表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

13:彼の男は、どこまでも悪者らしく。


「なぁ、ローウェン。少々過激じゃねぇか? ここまでやると、周囲への影響が気になる」


 ザイード商会本部の廊下にて、イーボルトはそう言って眉をひそめた。

 彼と並んで歩くローウェンは、はたと立ち止まる。


「あ? どういう意味よ?」


 怪訝な様子でそう言ったローウェンは、イーボルトに冷ややかな視線を送る。

 イーボルトは別段怯む様子もなく、葉巻を蒸す。


「いや、何。冒険者の依頼妨害に、街一つ襲撃しちまっちゃ、ギルド本部だって黙ってねぇだろ」


 それを聞き、ローウェンは「ふっ」と鼻で笑った。

 しごく当然の質問ではあるが、それはあくまでごく狭い常識下での話であり、ローウェンからすれば気にもならないことであった。


「あー。イーボルト。お前、冒険者脳だねぇー」


 そう言って、ローウェンは再び歩き出す。


「どういう意味だ?」


 イーボルトはその後を追いつつ問いを投げた。

 すると、ローウェンは大きく手を広げ話し出す。


「あのなぁ。冒険者ギルドってのはなぁ、言うほど大きな組織ではない。冒険者から見た組織の中では一番デカいかもしれんが、ウチの全傘下組織をひっくるめたら十分の一にも満たない組織だ。そもそも声の小さな連中なんだ。それにあのように警察気取ってはいるが、世界に認められているだけで、本物の警察じゃない。公認であっても公式じゃないみたいなもんだ。明確な権限もなければ、組織としてもまだまだ小さい。資金力も武装も社会的地位も圧倒的にこっちが上だ。故に、向こうが制裁をかけたところで何だという話だ。こちとらその程度じゃ痛くもかゆくもない」


 事実としてローウェンにとって、今回の一件でギルドが制裁手段に出たところで痛くも痒くも無いのである。

 それはギルドの組織としての力が、自身の会社に比べて低いだけではなく、そもそもとしてザイード商会の方がギルドよりも社会的地位が高い。

 

 この世界では、文明レベルの低さもあって如何に非道な行いや体制を敷く者でも、地位や力さえあれば許されてしまう。いや、正しくは許されるわけでは無く黙認されるのである。

 裏を返せばソイツを力でねじ伏せれば、誰でも成り上がることが出来るわけだが、そうさせなければ如何なる悪行も思いのままだ。

 その仕組みを早々に理解していたローウェンは、今回のような強硬手段を多くとって来ている。


 道徳や正義などという価値観は捨て置けばいい。


 前世でのしがらみなど微塵も無いこの世界は、とてもシビアな世界だ。

 救いの手も、優しさも、温かさも、全ては権力の元にある。

 ならば、その全てを手に入れた後で、自分が理想の世界に作り替えればいい。

 そんな単純ながらも壮大な発想に捕らわれ、ここまで来た。


 挫折や失敗が無かったといえばウソになる。

 大負けもした。惨めな思いもした。

 しかし、それをまるまるひっくり返せるほどの利益と成功をローウェンは手にしている。

 それは凄まじい研鑽と場数。そして、自身に与えられた天からの贈り物である「転生特典」。

 ローウェンにとっての勝利とは、もはや必然。

 何もなしに来たわけでは無く、課程を踏んだが故の当然である。

 未だ些細なことで失敗したり、後悔することもあるが、そんなのは大勝利の影の僅かな損失にすぎないだ。


 止められるものなど無い。


 ローウェンは薄い笑みを浮かべた。


「……そうだったのか」


 そんな彼を見て、イーボルトはそう言って葉巻を咥える。

 自身のオフィスの前に辿り着いたローウェンは、大きく伸びをして扉を開く。

 日が暮れて月明かりの差し込むオフィスは、どこかものが寂しく冷たく見える。


 ローウェンは部屋に明かりをつけ、窓から外を見る。

 そこにはライトに照らされた演習場と軍事倉庫など、本部の敷地が広がっていた。


「考えてみろよ。お前らは俺の傍付きだから仕方ねーがよ。他の連中が偉く落ち着いてるとは思わねぇか? こーいうのは日常茶飯事なんだよ」


 ローウェンは、そう言って肩をすくめ、ニヤリと笑う。

 余裕しゃくしゃくな様子の彼に対し、イーボルトは複雑な表情を浮かべる。


「でも……連中は攻めてくるんだろ? これだけ反感を買えば、商売にも影響が出るってもんだろ? 国にも目を付けられかねない」


 ソファーに腰掛けたイーボルトは、深いため息と同時に煙を吐いた。


「その心配は無いなぁ」


 そう言ったローウェンは、壁にかけてある世界地図を指す。

 そこには各所に青いピンが刺してある。

 彼は続けた。


「こっちはここの国以外に百近い国との同盟がある。すべて俺の能力を駆使して握った国家機密が理由でね。もちろん。同盟とはいっても事実上、情報を人質に取った一方的な利用にすぎん。当然、同盟のことはこの国も含め、多くの国家が認知している。それ故に、俺らが少々暴れようと連中は目をつむる。そして何よりデカいのが、どんなに悪いことしたところで、製品がいいから売れるんだな。コレが」


 何事も非常である。

 如何に悪行を重ねようとも、品質にこだわった我が社の製品は売れ続ける。

 武器商人としての商品を売る際に、いくつかこだわったことがあるが、その中に常に最高水準の製品を売るということを心がけてきた。


 武器にも流行りはある。


 その流れを常に先取りし、情報戦においては常に先を行く。

 各地に展開した自社の覆面冒険者から常に情報を収集し、統計を取る。

 恩を売ったり、弱みを握ることで同盟を組んだ国からは、常に大量の資料や情報が流れ込んできていた。

 もはや、情報で商売ができるほどに、その管理する情報の幅は広がっている。

 もちろん、情報だけで市場を支配しているわけでは無い。

 結局手にするのは、一冒険者や騎士団の武器顧問であり、最終的にそのお眼鏡にかなうことが重要だ。

 武器も自社製のものを多く売り、横流し品も高い基準のもののみを売る様にした。

 製法や新技術にも常に目を光らせ、妥協は許さない。

 バイヤー、開発部、護衛私兵団など、人材においても拘りぬいた。

 そして、全てをこだわった結果が、この地位である。

 最初は高いことで市場での結果は散々だったが、それでも高い水準に拘った。こだわりに拘った。日に日に洗練されていく武器品質の高さ。

 今となっては、初心者ですら喉から手が出るほど欲しがる一品を売り出すまでに至った。


「俺の前世では国家間のいざこざがあっても、その国から流れてくる世界有数ブランド品は売り上げを落とさない。何故か。皆わかってるんだよ。悪いことするのはあくまでトップや一部の連中に過ぎない。商品は商品だとね」


 人は正直な生き物だ。

 国や民族、宗教など多くのしがらみがあっても、相手のモノを買い、相手の地で物を作る。

 結局のところ、やれ心情や主張を述べ立てたところで、生活の糧となる金が動くなら、そんな無駄なプライドは無意識に捨ててしまうのである。

 実に利用しやすい。

 ローウェンは、舌をチラつかせニンマリと笑みを浮かべた。


「国家間の圧力すら掌握し、商品も売れ続ける。そもそもこの戦いは、始まった時から俺たちに有利に進んでるんだ。これは何をしても同じだ。ことを起こした時点で俺たちは既に勝ってるんだよ」


 その言葉を聞き、イーボルトは目を閉じ唸る。

 イーボルトとしては、この絶対的な力を疑う余地も無いわけである。

 しかし、元冒険者という性分、どうも胸騒ぎがするのだ。

 こうした驕りが何か小さな火種を呼び、大きなことに繋がるような気がしてならない。

 もしくは火種でなくとも、何か大事なポイントを見落としているような、そんな不安があったのだ。

 イーボルトは心底ローウェンを仲間として信頼している。

 だからこそ、彼の口からその不安を払拭してほしいのである。


「でも、向こうにはお前のような転生者がいる。政略的な部分で勝利していても、万が一どこかから応援が来て、戦いで負けようものなら全てパーだぞ? そうなったらどうする?」


 それを聞き、ローウェンは面倒くさそうに欠伸をした。


「そのためにあのルートに機獣を置いてたんだろぉが」


 ローウェンはポケットから指示棒を出し、拡大された別の地図を指す。

 その地図はこの地域のもので、各所には付箋(ふせん)がいくつも張られている。


「連中への応援は、来ない。こっちが圧力をかけてるからなぁ。ただ、万が一にも来た時にソレを封じるのがあのルートだ。あのルートは、ここの拠点に向かうには必須のエリアだ。だから潰しておけば、応援は来れない。あれだけ派手に暴れたんだ。地形崩壊云々で一か月くらいは封鎖されてるだろう。あのスマホ小僧ほどの魔法使いでもなければ、ここまで一気に飛べるような魔法は使えん。……完璧だろ?」


 全てを利用していると言わんばかりの力説に、イーボルトは諦めたように頷いた。


「……なるほどなぁ。そこまで抑えてんのかよ。改めてとんでもないとこに就職しちまったもんだな」

「今更よ」


 その時、部屋の戸が開き室内にサーチェスが入ってくる。

 サーチェスは大きく伸びをすると、ソファーにドッカと腰掛ける。


「サーチェス。準備は完了か?」


 ローウェンの言葉に、肩を回すサーチェスはニンマリと笑う。


「えぇ、もちろん。全支部から精鋭を集めたわ。片田舎の冒険者が束になったところで手も足も出ないくらいの強者ぞろいよ」

「ってことは、例の移動装置の試験も成功ということだな」

「そういうこと」


 彼女の報告を聞き、ローウェンは満足そうにパンパンと手を叩く。

 サーチェスはだらしなくソファーで四肢を伸ばすと、部屋の中を見渡す。

「それで? キャスパーのおじさまはどこへ?」

「アイツなら、どっかで遊んでんじゃねーの? 通信は繋いでるから、なんかあればすぐ来るだろ。もちろん。お前ら二人にも期待してるぜ?」


 ローウェンは言い終えると机に腰掛け、窓の遥かに視線を向ける。

 デッドキャスパー。その真意は未だ見えないが、奴の行動でザイード商会が成功したことは間違いない。

 信頼こそできなくとも、感謝はしなくてはならないだろう。

 ただ、直感ではあるが奴からは邪な匂いがする。

 根拠は無いが、やはり奴は何か邪悪な目的のために、俺たちを利用しているようにしか思えない。

 裏で少しずつ準備は進めているが、いずれは奴を追い出さねばならない。

 そうしなければ良くないことになる。

 ローウェンは、朧気ながらもそう考えていた。


 イーボルトが口を開く。


「ほんとに前線に行っちまっていいのか? 俺たちの仕事はお前を守ることにあるんだが?」


 彼の言葉に、ローウェンは笑った。


「心配すんなよ。お前らがここまでたどり着かせなければいいだけさ。それに辿り着いたとしても心配ない。相手が人なら俺は無敵だ」

「ならいいけどな」


 僅かに心配そうな表情を見せ、イーボルトは煙を吐いた。



☆☆☆



「ダメだ」

「行かせてください!!」


 時刻は二十一時。

 集合場所のギルドにて、俺とマスターは向かい合っていた。

 多くのギルドメンバーが見守る中、俺はマスターに懇願する。


「お願いです。行かせてください」


 何があったのか。

 ことは単純。

 マスターが俺の出撃を許さないのである。

 先刻の会話の時点で、マスターは俺が本作戦に参加しないものと考えていたようだ。

 しかし、俺としては、あのまま気持ちが収まるわけはなく、当然作戦に参加するつもりだった。

 それは一概に感情だけではなく、今後「転生者」として生きる意味でも、この戦いは必要だと踏んだが故である。

 マスターの言い分としては、家族を失ったことで正常な判断が怪しいタイミングで、こんな危険な作戦に参加させるわけにはいかないという。

 考えてみれば当然である。

 普段はまるで戦場に出ない鍛冶屋の娘が、こんな危険な作戦に赴くこと自体が精神状況問わず問題である。

 だが、俺もそれは承知であり、敢えて作戦に挑もうとしているのだ。


 マスターは渋い表情で言った。


「気持ちはわかるけど、普段から戦い慣れていないあなたを行かせるわけにはいかないの」

「でも……」


 俺が食いすがろうとした時、俺の肩に誰かが触れる。


「俺が守ります。ですから、リーナの気持ちを尊重させてやってくれませんか?」


 アテラだ。

 彼はそっと俺を制すると、マスターの前に進み出る。


「コイツとは長い付き合いですが、マスターのおっしゃることは百も承知だと思います。コイツにはコイツなりの考えがあって、ここに来てるんです。それにデッドキャスパーの撃破もコイツの武装があったからできたことです。ですから、どうか……」


 アテラ……。


 俺は唇を噛んだ。

 珍しいものだ。

 コイツがこんな行動に出るなんて。

 今までアテラは、形としての正義感は多く振りまいてきたが、こういった大事な場面での発言は行ってこなかった。

 それはアテラ自身が本質的に憶病であったからだ。

 だが、今日はこんな行動に出ている。

 確かに奴は俺のことを異性として好いているが、それでもここまで正確に曲がったことをするには相応の勇気がいるはずだ。

 俺は内心ありがたいような申し訳ないような気持ちになりつつ、マスターの言葉を待つ。

 周囲の者達は、どうしていいのかと複雑な表情で俺たちを見つめている。

 少し離れたところでは、エリスこと鏑木が腕を組み、目を閉じていた。

 

 しばしの間があって、マスターは言った。


「ダメだ。……アテラ。お前には最前線で戦ってもらう予定だ。守りながら戦えるほど甘い状況じゃないのは分かってるだろ」


 その言葉に周囲の空気が沈み込むのが分かる。

 分かってはいたが、やはりこのようなことではマスターは意見を曲げない。

 アテラは口調を強くする。


「でも、リーナの力は必要です!」

「何といってもダメだ。リーナは行かせられない」


 アテラの言葉に、静かに応えたマスターは「すまない」と小さく言って、ため息をついた。

 数分の後。

 マスターの指示で作戦部隊は動き出し、アテラが魔法で三つのゲートを開く。

 

「……すまない。リーナ」


 何もできなかったことを謝罪してくるアテラに、俺は首を振る。


「いいよ。むしろありがと」


 精いっぱいの作り笑いでそう言って、俺は踵を返す。

 マスターはその職務上ギルドを離れることが出来ないため残るが、それ以外のほぼすべての冒険者たちがゲートの前に並ぶ。


「まぁ、大人しくしてな。さっさととっ捕まえてきてやるから待ってろ。ぶん殴らせてやるよ」

 

 隣に歩いてきたエリスこと鏑木が、俺の頭をポンポンと叩く。


「……うん」


 個人的にあまり頭を触られることは好かないわけだが、今回ばかりは反応する気にもなれない。

 俺はただその場に俯いて、皆が出撃する様を待つしかなかった。


「行くぞぉおお!!」


 アテラの怒声が響き、数百人に及ぶ冒険者たちの怒声がギルドを包む。

 三つに分かれた冒険者たちの塊が、一斉にゲートに突入していく。

 俺は何もできない悔しさに、拳を握りしめる。


 ゲートが閉じ、静まり返るギルドのフロア。


 マスターは小さく言った。


「すまないな。リーナ」


 俺は何も答えずにギルドを飛び出してしまう。

 夜の静けさが胸に痛かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ