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15:変身ペットはカッコいい。

『東の空に目覚めの光を感じる……。やはり見立て通りだったかぁ』


 そう言って遥かの空を仰ぐデッドキャスパーは、首を捻る。

 彼と、彼をのせる円盤はフヨフヨと森の上空を浮遊していた。

 夜も更け、陽の光は遥へ。

 完全な闇へが支配する世界。

 バイザーの奥でギラリと眼光を煌かせ、デッドキャスパーは低い笑い声をあげる。


『極度のストレスと葛藤。……覚醒条件にしてはありきたりだが、こんなにも都合よく目覚めてくれるとはぁ上等じゃぁねぇか』


 手をヒラヒラと動かし、蒸気を吹かす。


『全て予定通りに進んでいる。順調すぎて怖いくらいだねぇ』


 そう。全ては予定通り。

 内心で再度復唱したデッドキャスパーは、仮面の下で薄く微笑んだ。

 安い悪役の様に聞こえるかもしれないが、実際のところ彼にとってのこれら一連の行動には重要な意味がある。

 それが例え、他を犠牲にするものであったとしても必ずや完遂しなくてはならない。

 デッドキャスパーは、ふと脳裏によぎった記憶を振り払う様に天を仰ぐ。


 その時だった。

 不意にどこからか直径五センチ程度の小さな光が飛んでくる。

 光は薄い紫色の光を放ち、デッドキャスパーの傍に静止した。


〈〈首尾は上々かい? デッドキャスパー〉〉


 光から聞こえてきたのは、透き通るような女性の声。

 艶やかでありながらどこか怪しげな響きのその声に、デッドキャスパーは薄い笑みを浮かべた。


『あぁ。上々だぜぇ?それよか、そっちこそどうよ?上手いこと見つけたんだろうなぁ?』


 からかうように問い返す彼に対し、光からは淡々とした返答が返ってくる。


〈〈当然〉〉


 凛と響くその声からは、どこかしら冷気のようなものが感じられ、デッドキャスパーは肩をすくめた。


『マジかよ……。で、どんな奴だったのさ』


 首を捻り顎に手を添えた彼は、そう言って光から視線を外す。


〈〈双子。かなりのレアケース。ま、見ればわかる。今は自分の仕事に集中して。詳しい話は、帰還後に〉〉

『それもそうだなぁ。……わかったよぉ! そっちは任せる。こっちも上手くやるさぁ』


 張り切った口調でそう言い放った直後、眼下で魔導ゲートが静かに展開される。

 ゲートは数百メートル間隔に分散して展開されており、ザイード商会の施設をぐるりと取り囲むようにして配置されていた。


 来たか。


 デッドキャスパーは眼光をギラつかせ、円盤の上でゆっくりと立ち上がる。

 ゲートから静かに出現する冒険者たちを確認し、大きく肩を回す。

 隣でフヨフヨと浮遊する光も、現れた冒険者の大群を一望し失笑した。


〈〈武運を〉〉


 そう言い残し、紫の光は天に消える。

 再度一人になったデッドキャスパーは、両手をゆっくりとこすり合わせた。


『さぁて。どうやって遊んだものかねぇ……』



☆☆☆



「行くぞっ!!」


 アテラの掛け声で、ザイード商会を取り囲む冒険者たちが一斉に動き出す。

 魔法使い達による魔法の一斉射撃が、施設の壁に放たれた。

 様々な属性の攻撃魔法が飛翔し、各所で巨大な爆発を起こる。


 舞い上がる爆炎と土埃。


 アテラは、空中に展開した複数の魔法陣に魔力を回す。

 エンジンを吹かせるような轟音を響かせて回転を始める無数の魔法陣。

 第二射の用意である。


 今回の作戦はこうだ。

 夜襲と包囲網を使った短期決戦。

 特別な戦略性は無いが、労働の切り替わり時刻を狙った夜襲と包囲網。

 全員の魔法には、アテラの強化付与魔法が施されており、その出力は三十分間だけ十倍に跳ね上がる。

 十倍の魔法攻撃を一斉射し続ければ、押し切ることも難しくは無いはずだ。

 近接部隊にも筋力増強、反射速度強化などの付与を施している。

 奇襲の準備としては万全だ。

 あくまで目的はザイードハウザーの捕獲と本部制圧。殺すことが目的ではない。

 今回は完全殲滅が目的ではない分、綿密な計画よりも最初の手順だけそろえて、それ以外は臨機応変というのが望ましい。

 普段こういった集団戦になれていない冒険者たちからしても、こっちの方が動きやすいいはずだ。

 戦略に長けた人物がいない以上、合理性と圧倒的な出力、そしてタイミングを計る他に勝利法は無い。

 そうなってくれば、当然このような手段に固まってくる。

 

 アテラは眉をひそめた。


 これらは全てギルドマスターが指示したことだが、こう考えてみると理にかなっている。

 やはりマスターというだけあって、この冒険者たちの性質をよく理解しているようだ。

 さすがというべきだろう。

 状況は整っている。あとの勝敗は自分たち次第。

 

 目前の黒煙は天に舞い上がり、少しずつ与えた被害状況が露になっていく。

 奇襲は成功と思われたその時だった。


『その程度で奇襲のつもりかぁ?』


 不意に頭上から声が響き、アテラたちは顔を上げた。

 冒険者たちの頭上には、紅く錆びた鎧を身に纏う機械男が一人。

 浮遊する円盤の上に立つソイツは、からかうように両手を広げた。


「デッドキャスパー!」


 声を張り上げると、頭上の男は笑う。

 

『アテラ・ヴァンレットフィールかぁ。なぁ? 今、どんな気持ちだぁ? 大事な想い人が苦しんでる様ってのはよぉ?』

「……てめぇ!!」


 怒りを露にした時、周囲の冒険者たちがどよめく。

 そのどよめきは、アテラでもデッドキャスパーに向けられたものでもない。

 冒険者たちの視線は、黒煙の舞い上がる敵拠点の壁面に釘付けである。

 アテラは壁面を凝視した。

 黒煙が上がっている以外、特に変わった部分は見受けられない。

 しかし次の瞬間―――― 


「何だよあれ……」


 突然、壁の少し手前の空間が揺らぎ、何もない場所から無数の機獣たちが現れる。

 よく見ると、黒煙は機獣たちの身体から舞い上がっており、壁そのものは一切傷ついていなかった。


『光学迷彩を張り付けた即席の機獣壁だぁ。旧式の機体ばかりなんで、壁にするにはちょうどいい。迷彩そのものを張り付けるだけだったから、コスパもいいんだなぁ。これが』


 光学迷彩が解け、機獣たちはその黒い装甲を月の光に煌かせる。

 耳をつんざくような怒号を上げ、壁際にズラリと並んだ機獣たちにアテラたちは身構える。


「スマホ小僧ォ! どけ!!」


 不意に背後から鏑木の声が響き、アテラは慌ててその場に伏せた。

 直後、アテラを飛び越えるようにして鏑木が前線に躍り出る。


「燃えろっ!!」


 刹那。

 鏑木からジェット噴射のような凄まじい剛焔が放出され、機獣たちを薙ぎ払う。

 爆風で周囲の冒険者がその場に踏ん張り、上空のデッドキャスパーも円盤に膝をついている。

 鏑木は、炎のアーチを描きアテラに視線を飛ばす。


「行けよ!!」


 その瞬間だった。

 どこからか飛び出した黒い塊が鏑木を捕らえ、大きく弾き飛ばす。


!?


『そう上手くいくと思うかぁ?』


 デッドキャスパーが笑い、アテラは現れた黒い塊を確認する。

 現れたのは、全身真っ黒の骸骨のような痩せ細った男。

 体毛は無く、全身黒光りした皮膚を持ち、四肢は極端に長い。

 眼球は焦点が合っておらず左右別々の方向にギョロギョロと動いている。


 鏑木は大きく吹き飛ばされつつも、地に踏ん張りを効かせ何とか踏みとどまっている。

 

「なんだコイツ……」


 血の混じった唾を吐いた鏑木は、口元を拭う。

 黒い生き物は「ヨィ……ヨィ」と奇妙な声を漏らしている。

 鏑木は間髪入れず、黒い生き物に爆炎を吹きつけた。

 しかし――――――


『効かんよぉ。ソイツにはぁ』


 デッドキャスパーが言い放った瞬間、黒い生き物は左手を炎に突き出す。

 すると、たちまちにして鏑木の爆炎がソイツの左手に吸収されていく。

 吸い込まれた炎は腕を赤く染め体へと伝わっていき、体を通して右手の先端へと向かう。

 瞬時に意見を感じ取った鏑木は、背後のアテラを掴むと大きく飛び上がった。

 次の瞬間、


 ギュン!


 ギターの弦を強く弾くような独特の低いビートが鳴り響き、ソイツの右手のひらから圧縮された爆炎が白い熱線として放射される。

 熱線は数百メートル飛翔し、そこで途切れた。

 遅れてやってくる爆風と爆発。

 先ほどまで二人が立っていた空間は、瞬く間に消し飛ばされた。


『鏑木だったかぁ? コイツはなぁ、お前専用に改造した生体兵器だぁ。存分に楽しめぇ』

「生体兵器だぁ?」


 鏑木が眉間にしわを寄せる。

 デッドキャスパーは得意げな口調で続けた。


『そう。怪人「ヴェノス」試作三号機Type-FIREだぁ。いろいろと小細工してるからよぉ、そう簡単に前には進めねぇぜ?』


 頭上のデッドキャスパーは、円盤に乗ったまま黒い生き物の傍に近づく。

 ヴェノスと呼ばれたソイツは、ぐりぐりと不思議な角度に首を回し、こちらの様子を伺っている。


「俺対策だぁ? 一回炎返しただけで図に乗んなよ? どうせ吸収限界とかある質だろうが。吸収できねーくらいのぶつけてぶっちぎってやるわ!」


 言うなり、鏑木は全身に炎を纏う。

 弾丸の如く飛び出した彼は、ヴェノスに掴みかかると施設の防壁を突き破って飛んでいく。

 

『ヒューゥ。良い壊しっぷりだなぁ』


 茶化すように言ったデッドキャスパーは、再度上空に浮かび上がる。

 アテラは言った。


「えらく周到だな。まるで今夜攻めて来るってわかってたみたいだ……」


 デッドキャスパーはわざとらしく肩をすくめる。


『何事も先手を打った方が有利なのは当然。ならば、先手を打たせたと思わせ誘い込むのが、上級者の一手よぉ』


 アテラは歯噛みした。

 奴らにとって、自分たちの作戦は全て想定内だったということだ。

 冷静に考えれば、当たり前かもしれない。

 奇襲のタイミングはわからなくとも、あのような宣戦布告をすれば当然反撃は喰らう。ならば、あらかじめ戦争の準備をして宣戦布告すれば、いつでも向かい討つことが出来る。

 もっと念入りに対策すべきだった。

 奇襲という言葉にかまけ、こちらは襲撃を想定されていた際のことをまるで考えていなかったのである。


「でも、今更引けるかよっ!!」


 アテラは、起動していた魔法陣から一斉に魔法を放ち、デッドキャスパーを攻撃する。

 他の冒険者たちも一斉に機獣に向かっていく。

 デッドキャスパーは魔法を素早い動きで回避すると、壁の向こうへと飛んで行く。


『こっちまで来れたら相手してやるよぉ。お前は今のところ、旧式の機獣だけで十分という扱いだからなぁ』 

「なんだと!」


 不意を突くような煽り文句を残して飛び去るデッドキャスパーに、アテラは怒鳴り返す。

 しかし、言葉は届かず、デッドキャスパーは壁の向こう側へと消えていった。

 アテラは拳を握り、強く歯ぎしりする。


「ざっけんな!!」


 叫ぶなり、アテラの光線魔法が大地から次々に飛び出した。

 光線は、一瞬にして周囲にいた機獣たちを貫き破壊する。

 コアを破壊され粉砕する機獣たちを尻目に、アテラは叫ぶ。


「突入だぁあああああ!!」


 その言葉に鼓舞された冒険者たちは、機獣たちの残骸を飛び越え壁の穴を潜っていく。

 アテラは物凄い剣幕で唇を噛み、皆の後を追った。

 その時アテラ達が気が付くことは無かったが、彼らの上空を何か巨大な影が通り過ぎていったのである。



☆☆☆



 真っ白な光の繭が解け、周囲に優しい風が吹く。


 目の前には、真っ白なドラゴンが一頭。


 俺は何が起こったのか理解できず、ただ茫然とその場に立ち尽くす。

 以前目にした鋼竜や、図鑑で目にした竜よりも遥かに美しく力強い。

 瑠璃色の瞳をした白竜は、二足でゆっくりと立ち上がり、翼を広げる。


「行こうか。ご主人」


 ふと発せられた無機質な声に、俺は我に返る。

 少年のような澄んだ声でそう口にしたドラゴンは、その身をゆっくりとかがめた。

 

「……ピイ……なの?」


 俺の問いに、ドラゴンはコクリと頷いた。


 どういうことなのだろうか。


 ふと手の甲を見ると、先ほど反応した刻印が青白く輝き脈動している。

 ピイは言った。


「その刻印が僕とご主人を繋いでる。僕にも詳しいことは分からないけど、そこから流れてきた力が僕をこの姿に変えたんだ」


 あまりにも唐突な出来事に、俺は額に手を当てる。

 一体どうしてこんなことが起きたのだろうか。

 謎の刻印に、激痛、ピイの変身。

 キッカケらしいキッカケも力を受け取った記憶も無い。そもそも概要すらイマイチ理解できていない。


 俺の身体に何が起きて……。


 その瞬間、ふとある仮説が脳裏を過る。

 

「まさか……」


 俺はその考えに行き着いた途端、表情を引きつらせた。


 心当たりのない状況下での突然の能力開花。

 事前に受け取った力でも、血筋の力でもない。

 だが、唯一心当たるものがある。

 それは俺に本来あるはずでなかったもの。いや、正しくは与えられなかったと勘違いしていたもの。


 そう。つまりこれは―――――――――――――――――――――――――――。


――転生特典――


 その言葉が脳裏をかけた瞬間、俺は大きく身震いした。

 内側で何とも言えない不思議な感情が渦巻く。

 興奮とも恐怖とも、はたまた喜びとも違う。複雑でずっしりとのしかかる重責を背負うような感覚。


――転生者諸君――


 数日前に耳にした言葉が今になって、ようやく一つの自覚として俺の中に受け止められる。

 つい先刻まで、同じ転生者でもどこか別次元のことだと腹をくくっていた自分がいた。

 アテラも鏑木も、自分とは似ても非なるもの。

 そう決めつけていた。


 誰しもが感じていることである。

 皆同じ人間でも、立場や仕事、能力でそれぞれのステージにいる。

 それぞれに課程があり、その立場にいるのである。

 だが、皆心のどこかでその過程を忘れ、誰かを羨みどこか別の次元の世界だと思ってしまう。

 哀れな人のサガである。

 可能性がありながら、どこかで諦め敬遠し、模索という道を見ないふりでここまで歩いてきた。

 そんな敬遠していた現実が、今になって一瞬にして我が身の運命となる。

 圧倒的な違和感。


 もはやそれは、恐怖に似ていた。

 何も知らない。何も準備も無い場所に突如として投げ込まれ、命のやり取りをするようなそんな感覚。


 俺は、その場に膝をつき頭を抱える。


「わ、私が……力を?」


 てっきり無いものだとばかり思っていた。


 だが、その実、ずっと内側で眠っていただけなのである。

 どうして今なのだ。

 こんな時に――――――――。


 鼓動が激しくなり、汗が噴き出す。

 焦りからか、動揺が止まらない。

 俺の内側に様々な想いや感情が溢れていく。


 もっと早ければ。ようやく手に入れた。これで復讐できる。こんな力いらない。どうやって使う? 正しいことに使いたい。嬉しい。破壊的な衝動。哀しい。高揚感。痛い。壊したい。救いたい。強いのか。弱いのか。怒り。不安。喜び。怖い。恐い……。


 正と負の二つの感情がせめぎ合い、思考が安定しない。

 しかし、その思考はだんだんと負へと傾き、いつしか一つの感情へと収束していく。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い……。


 俺はどうしていいかもわからず、その場でうずくまり嗚咽を漏らす。

 勝手にあふれる涙と、込み上げる吐き気。

 ちぐはぐな思考の中で過る両親の死体、自身の最期、男に襲われた記憶、首をへし折った男の瞳。

 様々な不安の種が一気に押し寄せ、俺はたまらず嘔吐する。


 助けて……。


 渦巻く不安感の中でそう願った時、

 不意にピイが、巨大な翼で俺を包み込んだ。

 柔らかい真っ白な羽が優しく肌に触れる。

 ピイは、俺の耳元に顔を寄せた。


「ご主人。……混乱するのは分かるよ。でも……行かないといけないんじゃないの?」


 !


 その言葉を聞いた途端、俺はハッとして目を見開いた。

 ゆっくりと面を上げると、そこには心配そうな面持ちのピイがいる。

 徐々に落ち着いていく呼吸の中で、俺はゆっくりと涙を拭った。

 全くもってピイ言うの通りである。

 こんなことをしている暇はない。

 今ここで動かなくては、たぶん今以上に大事なものを失ってしまう気がする。

 涙を拭い終え、俺は再度顔を上げた。


 こうして見ると、やはりピイだな。


 そんなどうでもいい感想が、思考を駆ける。

 何がとは言わないが、目の前にいるドラゴンはそう感じさせる優しい顔だった。

 俺は呟く。


「……そうね。行かなきゃ」


 俺は大きく息を吐いて立ち上がる。

 新たに得た力に恐怖感が無いといえば嘘になる。

 だが、行かなくてはならない。

 俺が転生者であるならばこそ、この戦いには参加しなくてはならない。

 そう強く決心し、俺は脈動する刻印を見る。

 気が付くと、体の震えは収まっていた。

 正直、まだこれが、どういう力かは分からない。

 でも迷う時間も考える時間もない。戦況は今この時だって動いているのだから。

 俺は、ピイを見た。


「その体って、真の姿的な何かだったりする?」

「いいや。こんなのは初めてだよ。でも、何だろう。はじめてなのに違和感もないし、初めてな気がしない。とても不思議な気分だよ」


 しごく淡々と話すピイ。

 無機質ではあるが、これはこれで普段のピイらしいというか、あのちび助がしゃべるならまさにこんな感じな気がする。

 俺は口に拳をあてて考えた。

 突然体が大きくなり、シルエット自体も変化したわけだが、この状態はどの程度維持出来るものなのだろうか。一時的か、はたまた永続か。

 行こうとは言ったものの移動手段も問題ではあるし、ピイが果たしてこの体でどの程度活動できるかもわからない。

 時間が惜しい故にあまり深いことは考えたくは無いが、ある程度の想定や仮説は立てて動くべきだろう。

 どうしたものか……。


「私を乗せて飛べたりする?」


 ふと思いついたことを口にしてみると、ピイは何食わぬ顔で頷いた。


「元からそのつもりで行こうって言ったんだけど」


 その言葉に、俺は微妙な表情を取る。


「……な、なるほど。結構遠いけど大丈夫?」


 ザイード商会とこの街は、大陸一つ横断するほどの距離がある。

 いかにピイがドラゴンだったとしても、その距離を飛行するにはそれなりの時間がかかるはずだ。

 さて、どうしたものか。


「……ご主人は、一々考えすぎだよ。やってみたらいいじゃん」


 言うなりピイは、俺を咥えてヒョイと持ち上げる。


「え、ちょっと!?」


 俺の言葉を無視し、ピイは俺を背中に乗せる。

 フワフワとした羽毛に覆われた力強い背中だ。


「お、おぉ……」


 予想外の心地良さに、つい変な声が漏れてしまう。

 こうして乗ってみると結構大きい。

 身をかがめていたせいかイマイチ実感できなかったが、いざ触れてみるとなかなかのものである。

 体長は10m程度だろうか。

 竜にしては比較的小ぶりだが、凄く力強く美しい印象を受けた。

 おそらくそれは、ピイの放つ濃密で洗練された魔力によるものだと思われる。


 この世界の生命体は人間も含め少なからず魔力を放出している。

 魔力とは個人の色であり、個性といって相違は無い。

 その力強さや色合い、様々な要素がその生命体の戦闘力や性格を現しており、多くの者がこれを個々の性能判断の基準としている。

 しかしながら、知的生命体の多くは、その魔力を抑え込んでおり、普段は決して表には出さない。

 そうすることで、自身の実力を敵に悟らせないようにしているのだ。

 目の前のピイもそうしているつもりなのだろうが、隠しきれない濃厚な魔力のオーラが体から滲み出している。

 一体何があったというのだろうか。

 俺は改めて自身の刻印を見つめた。


 強化か何かの類なのか。それとも……。


 そこまで考えた時、ふわりとした浮遊感が体を支配する。

 見るとピイが翼を大きく羽ばたかせ、俺たちは空高く舞い上がった。


「ご主人、方角の指定よろしく」


 ピイの言葉に俺は暫しポカンとしてしまうが、頭を振って思考を取り戻す。


 まぁ、深く考えても分からないものは分からない。

 肩の力を抜くべきである。

 それに、そうクヨクヨする柄でもない。

 ならば今は、できることだけ考えてこなしていくだけである。


 俺は、深く息を吸いパッと顔を上げた。


「任せて」


 そう言って俺は、ピイの首に捕まると、西の方角を指す。

 ピイは示された方角に向かって、風を切る様にして加速した。

 俺はポニーテールを払う。


 さぁ、反撃の時間だ。






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