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05

村の名前、変更しました。


 この世界に来て、1か月が過ぎた。

 ある程度の生活習慣は覚えた。言語も、話すのは苦手だが筆談は出来るようになった。そうなると、次の問題はこれからの生活だ。

 あとひと月もすれば居候先の家主が帰ってくる。カルラの夫であり、ゲオルグの父が。それまでに、仕事と宿泊先を決めておきたい。お昼にでも相談しよう。そう決めて、志穂は掃除を続けた。窓を開けると爽やかな風がカーテンを揺らす。今日もいい天気だ。

 掃除を終わらせ、昼食の支度をしていると仕事に行ったはずのゲオルグが帰ってきた。彼がお昼に帰ってくるのは珍しい。カルラも驚き、忘れ物でもしたのかと尋ねている。カルラと二言三言話したゲオルグが鍋をかき回している志穂に近寄ってきた。なんだろう。首を傾げると、ゲオルグが口を開いた。


「昼食が終わったら、村まで一緒にきてほしい。村長に挨拶しにいこう」


 否と言うわけがない。ぶんぶんと勢いよく首肯する志穂に、ゲオルグは目を細めた。

 ここにお世話になってひと月。本当なら、もっと早くに挨拶をしなければいけなかっただろう。だが、カルラとゲオルグは志穂を気遣って落ち着くまで待ってくれていたのだ。

 これからの生活を考える余裕もできたし、元の世界に帰る方法も解らない。となれば、この世界で生きる手段が必要だ。可能なら、この優しい人達が住むこの地からあまり離れることなく生活していきたい。

 ゲオルグが働くその村で働き口を紹介してもらえたら。住み込みだとなおいい。村長からの第一印象が良くなるようきちんと身だしなみを整えて挑まなければ。志穂は気合を入れて、大き目野菜がゴロゴロ入ったシチューの鍋をかきまぜた。



*****



「しっかりしろシホ。もう少しだ」


 力強い手に引っ張られて、志穂はよろよろと顔を上げる。よほど情けない顔をしていたのか、ゲオルグが苦笑を浮かべた。「頑張れ。もう少しで着く」


(もう少しってどのくらいよ…何度も聞いたよそのセリフ!)


 まるで歯医者さんの『痛かったら手を上げてねー』『はいはい痛くないよー』である。違うか。

 志穂は、ともすると笑いそうになる膝に力を込めて足を上げた…つもりだった。上がらない。体力の限界だった。膝に手をついて荒い息をついていると、ゲオルグが少し休憩するかと草の上に腰を下ろした。彼の手を借り、志穂もゆっくりとそれに倣う。火照った肌を撫でる風が心地いい。ゲオルグから水筒を受け取り、礼を言って喉を潤した。


 志穂は体力がない。推定1時間ほどの森歩きでこの体たらくである。たかが1時間。されど1時間。志穂とて舗装された道ならば1時間くらい歩ける。しかしここはどうだ。森だ。舗装された道はなく、踏みならされた程度の未舗装の道が続く。うねうねと曲がりくねった道もあれば、急勾配な道もあった。志穂は思う。ここは森というより山だと。登山なんて中学校以来な自分には厳しい道程だというのに、隣に座る年下の少年は疲れたそぶりもなく、心配そうに志穂を見ていた。大丈夫。安心させるように志穂はにこりと笑う。うまく笑えた自信はないが。

 この世界に来て、多少は体力をつけて逞しくなったと思ったけどそんなことなかった。遠い目をしていると、ゲオルグがこちらに手を伸ばして志穂の髪にそっと触れる。黒髪がさらりと揺れた。突然の行動に驚いていると、ゲオルグが慌てたように言った「すまない」


「黒い髪は珍しいんだ。だから、シホは目立つと思う。あまり外から人がこない村だから余計に」


 志穂は鎖骨より少し長い髪を摘み上げた。「このいろ、めずらしい?」問うとゲオルグが頷く。


「村には一人もいない。黒髪は」


 そうなんだ。志穂はふうんと呟いた。そろそろ行こうと腰を上げたゲオルグに引っ張ってもらい、村までの道を歩いていく。

 村に着いた頃には、ゲオルグに引っ張られるというより引きずられていた。



 その村には100人ほどが住んでいるらしい。村の周囲をぐるりと木の柵が囲ってあり、木のアーチが入り口となっていた。村の中には木造の家屋が並んでいる。

 アーチには『エアストドルフ』と書かれていた。村の名前だろうか。志穂はどこかで見たことがあるような気がしたが、思い出す前にゲオルグに促されてアーチをくぐった。

 疲労でへろへろになった体に鞭を打ち、乱れた髪を手櫛で整え背を伸ばして、ゲオルグと共に歩を進める。村人達はゲオルグに親しげに挨拶を交わし、彼の隣にいる志穂を見て瞠目する。そんなに黒髪が珍しいのだろうか。志穂は「第一印象大事!」と心中で叫び、とびっきりの笑顔で「こんにちは」と挨拶をした。

 すれ違う村人に声をかけられ続けるゲオルグの人望に感心しながら笑みを浮かべ続けた志穂の表情筋は、村長の家に辿り着いた頃に疲れ始めていた。



「君がシホか。よく来たね」


 ゲオルグに村長と紹介されたのは壮年の男性だった。日によく焼けた体は筋肉質で、村長という響きから老人を想像していた志穂は少し驚いた。慌てて頭を下げる。


「シホいいます。ごあいさつ、おくれました。すみません」

「いやいや構わないよ。事情はそいつから聞いているから」


 たどたどしい志穂の言葉を笑顔で聞き、村長は志穂の隣にいるゲオルグを指差した。視線を移すと、ゲオルグが小さく頷く。「とりあえず、かけなさい」村長に促され、ゲオルグが椅子を引いて志穂を座らせた。村長が「ほう」と呟いたが、ゲオルグは気にすることなく椅子に座る。

 テーブル越しに向かい合った村長を見ると、彼はにこりと人好きのする笑顔を浮かべた。志穂も負けじと笑顔を返す。にこにこにこ。笑顔で向かい合う2人に焦れたのか、ゲオルグが口を開いた。


「村長、シホをこの村で受け入れては頂けませんか。彼女は言葉こそ不自由ですが、真面目で働き者です」

「ふむ。そりゃ彼女がいいなら俺は構わないけどね。仕事も住む場所もあるんだし」


 ゲオルグに『真面目で働き者』と評価され感動していると「君はそれでいいの?」と村長に問われた。志穂は頷く。


「わたし、がんばって、はたらくします! ちからすくないが、がんばるです!」


 よろしくおねがいします! と勢いよく頭を下げた。目の前に広がるテーブルの木目を睨みつけていると苦笑が聞こえ、そろりと顔を上げる。ゆっくりと村長の手が伸びてきて、志穂の頭をぽんぽんと優しく撫でた。村長の手はごつごつとした、働き者の手だった。自分の手とは全く違う。彼は瞳を細めて志穂を見ていた。


「とりあえず、学び舎の手伝いから頼もうか。初日だし…そうだな、明日の午後、村に来れるかい?」

「村長、シホひとりだと村に着くまでに日が暮れます」


 食い気味に言ったゲオルグの言葉に思わず志穂は小さくなった。「もりのみち、たいへんでした」ぽつりと零して村までの道程を思い出す。うん。日が暮れても辿り着ける気がしない。隣から感じるゲオルグの視線がちくちくと痛い。わかってます。体力ですよね。体力づくり頑張りますね!!

 じとりとゲオルグを見ると、彼もまた半眼で志穂を見ていた。うっとたじろぐと、黙っていた村長が突然笑い出した。くっくっと片手で顔を覆って笑っている。


「あーすまないすまない。では週に何日かゲオルグと一緒に来てくれるか。仕事に慣れてから住む場所を相談させてくれ。それと、道中が大変ならうちに泊めることもできるぞ」

「村長の手を煩わせることはしません。家が決まるまで、おれが引きずってでも連れて帰りますんで」


 にやにやと楽しそうに笑う村長に、ゲオルグが冷たく言い放った。「決まりだな」村長が言う。


「しっかしシホも大変だったな。こいつの話だと、見たことない服を着てたっていうし、言葉が不自由ってこた異国から来たんだろ? あんな森に置いてかれたんだ。人さらいにでもあったんだろうなあ可哀相に。まだ若いってのに」


 誘拐された異国民。

 なるほど自分はそういう風に思われていたのか。そういえばカルラもゲオルグも、志穂が森の中にいた理由を問わなかった。ろくな理由ではないとあの状況を見て思ったのだろう。本当に優しい人達だ。

 何故あの場所にいたのか自分自身もわからないのだから、そう思われているのは都合がいい。志穂は曖昧に笑った。「わかいですか? わたし、20です」志穂の年齢を聞いて、村長は絶句したようだった。


話がとてものんびりペースですが、読んでくださってありがとうございます!!

とりあえずの区切りまであと数話の予定です。その後は番外編としてゲオルグ視点の話を書いてみようかと。

クール系男子のつもりの彼はあの場面この場面でどう思っていたのかとか、誰得俺得!な話を。普段より短めになるかな。


ブックマークして下さってる方もありがとうございます!励みになります!

次回更新は水曜以降の予定です。

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