1 不用品回収〈大福屋〉
放課後は、バイトの時間だ。
私立梁泉高校の制服を着たまま、大牙は自転車を走らせる。
ペダルをこぐのに邪魔なので、ブレザーのボタンはすべて外していた。ネクタイも緩めている。
平坦な街中を抜け、緩やかな上り坂。目指すは街外れの山の裾。民家がまばらになった頃、バイト先の店舗が見えた。
不用品回収の〈大福屋〉。
軒先に掲げられた看板には、でっぷりと太った招き猫のイラストがある。インパクトは大きいが、センスは悪いと大牙は思っている。思っているだけで、口にはしない。万が一、店長の機嫌を損ねてしまったら、バイト代が削られてしまうからだ。
「ちわーっす」
自転車を降りて、店内に声を掛ける。
ガレージのような、倉庫のような店内に大牙の声が響く。入って右側、カウンターで作業していた男が顔を上げた。
「おーう、大牙。昨日はお疲れさん」
無精ひげに、伸ばしっぱなしの髪をひとつに結び、首にはタオル。暗いグレーの作業着姿で、一見、工事現場のおっさんに見える。
「約束っすよ、店長。時給アップ」
「うん。考えておく」
へらりと笑った店長に、大牙は盛大に顔を歪めた。
「……考えておく?」
「時給を上げるなんて約束していない。検討する、と言ったんだ」
屁理屈だ。
「ずるい!」
「大人はずるいもんなの」
「くっ! これだから四十過ぎても嫁さん見つかんないんだよ」
「おい。聞こえてるぞ」
「これだから最近、定春にも愛想尽かされるんだよ」
「うるせぇ小僧。愛想がないとこがいいんだよ。そこが定春なんだよ」
にゃーん、と鳴き、定春が棚の上から顔を覗かせた。毛艶の良い三毛猫。
「店長。いつも思うんすけど、神棚に登るのは阻止したほうがいいっすよ。バチが当たります」
カウンターの後ろ、天井近くの神棚に定春が丸くなっていた。
「いいんだよ、定春だから、いいんだよ」
「無駄に趣味の俳句を混ぜるのやめてもらえます?」
リズミカルな五・七・五で言われてしまい、大牙は気力が削がれた。
ため息をついて、店の奥、畳の部屋に引っ込む。
制服から店長と同じ作業着に着替え、来る途中で買った総菜パンを頬張る。腹が減っては仕事ができない。
スニーカーから、シンプルなコンバットブーツに履き替えて、カウンターに戻る。
「昨日の〈依頼品〉、リサイクルするんすか?」
「いや、あれは廃棄処分。俺がやっておく」
店長が古びたラジオを組み立てながら言う。
「大牙は〈奥の七番〉のBをクリーニング」
「りょーかいっす」
ドアを開け、不用品が陳列された作業場に向かう。
強化スチールの棚が、図書館のように並んでいた。全部で八つ。それぞれの棚には、電子レンジやアイロンや高音質スピーカーやおもちゃやパソコンやテレビなどなど、集められた不用品が置かれている。
大牙は部屋の奥へと進む。
七番と記された棚を通り過ぎる。目的の場所はここではない。奥の壁にもうひとつのドア。開けると、工具を収めた小部屋があった。ドアを閉めて、電気を点ける。
大牙は壁の一か所、工具が詰まった重そうな木製の棚を「よいしょ」と横へスライドさせた。隠し部屋の入り口が姿を現す。
壁のスイッチを押して、隠し部屋の電気も点ける。蛍光灯の光を受けて、整理された大小さまざまなケースが存在感を放つ。
「Bのクリーニング、これか」
大牙はタグにBと書かれた、小さな銀色のケースを手に取った。部屋の中央にある作業台へ置く。作業用手袋をして、ケースの蓋を開ける。
「うおーい……」
クッション材が詰められたケースには、赤黒く汚れた拳銃が入っていた。
SIG社のSP2022、九ミリ口径。
「バッチリ、血みどろじゃん。うわ、弾倉も血が詰まってる……」
顔をしかめながらも、大牙は工具を使ってSP2022を分解する。クリーニング剤とブラシを取り出し、へばりついた血を丁寧に落としていく。
使えるものは修理してリサイクル、使えるけどヤバイものは丁寧に処分。
どんなものでも、〈大福屋〉は回収する。
例えそれが、使用済み血みどろ拳銃でも。