6
目の前には、沈みかけの夕陽。
背後の壁はひんやりと冷たいが、その感覚は希薄でどこか現実離れしていた。
また、この夢か。
ここは、おそらく俺があの日死にかけで倒れていた屋上。俺は半ば倒れ込むように階段室の壁に寄りかかっていた。
確信を持ってあの日の屋上だと言い切れないのには理由がある。この夢を見るとき、俺はこの場所から一歩も動けないのだ。
それどころか、指先すら動かない。金縛りとかそういった不自然なものではなく、全身を包む凄まじい倦怠感のせいだった。
3ヶ月……いや、4ヶ月振りだろうか。もうこの夢を見ることはないと思っていたのに、と内心歯ぎしりをする。
何度も見たこの夢の展開はいつだって同じだし、俺は何もできない。夢だとわかっているのが唯一の救いだが、だから楽になるかというとそんなことはない。
かつん、かつん、と聞こえてくるのは、誰かが――あいつが、階段を上ってくる音。それは死刑宣告にも等しく、俺の心臓をきりきりと絞めつける。
音が止んだとき、目の前にそいつは立っていた。
俺の意思とは関係なく、視線がそいつの顔に引きつけられる。
最初からわかっていたのに、その顔を見た俺は息を呑んだ。
右側の前髪だけが少し長い黒髪。同じ色の左目と、前髪に隠れるようにして青く光る右目。
逆光の中でもなお、表情という表情を全く浮かべていないのがはっきりとわかるその顔は、〝俺〟そのものだった。
そいつが――〝俺〟が俺の方へ向けた手に握られているのは拳銃。
吸い寄せられるようにその銃口を見つめる俺の頬を、冷や汗が一筋伝った。
瞼が重くて仕方がないのに、目を閉じることはできない。そして目をそらすことも、できない。
銃口の内側に広がる暗闇と、俺自身の不規則に乱れた呼吸と、異様に速まった動悸と。この場に存在するのは、それだけだった。
〝俺〟が撃てば、目が覚める。そうすれば解放される。
しかし、撃たれたくない。もし今回は夢じゃなかったとしたら?
意味のない2つの思考がせめぎ合っている。時間は、待ってくれないというのに。俺は、何もできないというのに。
ただ見ていることしかできない俺の目の前で、〝俺〟の指が拳銃の引き金にかかる。
『その瞬間』を覚悟した俺は、ぎゅっと歯を食いしばる。
しかし、響いた音は銃声ではなく、
「〝俺〟はただ……お前が、怖かったんだ」
今までの無表情とは打って変わって、その顔いっぱいに恐怖を貼りつけた〝俺〟の言葉だった。
「――え、」
〝俺〟の表情が変わったのも、〝俺〟が何かを言ったのも、初めてのことだ。
しかし俺がその意味を考えるより先に、今度こそ銃声が鳴った。
おかげで恐怖を感じる間もなかったことだけは、救いだったかもしれない。