8:首を掴まれると神経が圧迫される件。
「一つの肉体に二つの人格……その片方が転生してきた人格ってこと?」
俺の確認するような言葉に、エリスもとい鏑木一真と名乗る人格は大きく頷いた。
「そういうことだ。まぁ、エリスはエリスだ。鏑木ってのは、生前の名に過ぎねぇ。好きに呼んでくれや。エリス2号でも、鏑木でも、一真でも、なんならエリスオルタとかでもいいぞ?」
お前FGO厨だろ……。
口にしたい言葉をグッと飲み込み、俺は一息ついた。
「とりあえず事情は分かったよ。こっちのゴミムシも転生者だし、その手の事情には慣れてる」
俺はあくまで自身の素性は明かさず、となりのアテラの方を見た。
すると、アテラは口に手を当て何か考え込んでいる。
「女の身体に男の精神……なんか楽しそうだな」
このクソ野郎が!
とんでもないことを口走るアテラに、俺は思わず顔を手で覆う。
しかし、それを聞いたエリスこと鏑木は別段不快に思っているようでもない。
むしろ奴はニヤリと笑い、前かがみになっていやらしくアテラに近づく。
「あぁ、そりゃもう楽しいぜ? 夜なんて、もうそれはそれは激しくよろしくやってるぜ?」
「マジで!? 何それ楽しそう!」
鏑木の言葉に食いつくアテラが、露骨なまでに興奮した様子を見せる。
それを見て「うらやましかろぅ」と鏑木が誘うような目で、なまめかしく動く。
コイツ女体を謳歌してやがる……。
俺は小さく舌打ちし、大きく息を吸った。
「それどころじゃないんだって!!」
二人に向かってそう叫び、俺は炎壁の向こうを指し示す。
「あれ、どうするの。今はこれで防げてるけど……」
視線の先では時たま機獣たちが炎壁に体当たりしており、そのたびに凄まじい熱に体表を溶かされ大きく弾き飛ばされている。
それを聞き、鏑木が退屈そうに欠伸を漏らす。
「おいおい。リーナさんよぉ。アンタ、俺の本気を見るためにここに来たんだろ? なんで連中を処理する気になってんだ。この炎壁を見ろ。もぅ見る分には十分じゃね? 目的が達せられた以上、さっさとおさらばしちまいな」
「それもそうだけど……」
「あぁ、依頼については心配すんな。あとは俺一人で余裕だ。」
鏑木はそう言って、左手をヒラヒラとさせる。
偉く自信満々な様子だ。
俺は、腕を組み考える。
どうも転生者の連中ってのはこうも自信ありげな奴が多い。
何故こうも貰い物の力で、いい顔できるのだろうか。
そう思った時、俺の顔色を見ていた鏑木が何かを察したような表情で肩をすくめる。
「そのスマホ使いと一緒にすんなよ。俺はこの炎を自分の力で手に入れた。獄炎の地で十年と八か月に及ぶ鍛錬の末の結果だ。神に貰った転生特典と一緒にされちゃぁ困る」
歯噛みした瞬間に火花が散り、鏑木はグッと拳を握った。
俺は苦笑いする。
一瞬だが、奴の目に「これはマジだぞ」と信じさせるような気迫が感じられた。
別にこれと言った根拠は無いが、昔これに似たような熟練者の気迫を見たことがある。
十年か……。
ガレット02の完成年月を考えても、実に二倍。
信じるか否かは別にしても、奴はこの力に隣のスマホ太郎より遥かに強い誇りを持っているのだろう。
俺はアテラの方をチラリと見やる。
アテラは酷く暗い表情で、グッと押し黙っていた。
奴も奴なりに今の発言には思うところがあるのだろう。
鏑木は続けた。
「もちろん。転生特典もあるぜ。言うなれば「超怪力」ってやつさ。ワンパ●マンって言えば、そこのガキには分かるんじゃねぇの? あー言う感じだよ。一撃必殺、問答無用の高出力脳筋アタッカー、それが俺の能力だ」
そう言って、鏑木はその場で大きく振りかぶる。
「まぁ、見てな!」
直後、振りぬかれた拳と抉り取られた大地。
周囲を取り囲む巨大な炎壁にはポッカリと穴があき、その直線上にいた機獣たちは跡形も無く消し飛んでいた。
それだけでは無く、攻撃の直線上の実に数キロに渡っての渓谷が更地と化している。
少し遅れて、ガレットやアテラの一撃とは比べ物にならない突風が吹き荒れ、小型の機獣たちがその余波に巻かれて宙に舞い上がった。
激しい音を立てて地に叩きつけられていく機獣たちを目前に、俺とアテラは絶句する。
「加減してコレだ。全く面白くねぇ」
吐き捨てるようにそう言って、鏑木は口元を拭う。
「マジかよ」
あまりの圧倒的な力に、俺は思わず笑ってしまう。
アテラはアテラで、驚いているような悔しがるような複雑な表情を浮かべている。
ふと視線をあげると、炎壁の穴から機獣たちがなだれ込んで来た。
「こんな力使ったところで、何の自慢にもならん。だから炎を手に入れた」
言うなり鏑木は、腕から滲み出した炎で機獣たちを薙ぎ払う。
金属の装甲が溶け、内側から弾け飛ぶ機獣たち。
「俺には生まれつき魔力が無ぇ。だから魔力にも、転生特典にも頼らない方法を探した結果、この力に辿り着いた。そりゃぁもう果てしない冒険だったぜ」
鏑木は地を蹴った。
その瞬間に奴のブーツが溶け、はじけ飛ぶ。
足裏から爆炎を吹き出し、鏑木は地を滑る様に滑走する。
サル型の機獣たちの脇を掠め、彼もとい彼女は宙で回転した。
回転の遠心力を上乗せした爆炎の回し蹴りが、サル型の機獣たちを一掃する。
凄まじい熱量で弾け飛ぶ金属と、隆起する大地。
俺は思わず呟いた。
「強い……」
アレは、感やイメージだけでどうにかできる動きじゃない。
何度も試行し鍛錬した結果の洗練された一撃。そんな動きだった。
奴は一つのモーションですら、工夫し訓練しているとでも言うのだろうか。
俺は舌を巻く。
聞いたことがある。
プロアスリートは、単純で初歩的なメニューですら欠かさず日々鍛錬していると。
奴の動きはそれだ。
一つ一つの挙動に無駄が無く、その瞬間に最適な部位に最高度の力が加わっている。
それは体の動きだけではない。炎も視線の配り方もタイミングも全て。
「俺は太陽を纏う。この身は炎。魔法でも能力でもない。果てしない苦痛と執念に果てに、俺は炎そのものになる道を選んだ!!」
叫んだ鏑木は、炎を吹かし天高く舞い上がる。
エリスの姿をしたソイツは、褐色の肌から炎を溢れさせ、凄みのある笑みを浮かべた。
「修復するなら、させなければいい! 見てろ! これが俺の異世界冒険だ!!」
両手両足から爆炎を放出し、加速した鏑木は左拳を握った。
ソイツは体に捻り回転を加えることで、より勢いを増していく。
熱量を蓄積し、色を金色に変える炎。
俺は身の危険を感じ、ピイを掴む。
隣にいたアテラを蹴飛ばして、俺は岩の影に飛び込んだ。
群がる機獣たちは、高速で落下してくる鏑木に向かって高圧魔導砲の一斉射を浴びせる。
プログラムされたままに目の前の対象を排除せんとするその行動は、生存本能を持たない機械ならではと言えるだろう。
鏑木は恐ろしいほどの殺気を滾らせ、左拳を突き出した。
「二段爆砕・粘撃気拳」
凄まじい熱量で強く発光したした世界と、マグマの様に粘つき隆起した大地。
空間から乖離した大地が宙を舞い、鏑木の拳に引っ張られた大気とともに一斉に落下する。
爆炎の高出力パンチと、巻き込んだ突風と落下する燃える大地の二段攻撃。
耳をつんざく高温と、崩壊音。
俺たちの隠れる岩もその熱と余波で呆気なく崩れ去った。
吹き飛ぶ俺をアテラが掴み、その場に展開されたエアシェルターの中に退避させる。
「……こんなのアリか?」
目の前で起きていることが信じがたいととでも言うように、アテラが小さくため息をつく。
爆風と熱波は三十秒間にも続き、収まった頃にはその場には塵一つ残っていなかった。
その代わりに大地には、ドロドロに溶けた岩石や鉄が溶岩となってそこら中に溜まっている。
溶岩を避け、その場にストンと着地した鏑木は、コキリと首を鳴らした。
鏑木もといエリスの胸元が、たゆんと揺れる。
「言ったろ? 俺一人で十分だって」
努力系なろう主人公現るかよ……。
俺は冷や汗を流しつつ、エアシェルターから出る。
外はムッとするような高熱と、乾燥した焦げ付くような空気に巻かれている。
俺は応急用の布を取り出し、口に当てた。
こんな高熱の空気吸い続けたら、肺がただれてしまう。
そう思った時だった。
『じゃぁ、オマケをプレゼントするぜぇ!!』
突然上空から、第三者の声が響く。
一斉に身構える俺たちが顔を上げると、空から何かが落ちてきた。
GYOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!
落下してきたソレは、着地するなり凄まじい咆哮を上げる。
蒸気を吹き出し、二足歩行で立ち上がったソレは、ガーゴイルを彷彿とさせる悪魔型の機獣だった。
よく見るとそれは、先ほど交戦した機獣たちとは異なり、装甲が竜の鱗の様に細かく、幾重にも重なっている。
姿も全体的に細身で、より生物に近い形になっていた。
俺がガレットを構えるより先に、鏑木が飛び出した。
「邪魔」
飛び上がった鏑木の強烈な蹴りが機獣を襲う。
しかし、機獣はその蹴りをアッサリと受け止めた。
「あぁ?」
右足を掴まれた鏑木はイラついたような声をあげ、左手の甲から爆炎を放出する。
爆炎を利用して大きく回転し、ガーゴイルの手を振りほどく。
鏑木はそのまま、左手をガーゴイルの右胸に叩きつけた。
だが――――
「馬鹿なっ!?」
一瞬で打ち消された炎を目前に、鏑木が驚愕する。
慌てて飛び退いた鏑木をガーゴイルの爪が襲う。
「させない!」
俺のガレットが弾丸を放ち、ガーゴイルの爪を大きく弾く。
弾丸はガーゴイルを貫通すること無く、そのまま装甲に弾かれてしまう。
硬すぎる。
俺がコッキングを引いたタイミングで、アテラが魔法を放った。
「氷結、流星×十六、接触爆破、威力調整プラス五百、一斉射!!」
打ち出された氷の流星が、放物線を描くように四方からガーゴイルに飛翔する。
しかし、またもその魔法たちは先ほどの鏑木のように、ガーゴイルに触れるや否や跡形も無く消し飛んでしまう。
「魔法無効化か?」
眉をひそめるアテラに、鏑木が怒鳴る。
「いいからいろいろぶつけろ! リーナ! お前は離れて狙撃だ!」
俺とアテラは頷き、行動を開始する。
その瞬間だった。
突然、俺の足元にどこからか赤い光線が撃ち込まれた。
!?
急なことに、俺たち三人は動きを止める。
空を見上げれると、そこには銀色の円盤が浮いていた。
円盤の上には、金属の装甲に身を包む人型の何かが胡坐をかいている。
装甲は赤く錆び、各所からは蒸気が吹き出す。騎士を彷彿とさせるようなバイザーと、背部にかけて伸びる複数の配線と金属の管。
ソイツは欠伸をするような仕草を見せ、胡坐をかいた膝に肘をつく。
『はぁじめましてぇ。転生者諸君』
機械男は蒸気を吹きながら、渋く機械質な声を漏らす。
すると、それまで暴れていたガーゴイルが不意に動きを止める。
俺は眉間にしわを寄せた。
転生者……だと?
俺はチラリと皆に視線を送る。
鏑木は酷く冷ややかな視線で機械男を睨み、アテラはいつでも攻撃できるようスマホに親指を押し付けようとしていた。
どうやら今の言葉に反応した様子は無い。二人とも奴の存在に気を取られ、言葉そのものは何気なく受け取ったのだろう。
俺は考える。
今の言葉、奴はどう聞いても俺たち全員を指して言っている。アテラやエリスもとい鏑木だけではなく、俺も含めていた。
俺は生まれてこの方、一度も自身が転生者であることを明かしていない。
ましてや、転生者自体は知られてこそいるが、けして多いわけでは無い。
歴史的に見ても、転生者というのは数百年に数人程度の報告があるレベルの希少人材だ。
そもそも知っている時点でレアである。
なのに何故アイツは俺たち全員を指して「転生者」と口にしたのだろう。
俺は機械男の方を見る。
「アンタ、誰?」
すると、機械男は首を傾げた。
『あぁ、すまない。名乗ってなかったな。俺の名は、デッドキャスパー。機獣の生みの親と言えば、理解してもらえるかなぁ?』
機獣を造ったと名乗るデッドキャスパーという男は、そう言ってパチンと指を鳴らした。
すると、背後に複数の魔法陣が出現し、そこからさまざまな機獣たちが雪崩出てくる。
どれも先ほどのガーゴイルと同様に、先刻の機獣たちとは違う形状のモノばかりだ。おそらくコレらは新型なのだろう。
『俺としちゃぁ、コイツらはバンバン壊してくれて構わん。だが、残念なことにココにコイツらは必要だ。ココにいることに価値があるそうなんでね。ま、精々遊んでおくれや』
そう言ってデッドキャスパーが合図すると、機獣たちが一斉に俺たち目がけて襲い掛かって来た。
☆☆☆
俺は素早く魔法を展開する。
――身体派生大気強化魔法「空弾」――
天高く跳ね上がり、機獣たちを躱す。
デッドキャスパーと同じ高度まで駆け上がった俺は、ふわりと髪をたなびかせる。
サッと髪を払い、俺は宙にしゃがみ込むようにして停止した。
トランポリンの上でバランスをとるような感覚で宙に立ち、ガレットを構える。
「解せないね。壊してほしいのか壊されたくないのか。……アンタ、ザイード商会の回し者?」
俺はそう言って眉をひそめた。
機獣は本来、ザイード商会が世にばら撒いた商品である。それの作り手というのだから、奴の手下か何かと考えるのは妥当であろう。
何にせよ。向こうは交戦する気満々な様子なので、一筋縄ではいきそうもない。
更にどういうわけか、奴は俺たちのことを知っている。
情報を吐かせるためにも、生き残るためにも、どのみち倒さねばならないはずだ。
俺の言葉にデッドキャスパーは大声で笑う。
『俺が回し者? 面白いこと言うじゃない。ま、半分正解で半分間違いだ』
眼下では既に戦闘が開始され、アテラと鏑木が交戦している。
肩では、ピイが周囲を警戒し唸り声をあげていた。
俺が訝し気に首をかしげると、デッドキャスパーはパンパンと手を叩く。
『俺は確かにザイードハウザーのやつに機獣を横流ししたが、別に回し者ってわけじゃぁない。俺は俺のしたいよぉーに遊んでるだけだ』
「遊び程度で、一国を滅ぼしかねんよーな兵器軍団バラまくなっ」
言うなり俺は引き金を引く。
その瞬間、突然目の前からデッドキャスパーが掻き消える。
!?
気が付くと接触するかしないほどの距離にデッドキャスパーが立っており、奴は一切の躊躇なく俺の首を掴んだ。
蒸気が吹き出し、凄まじい怪力で俺の首が絞められる。
「あ、がっ、あぁああ……」
首を絞められたことで、瞬間的に先日の一件を思い出す。
しかし、今回はアレとは大きく違う。
殺気だ。
凄まじい殺意が、バイザーの奥にある赤い瞳から痛いほどに伝わってくる。
欲ではない。これは純粋な敵意と本能的な破壊衝動。
奴は俺を本気で殺そうとしている。
まるで闇に吸い込まれるような不気味な感覚に襲われ、俺は視界がぼやけていく。
ピィイイイイイイイイイイイイイイイ!!
ピイが物凄い剣幕で、デッドキャスパーに迫る。
『うるさい鳥さんなこった!!』
デッドキャスパーはピイに向かって、左腕を構えた。
すると、奴の腕が変形し、左腕の甲にレーザーブラスターが出現する。
ダメだ! 来るなっ
あまりの苦しさに息すら詰まりそうになり、叫びたい声すら上げられない。
その時だった。
「その手、放せや!」
突然、俺の首を持つデッドキャスパーの腕を誰かが掴んだ。
アテラである。
『何っ?!』
瞬間移動でもしてきたのだろうか。
突如として現れたアテラは、物凄い剣幕でデッドキャスパーを睨む。
デッドキャスパーが慌ててブラスターの向けようとするが、アテラはその瞬間に雷魔法を発動する。
雷光弾を至近距離で受けたデッドキャスパーは、大きく吹き飛んだ。
ピイが追撃と言わんばかりの体当たりを加え、デッドキャスパーはそのまま地面に叩きつけられる。
舞い上がる土煙。
解放された俺は、宙に浮くアテラにお姫様抱っこで抱き留められた。
「無事?」
「ゲホッ……なんとか」
いつもならお姫様抱っこなんてされた日には、しばき倒してるところだが、今回ばかりは素直に助けられた。若干やり口が癪に障らんことも無いが、今日は大人しくしておこう。
俺はガレットを抱きしめ、黙ってアテラの腕に収まった。
ほんの少しだが、このゴミムシが頼もしく見える。
アテラは俺の無事を確認し安堵したのかフゥと息を吐く。
すると、直下から機械音と蒸気の吹き出す音が響く。
『へぇ。痛いじゃないのぉ……』
そう言ってデッドキャスパーは、肩の埃を落とす。
一瞬にして切り払われた土埃の底で、奴は大きく伸びをする。
デッドキャスパーは無傷だった。
「手抜いたつもりは無いんだけどね」
アテラが鋭い視線を送ると、デッドキャスパーは笑う。
『この程度で倒せたと思われるのは、心外だねぇ』
腕のブラスターを収納した奴は、パチンと指を鳴らした。
すると、さっきまで奴の乗っていた銀色の円盤が、音も無く彼の傍に出現する。
『換装』
デッドキャスパーがそう呟くと、奴の頭上で停止した円盤の装甲が展開し、いくつもの金属パーツを排出する。
排出されたパーツは装甲内部から伸びるアームで、素早くデッドキャスパーの外部装甲と交換されていく。まるで金属系アメコミヒーローの装着シーンを早送りで見せられているようである。
換装完了と同時にブシューと音を立てて、蒸気があふれ出す。
黄色いアーマーに切り替えたデッドキャスパーは、ゆっくりと首を回し両腕に搭載された大仰なパイルバンカーを構えた。
さっきと比べてとても重装甲になっている。パワー重視の形態だろうか?
俺が目を細めると、アテラが耳元で囁いた。
「狙撃任せた」
言うなり魔法陣を出現させたアテラは、その中に俺とピイを放り込む。
「あ、ちょっと!」
反応する間もなく、俺とピイは魔法陣を通過して遠方の森林区域に投げ出された。
ドサリと音を立て、草むらに転がり落ちた俺は「いてて」と腰をさする。
女性の身体は思った以上にデリケートな故、こういったことは今後気を付けてほしい。
とは言っても、今の状況で配慮しろという方が酷な話である。
俺は小さく呻きつつ、ゆっくりと顔を上げた。
見上げると、魔法陣が閉じる直前、デッドキャスパーが声を張り上げたのが分かる。
『さぁ! もう少し遊んでもらおうかねぇ!!』
俺は魔法陣が閉じるなり、素早く起き上がった。
そして、ワイヤーを使い木の上まで駆けのぼると、ガレットのスコープを覗き周囲を確認する。
それほど遠くではないようだ。五百メートル程先にアテラと、円盤で宙に浮くデッドキャスパーが確認できる。
更にその奥の渓谷では時たま爆炎が上がり、鏑木が交戦中であることが窺えた。
デッドキャスパーと距離こそ離れているが、木々の間に身を潜めれば十分に狙撃可能なポジションである。
俺はワイヤーを四方に伸ばし、木々の隙間に体を固定させた。
そして、木の葉の隙間からガレット02を構え、コッキングを引く。
「上手くやってよね。ゴミムシ」
☆☆☆
アテラ・ヴァンレットフィールにとって、異世界転生はいわば人生挽回のチャンスであった。
前世の彼にとって、生きることは苦痛だった。
いつだってどんくさいと言われ、何をしても普通以下。
そんな学生生活であった。
上手くいかない。自信が無い。そんな微かな不安をいつも覆い隠すように、誰かの背中に隠れていた。
何か大きな失敗をしたわけでも、誰かにいじめられたわけでもない。
ただ、心に描く理想と実際の現実のブレの大きさ、完璧を求めるが故の虚しさが、自身をそうさせた。
失敗する自分のカッコ悪さを曝け出す恐怖から委縮し、常に影を好む。
いつも近くにいる誰かは完璧に見えて、華やかに映った。
そう言う人に限って、「完璧など無い」という。
嘘は言っていない。ただ、自分には嘘に見える。
完璧が何かも分かっていない、それどころか自分はその理想に届く器すらない。
それでも理想を目指すわけでもなく、ただ無条件になろうとする自身の愚鈍で傲慢な在り方が、いつも憎らしかった。
そして、それと以上に往来を幸福そうな顔で闊歩する人々が、憎いと感じた。
全て自分が悪い。世界が悪い。社会が悪い。
先の見えない苦痛と吐き気、終わらない怯えから目を逸らすように、俺は画面の世界に逃げた。
学校も家も、通学も買い物も、常に画面に視線を落とし、世界を遮断する。
現実の遮断された世界は美しかった。
自分の求める世界だけで、その小さな機械の世界は完結してる。
そうやって少しずつ、現実を忘れていく。
友も家族も、全て。少しずつ消えていく。
消える。全て。
先のことなんてどうでも良かった。
一瞬、今の一瞬が少しでも楽になるのならば、そこに逃げていたかった。
向き合うこともせず、努力もせず、考えもせず、自分はただ逃げて怯えていただけに過ぎないのである。
そんな弱くて情けない人生を送っていたが故か、その不幸は他人を巻き込む形で終末を迎えた。
――お前も死ね――
今でも夢に出る。
あの男性の目には怒りが浮かんでいた。
全てから逃げてきた自身にとって、初めて向けられた明確な感情。
自分が逆であればどうだっただろう。きっと諦めていたはずだ。
でも、彼はそうしなかった。
彼には、危機状況でも何かしようと藻掻く強さがあったのだろう。
そんな強い人の一生を自身の不注意で棒に振る。
謝罪してもしきれない。
巻き込まれたことで己も死んでしまったが、そんなことはどうでもいい。
彼に対する謝意のみが、延々と渦巻き、この世界を生きる理由となった。
だからこそ、自分が拾える命、守れるものがあるのなら、手を伸ばし続けなくてはならないのだ。
そうすることが彼への手向け。今となっては、どうしようもないというせめてもの気持ちである。
転生特典にかまけ夢を見て、まだまだ努力も配慮も足りない。
目の前の利益や快楽にすぐ飛びついてしまう未熟さは、重々理解している。
でも、少しほんの少しでも気持ちは前に向いていた。
変わろうとする意志。
大事なのは気持ちだと、俺をこの世界で育ててくれた人たちは言う。
ならば進もう。
愚鈍でも弱くても、それを変えるために、前を向く。
アテラは、仲間の首を持つ機械の腕を掴んだ。
「その手、放せや!」
●鏑木 一真 (エリス・ユーロレーヌ) (17) 女
日本のサラリーマンとして生活していた青年。
エリスの肉体に宿るもう一つの人格として転生する。
エリスの身体を使い五歳の時点で獄炎の地にて十年の修行を慣行し、その身を炎そのものと化した。
十五の時に冒険者となり、現在までの二年足らずで一等級まで上り詰める。
温厚なエリスと異なり、非常に血気盛ん。冷静かつ強かな面もあるが、基本的に力で押しつぶし解決することを好む。
自身の絶対的な努力を誇りに思っており、日々の鍛錬を忘れない。非常に前向きな人物。
女性としての生き方を謳歌しており、エリスの身体でいろいろ遊んでいるとかなんとか。
転生特典は「超怪力」。本人が「面白くない」との理由で、ほとんど使用する場面は無い。