プロローグ 夜
満月の夜だった。
雲ひとつない夜空に、月は煌々と輝く。
街外れの工場地帯。
月に照らされて、鉄塔の長い影がアスファルトの上に落ちる。建ち並ぶ倉庫の端、錆びたワゴン車が放置されていた。
「車、発見したっす」
通話中の携帯端末へ、村越大牙は報告する。
『〈依頼品〉は後部座席の左側だ』
ボスの指示を受けて、大牙はワゴン車の左側へ回り込んだ。
窓越しに車内を覗けば、月明かりに照らされて、座席の下に黒いケースが見えた。
「あった」
大牙が右手でドアを開けようとするが、開かない。
『車はロックされている。もちろん鍵などない』
「うおーい。マジっすか」
最初から教えてほしかった、と大牙がぼやけば、電話の向こうで笑う声が聞こえた。
『二十秒以内だ』
「達成したら、時給アップお願いします」
『オーケー、検討しよう』
通話中のまま、大牙は胸ポケットに携帯端末を入れた。
五センチの小型ライトを口に銜え、ベルトに吊るしていたキーケースを外す。左手の上で広げれば、数種類のピッキング用工具が揃っていた。必要な工具を両手に持ち、銜えたライトで鍵穴を照らす。
「いひまふ」
鍵穴へ、針金のような工具を差し込む。
神経を集中させ、微かな音と振動を捉える。ワゴン車全体は錆びていたが、工具へ伝わってくる感じは滑らかだ。
ガチャン、と確かな手応え。
「クリア」
小型ライトとピッキング工具を片付ける。ドアに手を掛ければ、難なく横にスライドした。
大牙が耳に携帯端末を当てる。
「何秒でしたか」
『十八秒。時給アップ、考えておくよ』
「やった!」
座席下にあった黒いケースを、シートの上に置く。セラミック複合材で、ノートパソコンほどの大きさ。黒革の取っ手が付いている。
ケースの蓋を開けると、拳銃が入っていた。
「〈依頼品〉を確認しました。回収します」