12
「おとうさん、魔物達は子供を探しに町に来てるのかな」
『然リ』
町長に宿へ案内され、部屋の周囲に人がいないのを確認してから甲冑に話しかけた。志穂は少し硬いベッドに座り、ゲオルグは壁に背を預け、甲冑は扉を塞ぐよう仁王立ちしている。
やはりそうか。
志穂は頷き、気になっていたことを尋ねる。「攫われた魔物がどこにいるか、魔物同士でわかったりしないの? 思念とか、そういうので」甲冑は静かに瞳を伏せた。
『強大ナ力持ツ同胞ナラバ判ル。然シ弱キ者ハ難シイ。同族シカ判ラヌ』
「つまり、八咫烏だと同族関係なく判るけど、スライムだと同じスライムしか判らないってこと?」
『然リ。同族ガ見ツケラレナイノナラバ、意識ガ無イカ、既ニ永眠シテイル事ニ成ル』
「そんな…」
死。
攫われた上に、殺されている可能性があるというのか。
血の気が引き、身体がぶるりと震える。粟立つ腕をさすると、強い視線を感じた。ゲオルグだ。ゲオルグが志穂を凝視している。そういえば、甲冑の言葉はゲオルグに聞こえないのだった。説明しなくては。だが、口にしてしまうと「死」が現実になってしまうようで、気持ちが暗く沈む。志穂は重い唇を動かした。
「あのねゲオルグ、攫われた子供は、意識を失っているか…亡くなっている可能性があるみたい」
「…そうか」
ゲオルグは悼むように瞳を伏せた。「死」を連想させるそれに、志穂はきゅっと唇を噛む。
子供を探して町をさ迷い歩く魔物を思い、胸が痛んだ。俯く志穂に、ゲオルグの落ち着いた声がすっと耳に届く。「シホ」
「言葉、上手くなったな」
「…え?」
突然、何を言い出すのか。志穂は顔を上げてゲオルグを見る。彼はとても真剣な表情をしていた。
「たどたどしさが無くなっている。シホはトロールと話す時、いつも自国の言葉を使っていただろう? だが、さっきからここの言葉で話している。…正直、驚いたよ」
「…言われてみれば…」
いつからだろう。日本語のようにすらすらとこの国の言語を話すようになったのは。
いつからだろう。…ゲオルグの言葉が、多重放送ではなく、この国の言語のみで聞こえるようになったのは。そしてそれを、難なく理解できるようになったのは。
視力も、聴力も、そして言語も。志穂の身体が少しづつ変化している。それはとても恐ろしいことのように思える。思えるのだが…体調を崩したわけではないのだし。
(それはそれで、いいんじゃないかしら)
志穂はこの国で生きていくと決めたのだ。言葉の壁がなくなったのなら、生きやすくなったではないか。
志穂は頬に手を当てて「びっくり。いつからかしら?」と呟き、にこっとゲオルグに明るい笑みを向ける。「これからは、ゲオルグともしっかり喋れるね。嬉しい!」
ゲオルグはぱちぱちと目を瞬いていたが「そうだな」と優しく微笑んだ。「おれも、嬉しい」
さて、それはそれとして。これからのことを考えねば。言わずもがな、この町のことである。
志穂は腕を組んで天井を仰いだ。町に入ってくる魔物に話を聞けたらいいのだけれど。しかし、志穂が魔物と接しているのを町の住人に見られたら面倒なことになりそうだ。それに、志穂と会話ができる魔物とも限らない。
魔物からの情報収集は、八咫烏に頼むとしよう。甲冑トロールが動くと、志穂以上に目立ってしまう。
とりあえず、日暮れ頃に現れる魔物に注意しようと志穂はゲオルグ達に提案した。そして、夜に合流予定の八咫烏と情報交換だ。
これからの行動を決めて、疲れた身体を休めるために解散しようとしたとき、志穂の耳に小さな物音が聞こえた。足音だ。トントンと軽やかに階段を上る音。
志穂達の部屋は宿の二階の三室用意された。そして、今いる部屋は廊下から一番奥。志穂に用意された一室だった。
足音の主は迷うことなく歩を進める。甲冑が気付き、扉を振り返った。遅れてゲオルグも足音に気付いて扉を警戒する。
規則的な足音がしばらく聞こえ、ぴたりと止まった。志穂の部屋の前で。トントンと扉を叩く音が室内に響く。志穂はゲオルグと甲冑に目配せをした。二人は首肯し、扉を見つめる。扉の外に、人の気配。志穂は意識して穏やかな声音を作る。「どなたですか?」
扉越しに、男性の声が聞こえた。「突然すみません。少し、貴女とお話したいことがあって」
柔和なように聞こえるが、どこか抑揚の少ない、無感情に思える不思議な声音だった。志穂のことを知っているのなら、この男性は町長の家に集まっていた内の一人なのだろう。
志穂はベッドから降りると、ゲオルグが扉を開けた。廊下に立っていたのは細身の男性だった。
見覚えがある。やはり先程の会談に参加していた人だ。男性は「皆さんお揃いだったのですね」と穏やかな微笑みを浮かべている。その笑みが、皮膚に張り付けたような人工的なものに見えて、志穂は少し気味が悪いと思った。
「なんでしょう?」 室内に招くことなく、志穂はにこりと笑顔を作る。男性は、ゲオルグと甲冑トロールを一瞥し、志穂に視線を戻した。
「少々貴女に興味がありまして。国の使いに女性は珍しいですし、旅の話も聞きたい。恥ずかしながら、私はこの町から出たことがありませんので。よろしければ、夕食をご一緒にどうでしょう?」
男性は笑みを崩すことなくそう言った。だが志穂は気づいていた。ゲオルグ達を一瞥したその瞳がとても暗く、濁っているのを。その瞳が、志穂の顔を撫でまわすように熟視していることを。
志穂は意識して困った顔を作った。「すみません。せっかくのお誘いですけど」
「今日は町の様子を見たいので遠慮させてください。早く皆さんが安心して暮らせるよう、頑張りますね」
「そうですか。残念ですが仕方ないですね。では、またお誘いします」
「ええ、ありがとうございます」
暗鬱な視線を全身に感じながら、志穂は笑顔で男を見送った。
窓から地上を見下ろし、男性が宿から離れていくのを確認して、志穂はふうとため息をついた。あの視線がまだ身体に絡みついてるような気がして、ぱぱっと腕を払う。ゲオルグも厳しい顔で窓から外を眺めていた。「シホ、一人で行動するなよ」
わかっている。ゲオルグの言葉に頷いて、志穂はベッドにどさりと横になった。
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空が藍色に染まり、月が顔を出す頃。外から窓を叩く音が聞こえた。待ってましたと志穂は窓を開く。ばさりと漆黒の鳥が部屋に入ってきた。八咫烏だ。その足にはスライムも絡まっていた。
八咫烏から離れたスライムはぽよんとひと跳ねして、志穂の腕に飛び込んでくる。しっかりと抱きとめて、首を左右にぱきぽきと曲げている八咫烏を笑顔で迎えた。
「お疲れ様ヤタくん。何かわかった?」
『おうよー。いろいろわかったぜタイショー。子供とられた奴らとも話してきた。んでもって、今日の探索は遠慮してもらったわ。ここの人間が刺激受けるかもしれんし』
さすが八咫烏! お願いする前に、しっかりと被害者家族(?)の聞き込みを終わらせていたようだ。八咫烏はとんとベッドに飛び乗り、えっへんと胸をそらす。志穂とゲオルグは慌てて床に正座し、甲冑もがしゃんと胡坐をかいた。スライムはいそいそと志穂の膝の上に乗る。皆の視線を浴びて心地良いのか、八咫烏は恍惚の表情を浮かべるが、すぐに顔をきりっと引き締めた。
『まず町に入ってくる奴らな。あいつらは子供の気配を追って町に来るんだが、今は気配が無いんだと。最後に子供の気を感じたのが町だから、諦めきれずに探しているって言ってた。俺様が調べただけで、ざっと五人いなくなってる。どいつも、消息は不明だ』
「…そんなに」
『んでもって魔物が町に集まってる理由なんだがな。これがよくわっかんねーんだけどよ』
八咫烏は翼でがりがりと頭を掻いた。器用だ。
『とても大事なものの気配がするんだとよ』
集う魔物がみんな、口を揃って言っていたらしい。あの町のどこかに、とても大切なものがあるのだと。護るべきものが奪われたと。取り返さねばならない、と。
『けど俺様達は人間を傷つける欲とかそういうのねーんだよ。あ、自衛は別な。いくら優しい俺様達でも死にたくねーし攻撃されたら反撃するぜ。まあ、自衛以外に極力手を出したくないわけよ。だから、大事なものを取り返さなきゃいけないけど、人間を傷つけたくないしで、集まってみたもののどうするかって悩んでたわ』
『ヤタくんやおとうさんは、その『大事なものの気配』は感じないの?』
志穂の言葉に、八咫烏も甲冑もスライムも、困ったようにうーんと首を傾げた。
『我等ハ主ト契約シテイル故、対象外ナノカモシレヌ』
『俺様達はタイショーのもので、野良じゃねーからな。タイショー以外の命を優先するような声は聞こえないのかもしれねーな』
黙って話を聞いていたゲオルグが、すっと手を挙げた。八咫烏がきらりと瞳を光らせる。『なんだよ人間。発言を許してやるぜ、言ってみろ』ゲオルグは感謝すると軽く頭を下げ、八咫烏を見上げた。
「その大事なものを取り戻せば、魔物達は元の場所へ戻るのだろうか」
『そら、それ目的で集まった奴らはそうなるだろうな。こんなとこ居たってしょーがねーし。…子供奪われた奴らは、納得するまで無理だろうけどよ』
「そうか」
そう言って、ゲオルグは隣に座る志穂に視線を移す。その眼差しは氷のように澄んでいた。見つめていると吸い込まれそうだ。志穂はゲオルグの視線から逃れるよう、ぱっと顔を逸らして俯いた。頬が熱い。
「シホ。…おまえは、何も感じないのか?」
え?
「シホは、魔物達が感じている気配を、感じないか。シホは魔物と心を交わすことができる。シホなら、何かわかるんじゃないだろうか」
そうなのだろうか。八咫烏が言っていたような気配は、感じていないけれど。
志穂は顔を上げてゲオルグを見た。彼は真剣な瞳で見つめている。八咫烏も、甲冑も、スライムも、みんな志穂をじっと見つめていた。
わかるだろうか。私に。魔物達の大切なものの気配が。志穂はゆっくりと瞳を閉じて、感覚を研ぎ澄ました。
闇の中、ふわりと淡く光るものが見えた。ふわり、ふわりと闇を漂っている。光は狭い場所に閉じ込められているのか、少し移動しては壁にぶつかり、弱弱しく元いた場所に戻ってふわりと浮かぶ。
志穂は手を伸ばすが、墨を塗りたくったような闇の中では自分の姿も見えない。伸ばした手は壁のようなものに阻まれて光に近づくこともできない。壁を叩いてみる。何の音もしない。声をかけようとした。声が出ない。助けたいのに。あの光を、あの場所から解放してあげたい。
ああ、魔物達が大切なのは。取り戻したいと思っているのは、あなたなのね。
必ず、助けてあげる。
光から、小さな啜り泣きの声が聞こえた。
はっと目を開くと、心配そうな表情のゲオルグが視界いっぱいに見えた。その顔の近さに驚く。「…目が覚めたか。大丈夫か?」どうやら自分はゲオルグに膝枕されているようだ。
なんだなんだ、何があった。
あわあわと慌てているとゲオルグが苦笑を浮かべる。「大丈夫みたいだな」
ゲオルグに抱えられるように身を起こすと、魔物達が心配そうに志穂を見ていた。大丈夫だよと笑い、ゲオルグに向き直る。「何があったの?」
「シホが目を閉じて数分経ったくらいかな。急に倒れたんだ。といっても、10分ほどだが」
倒れたのか。身体が痛みを訴えていないのは、ゲオルグが支えてくれたからだろう。ありがとうと言って身を離すと、彼は優しく微笑んだあと、真剣な瞳で志穂を見る。「それで、何か判ったのか」
志穂は深く頷いた。闇の中浮かんでいる光。近いのに、遠い。あの光は、この町にいる。
静かに泣いていた。涙を、止めてあげなければ。
「わかった。魔物達の大切なものはこの町にいる。閉じ込められて、出られずにいるの」
必ず、助けるから。もう少しだけ待っていて。
いかにも怪しい場所を、私は知っているから。覚えているから。あなたはきっと、そこにいるんでしょう?
「ねえヤタくん。この町に、離れた場所に建てられた家、あるかな?」
ゲームでは半壊状態だったフィーアト。そこの外れた場所にぽつんと建つ廃屋で、八咫烏と戦闘になるのだ。
戦闘の後に入れる廃屋には、最強武具である鎧が隠されている。
突然話を振られた八咫烏は赤い瞳をぱちくりとさせたが、すぐにばさりと翼を広げた。『あるぜ! 俺様、場所もしっかり覚えてる!』
「そこに、連れて行って」
『モチロンだぜ!』
振り返ってゲオルグを見る。彼は頷き、志穂に手を差し出した。
「いこう、シホ」
次話は明日更新します!




