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6:今だ!やれ!頸椎を狙え!


 翌日。

 俺とエリスは、ギルドを訪れていた。


 ギルドがあるのは、街の中心地にある木造の古い酒場の奥。

小学校の一体育館はありそうな規模の巨大なフロアには、壁際に複数の事務所や飲食店など様々なテナントが店やカウンターを設けている。

 フロアの大半は、椅子やテーブルが乱雑に並べられ、飲食物片手に多くの冒険者たちが談笑に花を咲かせていた。

 そして、その奥で一際スペースを取っているのが、この街の冒険者ギルドの受付である。

 俺とエリスがフロアに入ると、連中の目が一斉に集まってくるのが分かった。


「よぉ! リーナ。お隣の美人さんは誰だよ!」「美女二人組のパーティーってか? 俺も混ぜろ!」「お嬢ちゃんたち! こっちで一杯どうよ?」「リーナ! その頭に乗せてる白いの何?」


 ガハハハと下品な笑い声をあげる冒険者たちを適当にあしらい、俺たちは奥へと進む。

 今日の目的は、エリスの本気が見れるような環境のクエストを選ぶこと。

 本気を出すにはそれなりの場所が必要だというので、ギルドまで場所選びに来たのである。本当なら、ちょっと外地に出てそこで一発ぶっ放すだけでよかったのだが、彼女がどうしてもと言うのでこうなった。

 ギルドの依頼掲示板の前に立ち、俺たちは依頼一覧に目を通す。

 俺の頭でまったりしていたピイも何やらモソモソと動き出し、掲示板の前に飛んで行く。


 読めるのだろうか?


 そんな疑問はさておき、俺はエリスに話しかける。


「どんなのがいいの?」

 

 俺の言葉に、エリスは楽しそうにニコニコと笑う。


「うーん。できるだけヤバいやつがいいかなー」

「う、うん?」


 思わず聞き返す俺に、彼女は「えへへ」と頬をかく。


「私ってなんかピンチにならないと本領が出ないのよね……」


 あ。これ、ヤバい奴だ。


 直感でそう感じる。

 彼女の説明聞くよりも早く、俺の脳はだいたいの事情を察した。

 コイツはヤバい状態じゃないと本気が出せない。

 そして、俺は本気を見ないと相応の武器が作れない。

 つまり、俺は今からとんでもない依頼に同行させられて、コイツと一緒に命を削るような冒険をしなくてはならないということだ。


「……あー、な、なるほどー。じゃ、私はー」


 なんとか言い訳をつこうとするが、それを思いつくより先に一枚の依頼用紙が目の前に突き出される。


「リーナさん! これにしよう!」


 俺は白目を剥いた。


 ――機獣(きじゅう)軍の暴走を止めろ――


 そう書かれた依頼書には、クラスSの難易度表記と見たことも無いような巨額が記載されている。

 内容は、主を失って暴走した機獣と呼ばれる魔道兵器の大軍を止めること。

 なんでも数日前にそのエリアでは、魔王の軍勢と一国の騎士団がぶつかり合ったとかなんとか。

 機獣を使ったのは騎士団の方だが、それらが勝利をもぎ取る前に、操っていた騎士団が先に殺された。

 それで所有者を失った機獣が暴走している――――と、言った趣旨の内容が、依頼書には説明が書いてある。


 俺は大きくため息をついた。


 機獣。

 それは近年、ザイード商会がどこからか横流している超兵器の総称だ。


 俺の脳裏に、あの威圧的な素人商人の顔が浮かぶ。


 機獣の種類は多種多様だが、共通しているのは、魔力と大気中の水素を利用して駆動する点。

 起動時には各関節部位から蒸気が吹き出し、一度動けば一騎当千。装備次第ではあるが、大型の機体であれば一機でも一騎士団ひねり潰すのは容易い。

 そんな兵器の軍団を二人で相手しろという。


 俺は、引きつった愛想笑いを浮かべた。

 

 何気なく「二人」と、自身を頭数に加えたが、今回ばかりは笑えん。

 ましてや向こうは人でもなければ、魔物でもない。知性も感情も本能すらない。

 ただ、目の前の対象を破壊することだけをプログラムされた機械。

 そんなのと下級冒険者の俺がどう戦えばいいのだろうか。

 エリスは一等級だから戦えるかもしれんが、奴の戦闘レベルは一国の軍を対象に造られているのだ。いくら強い冒険者でも個人では限界がある。


「ほ、ほんとにコレ……行けるの?」


 俺は確認するように、恐る恐る視線を上げる。

 すると、エリスは笑顔で頷いた。


「だーいじょうぶ! 私に任せなさい!!」



 ☆☆☆



「で、なんで、お前が付いてくるのっ!」


 若干怒声にも似た声を張り上げる俺に対し、アテラは爽やかな表情で笑う。

 俺は綺麗な顔に全力で皺を寄せる。


 カッコつけて笑うな。もっと正直な顔して笑え。アニメみたいにアングル気にして笑うな。


 瞬間的に脳内で複数の文句を連ねた俺は、半眼でアテラを睨む。

 俺の肩に乗るピイも、何やら不服そうに奴の方を睨みグルルと唸っている。


「そんな顔しないでくれよぉ~」


 猫なで声でそう言ったアテラは、ピイを撫でようとしたが案の定噛みつかれて悲鳴を上げる。


 ここは、依頼の目的地である南の国境沿いにある岩山地帯。

 機獣たちはこのエリアを集団で周回し、見つけた生物を手あたり次第に撃滅しているらしい。一刻も早い解決が望まれる。

 本来なら片道五日はかかるコースだが、一度来たことのあるチート先生がいらっしゃるようで、今回も例にもれず五秒でついた。もぅ勘弁してくれ。


「あんなの連れてきてよかったの?」


 俺はウンザリした様子で、エリスに話しかける。

 しかしエリスは楽しそうに笑って「別にいいよ?」と言って、グットサインを送ってきた。

 わざとらしくない自然な愛想である。

 こういう女の子の方がモテるんだろうなとか考えつつ、俺は視線を逸らし自嘲気味に笑う。


 なんであのバカが付いてくることになったのか。

 それは依頼の受付を済ませた直後、店にいなかった俺を探しに来たアイツに遭遇したのが故の悲劇である。


 なんでいっつも俺を探してんのアイツ。ストーカーじゃん。きっしょ!


 俺は肩を抱き、僅かに身震いした。

 エリスは鼻歌を歌いながら上機嫌で歩いている。どっかの団長に「上機嫌だな」って言われそうなくらいには楽しそうに見えた。

 さすがは一等級。

 あの依頼をみて、ここまで平常心を保っていられるのが凄い。

 俺なんて表面でこそ冷静を装っているが、内心穏やかじゃない。なんなら走って逃げたい。

 そう思っていると、エリスが口を開いた。


「ところでリーナさん! アテラ君とはどういう関係なのっ!?」


 キラキラとした瞳でズイと距離を寄せてくる彼女。

 俺は真顔で答えた。


「ストーカーと被害者の関係です。」

「酷くね?!」


 背後でアテラの声が聞こえたが、すぐさまその声は悲鳴に変わる。

 いいぞピイ。もっとやれ。殺せ。頸椎(けいつい)を噛みちぎれ。

 俺は苦笑いした。

 本来ならここでは「な、何って……ただの幼馴染だけど……」なんて言って頬を染めるのが、ラノベ的な反応なのだろうが、その幻想をぶち壊す。

 俺のあまりにたんぱくな反応に、エリスは驚いた表情で首を傾げた。


「あ、あれ? そ、そうなんだ……」


 エリスは面くらったような顔になり、言葉を詰まらせる。 


 悪いな。期待に沿えなくて。

 

 何とも言えない表情で返答した俺は、サッとポニテを払い先に進む。

 残念そうに口をムニムニ動かして、エリスは腕を組んだ。


「……おかしいなぁ。こういうのは腐れ縁とかなんかで実はお互い密かな想いを……的な感じだと思ったのに」


 ブツブツと独り言を漏らす彼女に、俺は小さくため息をついた。


 確かに、年頃の女性ならこういった話題には敏感なのも分かる。それに確かに側から見れば、俺とアテラの関係はそういったものに見えないことも無い。

 ただ、それはあくまで俺が奴への慈悲で、極端に拒んでいないだけの話である。本気で拒めば、「ストーカーと被害者」という表現があながち間違っていないと周囲も分かるはずだ。

 しかし、アテラは非常にウザいし問題だらけだが、決して悪人というわけでは無い。

 ああ見えて、根の真面目な部分はギルドでも定評があり、実力も十分、多くの地域で人々を救って来た実績と正義感は確かにアイツの中で存在する。

ただし、恋愛は別なのだ。

 いや、恋愛でなくともアイツは人との距離感ってのが、まるでわかってない。

 だから、俺は嫌いなのだ。

 でも、だからと言って奴を無碍に扱うことはできない。あくまで、目の届く範囲にいるなら、それを見守る義務が俺にはある。


 俺の脳裏に、転生直前の出来事が思い起こされる。


 ――お前も死ね――


 まぁ、負い目を感じていないと言えば嘘になる。

 アイツが悪いと思う気持ちも、こうなって当然だという気持ちも変わらないが、俺も人である以上は僅かながら罪悪感を秘めている。

 奴は俺の正体を知らないし、今後も奴に真実を伝える予定も無い。

ならばこそ、奴が最後まで笑っていられるように見守ってやらねば、寝覚めが悪いと言うものだ。

 転生すると分かっていれば、こんなことはしなかっただろうに……。


 俺は諦めたように軽く舌を出し、後方に視線を送る。

 後ろでは未だピイとアテラが戦っており、無傷のピイに対してアテラの髪はボサボサになっていた。

 

どうやら、ピイの圧勝な模様。


ま、精々いい女見つけて幸せになるこったな。


俺は内心でそう呟くと、肩に戻って来たピイを優しく撫でた。


次は頸椎な? OK?



☆☆☆



『もぅ四つかぁ。予想以上にペースがはやい……』


 デッドキャスパーはそう言って、岩山の頂点で膝に肘をついた。

 欠伸をするような仕草をして、彼は手のひらに乗る水晶を眺める。

 そこには、四つに区切られたビジョンが移されていた。

 ビジョンに移されているのは、四人の男女。


『さぁて、どう調理したもんかねぇ』


 そう口にしたデッドキャスパーは、ビジョンの中で一人の少女を見つめる。

 青みかがった銀髪のポニーテールに、スラリとした体躯。黒いアサシンの装束に身を包み、背には長細い布袋を背負う彼女は、凛として歩む。


『果たして“王”か、はたまた……』


 蒸気を吐き出し、ゆっくりと立ち上がった彼は右手を上げる。

 すると、少し離れた虚空に魔法陣が出現し、そこから円盤状の浮遊物が出現した。

 それに素早く飛び乗ったデッドキャスパーは、大きく伸びをする。


『あと四つ。……まぁ、少しずつ行こうかぁ』


 不敵に笑い、彼は眼下に視線を移す。

 そこでは無数の多種多様な機獣が蠢き、一方向に行進している。 

 デッドキャスパーは少し考えると水晶を仕舞い、円盤の上で胡坐(あぐら)をかいた。


『……ちょっとだけ、遊んで行こうかねぇ』


 低くしたたかなその声音は誰に届くわけでもなく、風に溶け宙に消える。

 表情が見えるわけではない。

 ただ、そこでニンマリと彼が笑ったのだと分かるほどに、その様子は楽しげに見える。


 蒸気を吹かす機械の悪魔は、ゆっくりと手の平を合わせるのであった。


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