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08


 魔物と主従関係というのは大層便利なものらしい。


 小屋の床に転がっている男達をゲオルグが荒紐でがんじがらめに縛り付け、猿轡を噛ませている間、志穂は外で甲冑から事のあらましを聞いていた。ちなみに、スライムは男達が意識を取り戻しそうになると、その顔に巻き付いて再び地に沈めている。むごい。でもざまあみろ。


 主従を結んだ魔物は、常に主人の気を感じるのだという。おおまかな居場所は判るそうだ。GPSみたいなものかと志穂は思った。だが主人の意識がなくなると、気も途絶えるのだそうだ。

 志穂が薬をかがされて意識を失った頃、甲冑もスライムも志穂の気配が途絶えたことに違和感を覚えたらしい。すぐに動けるよう、城下町の入口の近くで身を隠していたそうだ。そして、しばらくすると血相を変えたゲオルグが町から飛び出してきたらしい。

 ゲオルグと合流したのはいいが、意思疎通は出来ないし志穂の気配は感じないしでどうしたもんかと困っているとき、上空から声が聞こえたのだという。


「声?」

『然リ。我ガ以前、鳥ヲ飼ッテイルカ聞イタダロウ。其ダ』

「とり」


 志穂は自由になった右手で庇を作り、空を見上げた。遥か上空を滑空している黒い鳥。ああ。そうか、あの鳥は。だからあのとき。

 今まで何度か不思議なことがあったが、鳥の正体に気付いて、そういうことだったのかと腑に落ちた。


 志穂は鳥に向かって「おいで」と呼びかけた。黒い鳥はゆっくりと降下して志穂の前にぱさりと降り立つ。

 黒い鳥。鴉のように漆黒だがとても大きく、普通の鴉の3倍はありそうだ。だが、目の前の鳥には足が三本あった。

 三本足の、八咫烏。元の世界では日本神話で導きの神として知られるそれは、このゲームの世界では魔物扱いだった。それも、上位の。フィールドエンカウントで出てくる魔物ではなく、イベントのボスだ。そのイベント、ここではまだ起こってないけど。

 ゲームの八咫烏はとても強かった。特に炎の魔法は強力で、連発されると回復が追い付かず何度も負けて泣かされたものだ。


 八咫烏の赤い瞳に志穂が映っている。志穂はにこりと微笑んだ。


「ありがとう八咫烏さん。あなたのおかげで助かりました」


 八咫烏がぴくりと翼を震わせた。志穂は瞳を伏せて思い出す。旅立ったばかりの頃を。


「それだけじゃないよ。いつかの魚と鳥。あれもあなたでしょ。ありがとう。とても、おいしかったです」


 そして、数日前の子供の誘拐事件のとき。帰りの道中、志穂達の道を照らした魔法の灯。八咫烏は、炎を操る。


「夜の森の、あの魔法。あれもあなただよね。ずっと見てくれてたのね。ありがとう」


 空を見上げると、よく黒い鳥を見かけた。それは、この鳥だったのだ。理由は判らないけれど、この魔物はずっと志穂達を見守っていてくれた。

 志穂が話し終えるのを待って、その嘴がゆっくりと動いた。


『やーーーーっと気付いたのかよ。ちょっとばかし鈍いんじゃないのか姉ちゃん』


 ええー。

 志穂は目を丸くした。気にせず、鴉はぺらぺらと続ける。


『いつ気が付くかと思ってたんだけど全っ然気付かないんだもんなぁ。魚や鳥が降ってきたら気付きそうなもんだけどあんたらときたら全く気付かないし疑いもせずに食べるし俺様が悪い鳥だったらどうすんの? あんたらもう死んじゃってるぜ。いや殺さないし俺様も途中から面白くなっちゃって色々手助けしたけど』


 マシンガントークとはこういうものだろうか。

 嘴を動かしてぺらぺらぺらと喋る鳥をぽかんと見ていたら、いつの間にか隣に来ていたゲオルグも口をあんぐりと開けて呆然としていた。あ、珍しい表情。カメラがあったら連写していたのにそんな便利なものこの世界にはない。

 三本足で立ち、翼をばっさばっさと動かしながら喋る鳥は、ちらりと志穂の隣に立つゲオルグを羽先を指のようにしてびしっと指差す。


『ちなみに、俺様えらい魔物だからそこの人間の言葉話してんだぜ。俺様の言葉わかるだろ人間。そうだろ、判るだろ。俺様えらいからな!』


 こくこくと頷くゲオルグを見て、機嫌を良くした鳥はどうよと胸を張る。背景に「ドヤァ」文字が見えるようだ。魔物もドヤ顔ってするのねと志穂は思った。『とうぜん魔物言葉も使えるけどなー!』と、鳥は更に胸を張ってふんぞり返る。


 言われてみれば、鳥の言葉は甲冑のように頭に響くものではなく、ちゃんと嘴から発せられている。志穂にはこの世界の人語が多重音声のように聞こえるが、不思議なことに、人語を操っているという鳥の言葉は多重音声に聞こえない。


 八咫烏は三本足でとことこと志穂に近づき、赤い瞳をきらきらと輝かせた。『なあ姉ちゃん』

 うん? 志穂は首を傾げて、続く言葉を待った。


『なんかわかんねーけど、俺様あんたを初めて見た時から気になって仕方ねーの。だからずーっと空から見てたわけ。あんたおもしろいのよ。スライムだけじゃなくトロールまで誑し込むなんてすげーことだぜ。それに、俺様の正体あっさりと見破ってくれちゃったしさぁ。魔物ってばれないよう結構高く飛んでたんだぜ? なのにあっさりと八咫だって言い当てるなんてやるじゃん気に入ったよ。だから俺様も連れてけ』

「うん?」

『ダメって言われてもついてくけどなー。ついでに俺様にも名前くれよ名前』


 八咫烏が興奮したようにばっさばっさと翼を羽ばたかせる。その風を全身に受けながら、志穂は『俺様、役に立つぜぇ』と言う八咫烏をきょとんと見た。「名前を付けたら主従になるんじゃないの?」聞くと、魔物はふふんと鼻で笑う。


『俺様ちょー長生きだから、人間の一生なんてあっという間なの。契約結んだらあんたが死ぬまでそれに縛られるけど問題ねーってもんよ。それまで退屈しなさそうだし』


 魔物の寿命が何年なのか、そもそも寿命があるのかわからないが、志穂の寿命は平均を考えるとあと60年程だろう。60年があっという間だなんて、魔物という種族は随分と長生きだ。

 まあ、本人が希望しているし、命の恩人だし、友達が増えるのは嬉しいとも思えるし。何より八咫烏って強いし。すでに魔物二人と契約してる身としては、それが三人に増えても問題ない。

 ちらりと隣のゲオルグを見ると、彼は額を押さえて空を見上げていた。「魔物って喋るのか…すごい…なんか、思ってたのと違うけど…」などとぼそぼそと呟いている。わかる。なんかチャラいよねこの烏。

 そういえば彼の父親は趣味で魔物研究をしているのだったか。ゲオルグも魔物に興味があるらしく、魔物についてメモを残していることに志穂は気づいていた。

 八咫烏が同行したら、ゲオルグの魔物観察も捗るのか。いいじゃない。契約しよう。そうと決めたら問題は、名前だ。

 ふむ。志穂は顎に手をかけてうーんと唸った。

 この子の名前どうしよう。じろじろと八咫烏を見つめる。大きな漆黒の体。艶やかな毛は美しく、陽の光を浴びてきらきらとしている。赤い瞳は大きくくりくりしてて可愛い。よし。決めた。

 志穂は人差し指をぴっと立てて八咫烏の名を告げた。


「ヤタくん」

『そのまんまじゃねーかよ』


 ぶちぶち文句を言いながらも、八咫烏ことヤタくんは嬉しそうにばさりと翼を大きく広げた。

 スライムと甲冑トロールに『今日から俺様がリーダーだからな!』と偉そうに胸を張っている。それを見ながら、志穂は思った。


 自分にステータス画面があるのなら『職業:魔物使い』と表示されてるんじゃないかしら、と。



*******



「ところで、ここはどこでしょう」


 きょろきょろと辺りを見回して志穂が問う。林の中にぽつんと建つ、半壊になった石造りの小屋。遠くに城が見えるからシュロス城下町なのだろうか。


「町外れだ。道もなかったし、魔物たちがいなかったら見つけるのに時間がかかっていた」


 ゲオルグの言葉に、魔物達の自称リーダーがドヤァと胸を張る。志穂は改めてお礼を言い、小屋を見る。城下町の外れに隠れるように建つ小屋、破落戸たち…。志穂ははっとした。ここだ。祠の鍵があるのは。


 フィーアトへ向かう祠の鍵、それを手に入れる為の手順。それはシュロス城まで戻り、城下町で悪そうな男達が隠れるようにこそこそと、橋に向かって歩いている姿を目撃したという話を聞いた後、男達のアジトと言われる町外れの小屋に行くのだ。そこで扉を塞ぐように立っている男に話しかけると戦闘開始。勝利すると重要アイテム「祠の鍵」をゲットできるのである。

 ゲームでは、の話だが。


 志穂は小屋の中を調べたいと言い、ゲオルグと一緒に小屋へ入った。崩れた壁は、甲冑が外から殴り壊したらしい。豪快である。

 荒れた室内の床には縛られた男達が転がっていたが気にせず、志穂はすたすたと歩く。ぐにっと何か踏んだ気がするが気のせい。体重を思いっきり乗せて踏みつけたりなんてしていない。

 さて、鍵が隠されているとしたらどこだろう。志穂はぐるりと室内を見回した。倒れた椅子やテーブル、割れた酒瓶、零れた酒、酒瓶が並ぶ古い棚。志穂は自分が捕らわれていた部屋へ足を向ける。開いたままの扉から中を見る。無造作に置かれた樽、薪、藁に桶…。残念、どこにも壺がない。壺をかしょんと割って道具ゲットがRPGの王道だというのに。

 転がった男達を警戒しているゲオルグが「どうかしたのか?」と尋ねてくる。「うん。ちょっと」と言葉を濁し、志穂は樽に近寄った。腰ほどの高さのそれをとんと手で押すとぐらんと揺れる。空っぽなのか。志穂はぴんときた。うんしょと樽を横に倒す。ごろんと転がる音に交じって、小さな金属音が聞こえた。

 ビンゴ!

 樽の中に手を入れて探ると、小さく冷たいものを指先に感じた。取り出すと、小さな金属がきらりと光る。鍵だ。これがきっと、祠の鍵。

 それをポケットにしまい、志穂は振り返った。黙って志穂の行動を見守っていたゲオルグににこっと笑う。もうこの小屋には用がない。さっさと去るに限るが、この男達を放ってはおけない。


「ここの男達、どうすればひどい目にあう?」

「これ以上にか? これ以上だと死人が出るだろう。衛兵に突き出せば、処罰を受けることになる。そうするか」

「そうね。いなくなればいいね」


 縄で縛られて猿轡を噛まされた男達。打撲だらけで泡を吹いたり結構ひどい目にあってるように見えるが、自業自得である。人攫いなんて滅びろ。


 さっさと衛兵や警吏に突き出して、フィーアトへ向かおう。志穂はポケットの鍵をぎゅっと握る。ひんやりと冷たいそれは、かちゃりと小さく音を立てた。



一話投稿から一ケ月が経っておりました。

途中で投げ出さずに書き続けていられるのも、読者様のおかげです。ありがとうございます!!

完結まで頑張らねば!

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