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第1話 死後の選択

オリジナルの作品、始めてみました。

二日に一度くらいの緩いペースで更新していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。



 目を開けるとそこは廃墟と化した広い空間だった。

 

石造りの中世風の柱がひび割れ砕け、かろうじてボロボロの天井を支えているだけの広間。

 いつもよりも少しだけ高い視点に自分の身長がかつての自分よりも高いのだろうとは理解出来た。

 視線を動かせば、微かに震えながらまるで土下座をする様に頭を垂れ床に伏している女が一人。


「君は?」

「っ!」


 僕の言葉に一度ビクリッと肩を揺らし、女は更に深く頭を床に近付けたかと思えば震えた言葉を続けた。



「畏れながらっ! 貴方様へ掛けられた忌々しき封印を解き、現世に呼び戻し者に御座います」

「そうか」

「は、はい!」

 畏れを抱かせる積もりもないのだけれど。もしくは恐れなのだろうか、彼女はいつまでも平伏したままだ。

「我が一族に代々受け継がれた悲願は貴方様のご復活で御座いました。我が祖が貴方様をお守りする事敵わずにその復活を絶対の約定と自ら(みずから)の一族に課し、八千年以上の時を費やすもその悲願を達する事叶わず……遅きに過ぎる失態、どうか我が命を以ってお怒りを御鎮め戴きますれば、残る一族には寛大なるご寛恕を賜りますよう、伏してお願い申し上げます」

「八千年、か」

「どうか……どうか」


 震え平伏する彼女を見詰めながら、僕はつい考えてしまう。

 八千年もの時を費やして叶えた悲願の復活が、厳密な意味では()()()()()()と彼女が知れば、彼女はどうするのだろうか、と。



 ◇ ◇ ◇



「僕は」

 気が付いたら雲の上の様な場所に居た。

 足が付いている感覚があるというだけで雲では無いのだろうが、自分の足が白い煙の様な物に埋まって見えない感じは雲の上と表現しても差し支え(さしつかえ)は無いと思う。空は晴天だが太陽は見当たらない。

「不思議な場所だ」

 それが第一印象。どう考えても僕が寝ていた病院ではないらしい。


「お待たせいたしました」

「っ!」

 声を掛けられ視線を移せば、女性が一人笑顔で立っていた。

 凛とした感じの背筋を伸ばした清楚な感じの女性だ。

 こんなモノなのか、と半ば感心しながら、おそらくそうでは? と思っている考えを口にする。


「僕は死んだんですね?」

「はい」

「そうですか」


 あっさりと肯定された。

 入院した時から長くは無いとは言われてもいたし自覚もあった。()()がいつになるかというだけの話で、あの記憶にある苦しみの中で意識を失い気が付けばこの場所と云うのは、まぁそれほど悪い結末では無いのだろうと思う。

「随分とあっさりしていますね? 貴方位の年齢の方は普通もう少し取り乱すものなのですが」

「不慮の、ではありませんから覚悟は出来ていましたよ。あ、でも一つだけ気になる事はあるのですけど」

「貴方の臓器は貴方の望む様に全て移植に用いられました。移植後の問題は……お医者様には断言出来ないでしょうけれど私が断言してあげましょう。移植者の方々の天寿が全うされるまで、貴方の臓器は人々の希望となるでしょう」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 僕等は笑顔を交わす。 

 問うまでもなく望んだ質問に答えてくれた彼女は満足そうに微笑んで「こちらへ」と先導する様に歩き出した。

 僕はまだ二十歳。僕の身体からいくつの臓器が取れるのかはわからないけれど、もう僕には必要の無い物なのだから、それを必要としてくれる人達の役に立てるのなら役立ててほしい。無駄は好きじゃない。

 それにしても、と思う。

「ここは天国、なのですか?」

 そう思えるほどに美しい場所だ。

 だが先を歩く彼女は僅かに此方(こちら)に顔を向け「いいえ」と笑顔を見せる。

「ここはまだ死後の入り口です。ここから先で皆さまの魂それぞれの行く先が決まるのです」

「そうですか。できればこんな場所がいいなぁと思ったものですから」

「安心してください」

 そう言った彼女は前を向き直し――

「少なくとも地獄に落ちる事はありませんから」

「そう、ですか。それはありがとうございます」

「私達は手を差し伸べる事はしませんが……見ていましたよ。人々の事も、貴方の事も」

「はぁ」


 だから安心して下さい。と彼女は足取りも軽く微笑んだ。

 孤児だったし、学生の頃から働いて年下の面倒も見て、まぁ犯罪と呼ばれるような悪さはしていないはずだし。神様なんて居ないと思って生きてきたけど、そこそこの点数は貰えたという事なんだろうか?

 


 どこに向かっているんだろう? という疑問は、視界に見えてきたモノで解消された。

「……すごいな」

「貴方達に理解出来る概念で言うと、世界樹というのが最も近いでしょうか」

「厳密には違うと?」

「我々の概念が貴方達には理解出来ないものですので」

「なるほど。それにしても」

 立派だ。という言葉が陳腐に聞こえる程の見事な大樹の下に僕は連れてこられた。

 見渡せば他にもちらほら人影が見受けられる。どうやらここが最初の目的地という事なのだろう。


 巨木の幹近くに来て分かったのは、この木がこの地から生えているのではないという事だ。

 根の様な物が見当たらず雲から抜き出てきている感じ。

 雲と言ったって現に自分は立っている訳だから何か変な感じだ。

 幹を背に振り返った彼女は僕と向かい合い


「さて。貴方は現世での天寿を全うし今この場に立っています」

「はい」

 随分と短い天寿だったんだなぁ。

「貴方には生前の行いにより選択肢が与えられます。一つ、輪廻転生の輪に戻り新たる生に生きる。もちろん、その時には今世での行いを評価し相応に恵まれた転生を御約束出来ます」

「約束できるものなのですか?」

「無論ですよ。先ほど申しました、()()()()()()()()()()()()()()()()。とは既に生まれ出でる際に私達の干渉は完了しているという事なのです。そこから先は貴方達次第」

「なるほど。前世の僕は随分とロクデナシだったんですね」

「それを語る権限を私は持ちえませんが、貴方のお考えは的を外していませんよ」

 貧乏どころか捨て子からの出発だものな。まぁ戦場のど真ん中に産み落とされなかっただけの情状酌量は貰えたんだろうね。

 前世の自分に言いたい文句を心の中で重ねていると「そしてもう一つ」と彼女が言葉を続ける。

「今世での貴方の行いにより貴方には安らぎの野に入る権利があります」

「安らぎの野?」

 なんか聞いたままの場所の様な気もするが。

「貴方達の概念で言うならば天国という場所と思ってください。刺激的では無いでしょうが静かで穏やかな時を漂う事が出来るでしょう」

「それは魅力的な提案ですね」

 別に生まれ返す必要は感じない。

 僕が欲していたのはいつだって刺激ではなく平穏だった。どちらかといえばこれは一択の選択肢に思えるな。

「もちろん、それを魅力的と捉える方にしかこれは提案されませんので」

「では僕の選択も貴方には予想済みなんですね」

「それはもう。ただ実は貴方にはもう一つのっ!「っなっ!」あら?」

 彼女の話の途中で雲の大地が大きく揺れた。

 続く揺れの中で周囲を見渡せば、少し向こうの大きな枝葉から黒い光の帯が雲に沢山伸びてきている。

「あれは?」

「失礼」

「ちょっ!」

 僕の問いには答えずに彼女はそちらの方に駆け出し、僕も後を追う様に続く。

 

 恐ろしく足の早い彼女に遅れて到着すると、僕の前には異常な光景が広がっていた。

「くっ」

「行かせません」

「応援をっ!」

「続きます!」

 彼女と同じ服を着た多くの人達が両手より白い光を放っている。

 その手より発せられた光は帯となり黒い光の注ぐ先へと向かっていき、黒と白の光の帯は一点で絡まる事に。

 光が絡まる先には――


『ぐはははははっ! 無駄だああ!』

「戻りなさいっ!」

『馬鹿め! すでに我が器は現世に紐づいたわっ。貴様等の干渉など受けぬっ! あははっははああ』

 

 黒と白の光に絡まれているのは一人の男だ。

 どうやら黒の光は男を枝葉へ吊り上げようとしており、彼女達の白い光は男を雲に降ろそうとしているらしいのだが、少しづつ確実に男の身体は上に上がっていく。

 彼女達の人数はどんどん増えていき、白い光の帯は黒い光の帯を大きく上回っているのだが、それでも一向に男の身体が降りる事はない。

 これだけ数に違いがあるのに、増えても減っても同じ速度というのは理解が出来ない。

「いったいどうして」

「彼の存在が現世に紐づいてしまっていますからねぇ」

「っ!」

 突然、真横から声が聞こえ振り向くとそこには少し年かさの眼鏡の男性が立っていた。

 ぜんぜん気が付かなかったのだけど。

「貴方は?」

「あぁ、驚かせてすいませんねぇ。私は彼女達の上司でして、まぁ中間管理職だとでも思ってください」

 よろしく。と彼が右手を差し出してきたので、その手を握り返そうとしたのだけど「おっと、失礼」と彼は突然手を引っ込めた。

「はぁ」

 なにがしたいんだか分らん。

 部下が必死に頑張っているのに呑気な人だ。ん? 人、なのか? よくわからない。


「そういえば彼も紐がどうとか言ってましたが」

「彼は、貴方に分かりやすく言えば魔王と呼ばれていた存在なんですよ。あの黒い光が下りてきている先の世界のね」

「あぁー、魔王、ですか」

「呆れてませんか?」

「いえ。まぁ、そういう話もあるのかなぁとは。ここは僕の知る常識の外らしいので」

「呆れたというよりは諦めた感じですか」

「そんな感じです」

 いちいち取り合っていたらきりがなさそうだし。

「かの世界で誰かが魔王の復活を望み、どうやらその段取りが成功したのでしょう。器が現世に形成され、そして魂が封絶の闇より引き寄せられている」

「それは止められない?」

 見る限り止まっていない。

「我々は現世には干渉出来ないのでね。彼女が君に言った()()()()()()()()は、正確には()()()()()()()()()()()()()が正しい。望む望まざるに拘わらず、これが一つの摂理なんですよ」

「摂理ですか」

「だから貴方も死ぬしかなかった。彼の復活もまた、止める事が適わない。たとえ復活の先のかの世界で多くの悲惨な光景が広がるとわかっていても、私達にはそれを防ぐ手立てはないんですよ」

「現世に身体が在る事が、大きく干渉出来ない理由の一つ、ですか」

「厳密な意味での魂魄ではないという事です」

「なるほど」

 

 今は蘇生中って感じかな? よくテレビで見る「戻ってこいっ!」と言いながら心臓マッサージをしている最中か。

 まぁどうやら戻られても困る感じなんだけど、それで戻れる魂を留めておく権利はこちらには無いという事らしい。

 

 見る。

 見詰める。

 見渡して見る。


 それでも彼女達や彼等が必死で白い光を魔王に巻き付けるのは、その摂理に抵抗してでも復活を防ごうとしているのだろう。他の誰でもない、その世界に住む多くの命の為に。


 一つ、魔王の身体は現世にある。

 一つ、彼女達には魔王の魂に対する強制力はないらしい。

 一つ、留めようとする行為自体は問題がない。

 

 そして。

 見れば眼鏡上司さんは「頑張るなぁ」とその光景を眺めている。

 彼は僕と、握手を()()()()()


「なるほど」


 あえて言及しないのは彼なりの葛藤なのだろうか。

 考えた末に――うん。僕は受け入れる事が出来る。


 動き出した僕を彼は黙って見送っていた。

 僕は幹をよじ登り光の交差の上まで何とか辿り着く。


「高いなぁ」

 結構な高さがある。

 まぁ、既に死んでいるのだからもう一度死ぬとかは無いだろう。

 よっ! と幹を蹴って落下に身を任せ、僕は黒と白の光の真ん中に飛び降りる。

 真下に位置した魔王がギョッと僕を見上げた。

『なに?』

「失礼」

 僕は落下の勢いそのままに思い切り魔王を蹴り落した。


 そう。僕は魔王を蹴った。蹴れた。

 僕が目を覚ましてから僅かな時間しか経っていない。

 この場所と現実世界の時間にどれほどの差異があるのかは分かりようも無いのだけれど、どうやら僕の遺体はまだ火葬されてはいなかったらしい。つまり――


 ()()()()()()()()()()()()()


 僕に蹴り落された魔王には、彼を埋め尽くすほどの白い帯が巻き付き、叫ぶ彼を雲の下へと引きずり下ろす。

『それは私の身体だーーーっ! 貴様許さんぞ! おのれえええええええええええええっ!!』

 怨嗟の籠った視線が僕に刺さる。

 まぁ立場が逆なら僕も恨むんだろう。でも

「ごめんよ。それでも貴方は戻ってはいけないんだと思う」

 替わりに僕の身体に絡みついている黒い光は、少しづつ僕の身体を自らの出元の枝葉へと引き上げていく。

『ぐううううううううああああああああああ』

 雲に飲み込まれ見えなくなっていく魔王を見送る。

 見れば僕に一本だけ白い光が巻き付いていた。

 こちらに来て初めて会った彼女は、悲痛な表情でたった一人で光を放っている。

 僕は首を振り、ただ笑顔を見せ「ありがとう」とだけ言葉を残せた。


 悲しそうな彼女と、手を振る眼鏡上司さんの姿を見たのを最後に、僕の視界は暗転した。

 そして今、僕はこの廃墟で瞳を開け



「君は?」



 魔王の器に入った僕の第一声は、それだった。



 ◇ ◇ ◇



「なんてことだっ!」

「一体どこの誰だ! あの魂は」

 周囲は騒然としている。

 黒の復活を止めようとして止められなかった我々の眼前で人の魂が黒を押し退けて替わりに取り込まれてしまった。

「そんな」

 私は膝をつく。

 私が導くはずだったあの人が、なぜこんな真似を。

 ちゃんとあの場に留まる様に言い含めるべきだった。

 彼にはこれから先の平穏が約束されていたのに。

「彼ならば問題ないでしょう。我々が気に病む必要はありません」

「っ! しかし天使長っ!」

 彼の隣に顕現した気配は感じていた。

 天使長はトレードマークの眼鏡を簡単に拭いて掛けなおす。

「彼ならばああいう選択をする。それは君にも分かっていた事だろう?」 

「ですが」

「彼はきっと何度でも同じ選択をするさ。なかなかどうして無鉄砲だねぇ」

「しかし」

 分かっている。

 彼はきっと悔やんでいない。

 自分で選び、自分で決めたんだろう。

 でも私はだからこそと言いたいのです。だって彼には、だからこそ彼には、より多くの事が成せた筈なのですから。


「彼には、()()()()()()()()()()()()()()()()()のに」


 生まれ変わるか、まどろむか、その他にもう一つ。

 天使として解脱する事が許されていた。

 そんな彼の未来が今潰えたのだ。私にはそれが悔しくて悲しい。

 地に崩れ落ちている私の肩に手を置き、天使長は静かに彼が取り込まれた世界に目を向け微笑んでいた。


「魔王の器に、天使と成るに相応しい魂が注ぎ込まれた。この先は誰にも分らない……すべては彼に任せるとしよう」


 いつの間にか、その場にいる全ての同胞は祈りを捧げていた。



 私と共に



 彼の為に





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