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12. 夜に彷徨う

 行く当てもなく、ただあの部屋を出たかった冬馬が車を走らせていた時、夜中だと言うのにやたら明るい看板が目に入った。

駐車場にはそれでも数台の車が停まっている。

ひとりでいるよりは絶対安心していられる。

そう思った冬馬は、二十四時間営業のレストランの扉を押して中に入った。

ドリンクバーの薄いコーヒーを飲みながら雑誌を見る振りをして、さっきの出来事を考えていた。

強烈過ぎる映像は、冬馬を震え上がらせた。

あの血の量は、とても尋常では無い。

それに、彼は生きているのになぜ、あんな恨み募らせた表情で現われたのだろう?

適度な暖かさ、遠いざわめき、人の存在の温もりを感じながら、何時しか睡魔に襲われたのだった。



次に目が覚めた時、ガラス窓の向こうは白々と明けてくる朝に、国道を行き交う車が多くなっていた。

昨夜から何も食べていないことに気が付いた冬馬は、朝食をそこで澄ませると、コンビニで歯ブラシのセットを買い、何故か近くの神社へ来ていた。

そこで顔を洗い、再び車の中でうとうとと眠りにつくのだった。

もう、講義なんてどうでも良くなっていた。この気分の悪さと比べれば・・・。


誰かが、車のガラスをノックしていた。


目を開けると、白衣、袴姿の男性が微笑んで車を覗き込んでいた。

冬馬は体制を立て直すと、ガラス窓を慌てて開けた。

「どうしました?具合でもお悪いんじゃないのですか?」

年は四十過ぎ位の神主様だろうか、すっきり面長の見るからに清々しい出で立ちだ。

「あ、すみません、こんなところで眠ってしまって・・・、」

「それは、いいんですよ。私はここの宮司です。もし、具合がお悪いのでなければ、気分転換に境内を散歩でもなさったら如何ですか?ここはとても良い気で溢れているんですよ」

彼の笑顔につられたと言おうか、彼の凜とした佇まいに圧倒されたと言うか、言われるがままに車を降りて、手水舎で手を洗う順番を教えてもらい、鳥居を潜ったのだった。

「手や口を洗うのは、身を清める意味があるのです。ちなみに、今潜った鳥居は、神が降りてくる神聖な神域と、人間が住む世界との境界なのです。神がいらっしゃる神社は清々しい気で満ちあふれているのです。どうですか?感じませんか?」

 冬馬はさっきまでの息苦しさが、嘘のように取れていたのを感じていた。

軋んでいたような身体も軽く、体温が上がったように暖かかった。

天にそびえ立つ樹齢何百年と経ってそうな杉の木が何本も並んで、神社本殿を囲んでいた。

梢を飛び去る小鳥たちの鳴き声が、やたら鮮明に響いてくる。

夜通し亡霊から逃げ惑った、疲れ果てた自分がちっぽけな人間に思えてくる荘厳さだ。

「見たところ、あなたには気の補充と、その能力をコントロールする力が必要ですね」

 驚いて宮司を見た。

「分るのですか?」

「ええ、」

優しく宮司は微笑んでいた。

「多分、私にはあなた程の能力はありませんが、感じ取るくらいはわかります」

「でも、僕もいつもでは無いんです、何か凄く想念の強い物とか、事件性のある物に触れた時だけこうなるんです・・・」

「霊に憑かれるんですね、それはみんなこの世に未練を残して死んで行くからです。恨み、無念、総て人間にあるまじき感情です」

 ゆっくりと冬馬と宮司は、砂利の敷き詰められた境内を歩いていた。

足の裏で石のぶつかる音がする。

「この玉砂利にも意味があるのですよ、“玉”とは“魂”に通じていて、歩いているうちに魂が清められるのです」

なるほど、と冬馬は思った。

「お祓いで一時的には霊を取り除く事は可能ですが、あなたはきっと直ぐにまた呼び込むでしょう。」

「ではどうしたらいいんでしょうか?」

「気をしっかり持って、霊につけ込まれないようにするんです、自分の中に入れてしまうと苦しいでしょ?でも、あなたはそれを承知でなさってる・・・」

宮司の冷静な目が、冬馬を見透かしていた。

「優し過ぎるんですよ、霊能者が良くやる憑依させるってことですね。でもあなたはどんな修行も積んでいないから、苦しくて藻掻いてらっしゃる・・・」

言い当てられて、返事のしようが無かった。

「関わらないつもりでいるんですけど、彼らの悲しげな表情を見ているとつい・・・」

「感情までも移入してしまわれる・・・、もっとも危険な事ですよ」

「ええ」

悲しげな表情をして、宮司は冬馬を見ていた。

「お時間ありますか?良ければ社務所にて簡単なお祓い方法をお教えしましょう。今日は仏滅だから少しばかり暇なものでね」

付いてくるよう促され、参道を歩く途中で宮司は振り向いた。

「そう言えば、お名前伺っていなかったですね?」

「流川・・・、流川冬馬です」

宮司の顔が真顔になる。

「流川?・・・失礼ですが、お父様のお名前は?」

流川慧けいです」

「・・・」

間があって、何か考え込んだような様子を打ち消しながら、宮司は前を向いて歩き出した。

「父の事をご存じなんですか?」

「いいえ、知っている人の名に似てたものだから」

その微笑みは疑問を追い払うように、不安げな冬馬を包み込んだ。





宮司に別れを告げて車に乗り込むと、時計を見て驚いた。

もう、午後の五時を回っていた。


あれから社務所にて宮司さんにいろいろお話をして頂いている所に、既に宮司を退いていると言う彼の父親が現われた。

三人で神職について興味深い話をしながら、この神社の御祭神、御由緒について説明を受けた。

冬馬にも解りやすく説明をしてくれるので、すっかり聞き入っている内に、時間はとろとろと過ぎて行ったのだった。

「じゃ、今君はひとり暮らしなのかい?」

人が良さそうでいて、どこか威厳のある元宮司は、微笑んで言った。

「ええ、去年父親が亡くなりまして、」

「亡くなった?」

驚いたように、何故か宮司親子は顔を見合わせた。

「そうかい・・・・」

父親は静かに呟いた。

何だろう、この重い空気は。

「参拝に行って来ようか?祝詞の上げ方を教えよう」

宮司に言われるまま、冬馬は本殿に上がって正座した。

「堅くならなくていいからね、神様への参拝の仕方を簡単に教えようと思っているだけだから」

神様が祭られた神殿の横では、灯籠の明かりが揺らめいていて、とても幻想的で厳粛な雰囲気だった。

 二例二拍手の後、祝詞の献上が始まる。

日本人故か、感じるこの郷愁にも似た懐かしさは何だろう。

すごく気持ち良く、魂が癒されて浄化されるような気がした。



「お礼なんて良いんだよ、今日は参拝の仕方を教えただけなんだから」

冬馬がお礼の話を持ちかけたら、宮司がそう言って拒否をした。

参拝の後、ふたりは参道を歩いていた。

常緑樹の葉先に、西日が当たって揺れる度にきらめいていた。

「それより、もし又、このような事があったら、ここに来なさい。本殿にはいつも上がることはできないが、ここからでも十分に通じるから、祝詞を心を込めて献上するんだ、きっと君も、霊も癒される筈だ」

その優しい言葉だけでも、冬馬は十分に癒されていた。





 駐車場に車を止めて、国道を横切ろうとして気が付いた。

通りの向こうに腕を組んで、機嫌悪そうな海羅が立ってこちらを見ていた。


相変わらず美人だが、おっかなそうだ。


車が途切れるのを待って、そっちに向かう。

「授業サボって、一体何処に行っていたのよ、」

「関係無いだろう、」

「昨日、具合悪そうだったからと思って、朝、電話しても出ないから来てみたら、電気は付けっ放しだし、携帯も通学の鞄もそのままだし、どんなに心配したと思っているのよ」

「何だよ急に、心配する振りなんてするなよ」

「振りですって?」

「そうだよ、昨日までは完璧無視っといて、今日は心配しているなんて、気まぐれにも程がある」

「それと、これは別、身体の不調は心配だもの」

冬馬は横を向いて、馬鹿にしたように鼻で笑った。

「振り回されるのにも限度があるよ海羅」

そう言って海羅を見たら、数秒間、怒ったように冬馬を見つめて沈黙した。

「わかった」

そして、静かに海羅はそう言った。

「何が、わかったって?」

「私の心配なんて不要なのよね、もう二度とあなたの事なんて心配なんかしないから、」

確か前にもこんなことあって、後で随分後悔したっけ・・・。

去って行く海羅を見ながら、冬馬は舌打ちをすると後を追った。

「待てよ、海羅」

腕を掴んで引き留めた。

「放して、」

「悪かったよ・・・」

海羅は冬馬を睨んで、まだ藻掻もがくので胸に引き寄せた。

「僕は謝ったよ・・」

「そう言う、態度嫌い」

「どうしていつもこうなんだろうね・・・僕ら喧嘩ばかりだ」

冬馬はため息をつき海羅の手を離すと、海羅はその腕を冬馬の腰に回した。

行き過ぎる車、街の喧噪が有り触れた日常を思い起こさせる。

「わからない、教えて・・・」

冬馬の肩に、顔を乗せて海羅は尋ねた。

「それより、どうして姉弟なのに恋人同士みたいに抱き合っているのか説明してくれよ・・・」

「あなたが拒絶しないからよ」

海羅はその時、始めてクスクス笑った。

そして、冬馬も笑った。

「でも、無事で良かった、本当は死ぬほど心配したのよ、」

「ごめん、」

「黙っていなくなるのだけはやめてね、止め処なく不安になるから」

「うん・・・ごめん」

お互いの声で、胸が震える。

「大切な弟なのよ・・・、二度と失いたくないから・・・」

ポツリと呟いた海羅の言葉が、冬馬の心に響いた。




 授業の欠席で心配した茉莉果は、車を走らせ様子を見に来ていた。

たまたま信号で止まって前を見ると、路上で抱き合っている姉弟を偶然見かけて衝撃を受けた。

呆然としたまま後ろの車にクラクションを鳴らされ、その場を立ち去ることしか出来なかった彼女は、戸惑いとショックでうちひしがれるのだった。




そしてもう二人、レストランの中から見ていた、マリコママと祐二は微笑んでいた。

「若い頃の慧とアリスを見ているようね」

マリコママが嬉しそうに目を細めて言った。 

「総てが勢いまかせでさ、怖い物など無かったよな」

「何かさあ、若いって羨ましいわよね」

「あのふたり知ってんのかな?」

「さぁ・・・、でも知らないであんな事できる?姉弟で抱き合ってんのよ、しかも路上で、まるで恋人同士じゃない。でも、海羅はできるかもね、あの娘、変に節操がないから」

祐二は苦笑いした。

「そんな事ないさ、いつも冬馬の事を一番に考えているよ」

若い二人を羨ましそうにマリコママはうっとりと見ていた。





「何してんのさ、姉弟でキモイよ」

声のする方に振り向いた二人は、その時ようやく離れて、棒付きのキャンディを頬張りながら立っている弟を見た。

制服姿のままで、学校から直行したらしく鞄を提げている。

歩道を通り過ぎる自転車が、邪魔そうにベルを鳴らして二人の間を通り過ぎて行く。

「しかも、かなり邪魔だし、」

冷静にそう付け足した。

「仲直りしていたのよ」

「ふーん」

連の真顔は、日常の海羅の奇行には慣れている証拠で、取り立てて驚いてる様子もなく、淡々と姉兄を交互に見ていた。

「心配して来たんだけど、その様子じゃ元気そうだね、じゃ帰るよ」

回れ右して帰ろうとした、連のシャツを後ろから冬馬が掴んだ。

「おまえさ、部屋片づけて帰れよ、昨夜いっぱいにしてっただろう、」

「なんで、綺麗好きの冬馬がまだ部屋片づけてないのかよ、」

冬馬にひと睨みされる。

「お腹空いたー、」

「ガキかおまえは、」

「ガキだよ、十三歳なんだよ、」

「もうじき十四のくせに、ガキの振りするんじゃないわよ」

海羅から拳骨が頭に落ちた。

「痛っ、普通、十四もガキでしょ!」

頭をさするも首根っこを捕まれたまま、連は兄と姉によって部屋へと拉致されるのだった。



 倒したラックから落ちたCDを拾いながら、連が昨夜はどんな幽霊が出たかと聞いてきた。

「あ、そうだ海羅、準さんって生きているよね?」

「何それ?元気でピンピンしてるわよ、今日もお昼には夏の合宿の話で大盛り上がり、」

じゃあ、昨日の霊は見間違いだろうか?でも確かに準先輩だったと思うが・・・。

「ねえってば、どんな幽霊だったの?」

「全身血が滴り落ちている幽霊が、ベッドによじ登って来たんだ」

「マジ?脅かしているんじゃないだろうね?」

「おまえだと卒倒してるだろうね、僕だってベッドから転げ落ちて慌てて部屋から逃げ出したんだから、」

「げっ、スプラッター映画じゃん、それって、」

「かなり掻い摘んで話してるけどね、夜中にひたひたやって来るんだよ、すげぇ恐怖だからな、」

連は鳥肌立ったのか、腕をさすっていた。

「それってさぁ、私とか連が一緒だったら現われないのかな?」

海羅が尋ねる。

「残念な事に、多分そうだね」

「どうして?」

「波長が違うから」

「へえ・・・」

「あんたら、魔除けにいいかも?」

冬馬が笑う。

「海羅、魔除けだって、あたってるかも」

連が海羅を見て、ケラケラ笑った。

そして、海羅は持っていたクッションを振り回しながら弟を追いかけている。

 この部屋は、いつからこんなに賑やかになったのだろう。

誰も居ない静寂の待つ部屋に、ひとりで帰ってくるわびしさに慣れていた冬馬の、ある種の戸惑いは隠せなかった。

「ねえ、私もお腹空いた、何か食べるもの無いの?」

キッチンで手を洗っている冬馬の側にやって来た海羅は、冷蔵庫の扉を開けて中身を散策している。

「卵とハム取って、」

「何か作ってくれるの?」

海羅が嬉しそうに尋ねた。

「簡単なチャーハンで良ければ、」

「いい、いい、早く作って」

「じゃ、あっち行ってて」

指でリビングに行くよう指図した。

「どうしてよ、」

「邪魔だから、」

そう言って顎をしゃくった。

「犬か、わたしは・・・」

そうぶつぶつ言いながら、海羅がキッチンから消えると、冬馬は慣れた手つきでネギやハムを刻むと、アッと言う間にチャーハンとスープまで拵えてテーブルに並べた。

「すげぇ、」

連は感心しきりで驚いていた。

「美味しいよ冬馬、どこで覚えたの?」

「下のレストランの厨房にもいたからね、でも大半はオヤジの作る料理見てたから、」

「パパの作るカレー、美味しかったよね、」

海羅が懐かしんで言う。

「出来るんでしょ、じゃ今度作ってよ」

「調子に乗るんじゃないよ、今日はご機嫌伺いに来てくれたお礼だよ、」

「で、今日はどこにいたの?」

冬馬は昨夜からの幽霊騒ぎから、ここへ帰ってくるまでの長い話を、食事をしながら二人に喋った。

「たいへんだぁ・・・やっぱオレは幽霊なんて見えなくていいや」

「そうだよ、」

「親切な神主さんね、お玉串料も取らずに?」

「うん、今日は参拝の仕方を説明しただけだからって」

「で、具合はどう?良くなったの?」

「すっかり、元に戻ったし、また、その方法も教えてもらったよ」

少しほっとしたように微笑む海羅だった。

「今夜は?泊まって行こうか?」

「もう、大丈夫だよ」

穏やかな笑顔の冬馬を見て、一応は安心する海羅だった。




 それからオンラインゲームで暫く遊んだ後、海羅と連は別れを告げて部屋を出た。

エレベーターで下まで降りた所で、海羅は携帯を忘れたと言って、車の鍵を連に渡すと部屋へ戻って行った。

「携帯を忘れたの、」

ドアが開くなりそう言って、海羅は中に入るとテーブルの上に置いてあった携帯を掴んだ。

冬馬は食べ散らかしたテーブルを片付けようとしていたのか、手にグラスを三個持っていた。

「怖くないの?泊まって行こうか?」

「いいよ、ほんとうに大丈夫だか・・・」

そう言い終わらない内に、海羅は冬馬に抱きついた。

「なんだよ・・・」

「魔除けだから、厄払いしといてあげる」

そう言って、冬馬を抱き締めて笑っている。

「わかったから、早く帰んな、」

冬馬も笑っていた。

「あ、」

突然、海羅が声を上げてベッドの方を指さしたものだから、つられてつい見てしまった。

「脅かすなよ、」

文句を言おうと振り向いた時、海羅が冬馬の唇の端に軽くキスをした。

ゆっくりと長い睫が上を向いて、漆黒の悪戯な瞳が冬馬を見ていた。

「今夜は、幽霊出ないわ。きっと、ずっと私のこと考えているだろうから・・・怒っているにしろ、戸惑っているにしろ」

そう言い残して、海羅は笑って部屋から出て行った。


知能犯だ、態と携帯を忘れたに違いない。


そして、僕を惑わすのだ。


その夜、確かに海羅の言ったとおり、幽霊は出なかったけど、本当に朝まで寝付くことが出来なかった冬馬だった・・・。







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