一日目の目覚め
暗い、暗い闇の中にいた。
冷たさも、暖かさも感じない世界で、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。
その声は澄んでいて、美しく、聞いた者の心を自然と魅了する力を秘めていた。
その声は、俺に言っているようだった。
――生きろ、と。
*******
「……ん…、こ、こは?」
ふと、目を覚ました俺。
まだ眠たい眼を引きずり、寝た態勢のまま、寝ぼけた思考をフル回転させて辺りを見回すと、どうやら俺は見知らぬ部屋で起きたようだった。
部屋の中には簡素に幾つかの家具があり、一つずつ数えていくと、まず白い壁と、机と、本棚と、タンスと、天井からぶら下がっている金髪碧眼の美男子がいた。
「――――!?!?」
「……ん? おや? もしかしてもう起きたのかい? もうちょっと寝てても別に牛にはならないし、牛になったとしても一生乳を絞ってボクが酪農家になってあげるから大丈夫なのに」
「何が大丈夫なの!? それってもはや一生家畜として飼ってあげる宣言だよね! てゆうか何で天井にぶら下がってるんですか! 自殺しちゃ駄目ですよ!!」
天井から縄で首を吊っていた美男子は、ちっとも苦しさなど感じてないようにへらへらと此方に微笑み返した。というかよくあの首絞められてる状態で喋れるな。
「よっこらっしょ」
どこか気の抜ける掛け声と共に自ら天井の縄を引きちぎって床に飛び降り、見事な着地を決めた美男子。うわ、運動出来る系イケメンじゃねぇか。うざ。
美男子は、ゆっくりと近づいてきた。
「別に自殺しようとかしていた訳ではないのだよ。ボクはただ、偶に、遠足が楽しみで楽しみで仕方がなくって浮かれた小学生に安っぽいテッシュなどで丸めて作られて、前日だけ「こんだけ祈ってやってんだから、雨降らせるなよ。分かってんのか?今月分の『晴れ』はきっちり頂くかんな」と罵倒され、挙げ句の果てには数日で、まるで『前の女』のようにポイされてしまう照る照る坊主の気持ちをこの身を持ってして体感してあげようと――」
「はいはい、言い訳は精神科行ってちゃんとカウンセリングの先生に話してくださいね。――大丈夫。きっと心も晴れますから。まるで、照る照る坊主の如く晴天にね」
俺、結構うまいこと言えたな。
「何うまいこと言ってやったみたいな顔してるのかな? ま、それは別にいいとして――おはよう」
「お、おはようございます……」
どもりながら挨拶を返す俺。
なぜかやっぱり、こう、妙な圧というか、イケメンに真っ直ぐ見つめられて挨拶とかされると、変な汗をかいてしまう。
「あの、ところで此処はいったいどこなんですか? それに、さっきから身体が動かなくって困ってるんですけど」
そう、そうなのだ。
実は目覚めてから今の今まで身体が人体模型の如く動かなかったりなんかしちゃったりしてる。手足の感覚もない。まるで麻酔してるみたいに痒みも痛みも感じられない。
ただ、不幸中の幸いにも顔だけは動かせる。
「嗚呼……、君は忘れてしまったんだね。此処がどこで、ボクが誰で、どうして身体が動かなくなったのか」
美男子は俺の質問に動揺したように、そっと瞳を閉じた。
そして、ゆっくりと俺の寝てるベッドの端に腰掛けた。
おい、地味に俺の片足下敷きにしてるぞ。
「あれは、一昨年の暑い夏の日のことだった「なんか急に語り出しt…」君の元に軍の出頭命令が出たんだ。それは、今期の戦争の将軍として君に現場の指揮をとれという命令だった。
だが、戦争に赴いた君を待つのは過酷な運命だった。戦場で流行る疫病、敵の巧みな戦略、信じた仲間の裏切り――…。君はそんな戦いの果てに、とうとう倒れた。
そんな君を荒れ地の魔法使いであるボクが拾って、甲斐甲斐しく介護してあげたんだよ」
美男子の口から語られる壮絶な過去の記憶。自分が失ってしまった記憶。
それはまるで物語で語られるような英雄的行動だった。しかし、そのせいで今自分が記憶を失ってしまったのだと思うとどこか物悲しさを感じた。胸の奥が、熱く締め付けられる。
「……まさか、そんなことが……」
「嘘だけど」
「おまっ、ふざけんなよ!? どんだけ壮大過ぎる嘘ついてんだよ!! 俺ちょっと信じまったじゃねぇか! 記憶失う前の俺、物語の主人公並みにカッコイいってちょっと喜んじまったじゃねぇか!」
俺の言葉に肩を揺らして笑う美男子。
よし、手が動くようになったら一発ぶん殴ってやろ。
「あっはは、物語の主人公並みの体力も知力も心構えも出来てないのによくこんなホラを信じたね。ある意味では賞賛に値するよ」
うざ。
なにコイツ、うざ。
イケメンだからって何したって許されると思ってんなよ? 人間なんて将来皆ハゲるんだから、イケメンで暴言が許されんのなんて今のうちだけだからな?
――と、俺が悶々としている間にその美男子は立ち上がった。
「さて、茶番もこれくらいにして、本題に移ろう。まずは自己紹介だね。ボクの名前はエイミー・リフレント。気軽にエイミー様と呼んでくれ「気軽じゃねえじy…」君は自分の名前を覚えているかい? …多分、覚えていないだろう?」
首を傾げるエイミーに憤して怒する俺。
唾を飛ばす勢いで口を開く。
「馬鹿にすんなよ? いくら俺が馬鹿だからって自分の名前ぐらい分かるよ。だから、アレでしょ? アレでアレでアレな超カッコイい名前でしょ? だから、あの……、その……、あれ? 自分の名前、何だっけ?」
首を傾げた俺。
そんな、まさか。自分が自分の名前を忘れる程馬鹿だとは思わなかっ……、いや、やっぱ認めん。俺馬鹿じゃねぇもん。ただちょっと頭が弱いだけだもん。
「大丈夫だよ。君が名前を覚えてないのは別に君が馬鹿だからではない「そうだろ、そうだろ」それはむしろ普通程度の馬鹿の人に対して失礼だからね「そうだろ、そう…は?」」
首をぶんぶん振り回し、『異議あり』を申し立てる俺。
そしてそんな俺の異議を無視して話を続けるエイミー。
「日本…という国のことは覚えているかな?」
「さすがにそれくらいは覚えてるよ。馬鹿じゃねぇもん、俺」
「いや、大馬鹿だ。……じゃあ、三年前に起こった大地震のことは?」
「大…、地震?」
エイミーの言った言葉、その言葉を繰り返した俺の声が、自然と震えた。
大地震…、大地震。それが、三年前に起こったというのか。
普通の地震ではなく、大地震。いったいどれほどのモノだったのか。津波が起きたのだろうか。死者はどれくらい出たのだろうか。
いったい、俺の眠ってる間に何が――。
悪い考えを繰り返し考えてしまう俺をよそに、次の瞬間美男子の口からでた言葉に、悪い考えすら吹っ飛んでしまうくらい、唖然とした。
「西暦2320年、4月25日、午後6時26分、その日、その時間に、日本以外の全ての大陸は過去最大級の地震によって水没した。今現在、世界人口は…、日本の人口は1億5000万人。資源も人材も枯渇し、勿論日本で石油なんて採れないから、プラスチックも作れず、灯油も作れないから車を動かすことも出来ない。地震当時も負傷者は山のように出たが、人材不足ゆえにろくな治療も施されなかった」
「ちょ、ま――」
追いつかない。
全然情報が追いつかない。
意味が分からない。日本以外が海に沈んだ? 世界人口が70分の1に激減した? そんなの、信じれる訳――。
しかし、エイミーは俺の動揺も目に見えていないようにその絶望的な話を、さらに先へと進める。
「君は地震発生直後から4日後、瓦礫の隙間から見つかった。今の今まで昏睡状態だったわけだ。それに、頭の打撲のせいで記憶喪失になってる。それと、頭他にも身体が長い時間瓦礫に押し潰されていたから、その……、もう、一生そのままの状態かもしれない。……一生、顔以外は動かせないかもしれない」
「そ、れは…」
――耐えられない。
真っ先に浮かんだ言葉がそれだった。しかし、今は茫然自失としすぎて泣き叫ぶ気すら起きない。
いや、例え泣き叫んだとしても、脚をばたつかせることも出来なければ壁や物を殴って八つ当たりすることすら、出来ない。
俺、この先こんな福祉も病院もないかもしれない、危うい世界で、どうやって生きていけばいいんだよ。
――いや、弱音を吐くのはコイツがいなくなってからだ。
男が他人に涙なんか見せれるかよ。
「……案外、動揺しないものだね。つまんな…、こほんっ。
説明に戻ろうか。今現在のボクたちの位置なんだけど、あれだけあった建物も最初の地震と三年の内にどんどん崩れ落ちた。だから、人類の活動範囲も少なくなったし、残った人々の話し合いの結果、幾つかの無事だった都市に纏まった人数で住むことになった。此処は第三都市――アルシマント。普通は男と女、分かれて住んでいるのだけれど、住める家も少ないから余った女は再起不能の男と住まされてるところもあるけどね」
そんな幸運な再起不能者もいるというのに、俺にあてがわれたのは美少女ではなく美男子。なるほど、なるほど。つまり、
「俺はハズレか」
「へんぶごッ!?」
頭に本棚にあった国語辞典が突き刺さった。
頭から血が噴き出す。
「良かったね、ボクというアタリが引けて。感謝したまえ」
間違いなくポケットティッシュ以下のハズレくじだ。
クーリングオフ出来るならしてやりてぇ。
――って、ん? 待てよ? つまり俺が起きるまで、コイツがずっと一緒に同じ部屋にいたってことだよな? それって、つまり、
「…。……。………。……なあ、思ったんだけど、俺が眠ってた間は誰が、その…、し、下の処理とかしてたんだよ」
「誰って、ボクに決まってるだろ。なんだい? 綺麗なお姉さんにでもして欲しかったのかい? 残念、キャバ嬢のお姉ちゃんも風俗嬢の泡姫も全部瓦礫の下で骸骨だよ。綺麗なおべべ着るどころか白装飾纏ってるよ」
あっけらかんと言い切るエイミー。
よし、取りあえず死にたい。
穴があったら永遠に埋まりたい。
はぁ…。はぁ……………。(長い心の溜め息)
これから先、いったい俺はどうすればいいのか。
どうやって生きればいいのか。いや、だってさ、だってだよ?
「一生一つ屋根の下で男と共同生活k…」
頭に本棚にあった英和辞典が突き刺さった。
頭から血が噴き出す。
「おいっ!? 完全に今の突き刺すとこじゃないよね!?」
何が気に食わなかったのか、俺に背を向けたエイミーは、部屋から出て行こうとする。しかし、どうやら外に行くのではなく別の部屋に移動するようで、振り返り、俺に問い掛けた。
「ちょっと待っていてくれるかな? お腹すいただろう? ボクが何か作ってきてあげるから。ちなみに、マ○ドのポテト(ハッピーセット付き)とコンビニのポテト、どっちがいい?」
「ちょっとエイミー様、『作る』ってことの意味ちゃんと理解してますか? しかも結局それ販売店違うだけで実質的に同じ食べ物なんですけど。病み上がりの病人に何食べさす気だよ」
「やれやれ、そんなに誰かの手作りが食べたいのかい。子供だねぇ」
そんなことを言ってエイミーは部屋を出ていった。
やっぱウザイ。
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