10:フィニッシュパートは爽快に。
――二段爆砕・粘撃気拳――
振り下ろした拳が地を叩く。
業火の拳が大地を焦がし、天を溶かす。
舞い上がる火の粉と焔、技は成功したかのように思われた。
しかし――――――
出力が足りない。
瞬間的にそう感じた鏑木は、炎を消した。
これ以上の不必要な放熱は、エリスの負荷になる。
身を炎と化しているとはいえ、人の肉体に形を留めていればそれなりに体組織に影響が及ぶ。
大きな力には、相応の負担が及ぶのは当然のことである。
顔を上げると、やはりと言うべきか、二段攻撃になるはずの大地が持ち上がっていない。
技は失敗だ。
二段爆砕・粘撃気拳は、数千度に及ぶ炎をぶつけることで溶かした大地を持ち上げて対象を押しつぶす二段技だ。
機獣たちに一段目の炎が効かない以上、溶けた大地で押しつぶす二段目の攻撃を当てなければ意味がない。
鏑木は、考える。
渾身の一撃が使えず、炎も通じない。
超怪力を使うべきなのか。
脳裏にそんな考えが浮かぶ。
しかし、鏑木は一瞬にしてその考えをもみ消した。
あんなものは元々あって無いようなもの。そんな力に頼ることはできない。
鏑木は周囲を取り囲む機獣たちを前に、ゆっくりと息を吐いた。
考えろ。無いものに頼るな。在るもので最高最善を尽くし、勝つ。
不思議と焦りは無かった。
周囲には、人を殺すことを念頭にプログラムされた機械の山。
対話も慈悲も望めない。負ければ肉を裂かれ潰され、苦痛と悔しさの中で死ぬのみ。
炎も効かず、体も限界が近い。
本来ならば、この状況に臆し恐怖し絶望するだろう。
絶対的な物量さと、相性の悪さ。
それでも、鏑木の心は冷静だった。
気の遠くなるような数でひしめく機獣たちは、こちらの出方を伺う様にゆっくりとにじり寄ってくる。
こんな苦境、何度も乗り越えてきた。ここでも前世でも。
鏑木は笑った。
「燃えるじゃん」
彼にとっての苦境とは、人生そのものだった。
体内熱の冷却は十分ではないが、少しは落ち着いている。
鏑木は己の身体に再度炎を灯すと、これまでにないほどの勢いでその火力を上げていく。
どれほどの苦痛どれほどの哀しみを感じて来ただろうか。
目を閉じれば、今でも思い返される生前の苦しみ。
苦しくこそあったが、それこそが鏑木の原動力となり、その血肉を動かした。
負けてなるのか。屈してなるものか。
逆境は試練。天からの悪意。受け入れるほど、屈辱的なことは無い。
そんなシンプルでありきたりな感情でも、当時の鏑木には十分だった。
むしろシンプルであったからこそ、そこに向かおうとできたのかもしれない。
苦しみに苦しむ時間は無い。走れ。前を見ろ。立ち向かえ。
何も特別なことは無い。
当たり前のことを当たり前の言葉で整理できたからこそ、鏑木はそれを力に出来たのだ。
思い出されるは、憎悪と怒り、赤と絶叫。
弾ける肉片とまき散らされる鮮血の雨、全て、全てを乗り越えて、踏みしめて、ここに来た。
「うおおぉおおおあぁああああああああああああああああああああ!」
吹きだす炎が金色に輝き、煌々と輝く。
鏑木は放出される炎を体表に圧縮させ、極力周囲への放射を避ける。
グングンと跳ね上がる気温と溶けだす大地。
足場のバランスを崩した鏑木は両手をつき、その場に這いつくばる。
それでも火力は変わらず、それどころか更に増していく。
炎が効かないならば、こうすればいい!!
その時だった。
突然、周囲を取り巻く機獣たちに異変が起きた。
粘土工作がバランスを崩して倒れるように、次々に機獣たちがその場に崩れ落ちていく。
まだだ。もっとだ。もっともっと!!
鏑木は歯を食いしばり、更に火力を上げた。
そして、それから五秒もしない内に、全ての機獣がその場に倒れ動かなくなる。
「っはぁあ!!」
大きく息を吐いた鏑木は、一瞬にして炎をかき消す。
顔を上げると機獣たちの装甲の各所が溶けだし、中には大きく湾曲している個体もいる。
機獣は確かに強力な兵器だ。
さらに今回の個体は、どういうわけか物理攻撃以外の一切を受け付けない。
しかし、機獣と名がつく以上機械であり、その体は金属でできているはずだ。
だから溶かしたのだ。
鏑木は荒い呼吸で胸を上下させつつ、ニヤリと笑みを浮かべる。
自分の炎は数千度に及び、最大出力であればその温度は太陽にも匹敵するほど。
それほどの温度を誇るのであれば、直接触れることが出来なくとも気温を上げて溶かすことも容易い。
要は、熱波で金属そのものを溶かしてしまえば良いという発想だ。
渓谷という土地の性質上、周辺地域の被害を最小限に抑えられたことは幸いである。
仲間たちも渓谷の上で戦闘を行っている故、被害は無さそうだ。
落ち着いてきた呼吸を確認し、鏑木はゆっくりと立ち上がる。
「わりぃな。エリス。今日は無理させ過ぎちまったな……」
胸に手を当ててそう呟き、フゥと息を吐く。
そろそろ彼女と入れ替わってもいいが、まだ上では戦闘が続いている。危険が続く以上は、戦闘に慣れた自分が表に出ている方がこの体は安全だ。
『ほぅ。こんな方法で転送板の装甲を攻略するとはな……』
不意に第三者の声が響き、鏑木は顔を上げる。
刹那。
飛来したレーザー光線が鏑木の殻を貫いた。
!?
驚く間も無く大きく後方に吹き飛んだ彼は、仰向けにその場に倒れた。
右肩からは鮮血が吹き出し、右腕が痙攣する。
苦痛に顔をゆがめた鏑木が視線を向けると、そこには蒼い何かがいた。
蒸気を吹き天に立つ蒼い装甲。
人型でありながら、人としては余りにも無機質で冷たい印象を受けるソレは、デッドキャスパーに似ているようにも見えた。
機械質な蒼い装甲に、デッドキャスパーよりも鋭利でシャープなシルエット。各所の装甲の隙間には排気口があり、断続的に蒸気を吹いている。両手両足にはスラスターが搭載され、そこから噴き出す蒼い炎でソイツは宙に留まっていた。
見ると奴は、左手の甲にブラスターを搭載しており、おそくそこから放たれたレーザーで自分を撃ったのだろう。
鏑木は歯を食いしばる。
「あんた……あの赤い奴の友人か?」
すると、ソイツは首をコキリと鳴らす。
『友人では無いが、似たようなものだ』
不気味に響く機械音声が、静まり返る渓谷に染み渡る。
蒼き悪魔はブラスターを構えると、躊躇なくその銃口を光らせた。
☆☆☆
「アンタには、魔法は効くようだね」
アテラはそう呟き、肩の埃を払う。
目の前では、各所の装甲が損傷したデッドキャスパーが肩を回している。
『いやぁ。効くには効くが、どうも工夫が足りんぞ。ぼっちゃん。こちとら、まだ致命打は一個も貰ってないからなぁ。そんなのじゃぁ日が暮れちまうぞ?』
デッドキャスパーはそう言って笑い、自身の頭を人差し指でコツコツと叩く。
蒸気を不規則に吹きつつ、デッドキャスパーはボロボロになった左腕のパイルバンカーをパージした。
パージされたパイルバンカーは、落下する過程で爆発して粉々になる。
アテラは身構えた。
ようやく片方。
先ほどからずっと戦っているが、致命打となったのはこれだけだ。
全体的にダメージは与え続けているが、あの装甲予想以上に硬い。
傷こそついているが、外装に包まれた本体に届いている気がしない。
弱点が見当たらない。
アテラは、これまで自分がどれほどぬるい相手と戦ってきたのか痛感していた。
これまでの敵は、絵にかいたような小物か、知性の低い魔物、技量のある相手でも力で押し切れば攻略できていた。まさに異世界チートの典型パターンである。
しかし、今回の敵は技量も判断も力もある。まるで今までの戦い方が通用しない。
都合よく弱点が見当たるなんてことは無く、文字通りの強敵だ。
アテラはデッドキャスパーを観察した。
弱点が見当たらない以上、攻撃手段を削ぐ方向に注力したのだが、それでも破壊できたのはパイルバンカー一個のみ。
デッドキャスパーは笑う。
『今まで結構長い期間お前らを観察していたが、まるで戦い方がなってねぇ。そんなんじゃぁ、魔王には勝てねぇぞ?』
「魔王……?」
観察? 魔王?
疑問ばかりが脳内を駆け巡り、アテラは眉間にしわを寄せる。
「どういう意味だ」
しかし、アテラの問いかけに対し、デッドキャスパーは首を振る。
『まだ話す時じゃぁない。お前の実力じゃぁ、話すにも価しねぇよ!!』
言うなり、デッドキャスパーは襲い掛かってくる。
突き出されたパイルバンカーをスレスレで回避し、アテラは飛び上がった。
飛び上がるなりバラ撒いた光魔法が、流れる星の如く四方からデッドキャスパーを攻撃する。
『単純なんだよぉ!!』
パイルバンカーの装甲板で魔法を防いだ奴は、スラスター方向を変えて蹴りを入れてくる。
避ける間も無く、腹部にそれを受けたアテラは、大きく噎せ返り血を吹いた。
「あがっ!?」
『まだまだぁああ!』
楽しそうに叫んだソイツは、蹴りを入れた足を軸に体を反転させる。
そのままデッドキャスパーは、反対の足で回し蹴りを加え、怒涛の勢いでブラスターを連続照射した。
蹴りで吹き飛ばされたアテラだが、瞬時に防御魔法陣を展開しレーザー攻撃を弾く。
しかし、瞬時に展開した故に防御魔法は脆く、あっけなく砕け散る。
『ホラホラァア! そんなもんかぁあ!!』
デッドキャスパーは怒鳴り声をあげスラスターを吹かす。
距離を詰める相手に対し、アテラはなんとか距離を放そうと模索する。
だがその思考に反して、一瞬で距離を詰められてしまったアテラはデッドキャスパーの拳で殴られてしまう。
『魔法使い相手に距離放させるわけないだろうがよぉ!』
当然ともいうべきか。
大きくのけぞったアテラは、苦痛に顔を歪める。
たしかにこれまでの自分は圧倒的な力にかまけ、同格やそれ以上の敵との戦闘を考慮してこなかった。
本来ならば近接戦闘の訓練も摘むべきだったが、それを必要としないほどに力と運に恵まれていた。
恵まれ過ぎた故の盲点と言うべきか。
パイルバンカーの突きが掠り、アテラは腹部から鮮血を撒き散らす。
反撃の糸口が掴めない。
なんとか反撃に出ようと、アテラは魔法合成のためスマホに手を伸ばす。
『思考も癖も、割れてるんだよぉ!!』
デッドキャスパーの拳が、手を弾く。
アテラは歯噛みする。
魔法合成が出来なければ、より状況に適した魔法が使えない。
先ほど奴は、長いこと観察していたといった。
今の言動から察するに、本当に傾向や癖を把握されているのかもしれない。
勝てない。
瞬間的に弱気な思考が巡る。
アテラは落下する重力に身を任せ、目を閉じた。
その時だった。
――負けるな。ゴミムシ!!――
突如として脳内にリーナの声が響き、アテラは目を開けた。
――狙撃任せたとか言っておいて、情けない姿見せるな! 勝て!――
思考伝達魔法「電言」だ。
初級魔法のなかでも最も使用頻度が高く、一番使いやすく思考伝達できる通信魔法である。
リーナの声が聞こえる。
――起きなさいゴミムシ! 起きろぉおおおお!!――
彼女の怒鳴り声が染み渡り、アテラは身震いした。
「……情けねぇ」
呟いたアテラは歯ぎしりする。
変わる変わると言いながらも、結局このザマか。情けない。
やはり自分はまだまだ弱いし、くだらない男だ。
所詮は貰い物の力で成り上がったに過ぎない。
でも、変わりたい。
変わらねばならない。
こうして、罵声であったとしても、背を押す仲間がいる。
変化を促す仲間がいる。
ならば、踏み出そう。
今、ここで。
「うぉおおおおおおおおおおお!!」
吼えるアテラ。
何かを察したデッドキャスパーが追撃をやめ、その場に静止した。
次の瞬間。
迸る閃光が世界を包む。
アテラは両拳を握りしめ、飛び上がった。
『これはっ!?』
これまでにない凄まじい速度で突っ込んだアテラの頭突きが、デッドキャスパーを捕らえる。
激しい雷撃がデッドキャスパーを襲い、右腕のパイルバンカーを一撃で粉砕する。
吹き飛んだデッドキャスパーを見て、彼は悔しさと興奮の混じる複雑な笑みを浮かべた。
組み合わせられないなら、あるもので、ある魔法だけで考えろ。勝利へのルートを。切り抜けるための道を。変わるための切り札を。
アテラは叫ぶ。
「アンデュラム五十八式魔法! 雷龍轟烈鎗」
それを聞いたデッドキャスパーが、空中で呻く。
『アンデュラムの五十八式だと?! 禁唱魔法じゃねぇか!』
アンデュラムの禁唱魔法。
古代魔法の一つにして、大賢者アンデュラムによって生み出された大魔法だ。その数九十項目。
その全てが高難易度魔法に指定され、禁忌とされた五十番台の魔法以外でも、使用条件が多く儲けられている禁忌魔法だ。
アテラはデッドキャスパーに言い返す。
「戦争にルールなんてねぇだろ! それに、それだけじゃねぇぞ!!」
言うなり雷となって瞬間移動したアテラは、雷を纏う拳でデッドキャスパーを殴りつけた。
『コイツはまさかっ!?』
大地に叩きつけられたデッドキャスパーは、クレーターを作り土埃を上げる。
――付与魔法――
俗にいうエンチャントと呼ばれる類の魔法で、ゲームではバフとも言う。
今のアテラには全身にその魔法が適応されており、付与しているのはもちろん「アンデュラム五十八式魔法」だ。
近接戦が下手なら、それをカバーするだけの力で押しつぶせばいい。
こちらは、禁唱項目の大魔法を全身に帯びているのだ。如何に防御が硬くても関係ない。
アテラは笑った。
自分には馬鹿みたいに単純な手しか使えない。ならばむしろ馬鹿に振り切ろう。馬鹿を超えろ。走り抜け。
発想は単純、戦略も工夫もないただの組み合わせ。
でも、十分だ。
できないことから目を逸らすより、できない中で何をするかを考えた時点で、この一瞬には大きな価値がある。
アテラは空中で拳を振り上げる。
途端に空中に巨大な魔法陣が出現し、雷が放射状に激しく放電を始めた。
地で這いつくばるデッドキャスパーは、機械が故障したのか排気口から黒煙を吐き、ぎこちない動きでこちらを見上げている。
全身に帯びた魔法が拳の一点に集中され、凄まじい力の奔流となり大きく渦巻く。
デッドキャスパーは完全にこちらに気を取られていた。
アテラは叫んだ。
「今だぁあああああああああああああああ!!」
ギョン!!
その刹那。
森林の方から飛来した閃光が、デッドキャスパーの頭部を貫いた。
『何っ!?』
デッドキャスパーを貫いた弾丸はそのまま遠方に消え、遥かの木々をなぎ倒す。
リーナの狙撃だ。
グラついたデッドキャスパーに向かい、アテラは拳に充填された全魔力を振り下ろす。
「雷龍轟烈鎗!!」
眩い閃光と激しい轟音が世界を包み、その場に巨大な光の火柱ならぬ雷柱を立てる。
さすがは禁唱魔法と言わんばかりの威力。
アテラは、大きく息を吐き魔法が収まるのを待つ。
一分ほどしてようやく魔法が収まった時には、大地には大穴が空いており周囲の木々はその余波で軒並みなぎ倒されていた。
さすがにこの大穴が開くほどの一撃である。デッドキャスパーもくたばったであろう。
そう考え、ゆっくりと着地した時だった。
『くっはっは……、やるじゃねぇか。スマホなしでも少しは機転が利くようになったなぁ。まさか、禁唱魔法をエンチャントするとはなぁ……。習得してたことよりも、その発想の方が驚いたぜぇ』
奴の声が響き、大穴の淵からデッドキャスパーがゆっくりと這い出して来た。
見ると奴の全身は大きく損傷し、装甲は剥がれ、左腕と両足が無くなっている。
頭部もほとんど形になっていないため、喉からむき出しになっているスピーカーから音声が流れていた。
「……ロボットだったのか?」
見た限り、中身があるようには思えない。
アテラが何気なく呟くと、デッドキャスパーは笑う。
『ロボットォ? 違うなぁ。遠隔操作と言ってくれぇ。……たまに中身が入ってる日もあるんだよ』
そう言って、デッドキャスパーはその場に仰向けに転がった。
言うまでも無いが、もう戦う意思はないらしい。
デッドキャスパーは渋い声で続けた。
『しかし、まぁ、逃がしたと思ったお嬢ちゃんとの連携とはなぁ、やるじゃぁないかぁ……』
「誰もサシでやるなんていってないからな」
『……そりゃそうだ』
アテラの返答にデッドキャスパーは笑う。
すると、彼の身体が突然バチバチと放電を始める。
身構えるアテラに、デッドキャスパーは言った。
『でも、全てはこっからだぜぇ?』
言うなり、轟音を立てて爆散するデッドキャスパー。
爆ぜる直前に「また会おう」と口にした彼は、とても楽しそうに見えた。
金属をまき散らし粉砕した彼を見て、アテラは吐き捨てる。
「二度と会いたくねーよ。バーカ」
いろいろと問い正したかったことは山積みだったが、捕らえたところで吐くようなタイプとも思えない。
今回の件は持ち帰って調査が必要になりそうだ。
アテラはそう考えると、その場にへたり込む。
かなりの強敵だったが何とかなった。あの様子だと今後も戦うことになりそうだが、その時はその時だ。
修行するにせよ何にせよ今は休息が必要である。
アテラは天を仰ぐと、森林の方に向かってグッドサインをおくったのであった。