一日目の空腹
「ふ~、ふ~、ほら、あ~ん」
エイミーの「ふ~、ふ~」っとしたお粥が、俺の口へと近付く。
そして、そのお粥は、そっと俺の唇に触れ――、
「あちゃちゃちゃちゃ!!」
顔だけで暴れてると、結局熱々のお粥が俺の顔に掛かった。
熱い。激熱い。猛烈熱い。
けど手動かないからお米顔から取れないんだけど!!
「もうっ、君が口を開けないからだよ。まったく、そんなにボクの作った料理が嫌なのかい?」
「いやお前の作った料理が嫌なんじゃなく、お前の料理の味付けがサイコ過ぎんだよ」
そう。実はエイミーが作ったお粥は普通のお粥などではなく、液状ハバネロに、ハバネロパウダーに、七種の激辛唐辛子に、激辛スペアリブに、ジョロキアパウダーをぶっかけた、もはやお粥とはかけ離れた『赤い物体』になっていた。
※食べたら死ぬ。
「ええ? とっても美味しいのに。ほら、こんなに身体もあったまって」
「絶対下から出す時後悔するぞ」
平然と『赤い物体』を己が口へと運ぶエイミー、それを死んだ目で見る俺。
舌焼けるぞアレ。絶対中から肺を焼き尽くされるぞアレ。
「ふぅ」と呆れたように溜め息を吐いたエイミーは真っ赤なお粥を机に置き、俺のベッドの端に腰掛けた。だから地味に俺の脚下敷きにしてるって。
「………やっぱり、辛いかい? トイレも自分で行けず、食事も一人じゃ出来ず、行きたい場所にも一人で行けない。そんな生活は、やっぱり――。ごめん、こんなこと聞くなんて無神経なことは分かってる。けど、あまりにも君が我が儘を言ってくれないから……」
「いや、我が儘言わせて貰えるなら普通のお粥食べさせて欲しっス」
あと他にも我が儘言わせて貰えるなら同居人を美少女に変えて下さい。
「……ただ、あまり外に出るのはオススメしないけれどね。だって、外には……。…………」
え? 外には何? 何でそっから言わないの? 唐突に外の世界=絶望のフラグ建てないでくれる? 外どうなっちゃってんの?
「まあ、別に外に出る気は今んとこないよ。外に出るにしたってまたエイミーの手を煩わせることになるしな」
エイミーに介護されてる身としては、これ以上エイミーに負担を掛ける訳にはいかない。ただでさえ俺はエイミーの自由を奪っているのだから。
「よし、それじゃあ気を取り直してお風呂にでも入れてあげようか」
「お、ここちゃんと風呂あったのか。てっきり近所のスーパー銭湯にでも行くのかと……」
エイミーがどこかの部屋から取ってきた車椅子に俺を乗せてくれる。何だろう、この年にしてまさか車椅子体験するとは思わなかった。
エイミーは先ほどお粥を作ってきた部屋とはまた別の部屋に俺を連れていく。
いや、何だろ、こんなこと言っちゃ悪いの分かってんだけど、車椅子ちょっと楽しい。
エイミーがドアを開けると、脱衣所があった。
「ボクが脱がせてあげるね。大丈夫、目は瞑ってあげるから」
そう言って目を瞑ったエイミーは、さっそく俺の顔の鼻を摘まんだ。
「ぞご、はぁな゛なんれすけど」
「あれ? じゃあ、こっち?」
「そこ、髪なんですけど。髪を引っぱ――痛っ!? おまっ、髪の毛10本丸ごと抜いてんじゃねぇよ!! 老後前にハゲるだろうが!」
「文句が多いな。まったく」
「まったく、じゃねぇよ!! もう目を開けてていいから普通に脱がせよ!!」
服を脱がして貰ったあと、エイミーが浴室のドアを開ける。
そして、エイミーが『お風呂』の説明をしてくれた。
「ほら、これがボクが調達して来たお風呂」
比較的小さな浴室で、一応シャワーも付いている。浴槽は、四角い形で、中には既に水色の液体が入っていた。
ここまでならとっても普通の浴室だ。
うん、ほんと、浴槽に溜まってる液体に目と口さえなかったら完全な『普通』の浴室なのにな。
俺は万感の想いを込めながら、大きく溜め息を吐いた。
そして、こう叫んだ。
「ただのスライムじゃねぇかぁぁあああ!!!」
「――? 何を言っているんだい? どこからどうみてもお風呂じゃないか。水色だし、液状だし、目がついてるし、服を溶かすし」
「最後の二つはどう考えても風呂じゃねぇだろ! 冒険者ホイホイだろ。何? 地震の反動で異世界への扉開いちゃったの!?」
「こてん」と首を傾げるエイミー。何が「こてん」だよ、何が。効果音がいちいちイラつくんだよ。絶対これ故意だろ。バリバリ悪意剥き出しだろ。
「…まあ、仮にコレがお風呂じゃなくスライムだったとしても服の繊維を溶かした上に皮膚をねっとり溶解して血管を食い散らかし、内臓を貪り食うことはないから安心したまえ」
「お母ーーさーーん!!」
醜く泣き叫ぶ俺の襟を掴み、猫のように持ち上げたエイミー。
そして、
「いいからさっさと入ってこおおぉぉぉおおい!!」
顔面からスライムに突っ込まれた。
スライムの中に顔漬けにされる俺。
って、当たり前だけど息出来ねー!!
苦しい!!苦しい!!苦しい!!マジ死ぬ!!
「ふむ゛ぶむむむぶむ゛!!!」
「ふふ、久し振りのお風呂にあんなにはしゃいじゃって」
脚だけを直立不動でお風呂から出し、水の中から楽しそうな声を上げる『俺くん』を微笑ましそうに見つめるエイミー。
(何一仕事やり終えたみたいな顔してんの!? 確かに後数分で殺り終えそうだけども!!)
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――5分後。
いや、もうホントに死んじゃう。
意識、ふらふら、身体、ぐにゃぐにゃ。
ラララ~。ここはどこ? 私は私?
あ、あ、もう、ほんと、意識うしな――、
「湯あたりしちゃうといけないから、そろそろあがろうか」
「ぶはぁ…ッ!!」
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地獄のお風呂を乗り越えた俺。マジで花畑見えた。川の向こうにおばあちゃん見えた。知らないおばあちゃんだった。だって俺記憶喪失だからおばあちゃんの顔覚えてねぇし。
一方、エイミーはというと、本棚の本を椅子に座って読んでいた。眼鏡を掛けている。賢いイケメンは嫌いだ。でも介護してくれて感謝してる。だから、余計に罪悪感がある。
「……なあ、エイミーはいいのかよ」
「何が?」
本から目を離さないまま問いかけるエイミー。
「一日中外にも出ないで、自由時間も作れず、俺なんかの世話を部屋の中で続けて、さ。まるで意地悪な姑だけど旦那がいるから仕方なく介護してる嫁みたいじゃんか」
実際にそんな現場を目撃したことなんてないが、だが、俺がエイミーを縛り付けていることだけは分かる。
だからこそ、俺は申し訳なさでいっぱいだった。
「……そんな、生々しい話しじゃないよ。ボクはただ、償いたいだけだから」
「……償い?」
償いって何? またそんなフラグ建てるようなこと言って。
なんか俺に後ろめたいことあるわけ? お前俺の仇かなんかだったの?
「さて、そろそろ寝ようか。今夜は寝かせないぜ☆ベイベー」
「男に言われても気持ち悪いだけなんだよ。どうせなら美女に言われたい人生だった」
電気を消すエイミー。
俺の布団に潜り込んで来た。男二人で寝るなんて気持ち悪いとは思うが、そりゃあ、ベッドなんてそう易々と買えない世界なのだから、仕方がないのだろう。
「――おやすみ」
「おやすみ」
その日は、疲れたまま、ぐっすりと寝た。
※決してBLではありません。