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08


 繰り返された村長の言葉に、志穂は混乱した。明日には新居に引っ越しする予定だというのに、彼は何と言ったのか。『シュロスに行ってもらいたい』何故。なんのために?

 思い当たる節があり、志穂の胸がどくんと鳴る。…ゲームが、始まったのか。


 ここは、志穂が昔プレイしたゲームによく似た世界。城から村に書状が届き、村長に呼び出されてゲームは始まる。志穂にシュロスへ行くよう告げるということは、そういうことなのだろうか。いやまてよ。志穂ははたと気が付いた。


(私、強くないし)


 むしろ弱い。村で一番貧弱だろう。そのことは村長だけでなく村の住人みんなが知っていることだ。なんせ、みんな荷車で運ばれている志穂を見ているのだから。荷車の荷になっている志穂は、村ではもう馴染みのこととなっていた。 

 ゲームでは、魔物討伐のためにまずシュロス城に赴くのだ。女でそのうえ貧弱な志穂がそんな理由で呼ばれるわけがない。志穂はこくりと唾を嚥下してテーブル越しに座る村長を見た。彼は志穂と目が合うとにこりと笑う。あれ。志穂は目を瞬いた。村長の様子は普段通りだ。ということは、城に行く理由は魔物討伐ではないのだろうか。その理由だともっとこう、張り詰めるような緊張感があるのではないか。志穂はちらりと隣を見る。厳しい表情を崩さないゲオルグと、何やら思い詰めた表情で村長を見るカルラがいた。2人の視線を受けても動じることなく、村長は笑んで志穂を見ていた。


「シュロスいく、理由。きくいいですか」

「もちろんだ」


 その言葉を待っていたとばかりに身を乗り出して、彼は一枚の紙を取り出した。志穂の目に入るよう、すっと差し出す。「文字も読めるんだろう?」村長の言葉に頷き、志穂は書かれた文章を目で追って、文末に立派な印が押されているのを認めた。城からの書状だ。その内容は…。

 志穂が顔を上げると、村長は書状を手元に引き寄せた。


「これは王命だ。従わなけりゃならん。シホ、おまえは『この数か月内に現れた人物』だ。理由はわからんが、王はその人物を探しているらしい。該当人物がいる場合、城まで連れてこいときた。だから、シュロスへ行ってほしい。いや、おまえは行かねばならん。わかるな?」


 確かに、志穂は2か月ほど前に現れた異世界人だ。こくりと頷くと、村長は「よし、いいこだ」と笑う。

 魔物討伐ではなかった。ゲームとは違う書状内容に、志穂は小さく息を吐く。王様が探している人物が自分かどうかはわからないけれど、王命となれば従わなければ。志穂はこの世界で生きているのだ。王に逆らうわけにはいかない。

 しかし、シュロス城か。ゲームのようにフィールドを数分歩けば到着する距離なわけがない。村のどこからも、城どころか隣村も目視できないのだから。シュロス城まで、どのくらい距離があるのだろう。考えていると、隣からゲオルグの低い声が響いた。


「村長、シホがシュロスに行く理由はわかりました。それが避けられないのも理解しています。しかし、まさかシホひとりで行かせるわけではないですよね?」


 ゲオルグに続いて、カルラも声を上げる。


「そうです村長! シホはようやく村に慣れたところです。なのに城へ行けだなんて…。シホは女の子ですよ。一人旅なんて危険です。ここらは治安がいいけども、物取りや人さらいがいないとは限らないじゃないですか。やっと明るく笑うようになったんだ。もう怖い思いはさせたくないですよあたしは…」


 この世界に来たばかりの志穂の様子を思い出したのだろうか。カルラはつらそうに俯いた。彼女がずっと暗い顔をしていたのは、これからの志穂を心配していたからだったのだ。ゲオルグの厳しい顔も。

 本当に優しい人たち。志穂の胸はふんわりあたたかくなる。そして、一人旅だったらどうしようと不安になった。

 志穂は学校行事でしかアウトドアを体験していない。一人旅の知識どころか、この世界のこの村以外は何もしらない。ゲームの知識しかない。シュロス城どころか、隣村のツヴァイトドルフにも辿り着ける気がしない。

 不安に顔を曇らす志穂と、厳しい顔のゲオルグ、俯くカルラ。3人を見まわして村長は苦笑した。


「さすがの俺も、シホ一人で行かせないさ。シュロスまで順調でも1週間の旅だ。荷物もあるし、流石に男手がいるだろう」


 にっと笑って村長はびしっと親指を立てた。


「安心しな2人とも。俺が同行するさ」

「「安心できません」」


 ゲオルグとカルラの声が綺麗に重なる。志穂はきょとんと横に座る2人を見つめた。ゲオルグは半目で村長を睨みつけ、カルラは、きっと眉を吊り上げていた。


「あたしは反対だよ! まったく何を考えてるんですか村長! いい歳した男と若い娘の旅だなんて、周りからどう見えるとお思いですか。村長のお手付きだなんて誤解が生じたらどうするんです。シホがお嫁に行けなくなるでしょう!」

「そらそのときは俺が責任をもってだな」

「おれも反対です。村長が不在なんて、村で何か起こったときどうするんですか」


 わあわあと交わされる言葉の応酬についていけず、志穂はぽかんとした。とりあえず、同行者はいるようで安心する。村長は強そうだし頼りになりそうだとぼんやりと思った。でもカルラの言う通り、30代中頃の村長と自分の2人の旅は傍から見たらあまりよく見えないかもしれない。不倫旅行みたい。もちろんそんな関係ではないけど。などと志穂が考えていると、カルラとゲオルグに責められていた村長が「あーもうやかましい!」と叫んだ。


「じゃあ誰がシホと一緒に行くってんだ」

「うちの子が」

「おれが」

「「シホといきます」」


 またもや綺麗に重なった2人の言葉。親子だなぁ。思わず志穂はふふっと笑い、村長は呆れた様子で深いため息を吐いた。


「ゲオルグならいいのかよ。こいつも年頃だろが」

「うちの子とシホなら、兄妹に見えますよ」


 からからと明るく笑うカルラを見ながら、わ、わたしが姉だよね…? と心の中で呟くが、志穂の考えを読んだように、ゲオルグが「…おれが上だ」と呟く。ですよねー。志穂はがくりと肩を落とした。

 志穂は童顔ではなくゲオルグより3つ年上の20歳だが、彼と並んで年上に見られる自信はなかった。



 というわけで、志穂はゲオルグと2人でシュロス城へ向かうこととなったのである。



***** 



 荷造りしてて良かった。志穂はメモを見ながら、まとめていた荷物から旅に必要なのものを取り出していた。といっても、志穂の私物から持っていく物は衣類と鞄くらいなものだが。

 隣村まで2日ほど歩くと聞いた。食料は必要だろう。荷物になるけど調理道具も持っていきたい。となれば急ぎで必要なものがある。お金だ。志穂はこの世界のお金を持っていない。この村に住むのに、貨幣は必要なかった。仕事をすれば対価として食料がもらえる。時々村に来るという行商人も、貨幣だけでなく物々交換でも物を売ってくれるらしい。

 だが、志穂はこれから都会へ赴くのだ。お金は持っていた方がいいだろう。さすがにこんなことまでゲオルグに頼るわけにはいかない。ただでさえ仕事を休ませて旅に付き合ってもらうのだから。

 志穂はうーんと悩みながら部屋を見回した。小さくまとめられた荷物がいくつか。それと。


「あ」


 売れるものあるかな。志穂は一緒にこの世界にやってきた鞄の中を覗き込んだ。



「ほー。珍しいもんばっかりだねぇ」

「買い取り、おねがいしたいです。可能ですか?」


 翌朝、旅支度を整えた志穂とゲオルグは村の広場で商いをしている行商人のもとへやってきた。路銀を得るために、志穂はいくつかの私物を差し出す。丁寧に受け取り、行商人はふむふむと検品を始めた。差し出したのは、こちらに来た時の衣類、ワンポイントの刺繍がかわいいハンドタオル、そして、空っぽの革財布だ。防寒のためにコートは残そうかと思ったが、この世界は四季がないらしい。1年中春のような過ごしやすい気候だそうだ。

 行商人が懐からモノクルを取り出して検品をしている。それが終わるのを志穂はどきどきしながら待っていた。隣にいるゲオルグは、敷物の上に並んでいる品物を興味深そうに見ている。志穂はお金の価値がわからない。行商人に安く買い取られないよう、ゲオルグに付き添ってもらった。検品にはもう少しかかるだろう。ゲオルグに倣って志穂も行商人の売り物を眺めた。



「結構いい値になったな」

「そう? よかった。城までお金こまらないかな」

「問題ない。それにおれも金は少しあるから」


 いやいやゲオルグがお金使っちゃ駄目でしょ。どうにかこのお金でやりくりしなければ。贅沢は敵だ。志穂は硬貨が入った袋を大事に抱えた。擦れ違う人たちが気を付けてね、頑張れよと声をかけてくれる。それに笑顔で応えて、村の入り口へと歩を進めた。


 荷車に手荷物を乗せ、志穂は見送りに来てくれたカルラと村長ににこりと笑顔を向けた。「これ、あとで食べな」そう言って、カルラは志穂に袋を差し出す。受け取ると、パンのいい香りがした。今朝焼いたパンだ。志穂の頬が緩む。「ありがとう」


「それでは、いってきます」

「ああ。気を付けて行ってこい」

「ゲオルグ、シホを頼んだよ」

「わかってる」


 2人に手を振って、志穂とゲオルグはシュロスに向けて歩き出した。



*******



 街道を歩きながら後ろに振り返る。村は見えず、歩いてきた砂利道と草原が広がるばかりだった。志穂は隣を歩くゲオルグに尋ねる。「もう、いい?」ゲオルグも後ろを振り返って景色を確認して頷いた。引いていた荷車を止め

ると、大きな袋が揺れた。荷物の1つだ。志穂は袋の口を広げて中を覗き込む。赤い2つの光がぱちぱちと瞬いていた。志穂はふふと笑う。


「もういいよ、出ておいで。お疲れ様でした」


 日本語でささやくと、袋からにゅるんとスライムが出てくる。体をにょーんと縦に伸ばしたかと思うと、勢いよくぷるんと球体に戻った。伸びをしたのだろうか。スライムも体が凝るようだ。

 荷車から降りたスライムは、志穂の隣でぷよぷよ揺れている。ゲオルグは再び荷馬車を引き始めた。


 志穂が旅に出ると決まった夜。それを聞いたスライムのスーちゃんは何かを訴えてきた。ぷるぷると体の形状を変えるスライムに「一緒に来る?」と尋ねると嬉しそうに飛び跳ねたのだ。

 旅立ちの朝、どこから見つけたのか、大きな袋持参で現れたスライムには笑ってしまった。


 志穂はちらりと視線を巡らせた。左側には荷車を引いているゲオルグ。この世界での志穂の保護者であり師でもある彼。そして、右横にはぽよぽよと小さく跳ねながらついてくるスライム。志穂の視線に気が付くと、赤い瞳を三日月型に細めてくれる。志穂もにこりと微笑み返した。



 この世界は、ゲームの世界に酷似している。ゲームが始まるかどうか志穂にはわからないが、いま出来ることを、しなければならないことを頑張っていこう。


(とりあえず、目指せシュロス城!)


 そこでは何が待っているのだろうか。楽しいことだといいな。さやさやと撫でつける爽やかな風を感じながら、志穂は空を見上げた。

 雲一つない青空。ふりそそぐ陽光は、旅立つ3人をやさしく照らしていた。


これにて一章完でございますー! おれたちの冒険はこれからだ!END

ここまで読んで下さった読者様方、ありがとうございます!! まだ一章ですが、書き終えられたのは読んで下さる方がいらっしゃるからです。本当にありがとうございます!!


次から二章が始まる予定です。週末PCに向かう時間があればいいのですが…。ストック? なくなりました。

が、がんばります! よろしければまた読みに来てくださいませ!

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