プロローグ
初めての投稿です。改行の作法など慣れないことばかりですがよろしくお願いします。
「……こちら、ゼロ。そっちは何人やられた? どうぞ」
黒髪の少年が、通信機の向こう側へ焦ったように呼び掛けていた。小脇に抱えたアサルトライフルが、仲間内でも際立って若い――幼い、と言うべきかもしれない――その容姿と不釣り合いだった。
『ヴィスタだ、2人もう戦えないがまだ誰も死んでないし自分で動けない奴もいない。不幸中の幸いかな。撤退指示は? どうぞ』
まだ出ていません、という他の隊員の応答に、少年は舌打ちする。
敵地のただ中。これ以上の作戦継続は被害の拡大しか生み出さないということを、部隊の誰もがわかっていながら口には出さない。
作戦が漏れていたとしか思えない敵の動きに、全員が思ったこと――内通者の存在。そんな考えを無理矢理抑え込むように、彼は静かに息を吐いた。
その得物はアサルトライフル1丁に、サブウェポンの拳銃、それらの予備弾倉が数個。同様の装備の仲間が、戦える者だけ数えてあと6人。頼れるものはそれだけだった。
敵の戦闘力は未知数。しかし、圧倒的に分が悪いことだけがはっきりとしている。
それでも、少年の瞳――右は青、左は黒いその瞳から、意思の光が消えることはなかった。
背後の壁に身を預け、息を殺してひたすら考える。そう遠くない場所にいる、彼の仲間たちと同じように。
彼が寄りかかる廃ビルは遮蔽物となり、今は敵の射撃が飛んでくることはない。が、それもいつまで続くかと少年は顔をしかめる。居場所が露見してしまえば、その壁が敵の攻撃を止めてくれる保証などどこにもない。
肌寒い空気が、彼の頬を撫でた。2月の太陽は既にかなり傾いていて、間もなく沈んでしまうだろう。そうなれば、彼らの状況の不利はより明確になる。
少年は唇を噛んだ。どうすればいい。どうすれば、一人でも多く無事に帰れる。
しかし、考えていられる時間はそう長くはなかった。次の瞬間、
「――っ!?」
彼が身を潜めていた廃ビルの壁を貫通して、ごく淡い緑色の光線がその顔のすぐ横を掠める。少年は弾かれたように飛び退って、すぐにその場を離れた。
その頬を、つうっと血が一筋垂れる。
――次は、外さない。
射手である〝緑〟の彼女の殺意を痛いほどに感じて、少年は身震いした。
彼も半ば予想していたこととはいえ、やはりこの壁をいとも簡単に貫通するその光景は見ていて中々ぞっとするものがある。
露ほども見えない勝ち筋に、少年は諦めたようにトランシーバーの向こうへ告げた。
「……総員後退。意識のない奴はいないな? 作戦の遂行は断念する。生きて帰ることだけを考えろ。以上」
躊躇なく建物の陰から飛び出したその背中に、光線が雨あられと降り注ぐ。耳を掠めて、服を切り裂いて、髪を一筋散らして。
そして、恐ろしいことには――〝彼女〟は1人で、それと同じ光景を複数の場所に展開していた。
気づいた少年の目が大きく見開かれるが、今となってはもう何の手も打てない。同じものを見た仲間の、焦りを無理に抑えつけたような声が、彼の通信機へと届く。
『ダメだ、〝赤〟が来る。――追いつかれるぞ、ゼロ』
その言葉にぎゅっと唇を噛んだ口元は、しかし次の瞬間には淡い笑みを浮かべていた。どこか悟ったようでいながら諦めとはまた違う表情で、少年は何気なく告げた。
「なら……ヴィスタ。後は頼んだ。片方……そうだな、〝緑〟がいいか。そっちは俺がなんとかする」
〝緑〟の彼女は少年1人の手には到底負えない――が、それも生きて帰ろうと思えばこそ。左右色の違う瞳に、その意思はない。
『何とか――? お前……まさか〝アレ〟使う気か!?』
少年がポケットから出した掌には、色鮮やかな錠剤が乗せられていた。
「こういうときのために、持たされたんじゃないのか?」
がりっ、と。
通信機越しでもはっきりと響くであろうその音を最後に、少年はトランシーバーの電源を切った。