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06


 志穂は視界いっぱいに聳え立つ建物を見上げた。ついに着いたのだ。目的地に。



 ドリットドルフを出発して4日、ようやく旅の終着点である「シュロス城」へと到着した。

 城に近づくにつれ、ただの砂利道だった旅路は石畳になり、それは城下町の門まで続いた。門番に挨拶してゲオルグと共に門を潜る。

 広場にはたくさんの露店が並び、大勢の人達が行き交っていた。きょろきょろと周囲を見る志穂の手を引き、ゲオルグは言う。「観光は後だ。まず城に向かう」志穂は慌てて頷いた。


 ゲームではドット絵で描かれた小さな城下町だったが、この世界では随分大きな街だ。さすが、ゲーム唯一の城下町。ゲームでは、この城で王から魔王退治の命令が下されるのだ。

 だが、志穂がここに来る理由となった書状内容は既にゲームとは違う。魔王が現れた気配も、魔物が人を襲うこともない、魔物と人が共存する平和な国。

 王が探している人物は自分なのか。どんな理由で呼びつけられたのか。

 志穂は羽織った外套のフードを深くかぶり直して、城下町の観察もそこそこに城へ足を向けた。


 志穂の黒髪は目立つ。人が多い城下町では目立たない方がいいというゲオルグの指示で、志穂は自身の黒髪をフードをかぶって隠していた。フード付きの外套はゲオルグの私物なので、志穂には少し大きい。

 城では王と謁見することになるだろうから、スライムと甲冑トロールは城周辺の森林でお留守番である。甲冑は不満そうだったが、秘技”あるじのおねがい”を使って黙らせてきた。何かあれば名を呼ぶという約束を交わしている。

 

 城下町から城へと続く道は馬車が一台通れるくらいの細道だった。そこをしばらく歩き、唯一の進入路である跳ね橋を通る。この橋を引き上げてしまえば、城という要塞の出来上がりというわけか。


 跳ね橋を渡り、志穂は視界いっぱいに聳え立つ建物を見上げた。


 シュロス城は、たくさんの棟といくつかの館が高い城壁に囲まれていた。城壁には所々窓があいている。弓を射たり石を投げたりする窓だろうか。なるほど。志穂は感心しながらゲオルグに手を引かれるままに歩を進めた。見るものすべてが新鮮だった。


 城門で門番に城からの書状を見せ、来訪理由を告げる。すると、すぐに入場許可が出た。しかも、王との謁見も叶うという。

 驚きの早さ。志穂はぽかんとした。大丈夫なのだろうかこの城。

 案内の兵士についていくと、身体検査もせずに謁見の間に通される。


 大事なことだから二回言っちゃう。大丈夫なのかこの城。


 志穂はセキュリティの甘さに驚いていた。でも、これがゲームならば。主人公は身分確認もされずにずかずかと城に入り込み、玉座の王や王妃に軽々しく話しかけ、あまつさえ、宝箱はないかと部屋に侵入したりするのだ。

 警備が緩くても仕方ないのかもしれない。だって基本がゲームなんだもの。


 土足で踏むのを躊躇うほど高価そうな赤い絨毯が、入り口から玉座まで敷かれている。ゲオルグが跪いて頭を垂れた。志穂も慌てて同じ格好をする。フードをかぶったままだと失礼だと思い、ぱさりと外す。すると、周囲から驚きの声が聞こえた。

 城下町にはたくさんの人がいたけれど、やはり都会でも黒髪は目立つのか。俯いて視界に入る自身の黒髪を見ていると、ふと場の空気が震えた。衣擦れの音が聞こえる。静かな室内に、落ち着いた声が響いた。


「頭を上げよ。よく来てくれた」


 許しを得て、顔を上げる。玉座に腰を下ろした初老の男性。あれが、国王様。

 恰幅の良い身体に、白い髪に白い口髭。微笑む表情は穏やかで、フライドチキン会社の設立者にどことなく似ている。国王は目を細めて跪く志穂達を見下ろした。


「ゲオルグ、久しいの。少し見ぬうちに大きくなったな」

「ありがとうございます、陛下」


 知り合いだったのか。国王の親し気な言葉に、ゲオルグも笑んで答えていた。二言三言交わし、国王の瞳が志穂へと動く。志穂は姿勢を正してその視線を受け止めた。


「娘、そなたもご苦労だった。女の身で旅はつらかっただろう」

「い、いえ」

「さて、早速だが本題に入ろうか」


 国王の言葉に、玉座の後ろに控えていた男性が一歩前へ出て「ニ、三質問いたします」と志穂に言う。


「貴女が、この国に来られたのは?」

「二か月ほど前、です」

「それまでは何処に?」


 なんとこたえたら良いものか。異世界と言っても信じてもらえないだろう。かといって、嘘はまずい気がする。


「別の場所にいました。気付いたら、この国にきていました」


 嘘は言っていない。志穂は男性をじっと見つめてはっきりと答える。男性は小さく頷いた。「では続けます」


「貴女の髪も瞳も珍しい色をしていますが、それは生まれつきで?」

「はい」

「以上です」


 国王に一礼して、男性が元居た場所へ下がる。その質問で何がわかるというのか。志穂は首を傾げた。国王はふむと頷く。


「ゲオルグ、娘の先程の言葉に相違ないかね」

「はい。彼女を見つけたのは私ですので。見つけた時、彼女はこの国の言語が話せませんでした。なので、異国の娘と思っております」

「ふむ。娘、名は何という?」

「シホ、です」

「ではシホ」


 室内に、国王の穏やかな声が響く。


「余が探していたのは、其方だ」


 その言葉に、静寂が破られ、途端に周囲が騒がしくなる。


「其方に、魔物討伐を命じる」

「…え?」


 予想外すぎる展開に、志穂はぽかんと間の抜けた顔で国王を見つめていた。

 国王は頬を緩めて、世間話をするような軽い口調で話し始める。「神託が下されたのだ」


「力持つ者、漆黒を纏う者現る。乱れし世を正す鍵、だとな」


 国王の視線は、志穂をまっすぐ射ていた。

 志穂の外見は、この世界で珍しい黒い髪と黒い瞳。元の世界ではありふれた外見が、この世界では異端だ。

 しかし、なぜ魔物討伐なのか。乱れし世を正す、とはどういうこと?


「近頃、周囲に魔物が姿を見せ始めた。川向こうのフィーアトでは魔物が人を襲っているとの報告もある。

由々しき事態だ。神託にある『乱れし世』とは、このことではないかと余は思うのだよ」


 そこに、漆黒を纏う者が現れたのだ。国王は穏やかに微笑む。しかしその瞳は冷たく、有無を言わさぬ力があった。


「神託を下されし者、シホよ。我が国の乱れを正し、魔物を退け、世を平穏に導け」


 無茶言わないで。どうしてこうなった?

 志穂は国王を静かに見つめているが、内心は大混乱だった。

 ここはゲームの世界だ。だがゲームと違って魔物は大人しく、人に危害を加えていない。それに、ラスボスである魔王もいない様子だった。

 しかし、四番目の村は魔物に襲われているという。ということは、だ。今まさに魔王が現れて、魔物たちが動き出したということなのか。

 そして神託。それが志穂を指し、王に魔物討伐を命じられたということは。

 ゲームが始まり、自分は、ゲームの主人公なのか。


(いやいやいやいや! ないわー)


 志穂は自分の思考に突っ込みを入れた。


 だって私、力ないもの。


 ちょっとここでは珍しい外見の異世界人だけど、戦闘技術も何も持ってないしちょっと変わったお友達がいるだけの平々凡々なそこらへんに転がっている女だもの。

 ゲームの主人公は、ひたすら孤独の一匹狼で旅を続け、剣と魔法で魔物や魔王を倒すのだ。

 だというのに、自分はどうだ。自分にはゲオルグを筆頭に、スライムにトロールという心強い友達がいる。ちなみに魔法は使えない。ゲオルグが言うには、魔物しか魔法は使えないそうだ。

 ゲームとは違う。違うのだ。なのに、似た展開になろうとしている。魔物討伐なんて無理だ。力もだが、何よりも志穂にとって、魔物は友達なのだから。

 友達の仲間をどうにかするなんて、考えたくもない。


 でも、王命に背くなんて、できるのだろうか。出来ない気がする。

 それならば、討伐ではなく、もっとこう、穏便な命令に…。


「お、恐れながら発言、いいですか?」

「許そう。申せ」

「ありがとうございます」


 志穂がおずおずと発言の許可を求めると、あっさりと承諾される。

 だが国王の瞳は冷ややかだった。下手なことは言えない。志穂はごくりと唾を飲んだ。


「わ、わたしは強くないです。魔物を倒す、難しいです。だから、討伐でなく、魔物が人を襲う原因探します。それで、魔物が人を襲うしなくなったら、平和になりますよね?」


 魔物を討伐する必要、ないですよね?


 志穂の言葉に、王の眉が僅かに顰められた。駄目だろうか。王命に背くことなく、そして魔物を傷つけない提案だと思うのだが。

 志穂はどきどきと騒がしい胸元に手をやって、顎髭をいじる国王を見つめた。

 国王はちらりとゲオルグに視線を投げた。「ゲオルグ、其方はどう思う」ゲオルグは顔を上げた。「恐れながら申し上げます」


「シホは、戦闘技術どころか体力も常人以下、子供並みです。神託を疑うわけではないですが、そんな彼女に魔物討伐は不可能だと思います。彼女が神託の下った本人ならば、討伐以外で事を成すのかと」


 子供ときた。ひどい言いようだ。しかし、否定できないのがつらい。志穂は思わず項垂れた。

 国王は「ふむ。なるほど。確かに非力そうな娘だ」と白い口髭をいじりだす。


「では、改めて命じよう」


 ぴりっと空気が震え、緊張が走る。

 有無を言わさない、圧のかかった声が朗々と響き渡った。


「神託を下されし、シホよ。其方の考える手段で、我が国に平穏をもたらせ!」



*******



「さて大変なことになりました!!」

「そうだな」


 国王との謁見を終え、志穂とゲオルグは慌てて城下町へ戻った。宿泊の手続きをし、宿屋の一室でようやく腰を落ち着かす。気持ちは落ち着いていなかったが。


「神託ってなんだ! わたしは黒いけど力ない!」

「そうだな」

「魔物ひと襲わない! よね?」

「ああ。おれが知る限り、魔物は人里に近づかない。…だが、最近魔物の姿を見るのは事実だ」

「それは…確かに」


 エアストドルフからシュロスに着くまで、何度も魔物の姿は見た。こちらを観察しているだけで、近づいてくることはなかったが。

 ゲオルグの眉間に皺が寄る。「だから、何かが起こっているのだと思う」


 それが何かは、わからないが。ゲオルグの言葉に志穂は頷いた。


「わたしは、それを解決しないとだめ…」


 今まで人を襲わなかった魔物が、人を襲うようになってしまった原因を、見つけ出し、解決する。

 ゲームのラスボス、魔王が原因だったらどうしよう。話し合いでなんとかならないだろうか。

 そもそも、魔王が出現したのならスライムとトロールはどうなるのだろう。魔王は王だから、彼らは志穂から離れて魔王に従うのだろうか。


 それは、寂しいなあ。


「とりあえず、問題が起こっているフィーアトへ行くしかないな。母さんに、戻るのはだいぶ先になると手紙を送ろう」

「え」


 あっさりと告げられた言葉に、志穂は目を丸くしてゲオルグを見つめた。


 一緒に、来てくれるの? 危険かもしれないのに。ゲオルグがいてくれたら頼もしいけれど、いつ終わるか判らない旅に付き合ってくれるというの?

 聞きたいけれど、聞けない。彼の言葉に驚いたが、とても嬉しいと思ってしまったのだ。聞いて、否定されたらきっと、つらい。


 沈黙する志穂の言わんとすることが分かったのか、ゲオルグは瞳を細めて微笑んだ。

 彼の微笑みが好きだ。とても優しい顔をするから。志穂の心を、とてもあたたかくしてくれる。


「早く解決して、村に戻ろう」


 一緒に。


 くしゃりと髪を撫でられる。その優しい仕草とあたたかさに、志穂は泣きそうになった。


 

おはようございます。読んで下さってありがとうございます!

土日お休みして、次回は月曜以降になりますー!書き溜めねばー!

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