06
「シホおねーちゃーん! こっちだよー!!」
ぴょんぴょん跳ねて両手を振る子供に手を振り返して、志穂はそちらへ歩いていく。「はやくはやく!」背後から走ってきた子供達に腕をとられ、抱えていた草花が空を舞った。あっと思う間もなく、地面に落ちる。
「お前たち、シホの邪魔するんじゃない」
志穂の両腕にしがみついていた子供はゲオルグに怒られてぷくっと頬を膨らます。その頬をやさしくつついて、志穂は抱えていた籠を差し出した。
「おちたの、拾うできる?」
「できるよ!」
ぼくも! あたしもできる!! 子供達は落ちた草花をあっという間に籠に戻してくれた。ありがとうと皆の頭を撫でて、志穂はにこりと笑う。子供達もえへへと嬉しそうに笑った。
今日は、学び舎の生徒達と課外活動に来ている。子供たちを引率するのは教師のドミニク夫妻とゲオルグ、そして雑用係の志穂だ。村から少し離れた所にある野草が生い茂っている草原で、子供達は教師に薬草の種類を教えてもらっている。そして、雑草と薬草を分けて、薬草だけを籠に入れていく。志穂も子供達と一緒になって授業を受けていた。雑用係兼生徒である。
薬草をぷちりと摘んでいると、子供達に囲まれているゲオルグの姿が見えた。しゃがんでいる彼の背に子供が勢いよく乗りかかる。倒れることなく堪えたゲオルグが子供を背負ったまま立ち上がり、ぐるぐる回りだす。きゃあきゃあと楽しそうな子供の笑い声。ぼくもあたしもおれも! 子供達に群がられるゲオルグを微笑ましく見守って、平和だなぁとしみじみ思った。
志穂が学び舎を手伝うようになって2週間が経っていた。
珍しい外見で言葉が不自由な志穂を、村長や村人達はあたたかく迎えてくれた。たいへんだったね。ここを故郷だと思えばいいよ。かけられる優しい言葉、あたたかな笑顔。子供達もきらきらした瞳で志穂を迎えてくれた。学び舎を手伝っているおかげで村人との交流も増えた。
元の世界では通学以外で出かけることは少なく、休日は引きこもりのような生活をしていた。他者との関りがこうも胸をあたたかくするものとは。志穂はすっかりこの村が好きになっていた。
村と家との往復は大変だが、ふらふらで出勤しても子供たちの顔を見ると疲れを忘れてしまう。そのぶん、帰路はゲオルグに荷物のように運搬されているのだが。
そう、本当に『荷物のように運搬』されるのだ。
志穂の体力を知ったゲオルグは、志穂同伴で出勤する初日から小さな荷車を使うようになった。行きは手荷物を乗せるが、帰りは疲労で動けなくなった志穂を乗せる為である。志穂を荷車に乗せても歩みが揺るがないゲオルグの体力はさすがだ。帰り道、毎回のようにお世話になっている荷車に揺られながら志穂は「ゲオルグすごい」と思っている。そして、自分情けない。とも。
これでも初回と比べたら多少体力もついて、片道ならばなんとか休憩せずに歩けるようになったが、帰りは早々に音を上げてしまう。難なく往復できる日はまだまだ遠そうだ。
ぷちぷちと薬草を摘みながら、そろそろ家のことを相談しないとなぁと志穂は思った。村人だけでなく村長も何かと志穂を気遣ってくれる。志穂が村に来るたび様子を見に来てくれるし、昨日はおすそわけだと野菜をくれたりもした。きっと、今日も顔を合わすだろうからその時にでも。摘んだ薬草を両手で抱えて立ち上がると、ゲオルグが小脇に子供を抱えながらこちらに歩いてきた。
ああ、この人と一緒に暮らすのも、あと少しなんだな。ちくりと胸が痛むが、気のせいだと苦笑を浮かべた。
「シホ、そろそろ村に戻る」
笑顔で首肯して、志穂は薬草をぱさりと籠に入れた。
*****
「一人暮らしならそう広くない家で構わないんだろ?」
「はい。ちいさいの、おねがいします」
志穂の話を聞いた村長は、そうだなぁと顎に手をやる。どきどきと見守っている志穂に気付いて、安心させるようににっと笑った。
「丁度いい空き家がある。ちょいと掃除が必要だが、片付いたらすぐにでも住めるぞ」
あそこだ。村長の指差した先にあったのは、こじんまりとした家屋だった。一人暮らしには充分な広さに思える。それに村の中心部にある学び舎にも近い。嬉しい! ぱあっと顔を輝かす志穂の背後から、低い声が聞こえた。「あそこですか…」村長がうん? と眉を上げた。
「なんだゲオルグ、あれほどの優良物件はないだろう。なんせ2ケ月前に引っ越したやつの家なんだ。室内も傷んでないぞ。なにより、荷物になるからと家具を置いていったしな」
「そうですね。でも村長、なぜ彼女の家をあなたの家の近くにする必要が? 他にも空き家はありますが」
村長が目を丸くした。
「そらあれだ。その方がいろいろと都合がいいからだが?」
「はあ?」
地を這うような低い声を上げるゲオルグに、志穂は困った。ゲオルグはあの家が気に入らないのだろうか? 職場にも近く、家具もそろっているという家屋は志穂にとってとても魅力的だった。村長の家が近いのも、何か問題があればすぐ相談できるようにとの配慮のように思う。でも、志穂の保護者のようなゲオルグが反対するなら諦めた方がいいのか…。
よし、説得しよう。志穂はぐっと握り拳を作ってゲオルグを振り返った。
村長を親の仇のように睨みつけている彼の様子にびくびくしながらも、胸の前で指を絡めて手を組み、じっとゲオルグの瞳を見つめた。うっとゲオルグがたじろぐが、なんとか彼を説得しなければと必死な志穂は、その様子に気付かない。
「わたし、あれがいい。村長さん家ちかい、こころづよい」
ゲオルグはしばらく固まっていたが、祈るようにじっと見つめる志穂に根負けして深いため息を落とす。「…わかった…」呻くような彼の声が少し気になるが、志穂はぱあっと笑顔になった。
保護者の許可が出て、志穂の新居が決定した。
*****
「…というわけで、無事家が決まりましたー!」
わー。ぱちぱちぱち。手をたたいて志穂が喜ぶと、それに合わせてスライムの体もぷるぷると揺れた。
村へ仕事に出かけた日の夜は、庭でスライムと話をするようにしていた。最近は毎日仕事に出ているので、これはほぼ日課となっている。ランタンの灯りに照らされて、スライムがつやつやと輝いて見える。
スライムと話すとき、志穂はいつも日本語を喋っている。その方が話しやすいからだが、不思議とこの子には言葉が通じているような気がするのだ。今も、嬉しそうな志穂を見て赤い瞳を細めている。
「明日から仕事が終わったら新居の掃除をしようと思っているの。引っ越しまで2週間もないし」
ぷるんと小さく揺れて、スライムが志穂の足に擦り寄った。
志穂の両足には疲労回復に効くというゲオルグお手製の薬が、これでもかというほどたっぷり塗り付けられ布で巻かれている。湿布のようなものらしい。この薬を塗って休むと、翌日には足がとてもすっきりしているのだ。
志穂は、足に縋りつくスライムの頭を優しく撫でた。引っ越したら、毎日会っていたこのスライムともあまり会えなくなるのだろう。スライムは村に近寄らない。早朝に出勤するゲオルグと志穂を毎日のように見送り、帰宅すると出迎えてくれる可愛い友達。
(…さみしくなるね)
「村に引っ越しても、会いに来るから。ここまでの道はもう覚えたもの。もっと体力つけて、あなたに会いに来る!」
にっこり笑って言うと、スライムが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。あははと志穂は声を上げる。そして「そうだ!」と手をぱんと叩いた。
「あなたに名前を付けてもいい? その方がお友達って感じがして私は嬉しいな」
スライムが赤い瞳を丸くした。ぶんぶんと勢いよく首肯する。
ああ、やっぱりこの子は日本語がわかるんだな。不思議だけど、嬉しいな。きらきらと期待したような瞳を向けられ、志穂は「そうだなぁ」と指で顎をこすって考えた。
(スライムって雌雄あるのかな。性別関係ない名前がいいかな。うーん。呼びやすくてかわいい名前…)
志穂はぴっと人差し指を立ててスライムに笑顔を向けた。
「スラ子ちゃんってどう?」
でろん。スライムが不満を表すようにでろんと地面に広がった。あ、はい。気に入らなかったのね。却下ですねわかります。志穂は腕を組んでスライムの名前を考え始めた。
志穂にはネーミングセンスがない。
うんうん唸る志穂と水たまりのように広がっているスライム。2人を、ランタンのあたたかい灯りがつつんでいた。
ご新規様も更新を待ってて下さった読者様もありがとうございます!
次話は明日更新します。いつもより少しだけ長くなりそうです。




