14:炎の少女(♂)は考える。
「おい。スマホ小僧」
出撃の間際、アテラに向かいエリスが声をかけた。
振り返るアテラに、エリスもとい鏑木は腕組みし、鋭い視線を向けてくる。
「どうした鏑木」
アテラの問いに、鏑木は首を鳴らし近づいてくる。
「テメェ、リーナのこと好きなんだろ?」
「は、はぁ?」
突然の発言にアテラは面食らい、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「まぁ、聞けや」
鏑木は厳しい表情御崩さない。
アテラは露骨に動揺し、視線を泳がせる。
すれ違う様にして隣に並んだ鏑木は、低い声で続けた。
「リーナにとって問題なのは、ローウェンとデッドキャスパーだ。だからテメェにアイツらはくれてやる。精々好きな女にいいとこ見せな。……だがよ。あの青いのは俺に寄こせ。俺の手で叩き潰す」
あ、そういうこと……。
合点の行ったアテラは、引きつった笑みを浮かべてコクコクと頷いた。
大事な戦いの前に何を言い出すのかと思えば、そーいうことか。
正直、リーナに対する好意がバレていたことは解せないが、もともと「分かりやすいヤツ」と言われてきたので仕方ない。
アテラは冷や汗を拭った。
誤魔化すようにアテラは問い返す。
「別に構わねーがよ。その、何だ? この間の借りってやつか?」
すると、鏑木は頭を振った。
「なわけあるかよ。そもそもあれは不意打ちでやられてんだ。仮もくそもねーよ。向こうは、不意打ちで狙ってくる時点で正面切ってじゃ勝てねーってわかってるんだ。そんな奴に借りなんてねーよ。問題はそこじゃねーんだ」
そう言って、鏑木は眉間にしわを寄せた。
アテラは言葉の続きを待つ。
「治ったといえ、エリスの身体に傷つけやがったんだ。消し炭すら残さないで殺してやる……」
ゾッとするほどに凄みのある呟きに、アテラは思わず身を強張らせた。
どうやら、鏑木はプライドではなく、エリスを傷つけられたことに怒りを覚えているらしい。
二人の関係はよくわからないが、そう言ったことを気にしている時点で、なんとなくその関係性には深い絆があるように感じられた。
体を共有している時点で、そりゃ絆が生まれて当然ではあるが、鏑木の目には絆以上の思いが感じ取れる。
人それぞれに思いがあるってところか。
アテラは納得したように頷いた。
自分には、まだそんな大それた思いや抱えるものは無い。
何もない。
でも、いつかはきっと俺もそんなものに巡り合いたい。
いや、正しくは巡り合うものでも見つけるものでもないのかもしれない。
決意。
その先にあるものが守るべき想いなのかもしれない。
そう思えると鏑木がだいぶ眩しく見える。
眩しく見えるが――――――。
「あのさ。鏑木よぉ。その、スマホ小僧って呼び方やめてくんね?」
☆☆☆
「どうしたらいいんだよ……」
つい男口調が漏れる。
俺は真っ暗な街道を一人歩いた。
ゲートを通れなかった以上、戦場に向かうことはできない。
だが、気持ちは落ち着くことは無かった。
できないと分かっていても、どうにかして戦場に赴きたいと思う自分がいる。
このまま終わりたくない。終わらせたくない。
自分の手で決着をつけたい。
そして、今まさに動いている何か得体のしれないものを、自らの目で確認しなくてはならない。
そんな願いと怒り、更に「転生者」という言葉の責任が俺を苦しめる。
本当にどうしてしまったのだろうか。
気持ちは整理したつもりだ。
転生者としての生き方を受け入れ、真実に迫る。
簡単なことだ。
でもこれまで積み重ねてきたものが、逆に邪魔になる。
こんな時、いつもなら最も合理的な最適解を導き出せるはずだ。
なのに……今日は……。
どうしようもない事実と、複雑な感情の渦巻きで、俺は体の内側が痒くなる。
その時、突然左手に痛みが走った。
「いった!?」
驚いて左手を見つめる。
しかし、左手はいつもと変わらない。
静電気か?
そう思った時、再度同じ痛みが左手の甲に走る。
顔をしかめた俺は、左をじっくりと見つめた。
すると、不意に手の甲にじんわりとした微かな熱が灯る。
熱がゆっくりと左手全体に広がっていき、痛みはだんだんと強くなる。
「なっ……、何……だ?」
あまりの痛みに左を抑え、その場にうずくまる。
重くのしかかるような鈍い痛みの奥に、針で突き刺すような鋭い感覚が走る。
同時に体中を流れる魔力が不思議な流動を見せ、一斉に左手に集まっていく。
何が起きているのだろうか。
考察しようにも痛みで視界がボヤけ、正常な思考に至らない。
左手は力を込めたまま引きつったように固まり、小刻みに痙攣している。
「だ、誰か……」
助けを求めようとした次の瞬間、手の甲に白い光が灯った。
驚く間もなく、光はゆっくりと軌跡を描き、左手の甲に紋章を描く。
なにこれ?
光が消えたと同時に、痛みが弾けたように消し飛ぶ。
荒い呼吸を落ち着かせ、俺は小さく息を吐いた。
輝きの失せた左手には、透き通ったダイヤのような色をした紋章が刻まれている。
形は形容しがたい不思議な模様。
中心には、見ようによっては城壁とも王冠とも見える刺々しい紋が一つ。それを囲むように荊の棘とのような鎖のような紋が描かれている。
呪いか何かだろうか……。
呪いやある特定の魔法や呪術によって、対象となったものに固有の紋章が浮かぶ事例は文献で目にしたことがある。
試しに軽く魔力を当ててみるが、特別反応する様子もない。
呪いではないのか?
呪われるならば、心当たりは近日グッと増えた訳だが、そうではないのだとしたらコレは何なのだろうか。
ピィ
不意に聞きなれた鳴き声が響き、俺は顔を上げた。
「ピイ?」
そこには愛獣であるピイがいる。
家で休ませていたはずだが、こんなところまで飛んできたようだ。
俺の少し先でふわふわと浮遊するピイは、嬉しそうに空中で見よじる。
「どうしたのよ。家で休んでなきゃ……」
少し微笑ましい気持ちになり、俺はピイに手を伸ばす。
その途端、再び左手の刻印が熱を帯びる。
慌てて手を引っ込めるが、熱はじんわりと広がり全身の神経を研ぎ澄ます。
しかし今度は、痛くは無い。
むしろ力があふれ出すような感覚だ。
困惑するのも束の間、輝き出した刻印が鼓動に合わせて脈動する。
次の瞬間、刻印から強い光が放たれて目の前にいたピイを包み込む。
「ピイ!?」
俺の叫びを他所に、事態は進行する。
ピイを包んだ光は繭状にまとまると、グングン大きくなっていく。
そして―――――――――――――――――――――、
☆☆☆
〈〈ありがとね〉〉
内側に響くエリスの声に、鏑木はフッと息を吐く。
「そーいう約束だ。当然だろ」
ぶっきら棒にそう答えた鏑木は、無表情で視線を流す。
エリスが言っているのは、先ほどのアテラとの会話のことだろう。
――エリスの身体に傷つけやがったんだ――
あの言葉の真意、何故自身がエリスのことでここまで本気になれるのかは、その出会いに関係している。
もちろん二人で一つと言っても互いを認識したのは、ある程度エリスが物心ついたころの話である。
いろいろと深い事情があるわけだが、今は思い出に浸るほど余裕はない。
鏑木は顔を上げた。
ここは、ゲートを通った先にある森林地帯。
ザイード商会の本拠地があるというレイバレイ大陸の北西エリアだ。
ギルドがあるのはレイバレイの極東。大陸をまるまる横断するレベルの移動距離である。
スマホ小僧さまさまだ。
そう思いつつ、脳裏に浮かぶ二人の人物に鏑木は目を閉じた。
アテラ・ヴァンレットフィール。典型的な「なろう系」主人公だ。
能力とご都合主義に恵まれ、何の努力も苦労もせずに成り上がった奴。そんなイメージだが、見たところ人は良さそうに見える。
よくいるのが、人との距離感が掴めないからそれなりに飄々としたキャラを演じ、あとは実力で埋め合わせることで人柄の粗末さをごまかすというもの。
はじめはこのアテラもそのクチかと思われたが、話してるところを見るにそうでもなさそうだ。
なんと言うべきか、何か変わろうとしている意思のようなものを感じる。工夫し繕うわけではなく、根本的に自分を変革させようと藻掻くイメージが感じられるである。
今は大した奴じゃないが、いつか何かを掴むかもしれない。
鏑木は首を鳴らし、事前に指示された配置につく。
元々鏑木は、アテラに会うためにこの地に赴いた。
以前はレイバレイより遥か東にある小大陸アルテアルで活動していたが、自分以外にも転生者がいると知り、ここまでやって来たのである。
鏑木自身、転生者として生きてはいるが、何のために転生したのか。何故この世界に呼ばれたのか疑問を持っていた。
可能性は低いが、もしかすると自分以外の転生者は何か知っているかもしれない。そんな淡い期待が、鏑木を行動に移させた。
アテラは転生者であることをオープンにしているため、見つけることに苦労はしなかった。
それこそ最初は銀の板使いと聞いていただけに「スマホ転生系」だと思い、半ば渇を入れてやろうと思っていたのだが、実際はその必要は無かった。
奴には、すでに喝を入れる奴がいる。
それがリーナ・アボードだ。
確証は無いが、鏑木の予想ではリーナもまた転生者である。
自作した武装に、この世界にしてはあまりにも効率の良い商法と合理性。
そして、何よりアテラのチートに流されないこと。
もろもろを考慮した時、リーナはどうも状況に慣れ過ぎている。幼馴染であるから当然ともいえるが、それだけとは考えにくい。
育った環境だけでは獲得しえない発想と冷静さが、奴からは感じられるのだ。
転生者の可能性を疑うのは、当然だろう。
アテラは鈍いのかまるで気が付いていない様子だが、何にせよ奴からのカミングアウトが無いのであれば言及する必要もない。
誰にでも不可侵の領域というのは存在する。
わざわざ転生者でないフリをするということは、知られたくないということなのだ。それをいちいち詮索するのは、人としてのマナーに反する。
敵や邪悪な存在であれば詮索したかもしれないが、幸いにして奴は善人だ。
リーナは賢い女だが、変なところで正直な部分が見え隠れする。
良くも悪くも素直だ。
出会ってまだ数日だが、今後も叶うなら仲間としていたい奴である。
鏑木は、リーナから買った手甲を確認する。
パンチャー専用に改造されたその品は、内蔵された魔法加工スプリングで拳撃の威力を増幅する。一応耐熱加工が施されてはいるが、おそらく自分の火力ではもたないとのこと。
しかし、内部熱の冷却のためにも、ずっと炎を出しておくわけでは無いため、炎なしでも戦える手段があるのはありがたい。
赤いラインの走った黒光りした金属が、月明かりに照らされキラリと光る。
依頼した品は当然まだ完成していないため、今回はコレを急遽購入した。
熱耐性が万全とは言えないが、無いよりはマシである。
そして何より、かのリーナ・アボードが作った道具だ。信頼性は高い。
確かにザイードや一級鍛治師の作った武器に比べると見劣りするが、それでも丁寧な製法と奇想天外な発想ながらも理にかなった作品は冒険者達の間で確かな評価と支持を得ている。
本人が自覚する以上に、奴の道具は良い。
〈〈あの子のこと、信頼してるんだね〉〉
「それはお前だろ。俺は奴の腕を認めてるに過ぎねぇ。まだ出会って数日も経ってないんだ。信頼できるかどうかなんてわからんさ」
どこか嬉しそうに問うてくるエリスに、鏑木は淡々とした調子で返した。
だが、内心に思うことは、エリスの言う通りである。
前述に述べた通り、鏑木はリーナを信頼している。
たかだか数日行動をともにしただけ。それでも奴には人を信頼させるような資質があった。
人間の信頼関係には、「情報開示」という要素がある。
自己紹介が上手い奴ほど、人との関係構築が早いと言われるように、人間は相手を正しく認識することで関係性を密にしていく。
友達、恋人、家族、など例外なく人は、親しい人の情報や人柄を周囲を通行する第三者に比べて多く知っている。
リーナは、自身の事情については一切を持って語らないが、その情緒性は馬鹿みたいに正直だ。
一見冷静に見えるが、ふとした瞬間に見せる情緒はその性格を感覚として認識される。
情報とは必ずしも言葉だけではない。
その人物が持ち得るあらゆる性質が情報となり、周囲に発信されている。
例えば、特別情報を多く知らなくてもクラスの中心人物や、芸能人についてある程度の性格を認識できるのは、その人物が発信する様々な情報を我々が無自覚に受けとっているからだ。
リーナから受ける印象は、それに近いものがある。
そこまで考えた時、脳内で再度エリスが口を開く。
〈〈やっぱり信頼してるじゃない〉〉
クスクスと楽しそうに笑うエリス。
バツの悪い表情になった鏑木は、目を閉じる。
「ほんっと、二人一人ってのは不便なもんだな……」