて顔を上げた。

 その時、ふらりと冬馬が現れた。

冬馬がマリコママに話掛けようとした所で、指を口元に充てたママが静かにと合図をしたので、黙って冬馬はスツールに腰掛けた。 一新不乱にピアノを弾いている海羅は、みんなが注目している事など眼中に無く、瞳を鍵盤に落としたまま華麗な指裁きで、人々を魅了していた事に気づきもしなかった。

いつもはあまり見せない物憂ういいな表情に、先ほどのつれない態度を取ったことで、冬馬は少し胸が痛んだ。

一曲目が終わり、店内に居た人達が握手をして、海羅は驚いたように顔を上げてから微笑んだ。

一瞬、冬馬と目が合うが、再び海羅は鍵盤に目を落として、”ワルツ 第七番”を轢き始めた。

「海羅はこうやって見ると、やはり正真正銘のお嬢様よね、見た目も美しいし、ピアノも上手、溜息が出ちゃうじゃない?」

うっとりと、マリコママが微笑んで言った。

長く細い指が優雅に舞って、奏でるメロディーは儚く切ない。

どうしてこんな時に、こんな情緒的な作品を選んで轢くのだろう・・・、冬馬は目が離せなくなっていた。

「・・・よ、冬馬」

マリコママが腕を触って、茉莉果の到着を知らせてくれた。

「あんたっ、姉に見とれててどうすんのよ、茉莉果ちゃんが来たわよ」

入り口に茉莉果が立って、手を振りながら微笑んでいた。

 本当だ、全く気が付かなかった。

後ろ髪引かれるような思いで、冬馬は椅子から降りた。

「デート?」

ママが尋ねる。

「まあね」

「楽しんでらっしゃい、」

ママとピアノの伴奏に送られながら、ふたりは店を後にするのだった。



 それから1時間ほど、海羅の演奏は続いただろうか、疲れてカウンターに戻ってくると、来たときと同じく突っ伏して項垂れた。

「どうしたんだよ海羅、」

マスターが、グラスを拭きながら笑って言った。

「今日、私の誕生日なのに誰も覚えてくれていないって、寂しいでしょ?」

「あら、だから薔薇の花束だったのね、」

マリコママが納得する。

「覚えてくれていたのは、このストーカーだけ。なんて憂鬱なこと」

「ストーカーですって?」

「最近付きまとわれてるみたいなの、正体不明で気味が悪いわ」

「あら恐い、あなた気を付けなくちゃ」

「それは大丈夫、それより誕生日を誰も祝ってくれないって事の方が怖い。それって友達がいないってことでしょう?」

「いつも賑やかな連中が、今日に限っていないなんてね、何してるのかしら・・・」

マリコママが気の毒そうに、悲しげな目で見るので余計辛かった。

その時、海羅の携帯が鳴る。

「何?シナ」

『これから三番地の店に飲みに行くけど、海羅も来ない?』

「行く行く、」

『さては暇してんのね、今どこ?』

「今『cloud』 に居るの、冬馬にも振られちゃって、ピアノ轢いて暇つぶしていたの」

シナは声をたてて笑った。

『待ってるから、早くいらっしゃい』

海羅は電話を切ると、まだ終わらない夜に高揚しながら車に急いだ。








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