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16. 東へ西へ

警察上げての大捜索だが、まだ連絡が入らなかった。

冬馬はレストランの一階で、みんなと一緒に内藤刑事から、連絡を待っていた。

さっきまで街を徘徊して、準のマンションやカオルから聞いた行きそうな場所を回っていたが、どこにも居なかったので、取りあえず店に帰って来たら、シナやカオル、茉莉果に光の面々が心配して集まって来ていた。

シナも、カオルも行きそうな場所は総てあたってくれたが、どこにも居なかった。

そして、警察も連も、GPS機能で海羅の居場所を特定したら、何と海羅の携帯は市内の運送業者の荷台に置いてあった。

勿論、準の携帯も電源は切られており、二人の居場所は皆目検討が付かなかった。

みんなが項垂れていたとき、冬馬の携帯が鳴った。

 長谷川三郎だ。

「こんなに遅くすみません・・・あの・・、僕君に海羅さん見張ってろって言われてたんですけど、今日はバイトでして・・・」

「すみません、今取り込み中なんですけど・・・」

用件の検討が付かず、冬馬は少し苛ついた。

「あ、す、すみません!少し気になった事があって・・・、つい今し方、海羅さんを見かけたんですけど・・・」

「えーっ、どこで?」

「僕、ヤシ・パーク前のコンビニでアルバイトしてるんだけど、外へ掃除に出た時、丁度、信号で止まった車をふと見たら、運転してる人物が見たことある顔でして、”あれっ?”て、思って何気なく助手席にいる人を見たら、目を閉じて眠ってるような海羅さんが居たんです・・・」

「誰が運転してた?」

「多分、あの準って人だと思います、車も紺色のセダンでしたし、こんな時間に海羅さんの家とは反対方向だったもので変だなと思って・・・、普段、あまり一緒の所とか見かけないもので・・・、大丈夫なんですか?」

徐に冬馬は立ち上がった。

「どっちに向かったか分りますか?」

「東に向かって走り去りました」

「ありがとう、三郎さん!」

冬馬は三郎の電話を切るなり、折り返し内藤に電話を入れた。

「分った、重点的に緊急配備を敷いて、検問をしよう、君らはそこに大人しくいるんだぞ」

「そんなこと出来ると思います?」

「無理だろうな・・・」

「検問、速やかに通して下さいね、」

光と茉莉果、そしてシナには、ここで連絡を待って貰うことにした。

どうしても付いて行くと言い張る連とカオルを、渋々車に乗せて冬馬の車は東に向かった。

 果てし無くあてのない捜索ではあったが、じっとしているよりは気が紛れる気がした。



「オレのせいだ、本当にごめん、」

助手席でカオルが嘆いている。

「カオルさんのせいじゃ無いですよ、勿論、海羅が無防備過ぎるせいでもない、僕の能力の無さが問題なんですよ、いつも・・・」

前方の暗闇に目を懲らして冬馬は呟いた。

「お前はいつも精一杯やってるよ、オレはまさか準がこんなことするなんて・・・、海羅を連れ去るなんて、思ってもいなかったんだ、彼奴は何?ストーカー?それとも殺人者?」

「両方かな・・・?」

眉間に皺を寄せて冬馬は答えた。

「この前からストーカーのメールが度を超していてね、僕も連も気を付けてはいたんだけど・・・」

「そいつは海羅をどうするつもりなんだ?」

たまらなくなって、連が話しに加わってきた。

「分らない・・・」

考えただけでゾッとする。




 全身が寒く、身体が震えた。

目蓋も身体も重く、耳鳴りの様に押しては繰り返す波の音が木霊していた。

顔に何かが掛かって、驚いた瞬間目を開けようとしたら、それが目に染みた。

人の気配に目を開けると、目の前に準が座っていた。

朦朧とする頭で、状況を理解しようとする。

びしょ濡れなのは、どうやらここは海・・・、砂浜らしかった。

身体が重く動かないのは、首から下は砂に全身埋っていたからである。

「やっと気が付いたんだね・・・」

準は海羅の前に座たまま、微笑んでいた。

「寂しかったよ、何時まで経っても君が目覚めないので・・・、このまま僕を置いて、先に逝っちゃうのかと思ってた・・・」

「いったい・・・何?、どういう事なの?・・・」

まだ、思考回路が停止していて、状況が把握出来ずにいた。

しかし、海羅が驚いたのは、目の前に波飛沫なみしぶきが迫っているのに、身体が一切動かない事だった。

「ごめんね海羅、ハルシオンが効き過ぎちゃったみたいだね、」

「・・・睡眠薬?いつ入れたの・・・?」

「コーヒーの中に入れてあったんだ、君は無防備過ぎるよ、速く効き過ぎたら困るんで、少しヒヤヒヤしたけどね、丁度良いぐらいに車の中で君は眠ってしまった」

冬馬の忠告を無視した結果がこれだと思うと、自分が情けない海羅だったが、それ以上に、二度と冬馬に会えないかも知れないという、恐ろしい予感に全身が震えた。

「何度も警告のメールを送ったのに、でも、奔放な君は僕の意見など聞いてくれはしなかった・・・だからお仕置きしなくっちゃ」

準の手が伸びて、海羅の顔を伝い落ちる滴を優しく払った。

「あ、あなたが・・・、ストーカーだったの?・・・」

「あれほど、忠告したのに・・・」

海羅の恐怖はこの時、頂点に達した。








 車を夜通し走らせたが、準の紺色のセダンは見つからなかった。

深夜営業の店で熱いコーヒーをテイクアウトすると、岬の広いカーブに車を止め、後部座席で眠っている連を気遣いながらも、冬馬とカオルは一息つくためガードレールに腰掛け、広い海を見下ろして、途方に暮れながらコーヒーを飲んだ。



一体、何処にいるんだ?

どうすればいいのだろう・・・、冬馬は憔悴しょうすいしきっていた。



「いったい、何処に行ったんだ?」

カオルが苛々して呟いた。

あらゆる道と言う道には入ってみたが、小道が多く土地に詳しくない二人だから、まだ見過ごしている場所があるのかも知れなかったが、精神的にも肉体的にも疲労の色が濃かった。

水平線の辺りが、白々と光を帯びて来ていた。

「そろそろ夜が明ける・・・、無事だろうか・・・」

項垂うなだれて泣きそうな顔の冬馬の肩を、カオルがポンと叩いて元気付ける。



その時、前方の海岸から小鳥の様にゆらりと飛んできた”物”があった。


冬馬は目を凝らした。


「カオルさん・・・見える?」

宙に浮いた物体を指さした。

蒼白く光る物体は、空中にゆらりゆらりと浮かんでいる。

「え?何が?」

「見えないの?」

「だから、何がさ、」

”それ”は、着いて来いとでも言うように、ふわりと浮かんだかと思うと、ゆっくりと動き出した。

 慌てた冬馬はガードレールから降りて、カオルに運転するよう催促した。

「早く早く、カオルさん、」

運転席に乗り込んだカオルは訳がわからず、ただ、前方を見据えたままの、冬馬を見ながらエンジンを掛けた。

「何だよいったい、」

「いいから、早く出して西の方向へ」

冬馬は窓を全開にして、空を見上げていた。

潮風が髪の毛を揺らしている。

その騒動に起きた連が目を擦りながら、何事が起きたのかといぶかってはいたが、何も言わなかった。


「霊魂だよ・・・」


空を見上げながら冬馬が言った。

「レイコン?」

「ヒトダマだよ、鈍いなカオルは、」

ぶっきらぼうに連が言った。

「え〜っ、オレには見えないけど?」

そしてカオルは、フロントガラス越しに空を見上げた。

「オレにだって見えないよ、冬馬だから見えるんだ」

そう言って、連は自分の為に買ってくれてあった、カフェ・オレをドリンクホルダーから取り出して飲む。

「友達にも霊感が強い奴がいてさ、明け方屋根の上の方で火の玉が、ゆらりゆらり揺れていたんだって、それからゆっくりと天に昇って行ったらしいよ、そしたらその次の日だか、お葬式だったんだって・・・」

「じゃ、あれは海羅の魂か?」

カオルがギョっとしたように、連と冬馬を交互に見た。

でも、冬馬はずっと前方に顔を向けたまま、他の人には見えない何かを見据えていた。

「違うよ、あれはきっと、海羅の行方を教えてくれようとしているんだ、」

きっぱりと、冬馬がそう告げると、連もカオルも、少し安心したように大きく息を吸い込むのだった。

そして黙ると、窓から入ってくる潮風を、みそぎのように全身で受けるのだった。

「そこを左へ、」

「え?ここ?」

カオルが驚くのも無理は無かった。

そこは烏川麻衣子が殺害された別荘へと続く小道だったからだ。

二百メートルくらい国道から入ると、上の道は別荘へ、下の道は海岸線へと降りる、殆ど私道に近い道があった。

やがてアスファルトが途切れて、砂利道になる。

そしていきなり砂浜が続いているが、黒くギザギザした大きな岩が所々海まで突き出していた。

その途中まで乗り込んで、タイヤが砂にはまり込んだ車があった。

「あ、あれだ!紺色のセダンだ!」

「シー、静かに、エンジンを切ってカオルさん、」

ゆっくりと、音を立てないように三人は車から降りた。

四方見渡しても何処にも人影は見当たらなかったが、足下を見ると紺のセダンから続く足跡が岩陰に向かって伸びていた。

「連、お前はここにいて。それから内藤刑事に電話するんだ、」

抗議をしようと口を開き掛けたが、冬馬に睨まれたので、仕方なく携帯を取り出すと、内藤刑事に電話を掛けるのだった。


 そして二人は足跡を追った。







「もうひとりのストーカーはへなちょこだね、殴ると一発で倒れたよ」

「長谷川三郎を殴ったのはあなた?」

「ああ、君の周りをチョロチョロと鬱陶しかったからね、いい気になりやがって・・・、ついでに白状すると芝洋介を殺ったのも僕だ」

平然と準は言った。

「どうして・・・?」

「僕の正体に気が付いたのさ・・・」

「あなたの正体?」

「そう、僕は僕であって、しかし僕でない・・・」

海羅は気分が悪い上に、準の意味不明の言葉で頭が混乱していた。

波は徐々に迫り来て、海羅の顔に掛かり始め、潮が目に滲みる。

「クスリの後遺症かい?海羅、頭が回っていないだろう・・・。」

海羅の顔に落ちてきた髪の毛を、そっと払いのける準の手は、宝物を愛でるかのように優しかった。

でも、何となく心ここにあらずで、遠い目をしている。

「もしかして、烏川麻衣子を殺害したのもあなた・・・?」

「そうだよ」

笑いながら、きっぱりと言う準に、海羅は恐怖を感じた。

「なぜ?」

「なぜ?君に危害を加えたからだよ、僕の大切な君に!」

目眩がしそうだった・・・。

「元々あいつは真樹さんを殺して、自分も自殺するつもりなのは分っていた・・・でも、僕はこの手であいつを殺したかったんだ、一人殺すも、二人殺すも、今更どうって事ないからね・・・」

「でも、それを真樹さんの仕業にしようとしたんでしょう?」

「それは心外だな、真樹さんは良い奴だったから命は助けてあげたんだよ、そして麻衣子は自殺したと見せかけた・・・」

「知らないのね・・・、彼女の頭にスタンガンで着いたと思われる微かな後を見つけたそうよ・・」

「がっかりだ・・・、後が着かないよう服を充ててたのに」

そう言いながらも、彼は少し嬉しそうに微笑んだ。

「どうしちゃったの・・・?準くん・・・」

「僕は準じゃない!」

準はいきなり声を荒げて激怒した。

「準くんじゃない?どういうこと?」

「僕は・・・・」



「早緒剛だろう?」



「冬馬!」

岩の間から冬馬が現われた。

頭をひねって、目の端に弟を確認した海羅は少しだけ安堵する。

「海羅、大丈夫か?」

「何とか・・・」

「近寄るな、」

前へと進もうとする冬馬に、準は腰のポケットから取り出したナイフを、海羅の喉元へ充てて威嚇した。

「そうだよ、オレが剛だ・・・、早緒剛だよ」

海羅が息を飲む。

どうして、彼が弟の剛なのか混乱していた。

「お前が、総ての誤算だったんだ、その能力が・・・・、お前に見られたんじゃ無いかと思って翻弄されたよ、そして、次の犯行からは用心したけどな・・・」

にやりと”早緒剛”は笑った。

「どういう事?」

海羅が冬馬に尋ねた。

「優秀な兄に取って変わろうとしたけど、なりきれなかった弟の、哀れな末路さ・・・君は、お兄さんを殺害したんだね・・・」

「フフフフ、ハハハッ笑っちゃうよね、」


彼は狂ったように上を向いて笑ったが、やがて、その頬に涙が零れた。


「同じように育てられても、同じように勉強しても、準は一発で大学受験に合格し、僕は失敗した、両親はやがて腫れ物を扱うように僕を無視し始めるし、準は馬鹿にしたように口を聞かなくなってしまった・・・」

「それは違うって言ったでしょ、準くんは”弟が後から同じ大学に来てくれる事が夢だよ”って言ってたんだから・・・、必ず立直ってくれるって・・・」

「うるさい、もう遅いんだよ、もう遅い・・・、」



準・・・、いや早緒剛は、両手で頭を抱えて泣いていた。



冬馬が近寄ろうとすると、ナイフを振りかざす。

「来るんじゃない、」

「海羅は関係ないだろう?」

「ひとりで旅立つのは寂しいからね、死ぬときっと彼女は天国に行けるだろうから、僕の道先案内人だ・・・」

波が、海羅の顔を執拗に責め始めた。

満潮の時刻が迫っている・・・。


その時、遠くからパトカーのサイレンの音が近づいて来た。

「余計なことを・・・、弟にさよならを言うがいい・・・」

そう言うなり、ナイフを振りかざした瞬間、その腕は、彼らの背後、海の方向から回り込んできていた、カオルによって押え付けられた。

「離せ、」

暴れる剛からナイフをもぎ取った後、冬馬は早緒剛の胸ぐらを掴むと、頬を殴った。

何度も何度も・・・カオルに止められるまで・・・。

剛は砂浜に横たわり、気を失って動けなくなっていた。

「もう、よせ冬馬、すっかり伸びてるよ、それより海羅を助けないと、」

肩を掴まれて我に返る冬馬だった。

そして、ふたりは慌てて海羅の側に寄ると、剛が持ってきていたスコップでカオルと交互に砂を掘り返し、時折、冬馬は波が掛からないよう海羅の顔を胸に抱き、救援を叫ぶのだった。




警察官が行き交う砂の上に座り込んだ海羅は、毛布にくるまったまま、冬馬に抱き抱えられて出てきた岩場を見ていた。

そして、連からミネラルウォーターのボトルを貰うと、一気に半分ほど飲み干した。

やがて、手錠を掛けられた剛が内藤刑事と河合警部補に挟まれて出てきた。

二人の前を、無表情で通り過ぎて行く”準”の、殴られた頬が赤く腫れている。

死んだ魚の目のように生気が無い、絶望の瞳をした青年は償い切れない程の大罪を犯してしまった・・・、それはきっと自分の命を持ってしても未来永劫続く罰であろう・・・。

もう、海羅も冬馬も、そしてカオルさえも眼中に無く、誰の言葉にも、耳を傾けることは無いだろう・・・。


そんな、遠い目をしていた。


その後ろ姿を見送りながら、海羅はさめざめと泣いた。

そんな海羅の肩を冬馬は抱いた。

「準くん、変わったなって思ってはいたの・・・、まさか殺されていたなんて・・・」

冬馬はかける言葉が無かった。

胸の中で肩を震わせて泣いている海羅は冬馬に任せて、カオルはさっきのナイフを奪い合った際、受けた掏り傷に生食を掛けて貰おうと救急車に向かい、連は海羅の無事をみんなに知らせると言って、その場を離れた。


しばらく泣いていた海羅だったが、やがて涙も尽きたのか顔を上げた。

「もう、行こう、こんな所に居たくないわ・・・」

「そうだね、」

手を取って立ち上がらせてあげる。

その時、海の向こうで何かが光った。

冬馬が目を懲らすと、やがて光は人の輪郭を成して、見たことある顔を形成した。

「見えるかい海羅、準さんだよ」

「え?どこ?」

冬馬の指の先には、水平線まで伸びている紺瑠璃こんるり色した穏やかな海しか、海羅には見えなかった。

準は穏やかな顔をして微笑んでいた。

その身体は透き通って、先の海を移している。

「喜んでいるよ、きっと君を助けてくれたのは彼だ、僕をここに導いてくれたんだ・・・」

「ありがとうって、伝えて、」

「君には見えないだけで、彼にはちゃんと聞こえているよ、」

そう言って、冬馬も”準”も微笑んだ。

それからゆっくりと、小さな光となって何処からか現われた他の光と一緒に天に昇って行った。

「きっと、芝洋介も烏川麻衣子も一緒だよ・・・、上がって行った・・・」

「そう、良かったわ」

海羅の頬に紅緋べにひ色した朝焼けが届いていた。

「守るって言っておきながら、結局守れなかった・・・」

「助けに来てくれたじゃない」

「それは準さんが教えてくれただけで・・・僕は何もできなかったんだ・・・」

「それも、能力の内だと思わない?」

「思わないよ、いつもいつも海羅を危険にさらして・・・」

冬馬の傷ついた瞳を見ていた。

「心の中で何回、何万回と冬馬を呼んだか、数え切れなかったわ・・・」

「ごめん・・・」

耳に潮騒が優しく響いていた。

「でも、来てくれたから・・・」

二人の顔が近付く。

「これで帳消しにしてあげる・・・」

そして、どちらからともなく顔が傾いたかと思うと、ふたりはキスをした。



救急車の荷台に凭れていたカオルは、ミネラルウォーター吹きだした。

「おいおい、あいつらキスしてるぞ!」

そう言うカオルを尻目に、訳知り顔の連は苦笑している。

「うん、あのふたり、変だからね」

「そんな、問題かよ?」

「家じゃ、日常かも」

マジとカオルは連の顔を見て言った。

「驚いてないし・・・」

連はクスクスと笑った。




「海羅、何かある度にキスをするのは止めろよ、」

我に返ると、何だか急に照れくさくなった冬馬は、ぶっきらぼうに海羅に告げた。

「そっちが先に、してきたんでしょ、」

「あんたが先だったよ、」

「違う、冬馬の方よ」

そう言いながら、ざくざく砂を踏んで歩いて来る。

そんな彼らを見ていた連とカオルは、二人してため息を付いた。

「もう、喧嘩してる」

「どっちが先かで、優位に立とうとしているんだよ、変でしょ、あのふたり」

「確かに・・・」

カオルも認めた。




「今回も、すっかり君に世話になったね」

内藤刑事が微笑んだ。

ここは大学のカフェテリアで、冬馬と海羅他、カオル、そして釈放されたばかりの真樹の顔があった。

「とんでも無いです」

「いやぁ・・、君が海羅さんを見つけていなかったら、危なかったよね・・・あんなに検問を強いて置きながら、面目ないと思っているよ」

「で、彼はどんな様子です?」

カオルが聞いた。

「実刑は免れないからね、もう、すっかり大人しくなって観念している様子だ」

「一体、いつから準と入れ替わったんです?その、動機は?」

「優秀過ぎる兄に対して、彼は元々嫉妬と憎しみを抱いていたようで、彼を超えるのは難しいと悟ったある日、今回の計画を実行して兄になり変わろうと思ったと供述したよ。そして春休みに、尋ねて来たとき、いきなり玄関先で殺害し、遺体を切り刻んでトイレに捨てたと白状したよ。」

一同から、怒濤の如く溜息が洩れた。

どうしたらそんなに残酷になれるのだろう・・・。

冬馬は、何時か見た血塗れの準こそが、本物だった事に気が付いた。

何て悲しい話しだ・・・。

「幼い頃から兄と比較された、恨みが詰り積もって今回の事件を引き起こしたんだろうね・・・、自分は傷害事件を起こした街のチンピラ、方や両親の期待を一心に受けている将来有望で優秀な青年・・・、羨ましかったんだろう」

「じゃ、芝洋介を殺害した理由は?」

「君がカットバンを張った人物は?って最初から言ってただろう?それに最初に気が付いたのは芝洋介だったんだ、回りには”猫に引っかかれた”って言ってたようだけど、猫に引っかかれた傷って言うのは、もの凄く毒が回って手自体が腫れるから、カットバンで治るような傷じゃ無いからね、それで同じ東京出身だと言うこともあって、彼の様子が変だと言うことに気づいた芝洋介は、同級生に彼の事を調べて貰ったそうだよ、そしたら彼の友人に行き当たって、双子の違いは”腕のホクロ”だと言う事を知った。そして彼は、それを剛に問いただした為に、殺害されたんだ・・・」

もう、みんな言葉を失っていた。

「ついでに言うと烏川麻衣子の件はね、海羅さんが聞いた通り、単に君を傷つけた事が許せなかったって自供している・・」

「それだけ?」

カオルが不思議そうに尋ねた。

「そう、それだけなんだよ。スタンガンは彼の供述通り、海の中にあったよ。それを使って彼女の身体の自由を奪い、自殺したように見せかけたんだけど、返って広瀬君に疑いが掛かってしまって、申し訳無いことをしたって謝ってた」

真樹は悲しそうな目をして、頭を振った。

静まり返ったテーブルの一画は、誰も言葉が見つからず、みんな項垂れていた。

「とにかく、警察としても広瀬君には迷惑を掛けたけど、何はともあれ君らのお陰で事件は解決したんだ、礼を言うよ」

内藤刑事は冬馬の肩を叩いて、その場を後にした。



「冬馬にはほんと感謝してるよ、」

真樹が言う。

「え?とんでも無いです、僕は自分が情け無いんです・・・」

「何言ってるんだ、お前が準・・、いや早緒剛を捕まえてくれなかったら、ヤツは今頃自殺していて事件は闇の中で、麻衣子の件は僕が犯人になっていたかも知れないんだからね、ゾッとするよ」

「オレには?礼は無いんですか?剛逮捕には、オレも強力してるんですけど?」

カオルが馴れ馴れしく、真樹の肩を抱いて笑った。

「うっせぇ、おまえ差し入れのひとつも持って来なかったよな、」

「え?差し入れOKだったの?早く言ってよ、って、ヤダよオレ、項垂れてる真樹さんなんて見たく無いからね、真樹さんはいつも怒ってなきゃ」

「おまえらしいよ、」

真樹はクスリと笑った。

「と、言うことで、では真樹先輩の為に”出所祝いコンペ”でもやりますか?」

ガツンと真樹から頭を打たれるカオルだったが、楽しそうに笑っている。

「但し、姉弟喧嘩は禁止、キスも禁止」

「何それ?」

知らない真樹が尋ねる。

冬馬は少し目を丸くしたが、海羅はカオルを睨んで舌打ちした。

「二人だけの秘密なのに」

笑いながら海羅が文句を言う。

「どこがだよ、堂々とキスしてたじゃん」

カオルは笑った。

「ばれたらマズイでしょ、今やマスコミにも時々取り上げられる流行作家が、姉にキスしてたとなると」

「ちょっと待った、”姉が”だろう?」

冬馬が正した。

「違う、あの日はあんたが先にしてきたのよ、」

「あのさぁ、」

二人が再び言い争いを始めようとしていたのを、カオルが冷静に止めて入った。

「どっちでも、いいから、でも、冬馬だけは普通の人だと思っていたのに・・・」

「普通です!」

「僕の回りには、変わったヤツが多いよな」

そう言って、真樹は苦笑いした。

「その言い方はもしかして、その中にオレも入ってるんですかね?」

カオルが不審そうに尋ねる。

「当然!」

「何でだよ、」

文句を言うカオルだったが、やはり嬉しそうだった。

ようやく、そんな普通の日常が戻ってきたのだ。




カフェテリアを出て来た、五階まで吹き抜けているエントランスの一画まで、四人は歩いて来ていた。

「じゃ、来週辺り献立ますか?”出所、祝いコンペ”」

カオルが笑って言う。

「言ってろ」

そう言って笑いながら手を振ると、真樹は次の教室へと続く、廊下を直進して去って行った。

「冬馬、リベンジだぞ、」

前回スコアで負けたカオルが、冬馬を指さして言った。

「そっちこそ、重量オーバーですよあんな重いバッグ、嫌がらせも程ほどに」

「下級生への親心だよ、鍛えてやってんだ、前回は少し、お前を見くびっていたんで負けたけど、次は絶対負けないから、」

ケラケラとカオルは笑って、真樹とは反対方向に歩いて行く。

「すげぇ自信、」

「あんたもでしょ」

海羅が似た者同士を見る目つきで言った。

「まあね」

冬馬はくすりと笑う。

そして、海羅の顔が近づいてくるのに気が付いて、ギョッとした。

「キスは止めろよ」

冬馬が冷静に忠告したが、息がかかりそうな距離で海羅は微笑んでいる。

「お礼して無かったし」

「いらないから」

即答するも・・・。

「助けてくれて、ありがとう」

そう言って、海羅は冬馬の頬に素速くキスをすると、二階へと続く階段を登って行った。



そして、冬馬はそんな海羅を微笑みながら見送った後、エントランスを抜けて初夏の光が眩しい外に出ると、思わず目を細めながら次の校舎へと向かうのだった。









                        END






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