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第2話 共に在る者


「君に聞き「なんなりと」たぁ、うん」

 僕の言葉に彼女は即座に返答した。と、いうか喰い気味なんだが。


「君は、僕に……このダーウェスに何を望むんだい?」


 それが僕が最初に知りたい事だ。

 僕を復活させた彼女には、それ相応の見返りが有って然るべきだろう。


 ダーウェス。魔王ダーウェス。


 それが今の僕の、この身体の持つ名前の様だ。

 現状の細かい状況は全く理解出来てはいないが、この身体の持つ漠然とした記憶は僕自身も共有している。

 名前と力。この身体の何をどうすれば何が出来るのか。

 文字通り、この身体に染みついている。

 そしてもう一つ――


 八千年前に何が有ったのか。

 何をしたのか。


 イメージは共有した。でもそれは地獄だ。

 かつてのダーウェスが望み齎した(もたらした)、ただの地獄だった。


 彼女がかつてのそれを大望として僕を復活させたのだとしたら僕は彼女の希望を叶えてあげる事は出来ない。

 力がどうとか敵がどうとかではない。僕自身が、それを許す事は出来ないだろう。

 さて、どうなるか。


「わたくしの望み、で御座いますか?」

「そう僕は聞いたよ?」

「も、申し訳御座いませんっ!」

 また平伏してしまった。これでは話が続かない。

 まずこの視点がいけない。

 取り急ぎ僕は片膝を付き出来得る限り彼女の視線に近付いてみる。

 それにしてもこの身体は長身だ。おそらく2メートル位だろうか。

「僕をこの地に呼び戻したのは君だ。僕には君の望みを叶えるか、少なくとも叶う様に試みる程度の責務があると思う」

「そ、その様な事は決して」

「うん、君はそう思うかも知れないね。でも僕はそう思うんだ。だから」

 彼女の手を取り顔を上げさせた。


「君の望みを聞かせて欲しい」


 初めて目が合った。

 その瞳は綺麗な蒼。まるで深い深海を思わせる様などこまでも深い蒼だ。

 もっとも、それは片眼だけの話。その左目には粗末な包帯が無造作に巻かれているが、おそらくは欠損しているのだろうと知覚出来た。

「わたくしの望みは貴方様の復活ただ一つに御座いますれば、これ以上なにを望めと仰せになられますか?」

「復活して御終い、では僕の立つ瀬がないだろう? 同じ地に立った僕に、君が改めて願う事はなにか無いかな? 今思いつく事でも良いし、考える時間を取っても構わない。せめて一つ、僕に何かをさせて欲しい」

「それはご命令ですか?」

「そう取って貰っても構わないよ」 

 取り合えずは彼女の思考が働いてくれればなんでもいいんだけど。

 少し、彼女は僕を見詰めながら思考を巡らせている。


「…………もし」

「ん?」

 ようやく決まったか。

「もし許されるのなら、この先の貴方様への同行をお許し願いますでしょうか。その………宜しければ、で御座いますが」

 ?

 それはまた随分と。

「僕と一緒に行動したい、と」

「はい」

「それが君が僕に望む事だと?」

「も、もちろん不遜である事は重々承知の上です。不敬としてこの首を落とされたとしても何ら不満はございま「ちょちょっ!」、はい?」

 思ったんだけど、どうにも思考が極端な人らしい。慣れるまでは時間が掛かりそうだ。

「行動を共にしたいと願っただけで不敬もなにもないだろう。僕が言いたいのはそんな事で良いのか? という事だよ。無論、良いと言うのならそれでも構わない」

「もちろんで御座います。我が一族の大望の先を歩めるのならば、これ以上の喜びは」

「了解した」

 言葉を遮った。

 もうこの問答には意味がないだろう。

 彼女の手を取って立たせる。


「ならばこのダーウェスの復活を成した君に、我が名と我が誇りに掛けて誓おう。君が望み求める限り、君の傍らには僕が在る」

「……はい」

 その深蒼の瞳に、僕の真紅の瞳が映り込む。

「共に行こう。その道のりは、まぁ………ほんの少しだけ大変かも知れないけれどね」

「文字通り、望むところで御座います。ダーウェス様」


 これは約束だ。

 僕と彼女だけの、決して違える事の無い約束。



「そういえば」と僕は大事な事を思い出した。


「君の名は?」

「あ! 失礼致しましたっ!」

 彼女は僕の手を離し片膝を付く。

「キリハ族の巫女を務めます、ラビエラ・キリハに御座います」

「そうか」

 また、僕は膝を付く。

「ではラビエラでいいかな?」

「畏れ多い事です」

「いいさ。それでラビエラ」

「はい」

 彼女の顎に手を伸ばし、その顔を上げさせた。

「その左目はどうしたんだい?」

 血の跡も残る包帯を指して問いかける。

「わたくしの力だけではダーウェス様の封を解除するに届かず、その道程において支払った対価に御座いますればダーウェス様が御気になさる必要は」

「それは聞けないな」


 そう、聞けない、相談だ。


「っ! なにをっ!」

 驚くラビエラを無視して、僕は自分の左目を抉り出した。

()()()()

「っ! ダー」

 言葉で彼女を縛って、僕は僕の左目に魔力を通し、彼女の左目に移植する。


「終わったよ」

「っ」

 縛を解かれたラビエラは両手を地に付け僕を見上げる。

「僕の魔力が宿っている。その目はラビエラに力を与え、君を守ってくれるだろう」

「でもダーウェス様の目が!」

「この左目に勝る――」

 ラビエラを立たせる。


「ラビエラが傍に居てくれるのだから、何も問題無い筈だよね?」

「ダーウェス様……」


 僕を見詰める深蒼と真紅のオッドアイに、ただ誓う。

 この存在を護る為に、僕は在るのだと。


「さて、実は僕は八千年の間に趣旨替えをしてしまってね。今度は平穏無事に暮らせていけたらいいなぁ、て位に考えているんだけれど、ラビエラに依存は?」

「ダーウェス様のお望みのままに」

「あ、あぁ、うん。ならいいんだけど……希望があったら言ってほし「ダーウェス様のお望みのままに」……うん。わかった」

 まずい。いきなりラビエラがポンコツに成り掛けている。

 なにを間違ったのか。

「ときにラビエラ」

「はい」

「君はこの地についてどれ位の知識が有る?」

 僕自身が得たダーウェスとしての記憶は、僕自身の事がほとんどだ。

 ここが何処かと云う事すら分からない。世界の情報も欲しいものだが最低限はこの地の情報だ。

「わたくしの里は大陸の辺境でした。この地へは我がキリハの里に伝わる秘術でダーウェス様の僅かな残留魔力を辿って転移して参りましたし、正直わたくし自身にもこの地の詳細は分かっておりません」

「では、僕のその残留魔力を辿ってこの廃城まで?」

 それはそれで優れている話なんだが。

「いえ。わたくしが感じえたのは漠然とした地域のみでした。この城へはこの地で得た協力者に道を示されました」

「協力者?」

「はい」

「ではその協力者という方に会いに行くとしようか。僕の復活にも手を貸してくれたようだしね」

「畏まりました」

 

 ご案内します。と先行して歩き出したラビエラの後を追って廃城の扉をくぐり外に出た僕は


「……すごいな」

「はい?」

「いや、景色が、ね。凄く綺麗だと思ったものだから」


 澄んだ空。

 深い緑の森の中にある少し小さめの湖の中に、この廃城は建っていた。

 水面に映る廃城の姿すら美しい景色に一役買っているかの様だ。


「っ! ダーウェス様?」

「ん?」

「その……」

「……あぁ、ごめん」

 いつの間にか涙が流れていた。

「こんなに綺麗な場所をこの目で見るのは……初めてだったものだから」

「世界も、きっとダーウェス様のご復活を喜んでいるのでしょう」

「そうだと嬉しいのだけどね」

「そうに決まっています」

 魔王の復活を喜ぶ世界など在ってはならない。

 在ってはならないと分かってはいるのに、もしこの美しい世界が僕の来訪を喜んでいてくれたのならば、それはどんなに素晴らしい事だろうか、と。

 そう考えて、僕はまた一筋、涙を流したのだった。


「さ、行こうか」

「はい」

 気を取り直して唯一掛けられている橋をラビエラと二人で歩きだすと、少し前を鮮やかな鳥が三羽静かに空を通り過ぎれば……



「……へ?」



 ズバンッ! と水柱が上がったかと思えば五メートルは有ろうかという極彩色な巨大魚が水面から飛び出して鳥の一羽を呑み込んで湖に消えていった。


 え……と……


「あの……ラビエラ?」

「はい」

「その………今のは……」

「はい?」

 固まる僕の横に居るラビエラは特に動じた風もない。

「魚が」

「ガルドエラで御座いましたね」

「……あの魚?」

「はい。主に鳥を好んで食する魚です。食用にするには些か大味なのですが、一部地方ではエボイノシシと一緒に鍋で食する風習があるとか」

「あ、そう」

「っ! もしダーウェス様がお好みなのでしたら直ぐにでもわたくしが捕らえて調理を」

「いや! それは結構!」

「そ、そうですか」


 あの魚がどう云ったモノで、そして今現在どこに居るのかも十分に理解した。

 理解したのでこれは早々に――


「ラビエラ」

「はいダーウェス様」

「ちょっと急ごうか」

「はい。ん?」


 僕らは足早に廃城を後にしたのだった。



 いや、異世界怖すぎでしょ。


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