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ゲオルグに支えられて外に出ると、ちょっとした騒ぎになっていた。
それもそうだろう。いくら町外れだといっても、藍色に染まった空を魔法の炎が照らしていたのだ。その異常な光景に気付いた住人が様子を見に来ても仕方がない。
泣き腫らした瞳、赤黒く染まった身体。護るようにたまごを抱える志穂を、住人たちはどう思ったのだろうか。集まった住人達の中には町長の姿も見えた。
縛られてぶつぶつ呟いている薄汚れた男を一瞥し、志穂は男の所業を伝えた。ある者は驚愕し、ある者は憤り、またある者は魔物を思って涙を流す。住人達が落ち着くのを待って、志穂は口を開いた。
「さらわれた子達を、親に帰します。そうすれば、魔物達はこの町から退くでしょう。…魔物にも心がある。大事な存在を奪われる痛みは、あなた方もわかるはず。お願いです。こんな悲しいことが二度と起きないようにしてください」
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翌朝、志穂達は早くから町外れの男の家に来ていた。隠し部屋で、遺体を集める。原型をとどめていないものもあり、どれが誰の身体なのかわからなかった。志穂は震える手で遺体をまとめ、ゲオルグに教えられた所作で子供達に祈りを捧げた。
すると、遺体から淡い光が生まれた。きらきらと輝く粒子は目を瞠る志穂の周囲をくるくると回り、小さな言葉を残してすうっと消えた。光と共に、子供達の身体も。
『ありがとう』子供達の無邪気な明るい声音だった。生前の子供達を思い、志穂はただ涙を流す。
背中を支えるゲオルグの手が、とてもあたたかかった。
魔物は命が尽きると母なる大地へ還るのだと甲冑は言った。だが、生前に強い思いを抱いた者たちは土に還れず、この世を彷徨うことになるのだと。子供達が抱いたものは、恐怖か。怒りか。悲しみか。志穂にはわからない。けれど、子供達が土に還れたのなら、その魂は救えたのだと思えた。
あの男はシュロス城へ送られるそうだ。魔物相手だがその手腕は残虐かつ冷酷で、非常に悪質だと判断され、野放しにしたら矛先がいつ人間に向くか判らない。故に、厳罰を望むと町長は言った。
魔物を攫い命を奪った事実はあまり重く取られず、あくまで『矛先が人間に向く』ことを重視したことに、志穂は苛立ちを覚えた。
国の決まりでは、魔物に関する罪は問えないのだとゲオルグは教えてくれた。悔しそうに、唇を噛み締めながら。彼も、自分と同じように憤りを感じているのだ。志穂は俯くゲオルグをそっと抱きしめて、微かに震える彼の背を優しく撫でた。
その翌日。
志穂達は、シュロス城へと続く大橋が壊れていること、川を渡るには祠の洞窟を通ることを町長に伝え、念のためにと祠の鍵を預けた。志穂達は通ってないので、洞窟の内部がどうなっているのかわからないけれど、ゲームではほぼ一本道の通路だったので、きっと大丈夫だろう。
これから魔物達を解散させに行くと告げると、町の入口に集まった住人達に頭を下げられ、感謝を告げられた。志穂は静かに微笑み、ゲオルグと甲冑、スライムに八咫烏を連れて町から出る。
魔物達の姿を隠そうとは、もう思わなかった。
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「さて、次はこの子を元の場所に帰してあげたいのだけど」
フィーアトを囲むように集まっていた魔物達に、大切なものは取り返したこと、奪われた子供達は土に還ったことを伝えると、魔物の群れはゆっくりと動き出し散り散りになった。去っていく魔物達の中で、じっと志穂を見つめている魔物達がいた。目が合うと、目礼をするかのように瞳を伏せて森へと入っていく。もしかしたら、子供達の親だったのかもしれない。
魔物達のいなくなった草原で、志穂は抱えてたたまごを撫でる。手のひらに伝わる、あたたかな熱。
たまごといっても、志穂の知る鶏卵のように固い殻ではなく、白い膜に覆われている。触れると、どくんどくんと元気な鼓動も聞こえてくる。時々ぐるんと動くので、生まれる日が近いのかもしれない。
たまごを覗き込んで、ゲオルグが困ったように顎をさする。
「魔物はたまごから生まれるんだな…てっきり胎生かと思ってた。どんな魔物か判らないから、探すのは難しいかもな」
「あの男、森で拾ったとしか言わなかったもんね」
甲冑がその巨体を活かして、牢に閉じ込められた男を色々と嚇かしたのだが、男は笑いながら何やら流暢に話し続けるだけだったのだ。牢に入ってからずっとこの調子だと、牢番が気味悪そうに言っていた。
そんな男からようやく聞き出せたのが、このたまごを森の奥で拾ったということ。
牢越しにたまごを抱えた志穂を見ると、ものすごい剣幕で牢にしがみついて叫んだのだ。「そのたまごをみつけたのは私だわたしのだ! わたしに会うためにそれは森に現れたのだ返せ! わたしのものだわたしものだ」目を血走らせ涎を飛び散らして叫び、牢を蹴破らんばかりに暴れだした男の尋常じゃない様子に、志穂は蒼褪めながら牢から飛び出すはめになった。
男の様子は恐ろしかったが、たまごが森にあったということがわかったのである。
魔物同士なら感じるものがあるだろうか。志穂は魔物の友達を見回した。そうっと魔物達にたまごを差し出す。「スーちゃんたちは、何かわかる?」
スライムはぴゃっと驚いたように身体を震わせてゲオルグの背後に隠れた。甲冑は頭を垂れて胸に手を置く。騎士か。八咫烏は静かに甲冑の背後に身を隠した。
え、なにこの行動。
ゲオルグと顔を見合わせる。彼も魔物達の行動に驚いて困惑の表情を浮かべていた。ゲオルグも判らないらしい。志穂は首を傾げた。「どうしたの、みんな」
八咫烏が甲冑の影からひょこっと顔を出す。『どうしたもこうしたもねーよタイショー』
『そのたまご、とんでもないぜ。まだ生まれてないってのに強い魔力を持ってやがる。昨日までここまで強くなかったってのに、どういうこった。一気に育ったってのか? もうすぐ生まれるからか? 流石の俺様も、その御方に失礼なことできないわ。そんなことしたら自分が許せないぜ。だからもうちっと離れてくれタイショー』
『主ノ居ル我等デモ、其ノ御方ヘ畏敬ノ念ヲ抱カズニハ居レヌ。強大ナ力ヲ持ツ御方ナノハ間違イナイ』
『ぼ、ぼくも、おそれおおくて直視できないよう』
えー。ええー。
たまご状態で強大な魔力を持つ魔物。魔物に畏敬の念を抱かせる、絶対君主的な。
その条件が当てはまる存在を、志穂は知っている。額に手を当てて空を仰いだ。雲一つない爽やかな青空。こんなに気持ちのいい陽気だというのに、志穂の気分は複雑だ。
だってこのたまご。志穂の腕に抱かれて、嬉しそうに内側から膜を蹴っているこのいきもの。
もしかしなくても、魔王なんじゃない…?
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ばさりと地面に地図を広げ、志穂はううむと唸った。たまごが見つかったのは森だという。だが、フィーアト付近の森は、とても広かった。それはもう、この国の三割はこの森じゃないのかと思うほどに。
魔物の群れは解散し、フィーアトでの事件も解決した。志穂達は王命を成し遂げたのだ。シュロス城で国王に報告し、エアストドルフに戻って平和な日々を過ごすことも出来るだろう。
だけど、志穂はたまごを元の場所に帰してあげたかった。
しかし、その詳しい場所が判らない。
志穂は地図に描かれた森の海を指でなぞり、顔を上げて視界に広がる森林を見た。鬱蒼と茂る森林の中、志穂達のいる草原から遠く離れた森の中にうっすらと何かが見える。
志穂は目を凝らした。天高く雲突き抜けてそびえ立っているのは、とても大きな木だった。
地図を確認するが、その木は描かれていない。「ねねね、ゲオルグ」隣にいるゲオルグに声をかけると、彼は「ん?」と志穂に身を寄せて地図を覗き込んだ。端正な顔が近づき、どきりと胸が震える。
「えっと、この森のずっと先にすごく大きな木があるんだけど、知ってる?」ゲオルグは志穂の指差す方向を見るが、肩を竦めて頭を振った。
「…おれには見えないけど、聞いたことがある。生命の木って言われている古くからある巨木だ。この世界の命あるものはその木から生まれたといわれている。といっても、ほぼ伝承扱いでそこに辿り着いたものはいないと言われているけれど」
「どういうこと?」
「おれも詳しくはないんだ。確か、目の前に巨木があるのに、触れることが出来ないとか聞いた。そもそもそこまで辿り着くのが至難の業だとも。これは童話の内容だが、森の奥深くには番人がいて、いくつも試練を出してくる。その試練を全て解くと生命の木に認められて願い事が叶うらしい」
へえ。
『あそこには魔物の俺様達も簡単には近寄れないんだぜ。魔法で結界が張られてんだよ。だから人間はあの場所に辿り着けないってわけだ。でも番人ってのは完全に作り話だな。そんなもんいないし、敢えて言うならそこまでの道程が試練みたいなもんだ。なかなかにハードだぜぇ』八咫烏が得意げに話す。
へえ。如何にもな場所だなぁ。
志穂はぽりぽりと頬を掻いた。フィーアトから西に広がる大きな森。深い森の中に、結界で守られた巨木。
巨木がある場所はおそらく、ゲームで魔王城が建っている場所。
志穂はちらりと膝に乗せているたまごを見た。ぽこぽこと内側から蹴る気配。たまごが動くたびに志穂の周囲にいる魔物達がびくびくしていて、志穂は苦笑した。
たまごの中にいるのは、強大な魔力を持った、魔物達を畏怖させる存在。おそらく、魔王。
志穂は遥か遠くにうっすらと見える大木を細目で見つめた。ああ、遠い。でも。
「あそこなんだろうなぁ…」
呟くと、たまごが嬉しそうにぽこんと大きく蹴った。
「森に入るのか?」ゲオルグの問いに志穂は頷く。「うん、あそこのような気がする」
「さっきから、この子もすごく動いてるし。生命の木まで行くかわからないけど、森の中なのは間違いなさそうだから。とりあえず、あの木を目指してみたいな」
ほら、とゲオルグにたまごを差し出して見せる。ぼこぼこと元気よく動くたまごにゲオルグは少し怯んでいた。その様子が面白くて、志穂はあははと笑った。
「元気でしょ。いつ生まれてもおかしくないよね、これ」
「そ、そうだな。蹴り破って出てきそうだ」
顔を見合わせて笑う。こんなこと言うと『たまごが孵るフラグ』が立っちゃうなぁ。なんてのんびり思っていた。
ぼこぼこぼこ。ぼこぼこぼこぼこぼこ。
(!?)
抱えたたまごが激しく動きだした。あやうく取り落としそうになり、志穂は慌てて抱きしめるが、腕の中でもぼこぼこと動き続ける。「あっ、ちょ、だめだめ大人しくしてぇ!」
必死で抱えるが、たまごの動きは止まらず激しくなっていく。やがて志穂の腕から抜け出し、ぽーんと空中を飛んだ。
あっ。手を伸ばした志穂の耳に、ぴしりと小さな音が届く。ぴしりぴしり。亀裂が走るような音がたまごから聞こえてくる。
空に投げ出されたたまごは地面に落ちることなく、ふわりふわりと浮かんでいた。たまごの表面にはいくつもひびが走り、ぱらりと小さな欠片が剥がれて地面に落ちる。
生まれる。
たまごが孵るのを、志穂達は黙って見守ることしかできなかった。




