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05


 鬱蒼とした森の奥深くに、ぽっかりと口を開けた洞窟があった。奥から灯りが漏れていて、洞窟に人が居ると判る。洞窟から少し離れた場所で、甲冑が志穂を地に下ろした。志穂は振り返り、息を潜めている男達を見る。「ここです」小声で言うと、男達が力強く頷いた。


 やるぞ。


 事前の打ち合わせ通り、志穂は茂みの影に身を隠す。洞窟に向かう男達の背を見ながら、子供たちの無事を祈った。



*******



 なんということでしょう。


 志穂はぽかんと口を開けて、あっという間に戦場となった周辺を見ていた。

 洞窟の出入口を陣取った甲冑が、奥からわらわらと出てくる盗賊達を、文字通りちぎって投げちぎっては投げて地面に叩きつけ、戦闘不能にしている。

 圧倒的な強さを誇る甲冑の手を逃れた盗賊が、洞窟の周囲を取り囲んだ村人達とやり合っていた。武器のぶつかり合う音が響くが、増えていくのは気を失った盗賊ばかりだった。

 志穂はほうっと安堵の息を吐き、傍らに控える護衛のスライムに話しかけた。


「よかった、なんとかなりそうだね」


 スライムが肯定するようにぷるんと震える。あとは子供達が無事保護されるだけだ。志穂が視線を戻すと、甲冑が盗賊二人をどっせいと空中に放り投げたところだった。野太い悲鳴が辺りに響いて地面に落ちる。待ってましたとばかりに村人が荒縄で気を失ってる盗賊を拘束していた。

 さすがトロール。頼りになりすぎる。敵じゃなくてよかった。志穂が思わず苦笑を浮かべたその時。

 視界に、黒い影が映った。

 洞窟の入口で、甲冑が大剣を振りかざす盗賊に応戦している。その隙を突いて、内部に入り込む人影。

 誰も気付いていないのか、村人達もそれぞれ敵と応戦しているようで、後を追う者も深追いを咎める声もなかった。ということは。

 あの人影、盗賊なのでは。


 嫌な予感がする。


 志穂の背を冷たい汗が流れた。まだ子供達が出てきていない。縛られて山のように積まれている盗賊を見る限り、残党は少ないと思う。でも、一方的にやられた賊は、追い詰められたら、どうする?


 子供は、どうなる?


『娘!』


 頭に響いた大声にびくりと体が揺れた。心臓がどくどくと煩い。目を向けると、甲冑は盗賊の大剣を手で折り、敵の腹に拳を打ち込むところだった。


『子供ノ悲鳴ガ聞コエル』


 その言葉に、志穂は茂みから飛び出した。


「シホ!?」


 ゲオルグの声が聞こえる。珍しい、慌てた声だった。でもごめんね、待てないの。馬鹿なことをしていると思った。武器も持たず、戦う術のない非力な女に何ができるというのか。人質が増えるだけかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。もしかしたら、何か、できるかも。

 子供達から気を逸らすくらいは、できるかもしれない。時間稼ぎくらいなら、自分でも。

 志穂は必死で土を蹴る。甲冑の脇をするりと通り抜け、洞窟の内部へ入り込んだ。ぽかりと開いた入口は広かったが通路は狭く、なるほどこれは巨体の甲冑は通れないと思った。

 狭く足場の悪い通路を通り、ぽっかりと広い場所へ出た。所々にランタンが置かれており、洞窟内を明るく照らしている。

 子供の泣き声が聞こえる。志穂は乱れた息をそのままに辺りを見回した。洞窟の奥に、男の姿が見えた。それも二人。志穂に背を向けて、手には剣を持っている。

 男達の向こうに、震える小さな影。すすり泣く子供の声。男が動く。志穂は息を呑んだ。土を蹴って走りながら叫ぶ。


「やめて!!!」


 男達が驚いたように振り返る。が、志穂を見てにやりと下卑た笑いを浮かべた。子供たちの姿が見えるよう体の向きを変え、男が剣を振りかざす。子供達が互いをぎゅっと強く抱きしめた。刀身がぎらりと煌めく。男達の耳障りな笑い声。だめだ、間に合わない。志穂は必死に足を動かした。


『スライムヲ呼ベ! 娘!』


 志穂ははっと瞠目し、傍らを見た。スライムが居た。志穂の無茶な行動に文句を言うこともなく、ずっと傍にいてくれたのだ。スライムの赤い瞳を見つめ、志穂は大きく息を吸う。今まさに、子供達を殺めようとする男を睨みつけ、志穂は絶叫した。


「スーちゃん!! やっちゃえー!!!」


 スライムが土を蹴る。ぐんと加速した体は空中で二つに分かれ、あっという間に盗賊らの前に飛び出した。驚く男達の顔に、スライムがぐるんと巻き付く。がらんと武器を取り落とし、盗賊らの体が頽れた。

 間に合った。

 倒れた男達を横目に見て、志穂は子供達に駆け寄る。攫われた子供は、三人。三人、いる。

 志穂は手を伸ばし、震える子供達をぎゅっと抱きしめた。もう大丈夫だよ、大丈夫だよと繰り返し伝えると、子供達の口から安堵の泣き声が溢れ出す。志穂の服が、子供達のあたたかい涙でじわりと濡れる。

 良かった。本当に良かった。

 子供達のあたたかさに心から安心していると、いつの間にかスライムが傍らで志穂を見つめていた。二つに分かれた体は一つに戻っており、ぷよぷよと揺れている。ちらりと倒れた男を見ると、二人とも口から泡を吹いて失神していた。


 窒息、させたのだろうか。

 このスライム、可愛いのになかなかえげつないことをする。


 ぷるぷると可愛く揺れるスライムの頭を撫でて、ありがとうと伝えた直後、洞窟内に騒がしい足音が響き渡った。


「シホ! 無事か!?」


 急いで駆けつけたのだろう、息せききったゲオルグとクラウスが志穂達の無事な姿を見て安堵の表情を浮かべる。

 そして、泡を吹いて転がる盗賊を見て目を丸くした。



*******



 保護された子供は多少の怪我はあれど三人とも元気そうだった。泣き腫らした瞳で、けれど笑顔を浮かべて礼を言う姿に志穂の胸は熱くなり、大人げなくぼろぼろと泣いて周囲の者達を困らせてしまった。

 村までの帰り道、子供達は初めて間近で見たスライムに興味津々で、スライムも彼らを慰めるように普段の5割増くらいぷよぷよびょーんと揺れたり伸ばした触手で子供達の頭を撫でたりと大サービスであった。

 子供達の明るい笑い声に、慣れない戦闘に疲れた男達も清々しい笑みを浮かべていた。

 村に着いたのは、夜も更けた時間。

 けれど、興奮冷めやらぬ大人達は宿屋の食堂で、大宴会を催すことになった。


 がははと男達の野太い笑い声。そこらかしこから聞こえる、捕物話。甲冑の武勇伝。お酒の入った男達の舌は呂律こそ怪しいが熱の入った口上は芝居じみていて。まるで物語のよう。

 志穂はふふと笑ってジュースを口にした。オレンジに似た爽やかな風味が乾いた喉と疲れた体に染み渡る。

 志穂はゲオルグと甲冑、スライムと共に宴会に参加していた。遠慮しようとしたが「あんたたちがいなくてどうする!」とクラウスに引っ張って来られたのだ。ゲオルグは男達と親し気に言葉を交わし、酒を注がれては空にしていた。この世界では15歳で成人なのだから、飲酒は問題ないがお酒に強いのは意外だった。アルコールが入ったからか、それとも事件が解決して安心したからなのか。普段より柔らかい表情をしている。

 志穂の視界に入ってはいなかったが、ゲオルグの活躍はすごかったそうだ。盗賊と剣を交えて倒した数は一番多いと志穂と乾杯をした男が教えてくれた。男の腕には包帯が巻かれていたが「名誉の負傷よ!」と豪快に笑っていた。


 スライムは子供達に懐かれたようで、小さな指につつかれては過剰にぷよよーんと揺れて子供を喜ばせている。

 甲冑は志穂の隣に座り、騒がしい食堂を眺めていた。赤い瞳がきらきらと輝いているように見える。人間に興味があると言っていた彼には、この光景はどのように映っているのだろう。楽しいといいな。志穂は甲冑を見上げて微笑んだ。

 所々で聞こえる甲冑の雄姿。甲冑と志穂の周囲には、次々に村人が来ては甲冑の強さを称え、礼を言い、料理や酒を置いていく。

 スライムも受け入れてくれたこの村ならば、甲冑の正体を話しても恐れないのではと思ったが、甲冑がそれを拒否した。過去、姿を見るなり逃げられたことが心の傷となっているらしく、今を失いたくないのだと言う。外見に似合わず、意外にメンタルが弱い。


「よう! でかい兄ちゃんにお嬢さん! 食ってるか飲んでるか!?」


 甲冑と小声で話していると、クラウスがどんと志穂達のテーブルの空席に座った。手にしたジョッキを掲げた。志穂もグラスを掲げて「食べてます。おいしいです」と言うと、クラウスは白い歯を見せてにっと笑った。テーブルに肘を付いて、志穂達を面白そうな目で眺める。


「お嬢さんは変わった言葉を話すね。珍しい髪だし、異国から来たのかい?」


 やはりそう見えるのか。志穂は首肯してにこりと笑った。「ことば、上手じゃない。わかりにくいごめんなさい」クラウスは豪快に笑って、志穂と甲冑とゲオルグ、そして少し離れて子供の相手をしているスライムを順に眺めた。


「しかし変わった連れだな。スライムは友達だと言ってたけど、でかい兄ちゃんと小さい兄ちゃんとは家族なのかい?」


 クラウスの言葉に、ぴくりとゲオルグが目を上げる。「小さい」に反応したのだろうが、甲冑と比較されたらどの男も小さいのだから気にしないでいいと思う。


「ゲオルグ、こっち来てからお世話になってる。わたしの恩人」

「へえ」

「このひとは、えっと」


 甲冑のことはどう説明したものか。志穂は少し考えて、これしかないなとグラスを傾けて口を潤した。

 クラウスににこりと微笑んで、隣に座る甲冑を見上げる。


「このひと、わたしの”おとうさん”」


 甲冑の赤い瞳がちらりと志穂を見下ろした。ゲオルグは志穂の考えを理解したのか、口を挟まず料理を口に運んでいる。

 クラウスは驚きの声を上げた。


「へえ! そうなのかい。でかくて強いし、頼もしい親父さんだな」

「う、うふふ。見えないけど、顔似てる。むかし大けがして、それ気にして鎧脱がない」

「…もしかして、親父さんが喋らないのも」

「そう。しゃべれない」


 大変だったんだな…。

 労わるような声音と視線に、志穂は「いろいろあった、たいへんだった!」とうふふと笑う。「あんたも、大変だったな」クラウスに話を振られたゲオルグは、にこりと小さく微笑むだけだった。

 黙して語らず。余計なことは言うまい。ゲオルグは空気の読める男である。


「ゆっくり味わってくれ。邪魔したな」

 席を立ち、他のテーブルへ移動するクラウスの背を見送っていると、ふと視線を感じた。見上げると、甲冑の赤い瞳が志穂を凝視している。どうかした? 志穂が首を傾げると、甲冑が兜の顎部分を指でさすった。『フム』


『娘、”オトウサン”トハ我ノコトカ』

「あ、ごめんなさい。とっさの呼び名だから、気にしないで忘れてくれていいよ」

『否。…フム、悪クナイ』

「え」

『娘、我ハ今ヨリ”オトウサン”トナル』

「えっ」

『オトウサント呼ベ。我ガ主ヨ』

「は!?」


 あるじ? いま主って言った? この甲冑。何のこと。あるじって、誰のことだ。


『主ハ今、我ニ名ヲ与エタ。我ハソレヲ受ケ入レタ。ヨッテ、我ラハコレヨリ主従トナル』


 えっ。ちょっと待って。「お父さん」て、それ名前じゃないし。

 というか主従って何。名前ってそんな重要なことなの? いやそもそもお父さんてそれ名前じゃない。

 名を与えたって、それだとスライムのスーちゃんも、知らない内に主従関係だったということ…?


 志穂は慌ててスライムを見た。視線に気づいたスライムは、赤い瞳を細めてぷるんと震える。

 隣に座る甲冑を見上げた。志穂を見下ろす瞳は穏やかで、甲冑の瞳も嬉しそうに細められる。

 どことなく、うきうきとしているように見える。


(まあ、いいか)


 主従とかよくわからないけど。二人が不満を持ってないのならそれでいいのかも。友達が増えたと思えばいいか。強くて人間好きの、魔物の友達が。

 甲冑との関係も表向きは親子で通そう。うん、そうしよう。

 志穂は「よろしくお願いします」と甲冑の手をやさしく撫でた。


 甲冑との会話が終わったと思ったのか、ゲオルグが「ちょっといいか」と身を乗り出した。内緒話をするよう、志穂に近づく。志穂もゲオルグに体を寄せた。


「気になっていることがある」

「どんなこと?」

「森からの帰り道の、炎のことだ」

「! それ、わたしも気になる」


 盗賊達から子供を取り返した帰り道のことだ。志穂達は村人達とはぐれないよう、闇に包まれた森の中を歩いていた。その時、視界に小さな炎がいくつも浮かびだしたのだ。

 村への道しるべのように灯る炎はとても弱く、草木に引火する心配はなかった。街灯のように等間隔で灯るそれは、志穂達が通り過ぎると力尽きたように消えていった。

 その灯りのおかげで、志穂達ははぐれることなく全員無事村へ辿り着けたのだ。


「あの炎は魔法だ。村の人達はスライムが使ったと思ったようだが…」

「スライム魔法つかえない」


 ゲオルグは小さく頷いた。志穂は確認するようにスライムを見る。意外と地獄耳のスライムは会話が聞こえていたらしく、目を合わせてぷるぷると頭を振った。

 ということは。ちらりと隣に座る甲冑を見上げる。両隣の志穂とゲオルグに見上げられ、甲冑はゆっくりと首を振った。


『否。我ハ炎ヲ扱エヌ』

「甲冑さん違う言ってる」


 じゃあ、誰の魔法だ?

 ゲオルグの問いに、志穂は答えることができなかった。



 小さな謎を残しつつ、ドリットドルフの誘拐事件は無事解決した。



今日は園の修了式で、11時にはお迎えに家を出ねばならぬのです。

とうとう春休みが始まってしまう…なんということでしょう…


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