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 ユニコーンとワイルドボーの足は速かった。それはもう、とてつもなく速かった。というか速すぎた。フィーアトまで4日かかるという距離を、ものの数時間で終わらせたのだから。

 正直、生きた心地がしなかった。落馬しなかったのはゲオルグがしっかり支えてくれたおかげだ。


 フィーアトが目視できる場所で降ろしてもらい、名残惜しそうにするユニコーンとワイルドボーにお礼を言い、別れた。

 ここまで運んでくれた魔物の姿が見えなくなるまで手を振り、志穂はフィーアトへと視線を向ける。ゲームでは半壊状態だったので、てっきり小規模の村だと思っていたのだが実際のフィーアトは村というより町と言っていいほどの大きさだった。石造りの家屋が所狭しと並んで建っており、町の中心部には噴水もある。町は石壁に囲まれており、町の入口にある立派な門は固く閉じられていた。

 よく見ると、町を囲む石壁は所々崩れ、そして、町から100メートルほど離れたところに、魔物の群れが見える。魔物達は町を囲むようにぐるりと輪になっていた。


 魔物達が集っている。しかし町は壁が壊れているけれど無事のよう。間に合ったと、志穂はほっと息を吐く。だけどのんびりしてはいられない。フィーアトへ向かわなければ。だけど、町へ入るには魔物の群れを通らなければならない。魔物達は、通してくれるだろうか? 考えていると、甲冑がぽんと志穂の背を優しく叩く。


『我ヤ八咫烏ト契約ヲシテイル主ナラ問題ナイ。我ガ同胞ハ、己ヨリ強イ者ニ従ウ』

『つまり、俺様と契約したタイショーはあいつらに邪魔されず町にいけるぜ! なんせ俺様、偉いからなー』


 志穂に手を出すということは、契約してる魔物に喧嘩を売ったことになるそうだ。魔物の世界にもヒエラルキーがあるのか。ちなみに八咫烏は上層階級、甲冑は中の上で、スライムは下層だそう。

 上級魔物と契約を交わしている志穂は、魔物相手ならほぼ敵はなしという状態らしい。なんということでしょう。知らない間に強くなった気分だ。

 だがゲオルグは普通の人間である。フィーアトは魔物に襲われたという話だし、彼も襲われるかもしれない。志穂は自分の状態を説明し、傍から決して離れないようゲオルグに頼んだ。志穂の傍にいる限り、魔物はゲオルグに手出しできないはずだ。

 ゲオルグは頷いて、志穂の手を握る。


 八咫烏は町の偵察のため空へ。スライムは町近くの茂みに身を潜ませるべく志穂から離れる。二人を見送り、志穂はゲオルグと甲冑トロールを連れてフィーアトへと歩を進めた。


 魔物達の赤い瞳が志穂を見る。熊みたいな魔物や巨大な甲虫のような魔物。頭が二つある魔物もいれば、大蛇のような魔物…数多の視線が肌を刺す。隣を歩くゲオルグから息を呑む気配を感じるが、志穂は彼らの視線を怖いと思わなかった。なぜだろう、以前はとても怖かったはずなのに。スライム、トロール、八咫烏…心強い友達と出会ったからだろうか。

 魔物の群れに近づくと、魔物達が志穂の進む道を開くよう左右に分かれる。目が合った獣人のような魔物ににこりと微笑むと、獣人の赤い瞳がぱちくりと瞬いた。獣人は全身毛むくじゃら。口から覗く二本の牙は鋭利で、口端からはだらりと涎が垂れていた。けれど志穂を映す赤い瞳はつぶらで、とても可愛いと思えた。


 魔物の群れを通り、フィーアトへと辿り着いた。町の門は侵入者を拒むよう固く閉じられている。「誰かいませんか」ゲオルグが声を張り上げると、門の内側からバタバタと慌てたような足音が聞こえた。かちゃかちゃと金属音も聞こえる。鎧を着ているのかなと思っていると、門の隙間から中年男性の顔が見えた。簡易な鎧を身につけた男性の頬は痩せていて目に隈も出来ている。

 男性は志穂達を見てとても驚いていた。「あんたたち! よくここまで来られたな! はやく入んな!」慌てて門を開き、志穂達を招き入れてくれた。

 シュロス城といい、この国はセキュリティが甘い。警戒されて町に入れないのはとても困るが、あっさりと招き入れるのもどうなのだろう。周囲に魔物が集っていて、襲われているのに。

 志穂は門を開けてくれた男性に礼を言い、町に視線を向ける。石造りの家屋が所狭しと並んでいるが、周囲に人の姿はなく、とても閑散としていた。どこか重苦しい空気が流れており、少し息苦しく感じる。

「人がいませんね」ゲオルグの言葉に、男性が疲れたように肩を落とした。「そうなんだよ」


「急に魔物が増えてなぁ。魔物に襲われたって人もいるし、みんな魔物を恐れて家に引き籠ってるのさ。俺が知る限り、こんなことはじめてだ。あんたたちもえらい時に来ちまったなあ」

「おれたちは、シュロス国王の命でこの事態の原因を解明する為に来ました。詳しい話が聞きたいのですが」


 ゲオルグの言葉に、男性は一瞬目を丸くしたが、すぐに明るい笑みを浮かべた。「それは本当か! そういうことなら町長の所へ案内しよう。さ、こっちだ」

 志穂はフードが外れないよう深く被り直して先導する男性について歩く。「王様は魔物に目を付けられたここを見捨てたのかもしれないって思っていたが、そんなことなかったんだなぁ」と男性は嬉しそうに言った。志穂は歩きながら周囲を探る。身体に纏わりつくような嫌な気配を感じるが、何も見えない。ぞくりと肌が粟立つが、ゲオルグと繋いだ手のあたたかさが心を落ち着かせてくれた。

 しばらく歩いていると、ゲオルグの足が止まった。「ここが町長の家だ」男性の声に、志穂は顔を上げる。煉瓦造りの二階建ての家が建っており、玄関の周りには色とりどりの小さな花が鮮やかに咲き誇っていた。男性は扉をトントンとノックして志穂達の訪れを告げる。扉が開き、恰幅のいい初老の男性が顔を出した。

「よく来てくれたね」町長が人の好さそうな笑みを浮かべるが、その表情からは疲労が隠せない。どうぞと促され、応接室へと案内される。そこには数人の成人男性が顔を合わせるようテーブルを囲って座っていた。会談の最中だったのだろう。ノックと共に開かれた扉に視線が集まり、ゲオルグと志穂、そして甲冑トロールは注目の的となった。


「町長、その方達は?」集まっていた男の一人が立ち上がる。「シュロスからの使いの方だよ。騒ぎを収める為に来てくれたそうだ。今までの経緯を説明するためにも、同席してもらうことにした」

 町長の言葉に、男は「そういうことなら」と腰を下ろす。町長に促され、志穂は、先に座ったゲオルグの隣に腰を降ろした。甲冑は座ることを拒み、志穂を守るように背後に立つ。

 視線を感じて顔を上げると、部屋に集っている男性達がじっとこちらを見ていた。背後の甲冑を見ているのかと思ったが、どうやら志穂を見ているらしい。なぜだ。戸惑っていると、ゲオルグがそっと耳打ちしてきた。


「シホ、フードだ」


 あ、そうか。そういえばフードを目深にかぶったままだった。国王の使者と名乗る少年、フードをかぶった性別不明の人物、そして全身鎧の大男。怪しすぎる三人組だ。

 自称:国の使いとのたまう三人組を、よく信じたなあと思う。が、今の現状に困り果てて、藁をも縋る気持ちなのかもしれない。これ以上、悪い事態にはならないと思っているのかも。

 フードを取るべきかとゲオルグを見ると、彼が小さく頷く。志穂はフードに手をかけ「顔も見せず、失礼しました」と言ってぱさりとフードを外した。黒髪がさらりと頬に触れる。男達が息を呑み、テーブルに身を乗り出して志穂を凝視する。奇異の視線を感じて志穂は居心地が悪くなり肩を竦める。ゲオルグは志穂と繋いだままの手をぐっと握り、志穂を見つめる男達を見回した。


「失礼。町がどのような状況なのか、説明をお願いしても?」


 この言葉に、男達がはっとしたように姿勢を正す。「勿論ですとも」町長の言葉を口切りに、男達がフィーアトの現状について語り始めた。



 ひと月ほど前から、魔物が町の外壁付近をうろつくようになったそうだ。前触れもなく、突然のことだったらしい。

 魔物が外壁を壊して町に侵入し始め、魔物に出くわした住人が身を護るために攻撃し、反撃されて怪我をすることが多発していたそうだ。壊された外壁は直してもすぐ破壊されるらしい。

 だが魔物を観察してみると、魔物は自分から人間に手を出すことはなく、何かを探すように町内を彷徨い歩き、数時間経つと外へ帰っていくのだという。魔物が出没するのは、主に日暮れ前。

 魔物に危害を加えなければ被害を抑えられると考えた町長は、住人に魔物に手出ししないよう伝えたのだという。怪我人は出なくなったが、住人は魔物を恐れて家に引き籠るようになり、町が閑散としたのだと。


「…ですが、魔物達の動きがおかしくなってきましてね」


 町長がふうと重いため息を吐いた。「どうしてだかわからんのですが、魔物達が集まってきとるんです」

 フィーアトを囲むように、輪のように集っていた魔物達。自身の目で見た光景を思い出しながら、志穂は町長を言葉を聞いていた。「あんなたくさんの魔物が襲ってきたら、ひとたまりもない! どうすれば良いか、町の者と話し合うところだったんです」

 町長が縋るような瞳でゲオルグ達-主に甲冑-を見た。ゲオルグは顎に手をあてて思案顔。志穂はテーブルを囲む男達の顔をぐるりと見まわし、一番気になっていることを尋ねる。


「魔物が、町へ来る理由に心当たりはないですか?」


 町長は男達と顔を合わす。「わかるか?」「いえ、俺達は」小声で交わされる言葉。志穂は彼らの言葉を聞き逃さないよう耳をそばだてる。彼らは慌てることなく落ち着いて話し、町長が代表して口を開いた。


「皆目、見当もつきません。少し前まで、魔物の姿さえ見なかったのですから」

「魔物が何かを探すように彷徨うと言ってましたが、それは?」


 町長が大きな体を縮こまらせる。「申し訳ない、それもさっぱり」

 周りの男達も頷く。動揺している者もいないようだ。志穂は小さく笑んだ。「そうですか。ありがとうございます」


 この様子だと、町長含む室内にいる男性達は何も知らないのかもしれない。魔物が集う理由。魔物が何を探しているのか。浮かぶのは、志穂の脳裏に焼き付いた八咫烏のあの言葉。


『あそこのやつら、人間に子供とられてんだよ』


 魔物が探しているのは、攫われた子供の可能性が高い。

 そして、人間を傷つけたのは魔物の自己防衛だ。見た目が恐ろしいものも中にはいるが、やはり魔物は人前に現れずにひっそりと暮らす、大人しい種族なのだ。そんな子たちが集まって取り戻そうとするほどのものが、この町のどこかにある。

 志穂は、それを見つけなければならない。


「とりあえず、一晩様子を見せて下さい。町に魔物が来るのなら、それも確認したい」


 ゲオルグの言葉に、町長達は不安そうに顔を曇らせる。それはそうだろう。町の周囲にはたくさんの魔物がいるのだから。志穂は皆を見回してにこりと微笑んだ。「大丈夫ですよ」


「まだ魔物が集団で攻めてくることはありません。安心…は出来ないでしょうけど、少し、私たちに時間を下さい」


 なぜだか自信があった。魔物達はまだ動かないと。

 笑顔できっぱり言い切る志穂に、町長は戸惑いながらも「そうおっしゃるなら…」と言い、男達も「町長がそう言うなら…」と言い、この場は解散となった。

 宿を用意するという町長のお言葉に甘えて、志穂も席を立つ。考えることがたくさんある。早く落ち着ける場所で相談したい。未だ思案顔で座っているゲオルグの手を引き、志穂は微笑む。


「ゲオルグ、いこう」

「…ああ」


 ゲオルグは静かな瞳で志穂を見つめていた。


次話は明日更新します!

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