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7

 携帯のアラームが、けたたましく鳴り響いていた。


 嫌な夢を見たせいで二度寝する気にはならなかったが、わざわざ起き出すのもだるい。


 とりあえずアラームを止めようと右手を伸ばして、


「ぃっ――てぇっ……!」


 肩の激痛で完全に目が冴えてしまった。


 どうして、と一瞬混乱するが、直後に気づく。あの後、そのまま寝てしまったんだった。


 〝そちら〟は夢でも何でもなかったんだな、と嘆息してゆっくり起き上がる。


 俺が寝ていたそこは、ソファの上ではなく大きなベッドだった。寝落ちした挙句布団まで運ばれるなんて小学生みたいで、なんとなく決まりが悪い。


『おはようございます』


 少しだけ機械っぽさの残る声に振り返ると、彼女は俺のスマホの画面で微笑んでいた。いつの間にか、アラームも止まっている。俺を叩き起こしたのは、ジュリーだったらしい。


『随分うなされていたみたいなので起こしてしまいました。肩の具合はどうですか?』


 そっと肩を動かして確かめた。


「そんなに激しく動いたりしなければ……大丈夫そう?」


 彼女の言葉に答えてから、いやいやおかしいだろ、と口の中で呟く。


 外はまだ明るい。6月で日が長いとはいえ、撃たれたのは日が沈んでから。まだ1日は経っていないだろう。あの怪我が、そんな短時間でここまで治るわけがない。


 今、何時だろう。


 とりあえず携帯を手に取って、いつの間にかジュリーがいなくなっているロック画面を眺める。


 ふと覚えた違和感の正体は、


「日曜日……?」


 俺が撃たれたのは、あの2人とジュリーと出会ったのは、水曜日だったはずだ。


『日曜日で合ってますよ。氷雅さん、木曜日から土曜日までぐっすりだったので』


「え――!?」


 それは、3日間も完璧に音信不通だったということで。学校にも顔を出していない、家にもいない……となれば、誰かが行方不明者として通報していても全くおかしくない。というかむしろ、その方が自然なくらいだ。


『あ、氷雅さんが心配してることはなんとなくわかるんですけど……私、色々あって貴方の保護者である啓さんの知り合いなので、今回の件についてはお話ししておきました。学校とか友人とかはさすがに私たちからじゃ干渉できないですけど、まあ……多分、啓さんがなんとかしてくれてるはずです』


 啓さんとのトーク画面を見ると、確かに俺の携帯からジュリーが啓さんと親しげに話している履歴が残っていた。


「こんなこともできるんだ……」


 履歴を辿りながら思わず感嘆の声を零した。どこからか、ジュリーの誇らしげな声が聞こえてくる。


『舐めないでくださいよ! ジュリーさんは世界最高のAIなんです。なんでもできます!!』


「すげぇな……ん、これって――」


 履歴の上の、古い方に書いてある、これは。


〈ジュリー、氷雅がいるのはいつものとこだろう? 今から行っても構わないかな?〉


〈お願いします。いくら茜と凪がちゃんと応急処置をしたと言っても、ちゃんとした医師に早く診てもらうべきです〉


『ああ、それですか。水曜日の夜のうちに啓さんが来てですね。右肩のその傷を縫っていきました』


「都市伝説かよ……」


 傷跡をなぞりながら、思わずそんな言葉を零した。俺がぶっ倒れていたからなんだろうが、こっそり来て顔も合わせず行ってしまうなんて都市伝説以外の何物でもない。


『え? 都市伝説?』


「あ、いや、そういうのいそうだなって……。本人が知らないうちに傷の治療をしてどこへともなく去る縫合おじさん」


『縫合おじさん……啓さんは多分まだ「おじさん」って歳じゃないです……』


 突っ込むところがどこか違うジュリーをよそに、すっかり溜まってしまったメッセージに既読を付けながら返信していく。

 一応啓さんから学校に連絡は行っていたようだが、その間本人が音信不通だったのだ。メッセージの履歴はそんな俺に対する心配のものばかりで、少しだけ申し訳なくなりながら無事である旨を伝えた。


「そういえば、今日はあの2人は……?」


 ふと思い出して、彼女に訊ねた。先ほどから、何の音沙汰もない。


『今日は茜も凪も夕方まで帰ってきませんよ。……ああ、お腹が減ったらその辺のものを適当に食べて、と言っていました』


 そこで唐突に壁に映し出された彼女――昨日もだが、直前まで普通の壁だった場所が画面のようになる原理が不明だ――が、ふわりと笑う。


『ね、氷雅さん。今は私たちの他に誰もいませんし、折角ですから探検がてらお話でもいかがですか?』


「お話?」


『3日前には説明しきれなかったこともたくさんあります。それに、私はもっと他愛ないこともお話したいです』


 その笑顔に覚えた、漠然とした不安感は、何と表現したらいいのだろう。


『えーと……その顔は「何故敵であるかもしれない俺にそんな風な態度を取るのか?」でしょうか』


 表情に出ていたらしい。彼女の言葉は、俺の何とも言えない気持ち悪さを的確に表現していた。


「……そう、それだ」


『啓さんと私たちは知り合いであるとさっき言いましたね? 氷雅さんについて確認を取ったら「記憶がないのはほぼ間違いないだろう」と。彼は信頼のおける人です。だから、記憶を取り戻した〝ゼレイド〟がどうであれ、私たちは1人の高校生である〝涼崎氷雅〟を信じます』


 ジュリーの真心が、痛いほど伝わってくる。


 本来なら、素直に喜ぶべきなんだろう。しかし、記憶を失う前の自分が信じられない俺にとって、その信頼はただただ重いだけだった。


 胸の奥に刺さるようなその感覚を無視して、微笑する。


「……そっか。ありがとう」


 気持ちを切り替えるように目を閉じて深呼吸して、ベッドから立ち上がった。


 ――さて、どこから始めようか。


 再び目を開けたときには、これから始まるちょっとした探索を楽しみにしている俺がいた。

更新後のコメント等は活動報告に掲載しています。興味がある方は画面上部の作者リンクからどうぞ。

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