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09


 八咫烏の三本足ががっしりと甲冑(と、その体に絡みつくスライム)を掴んで飛び上がり、城壁を越えて外に戻る様子を見送ってから、志穂とゲオルグは町の衛兵に破落戸どものアジトを報告した。

 男達は人攫いだけでなく色々と手を出していたお尋ね者集団だったらしく、結構な額の報奨金を受け取った。なんという幸運。棚からぼたもちとはこういうことか。思わぬ臨時収入に、志穂も懐もほくほくした。

 そういえば、ゲオルグは志穂がいた小屋までどうやって来たのだろう。先程の甲冑みたいに八咫烏に運ばれたのだろうか。気になったのでゲオルグに問うと、彼はふと遠い目をした。視線はそのままで、ぼそりと教えてくれた。八咫烏の足に掴まれた甲冑に抱えられて空を飛んだのだと。ふっと彼は小さく笑む。「なかなかの、体験だった…生きていて、こんな体験するとは思わなかったな…」

 それはそうだろう。魔物に抱えられて、そのうえ空を飛ぶなんてどんな状況だ。魔物に攫われるくらいしか思い浮かばないわ。

 志穂はゲオルグの肩をぽんと叩いて「ゲオルグも大変だったね。ありがとう」と言った。


 さて、とりあえずフィーアトへ向かわなければ。


 予定外の時間を食ってしまった。もう間もなく日が暮れ始める時間だが先を急ぐのでさっさとシュロス城下町から出て『ヤタくんとゆかいな仲間達』と合流した。言わずもがな、八咫烏が命名したチーム名である。

 道中、やはり遠くからちらちらと魔物の視線を感じるが、近づく気配はない。志穂達を遠巻きに観察しているようにも見えた。

 遠くの魔物をちらりと見て、志穂の隣をとっとっと歩く八咫烏に視線を向ける。何故か彼は飛ばずに志穂の隣を歩いていた。ちょこちょこと歩く姿はとても可愛らしい。ずいぶん大きいけど。


「ねえヤタくん」

『なんだよタイショー』


 主の次は大将ときたか。志穂は肩を竦めた。呼び名を再検討していただきたいが、この八咫烏が素直に従うとは思わない。だって『タイショー』と言ったとき、目がキラキラしていたもの。

 志穂は苦笑いを浮かべた。


「ヤタくんは、魔物が人を襲ってるって本当だと思う?」

『あーそれな。しゃーねーんじゃないかなー。悪いのは人間だし』


 なぁ? と八咫烏は後方を歩く甲冑を見た。首肯する甲冑。その肩に絡まるスライムも肯定するようにぷるんと揺れた。いつの間にか甲冑とスライムがとても仲良しになっている。いやいや、それは置いといて。

 どういうこと? と促すと、八咫烏が明日の天気を教えるように、さらっと口にした。


『あそこのやつら、人間に子供とられてんだよ』


 その言葉に、志穂とゲオルグは息を呑んだ。



*******



 ぱちぱちと薪が爆ぜる音が聞こえる。八咫烏の魔法で火が簡単に熾せるようになった。志穂は焚火の炎を見つめながら、八咫烏の言葉を思い出していた。


『人間に子供とられてんだよ』


 奪われた子供を取り戻すために、魔物は人を襲った。それが本当かどうか確かめ、解決するのが志穂の勤めだ。


 志穂は攫われた子供を知っている。恐怖に歪んだ目を、震える身体を知っている。そして自身も攫われて恐ろしい目にあった。そして、次は魔物の誘拐。どれも、犯人は人間だ。

 ふと、ドリットドルフで出会った男性を思い出す。自警団の彼は言っていた。憎く恐ろしいと思うのは、人を襲い、奪い、時に殺す、人間だと。

 魔物は滅多に人を襲わない。そう教えてくれたのはゲオルグだ。志穂の出会った魔物は、初めこそ恐怖を抱きはしたけれど、その後に出会ったスライムも、甲冑を着たトロールも、陽気な八咫烏も、みんな志穂を助けてくれた。ドリットドルフでも、シュロスでも、志穂に恐怖を与えたのは、魔物ではなく、人間だった。


 八咫烏の言葉を疑うわけではないが、魔王が出現したという可能性も否定できないが。

 志穂は隣に腰を下ろしている甲冑を見た。静かに焚火を見ているその姿は、銀の甲冑が炎の色を映していてとても綺麗だった。


「ね、おとうさん。おとうさんって、魔王がいると思う?」

『魔王? 何者ダ』


 兜のスリットから覗く赤い瞳が志穂を見る。魔王が通じないのか。志穂はどういえばいいかなと考えた。


「そうだなあ、魔物達の王様かな。魔物の頂点にたつ存在みたいな」

『居ラヌ。我ノ主ハ主ダケダ。魔王ナドト言ウ者ガ存在シタトシテモ、我ガ従ウノハ主ノミ』

「そうなの?」

『そうだぜー。俺様達はタイショーと契約したんだからな。タイショーが生きてる限り、俺達はタイショーに従うぜ』


 甲冑の影からひょっこりと八咫烏が顔を出す。『それに、俺様これまで世界を飛び回ってたけど、魔王なんて知らないし存在も感じたことなかったなぁ』

 志穂の足元にいるスライムもぷるぷると肯定した。魔物達が揃って「魔王はいない」と言うのだから、魔王はまだ出現していないのだろう。

 ということは、フィーアトの騒動の原因は人間側にあるということだ。

 黙り込んで思考する志穂をどう思ったのか、八咫烏が志穂の前に移動して、ぽんと翼で肩を叩く。


『心配するなよタイショー! ヤタくんとゆかいな仲間たちは、ずっとタイショーの味方だからよ!』


 八咫烏の言葉に、ゆかいな仲間たち二人も頷いた。志穂はきょとんと瞳を丸くし、あははと声を出して笑ってしまった。



 シュロス城を発って四日目の朝、予定通り対岸へと繋ぐ大橋へと到着した。目の前に広がる大川は太陽の光を受けてキラキラと輝いており、白い飛沫を光らせる。

 強い風が吹き、志穂のかぶった外套がばさばさと踊り、フードが外れそうになった。フードを押さえながら隣に立つゲオルグを見ると、彼は呆然と佇んで風を受けている。そんな顔になるのも無理もない。志穂はふうとため息をひとつ吐いて視線を戻した。目の前に広がる大きな川。そこに架かっている長く立派な作りの橋は、対岸との中間地点でぽっかりと穴を空けている。

 どうしたらあんな穴が空くんだと問いたい。が、ゲームでもこの現実と同じように、橋に穴が空いていたのだ。対岸に行くためには、祠から洞窟に入らなければならない。そして、祠の扉を開けるには、破落戸どもの小屋から入手した鍵が必要なのだ。

 志穂は佇むゲオルグの肩をぽんぽんと宥めるように叩いてぐるりと周囲を見回した。少し離れた場所にぽこりと丸いものが建っている。あれかな? 志穂はゲオルグの腕に両手を巻きつけ、驚く彼をぐいぐいと引っ張って歩き出した。ぞろぞろと、リーダーを筆頭にゆかいな仲間たちもついてくる。

 扉の付いた、丸い石祠。扉には錠前が付いていて、志穂は躊躇いもなく鍵を錠前に突っ込んだ。ゲオログから驚いたような声が聞こえたがスルーして、志穂は鍵を回す。かちりと小さな音がして錠前が外れた。

 そうっと扉を開くと、中は墨を塗ったように真っ暗だった。扉から漏れる光が筋を作り、風が埃を舞い踊らせる。中を覗こうとする志穂を制して、ゲオルグが慎重に石祠の様子を探った。彼の肩越しに、志穂も中を覗く。

 人が三人入ったら狭くて身動きができなくなるくらいの小さな空間。祠の奥には朽ちかけの祭壇らしきものがあり、祭壇の下には乱雑に茣蓙が敷かれていた。ゲオルグに頼んで茣蓙を退けてもらうと、そこには地階へと続く石の階段があった。ゲーム通りだ。ここを通れば対岸へと行けるだろう。しかし。志穂は祠の中に入り、階段を険しい顔で睨んでいるゲオルグの隣に立つ。

 志穂は悩んだ。じっと階段への入口を見下ろす。眉間に寄った皺をこりこりと揉みしだき、扉を振り返った。扉から中を覗く、逆光で輪郭をきらきらと輝かせている魔物達。銀色の甲冑を纏ったトロールの身体は大きく、祠の扉をくぐれるかどうかわからない。祠に入れたとして、階段は無理だ。

 狭いのだ、階段の幅が。スライムや八咫烏は通れたとしても、甲冑は通れない。かといって、甲冑を置いていくわけにはいかないし。どうしたものか。


『どうしたんだよタイショー。難しい顔して』


 八咫烏の明るい声に、志穂は階段を見下ろしたまま答えた。「みんな一緒にここに入るにはどうしたらいいかと思って」八咫烏が『ちょっとごめんよ』とゲオルグを押しのけて志穂の横に並んだ。ぽっかりと開いた暗い地下への入り口を見る。振り返って、扉から中を覗く甲冑を見た。そして、志穂を見る。『いや無理だろ』だよね。志穂は困ってしまい、頬に手を当てた。八咫烏は首を傾げる。


『なんでここ通らなきゃいけねーんだよ』

「ここを通ると対岸へ行けるの。橋は通れないし、フィーアトに行くにはここしかないんだけど」

『おいおいおいおい。何いってんだタイショー!』


 八咫烏がばさりと翼を広げた。狭い室内で大きな翼を広げるものだから、ばちんと体に翼が当たる。痛い。『おっとすまねえ』慌てて翼を納め、八咫烏はびしっと胸を張る。『俺様のこと忘れちゃいけねーぜ?』


『ちょいと時間はかかっちまうが、俺様が向こう岸まで運んでやるよ』


 その手があったか! 志穂はぽんと手を打って八咫烏を見た。そういえば彼は、甲冑とゲオルグ、そしてスライムを掴んで城壁を飛び越えられるほどの力持ちなのだ。

 お願いできる? 尋ねると、八咫烏は赤い瞳を細めて頷いた。『あったりまえだぜ!』


『けど距離があるからな。二回に分けて運ばせてもらうぜ。最初はトロールと人間、そんでタイショーとスライムだ』


 了解だと、その場に居た皆が頷いた。



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