3 納入先は銃撃戦
薄闇の、宵の口。
明かりが零れる高級中華料理店の高い塀に沿って、大牙は裏口へ周った。
「たっけー、壁」
建物の二階とほぼ同じ高さまである。外からでは、店内の様子がわからない。
「覗き見防止……ってか?」
大牙は空きスペースにバイクを止めた。
本物の普通二輪車の免許は持っているが、今は上村という架空の水道業者になっている。
バイクの後方に積んでいた、水色の大きめな工具箱――底が二重で、SP2022が入ったケースを隠している――を肩書け紐を使って持ち運ぶ。業者名が書かれた青いキャップを被り直す。
「ちわーす。藤原水道でーす。水漏れの修理に伺いましたー」
ドア横のインターフォンを鳴らし、身分を提示する。
カチャリ、とドアロックが外れる音がして、スーツ姿の中国人の男が現れた。
身長百七十五センチの大牙よりも遥かに大きい。黄色く濁った目で睨みつける。雰囲気が、どう見ても一般人ではない。
「えーと、あの、水漏れの、修理で……」
委縮したフリをする大牙に、スーツの男は顎をしゃくった。
「……こっちだ」
「あ、はい」
そそくさと男の後に続く。大牙はそっと周囲に視線を走らせた。
事務所には四人、同じようにスーツ姿の男たちがいた。
パソコンで売り上げ管理や伝票整理をしているのだろう、それなのに何故か不自然なジャケット下の膨らみ。中国製マカロフかな、と大牙は内心で呟く。
廊下に出れば、微かなざわめき。注文する客の声や食器がぶつかり合う音などが混ざって混沌としていた。
突き当たりにトイレがあった。右が女性用、左が男性用。
「ここですね。修理が終わったら、声かけます」
急に、スーツの男が距離を詰めた。
「今日は満席。店は大忙し。早く直せ」
外国語訛りのある日本語で脅された。直訳すれば、外部者はとっとと出て行け。
「わっ、かりましたー」
愛想笑いを浮かべて、大牙は男子トイレの中へ入った。
手洗い場を確認して、肩に掛けていた工具箱を下ろす。その間に、スーツ姿の男の足音が遠ざかって行く。
「さーて、片づけちゃいますか」
掃除用具入れを開ける。
デッキブラシやホースが入っていたが、うまい具合に〈依頼品〉を置けるスペースがあった。
まず、作業箱からカムフラージュ用の掃除用粉洗剤の段ボールを取り出す。〈依頼品〉に被せてしまえば、あら不思議。ただの洗剤に見える。触れば一発でバレるだろうが、今日中に使用予定なら、これぐらいで十分。
工具箱の二重底を開けようとした瞬間、銃声が鳴り響いた。
一瞬にして、店全体の空気が変わる。
連続した発砲音、何かが割れる音、壊れる音。客たちの悲鳴。
大牙の胸ポケットで携帯端末が振動した。店長だ。
『計画が狂った! モノを持って離脱しろ!』
「了解!」
広げかけた工具箱を手早くまとめ、肩に掛けて廊下に飛び出した。
断続的な銃声は店の二階から聞こえてくる。銃撃戦には巻き込まれたくない。大牙はもぬけの殻になった事務所を通り過ぎた。外に飛び出す。〈依頼品〉が入った工具箱をバイクに固定し、発進させた。
脇道に出て、中華料理店の高い塀から離れようとした。
が。
その塀の上から何かが降ってきた。
「うおおう!」
急ブレーキと急ハンドルのせいで、危うく転倒しそうになる。
降ってきたものは路面を転がりながら受け身を取り、すぐに身体を起こした。
目が合う。
反射的に、大牙は腰の後ろにある護身用へ手を伸ばした。けれども相手の方が早い。
SIG社、P226の銃口が大牙へ向けられていた。
浅い夜の薄暗い中でも、お互いの顔が見えた。
拳銃を構える少年は、大牙と同じ年頃。黒いハーフコートを纏っている。
「……お前、〈回収屋〉か」
大牙はゆっくりと頷く。その額を、汗が流れる。少年の暗い、凄絶な目に呑まれる。研ぎ澄まされた殺気。上から降ってきても無傷。ただ者じゃない。
少年が、一歩踏み出した。
ババババッ、とマシンガンの音が轟く。高い塀の中では、まだ戦闘が続いている。
大牙がマシンガンの音に気を取られた隙に、少年がバイクの後ろに飛び乗った。
「出せ!」
「はあ? ちょ、なんだよ、お前!」
「いいから、早く!」
さらに激しい銃撃戦の音。これ以上、巻き込まれたくない。
「ちくしょう!」
大牙が叫ぶ。
二人を乗せたバイクが走り去る。